ショスタコーヴィチ(1906-1975)

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CD

Sym, 5, : Inbal / Frankfurt Rso

ショスタコーヴィチ(1906-1975)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
COCO75510
組み枚数
:
1
レーベル
:
:
日本
フォーマット
:
CD

収録曲   

  • 01. 革命*交響曲第5番

総合評価

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文句なし。名演でした!

投稿日:2017/01/17 (火)

文句なし。名演でした!

とくちん さん | 熊本県 | 不明

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インバルは、現代最高のマーラー指揮者とし...

投稿日:2012/08/04 (土)

インバルは、現代最高のマーラー指揮者としての称号をほしいままにしているが、マーラーに私淑していたとされるショスタコーヴィチについても、ウィーン交響楽団とともにスタジオ録音による交響曲全集を完成させるなど、自らのレパートリーの軸としているとも言える。とりわけ、ショスタコーヴィチの交響曲の中でも最もポピュラリティを獲得しているとされる第5番については、3度にわたって録音を行っている。最初の録音は本盤におさめられたフランクフルト放送交響楽団とのスタジオ録音(1988年)、次いで、前述の全集の一環としてスタジオ録音されたウィーン交響楽団との演奏(1990年)、そして、先般発売されて大きな話題となった東京都交響楽団とのライヴ録音(2011年)が存在している。このうち、直近の2011年のライヴ録音については、既にレビューを投稿済であるが、近年のインバルの円熟ぶりが伺える圧倒的な名演であり、3種ある同曲の録音の中でも頭一つ抜けた存在であると言えるところだ。したがって、2011年のライヴ録音を比較の対象とすると、他の演奏が不利になるのは否めない事実であるが、当該ライヴ録音を度外視すれば、本盤におさめられた演奏は、十分に名演の名に値するのではないかと考えている。少なくとも、オーケストラの優秀さなどを総合的に勘案すれば、2年後のウィーン交響楽団との演奏をはるかに凌駕していると言えるところであり、当時のインバルの演奏の特色を窺い知ることが可能な名演と評価してもいいのではないかと考えるところだ。当時、同時並行的にスタジオ録音を行っていたマーラーの交響曲全集にも共通すると言えるが、当時のインバルの楽曲の演奏に際してのアプローチは、一聴すると冷静で自己抑制的なアプローチであるとも言える。しかしながら、インバルは、とりわけ近年の実演、例えば、前述の2011年のライヴ録音においても聴くことが可能であるが、元来は灼熱のように燃え上がるような情熱を抱いた熱い演奏を繰り広げる指揮者なのである。ただ、本演奏のようなスタジオ録音を行うに際しては、極力自我を抑制し、可能な限り整然とした完全無欠の演奏を成し遂げるべく全力を傾注していると言える。ショスタコーヴィチがスコアに記した様々な指示を可能な限り音化し、作品本来の複雑な情感や構造を明瞭に、そして整然と表現した完全無欠の演奏、これが本演奏におけるインバルの基本的なアプローチと言えるであろう。しかしながら、かかる完全無欠な演奏を目指す過程において、どうしても抑制し切れない自我や熱き情熱の迸りが随所から滲み出していると言える。それが本演奏が四角四面に陥ったり、血も涙もない演奏に陥ったりすることを回避し、完全無欠な演奏でありつつも、豊かな情感や味わい深さをいささかも失っていないと言えるところであり、これを持って本盤におけるインバルによる演奏を感動的なものにしていると言えるところだ。もう少し踏み外しがあってもいいような気もしないではないが、それは2011年のライヴ録音の方に委ねればいいのであり、演奏の安定性、普遍性という意味においては、実に優れた名演と高く評価したいと考える。そして、今般、かかる名演がBlu-spec-CD化がなされたということは、本演奏の価値を再認識させるという意味においても大きな意義があると言える。いずれにしても、インバル&フランクフルト放送交響楽団による素晴らしい名演をBlu-spec-CDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

つよしくん さん | 東京都 | 不明

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全ての演奏を、「あり」か「なし」かの二元...

投稿日:2012/04/23 (月)

全ての演奏を、「あり」か「なし」かの二元論に還元することは不可能であるが、筆者には、本盤の演奏を「並外れて優れたクオリティ」であると評価することは出来ない。確かに、この楽曲を初めて聴くリスナーには、十分以上の内容を持っているといえるが、作品に慣れ親しんでいくうちに、この録音では満足出来なくなって行くだろう。特に、メーカーの能書きにあるように、この作品が「20世紀の人類の苦悩」を描いた交響曲であるとするならば、この演奏は、少々平和ボケし過ぎていると言わなければならない。■この演奏が録音された1988年(録音は正確には11月23日と24日に行われた)は、年明け早々、ゴルバチョフ ソ連共産党書記長が、ペレストロイカ(建て直し)とグラスノスチ(情報公開)を主軸に自由主義政策を開始、4月にはアフガンからソヴィエト軍が撤退し、雪解け以来の平和主義的な方針転換が図られた時期だ(翌年末には、東西ドイツが統一される)。そういった社会情勢を、この録音で《革命》交響曲を演奏するに当たり、インバルやフランクフルト放送響のメンバがどの程度意識していたかは分からない。ただ、そういう状況下に於いて――プルデューのハビトゥス概念、ある状況においてなすべきことについての実践感覚――を参照するまでもなく、「もうこの曲をムラヴィンスキーみたいに演奏解釈する時代じゃないな」と、無意識的な感覚として感じていたことは、少くとも確かであるように思える。■しかしながら、録音から四半世紀が経とうとしている今、この演奏を聴くと、(録音当時の)インバルのスコア(書かれたもの)に対する「客観主義」は、少くともこの作品に関しては、弱点であるようにしか思えない。ビシュコフ/ベルリン・フィル、アシュケナージ/ロイヤル・フィル、ヤンソンス/オスロ・フィル、レヴィ/アトランタ響など、80年代後半に録音された、他の西側の指揮者とオーケストラによるライバル盤も同じような傾向で、それらと比べると悪くはない。だがその一方で、ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管やマクシム・ショスタコーヴィチ/ロンドン響といった、非常に力強い有力盤もあるので、やはりこの演奏では物足りなさが残ると言わざるを得ない。そして、最後に、純粋に西側のアーティストによる《革命》交響曲の演奏といえば、94年のデュトワ/モントリール響盤[LONDON]が最良のレファレンス盤であり、デュトワこそ、最良のショスタコーヴィチ指揮者である、と筆者が固く信じていることを付け加えておこう(80年代に聴いた、ベルリン・フィルやバイエルン放送響との交響曲第8番や第10番、第13番の演奏は、ザンデルリンクもかくやと思わせる素晴らしい演奏だった)。

MISPRISIONER さん | 東京都 | 不明

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ショスタコーヴィチ(1906-1975)

「わたしの交響曲は墓碑である」という“証言”の中の言葉によって象徴されるショスタコーヴィチの音楽と生涯への価値観の変質は、今もって盛んな議論と研究、演奏解釈によって再認識過程の最中にあるとも言えますが、作品によってはすでに演奏年数も75年に及び、伝統と新たな解釈の対照がごく自然におこなわれてきているとも言えそうです。 圧政と戦争の象徴でもあったソビエト共産主義社会の中に生き、そして逝ったショスタコ

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