ショスタコーヴィチ(1906-1975)

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CD 輸入盤

24の前奏曲とフーガ全曲 メルニコフ(2CD+DVD)

ショスタコーヴィチ(1906-1975)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
HMC902019
組み枚数
:
2
レーベル
:
:
Europe
フォーマット
:
CD
その他
:
DVD付き,輸入盤

商品説明

ニコラーエワ盤を超えたか!
ショスタコーヴィチの難物にとんでもない凄演がついに出現。
メルニコフ驚愕の新譜


ショスタコーヴィチ壮年期の『24の前奏曲とフーガ』はその巨大さ、深さ、技術的難度ゆえ、ピアニストにとって最高峰のひとつとなっています。全曲の録音も多くはなく、いまだに初演者ニコラーエワのものが超えるものなき決定盤の地位を保っています。しかし、今回ロシアの俊英メルニコフがまさに命をかけてチャレンジした録音は驚くべき完成度で、この世のものとは思えぬ域に達しています。この音楽的深み、さらに時折見せる暗黒の情念など30代とは思えぬ成熟度、さらにニコラーエワにはない21世紀的な新しさなど、どこをとっても非の打ちどころなし、ついにニコラーエワの盤を超える演奏の出現と思えます。
 特典にクリスティアン・ルブレ制作のDVD付。第24番の実演に加え、個人的にも親しい間柄のアンドレアス・シュタイアーをインタビュアーに、作品について約23分真摯に語る姿が収められていますが、両者ともわかりやすい英語(日本語字幕なし)で、非常に興味深い内容となっています。2010年最衝撃のピアノCDのリリースと申せましょう。(キングインターナショナル)

【24の前奏曲とフーガ】
大作『24の前奏曲とフーガ』について、ショスタコーヴィチは以下のように語っています。「最初は対位法音楽の技術的な習作のつもりだった。しかしその後構想を拡大し、バッハの平均率クラヴィア曲集に倣って、一定の形象的内容を持つ小品の対位法様式による一大曲集にすることにした」。
 1950年7月、ショスタコーヴィチは、バッハ没後200年記念祭に参加するためにライプツィヒに向かいますが、この曲集はもともとその旅行のさなかに練習曲として着想されたものでした。
 その後、ソ連代表団の団長として、また、同時に開催されたコンクールの審査員として、さらに閉会式で弾かれた3台のピアノのための協奏曲の独奏者のひとりとして記念祭に参加・滞在するうちに、バッハの音楽から深い影響を受けて作品の構想が拡大したという経緯が上の言葉にも表れています。
 ちなみに、このとき開催された第1回バッハ国際コンクールの優勝者は、ソ連から参加した当時26歳のニコラーエワ(ニコライエワ、ニコラーエヴァとも)で、彼女の演奏に多大な感銘を受けたショスタコーヴィチは、『24の前奏曲とフーガ』の公開初演を彼女に依頼しているほどです。

 作品は、平均律における24のすべての調性を用いて書かれており、バッハと同じく「前奏曲&フーガ」というスタイルを踏襲しながらも、楽想にはロシア的な要素も濃厚に反映されているのがポイント。
 そこにはロシアの古い英雄叙事詩である“ブィリーナ(語り歌)”からの影響や、ムソルグスキーから自作の『森の歌』に至るまでのロシア・ソヴィエト音楽を俯瞰するような引用なども幅広く含まれており、当初の「技術的な習作」という作曲意図とは遠くかけ離れた壮大な意図をみてとることが可能です。
 バッハの『平均律』への賛意をあらわすためか、全体の雰囲気は基本的には明快なものとなっていますが、各曲の性格は多彩であり、ときに深い瞑想性・哲学性を感じさせる音楽から、いかにもショスタコらしい凶暴さを窺わせるものまで、見事なまでの対位法的統一感のもとに雄弁な楽想を展開していてさすがと思わせます。
 この作品がショスタコーヴィチ最高のピアノ作品であることはまず間違いのないところで、作曲家同盟の過酷な批判(いつもながらの他愛のない理由ですが...)にも関わらず、ニコラーエワやユージナ、リヒテル、グリンベルグなどによって熱心に演奏されていたのも十分に頷けるところです。
 なお、作曲は1950年10月から1951年2月の4ヶ月間でおこなわれ、約2ヵ月後の1951年4月5日に開かれた作曲家同盟の会議での席上、ショスタコーヴィチ自身により抜粋試演されて、「理想主義的」「形式主義的」と批判を受けます。全曲の初演は、それから約20ヶ月が経過した1952年12月23日、および12月28日に2日間かけておこなわれました。

【収録情報】
ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ Op.87(全曲)
 アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)

【DVD】
・クリスティアン・ルブレ制作によるメルニコフとシュタイアーのインタビュー(約23分)
 原語:英語、字幕:フランス語、ドイツ語、NTSC、Region All

【メルニコフ・プロフィール】
1973年モスクワ生まれ。16歳の時、シューマン国際コンクール、エリザベート・コンクール、ユネスコ国際コンクールと矢継ぎ早に上位入賞。モスクワ音楽院では名教授レフ・ナウモフ教授に師事。1992年ドイツのシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン音楽祭でリヒテルの代役として演奏したメルニコフは、満場の聴衆からの熱狂的な拍手を贈られます。それはまた、モスクワ生まれの若きピアニストがリヒテルの後継者として認められた瞬間でもありました。
 リヒテルにその才能を認められたメルニコフは、巨匠を中心とした周囲の優れた音楽家、ロストロポーヴィチ、バシュメット、グットマン、ヴィルサラーゼ等との共演を通して直接影響を受けながら、独自の音、色彩を完成。また、メルニコフと芸術面で非常に密接な関係にあったリヒテルは彼をロシアのタルーサ音楽祭とフランスのツールに招待。
 2004年よりハルモニア・ムンディと専属契約を結び、スクリャービン、ラフマニノフやブラームスのソロ曲集の他、ジャン・ギアン・ケラスやイザベル・ファウストなどと室内楽曲をリリース。またショスタコーヴィチ「プレリュードとフーガ全曲」やイザベル・ファウストとのベートーヴェン・ヴァイオリン・ソナタ全曲集をリリース。
 彼はまた歴史的なフォルテ・ピアノも演奏し、古楽器集団コンチェルト・ケルンと定期的に共演。また、フィリップ・ヘレヴェッヘとのオランダ・ツアーにもソリストとして参加していました。

総合評価

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この演奏にはびっくりした。 この作品の新...

投稿日:2018/09/15 (土)

この演奏にはびっくりした。 この作品の新たなる姿を示している。 発見の連続だった。 第12番ではオーケストラが演奏しているようなスケールの大きさを感じた。

ユローヂィヴィ さん | 大阪府 | 不明

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投稿日:2014/04/14 (月)

シチェルバコフ盤、ルバッキーテ盤の次にこれを聴きました。これらの録音はどれも甲乙つけがたい感じがします。 この作品の最高峰の録音といわれるニコラーエワ盤(3回目)を聴いてみたいと思いました。どのくらい違うのか?たぶん、「耳」の質がよくない私にはまたしても甲乙つけがたいのでしょう。 メルニコフ盤の弱点を挙げると、24曲目が3枚目のCDに入っている事ですかね。2枚に収まったように思う。

なりそんぐす さん | 神奈川県 | 不明

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シチェルバコフの神経の行き届いた美しい演...

投稿日:2012/07/04 (水)

シチェルバコフの神経の行き届いた美しい演奏が好きです。高度な技術に合わせて奏される弱音での音色のコントロールなど、見事だと思いました。ですが最後まで退屈することがなかったのはメルニコフの方でした。熟れているというか、よりショスタコーヴィチらしい仕上がりという気がします。

みんみん さん | 大分県 | 不明

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ショスタコーヴィチ(1906-1975)

「わたしの交響曲は墓碑である」という“証言”の中の言葉によって象徴されるショスタコーヴィチの音楽と生涯への価値観の変質は、今もって盛んな議論と研究、演奏解釈によって再認識過程の最中にあるとも言えますが、作品によってはすでに演奏年数も75年に及び、伝統と新たな解釈の対照がごく自然におこなわれてきているとも言えそうです。 圧政と戦争の象徴でもあったソビエト共産主義社会の中に生き、そして逝ったショスタコ

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