ショスタコーヴィチ(1906-1975)

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SACD 輸入盤

交響曲第13番『バビ・ヤール』 ウィッグルスワース&オランダ放送フィル、ローテリング(Bs)

ショスタコーヴィチ(1906-1975)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
BISSA1543
組み枚数
:
1
レーベル
:
Bis
:
Sweden
フォーマット
:
SACD
その他
:
ハイブリッド,輸入盤

商品説明

ウィッグルスワース / ショスタコーヴィチ:『バビ・ヤール』

ショスタコーヴィチの交響曲のなかでも、バス独唱とバスのみの合唱を含む特異な作品である『バビ・ヤール』。ロシアのバス歌手ならではの声量と重厚な表現が要求される難曲ですが、オランダ人、ヤン=ヘンドリク・ローテリングが挑戦。重量感あふれる歌唱を繰り広げています。(キングインターナショナル)

・ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 Op.113『バビ・ヤール』

ヤン=ヘンドリク・ローテリング(Bs)

オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団&男声合唱団
マーク・ウィッグルスワース(指揮)

SACD Hybrid
Stereo/Multichannel

【作品の成立とその背景】
ドミトリー・ドミトリエヴィチ・ショスタコーヴィチ[1906−75]の13番目の交響曲は、その歌詞内容を巡って初演当初から大きな反響をよんだ作品です。膨大な打楽器群を伴う大編成のオーケストラに男声合唱、バス独唱を要し、1時間にも及ぶこの問題作の焦点は、第1楽章のテキストであり、作品全体のタイトルともなっている詩「バビ・ヤ−ル(バービイ・ヤール)」にあります。
 
 エフゲニー・アレクサンドロヴィチ・エフトゥシェンコ[1933−]の手になる詩「バービイ・ヤール」は、1961年9月19日に「文学新聞」紙上で発表されました。当時28歳、新進気鋭の若手詩人によるこの詩は、第2次大戦中、ナチス・ドイツによってキエフ郊外のこの地でおこなわれた周辺ユダヤ人の大虐殺(2日間で33,771人)を直接のテーマとしながら、ロシアで帝政時代から根深く続いていた、そして当時のソヴィエトにあっては事実上蔓延していたとされる、反ユダヤ主義の告発を主眼とする、いわば、ソヴィエトの恥部を暴くような内容だったのでした。
 
 このような詩が、公式筋からの猛烈な批判を浴びつつも熱狂的な支持を生んだ背景には当時のソヴィエト政府が「雪どけ」といわれる緩和政策のさなかにあったことが第1に挙げられます。スターリンの死後、「思想から経済へ」と踏み出し、西側諸国との平和共存をうたった共産党政権の転換は、ヴァン・クライバーンのチャイコフスキー・コンクール制覇や、オイストラフ、リヒテル、ギレリスらの渡米公演など、多くの文化的な功績も残しましたが、一方で、そうした自由な空気の流入は国内言論の緩和という形であらわれ、自由な論説を展開する「雪どけ派」といわれる知的言論人を生み出してもいたのでした。エフトゥシェンコは、そうした言論人の急先鋒でした。

 ショスタコーヴィチが、いつこの詩を自らの題材に選んだのかは明らかではありませんが、1955年にバービィ・ヤールを実際に訪れたことがあったという彼が、この若い詩人の作品に心を惹かれなかったはずもなく、詩が発表されて約半年後の1962年3月には、後に第1楽章となる『バービイ・ヤール』が完成、当初は合唱付きの交響詩として完結する考えだったようですが、持病の右手神経症治療で入院中(同年7月21日まで)に、エフトゥシェンコの詩集「両手をふりあげ」から素材を探し、最終的に全五楽章の大作へと発展したのでした。異なる素材を選び出し、有機的に関連付けていったショスタコーヴィチの文学的センスには、この頃にはショスタコーヴィチと親しくなっていたエフトゥシェンコ本人をも驚嘆させたそうですが、さらに驚かされるのは、第一楽章以外の四章がすべて入院中に完成されたことで、記録によると、最終楽章「出世」が完成したのは退院の前日、7月20日とされています。

 この年の秋、ショスタコーヴィチは友人数人を自宅に招き、その13番目の交響曲を披露しています。持病のため以前のようには達者とはいかなかったようですが、ショスタコーヴィチは声楽の主要な旋律を歌いながら全5楽章をピアノ演奏、それぞれの楽章の前にはエフトゥシェンコが詩を朗読したそうです。限られた招待客には、作曲家仲間のハチャトゥリアンとヴァインベルク、歌手のガリーナ・ヴィシネフスカヤ、そして、この作品の初演を担うこととなるキリル・コンドラシンの姿があったとされています。

 初演は1962年の12月18日、キリル・コンドラシン指揮のモスクワ・フィルハーモニー交響楽団その他によっておこなわれましたが、ただちに当局の非難にさらされます。国家のタブーに触れた詩作、それを用いて新作を書いた国際的にも著名な作曲家という取り合わせは、いかに「雪どけ」のソヴィエトにあっても見過ごされることはなかった、というべきでしょうか。この頃には「雪どけ」の行き過ぎた緩和政策を見直す気運が共産党政権内で次第に高まっており、同年10月に終結をみた“キューバ危機”を「アメリカに対する政治的敗北」とする意見の台頭もあり、自由な気風は急速に去りつつあったようです。初演当日のバス歌手のエスケイプや、当初、初演の指揮をレニングラードでおこなうはずだったエフゲニー・ムラヴィンスキーが不可解な理由から指揮を断った背景に、政治的な圧力をみる意見もあります。そしてそのことは、ショスタコーヴィチとムラヴィンスキーの長年にわたる友情に最終的な終結をもたらしたともいわれています。

 初演後、第13交響曲は共産党政権から歌詞の一部改定を指示され、1963年2月に改訂歌版で再演、その後1965年にも同じく改訂歌詞で演奏されますが、その後は長く封印されてしまいます。初のレコーディングは、初演、再演とも指揮を務めたコンドラシンによって1967年におこなわれますが、原典歌詞の復活を求めた関係者の努力もむなしく、改訂歌詞での録音となりました。ソヴィエトにおけるこの原典歌詞による録音の解禁は、1985年のロジェストヴェンスキー盤まで待たねばなりませんでした。ソヴィエト以外では、当然ながら、1970年1月のユージン・オーマンディ指揮によるソヴィエト国外初演&初録音から一貫して原典歌詞が用いられています。

収録曲   

  • 01. 1. Babi Yar. Adagio
  • 02. 2. Humour. Allegretto
  • 03. 3. In the Store. Adagio
  • 04. 4. Fears. Largo
  • 05. 5. A Career. Allegretto

ユーザーレビュー

総合評価

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声楽・弦・管のバランスが絶妙に聴こえる。...

投稿日:2010/01/02 (土)

声楽・弦・管のバランスが絶妙に聴こえる。しかも録音が極めて優秀だ。工藤庸介氏の著書に『この交響曲にはショスタコーヴィチの魅力の全てがある』と表現されているが、この様に整然と演奏すると深い感動を覚えるのは作品が偉大であるからだと改めて感じる。繰り返し聴くに堪える演奏である。

上野5階人の証言 さん | 東京都 | 不明

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西洋音楽とは面白いもので、縦の線がきちん...

投稿日:2009/10/26 (月)

西洋音楽とは面白いもので、縦の線がきちんと揃った丁寧で緻密かつ端正な音楽作りをすればするほど、かえって曲に秘められた激情が顕わになり迫力がある演奏が生まれる場合があります。この演奏がまさにその典型。この指揮者はとても冷静で、客観的な音楽作りの職人に徹していますが、結果として生まれたこの迫真の演奏は、素晴らしいとしか言いようがありません。この曲の西側初演・初録音のオーマンディも、あれだけのベテランでありながら非常に真摯・誠実・謙虚な姿勢で演奏に臨んでいるショルティも、一点も揺るぎのない端正な音楽作りがかえってこのショスターヴィッチの傑作の異様なまでの迫力を伝えていますが、このウィッグルスワース盤はそれらの上をいくのではないか。アバドがどこかでマーラーの第6番に爆演は必要ない、とか言っていたそうですが、それと同じ意味でこの曲にも「爆演」は不要。引っ張ったり伸ばしたりなど誇張は不要。スコアにもともと存在する音符そのものが恐ろしさを伝える。コンドラシンの62年の初演ライヴからほとんどのこの曲のCDは聴いてきましたが、同じくコンドラシンのバイエルン・ライヴなどと並ぶ、これは必聴の名演です。

John Cleese さん | 静岡県 | 不明

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恐るべき超名演!第1弾の8番に続き、最高...

投稿日:2006/09/28 (木)

恐るべき超名演!第1弾の8番に続き、最高傑作かつ難曲の13番をSACDで世に問うあたり、この指揮者の自信の程が伺える。ハイティンク&コンセルトヘボウ管のCD以来、久々に感動した。ムラヴィンスキーは13番を振ったことがあるのだろうか?僕は、声楽を伴う楽曲を振らない指揮者はどうも信用出来ない。ウィッグルスワース、今後の活躍が実に楽しみな指揮者だ。次は何番で勝負してくるのかな?

カバポチ さん | 横浜市 | 不明

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ショスタコーヴィチ(1906-1975)

「わたしの交響曲は墓碑である」という“証言”の中の言葉によって象徴されるショスタコーヴィチの音楽と生涯への価値観の変質は、今もって盛んな議論と研究、演奏解釈によって再認識過程の最中にあるとも言えますが、作品によってはすでに演奏年数も75年に及び、伝統と新たな解釈の対照がごく自然におこなわれてきているとも言えそうです。 圧政と戦争の象徴でもあったソビエト共産主義社会の中に生き、そして逝ったショスタコ

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