どんと

どんと プロフィール

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1980年代、京都アンダーグラウンド・シーンで、そしてライヴ・バンドBo Gumbosのボーカリストとして、異彩なる個性を放っていたどんと。ロック、ニューウェイヴ、ニューオリンズの黒人音楽から、カリブやアジアへと多彩な音楽性を自然に取り入れ、昇華していた類稀なる音楽人であった彼のバンド時代を振り返ってみようと思います。

1962年、岐阜県で生まれた久富隆司は、1980年代京都大学入学後、ライヴハウスでアルバイトをしながら初めてバンドを組むようになり、自然に音楽の道を歩み始めました。当時、長身で日本人離れした顔立ちの彼は、ロッド・スチュワートに似ていると評判になり、「ロッド」〜「どんと」と呼ばれるようになったのもこの頃からです。このライヴハウスで玉城宏志、永井利光と知り合ったのがきっかけで、後にローザ・ルクセンブルグの結成に至りました。中国の民族衣装や弁天様のような出で立ちの彼は、その頃から異彩を放つ存在でした。そして精力的なライヴ活動を行ない、結成まもなくして「ヤングミュージック・フェスティバル」にて全国優勝、1986年に上京し「ぷりぷり」でデビューしました。今作では、彼らのカラフルな音楽性が全編にわたって表現されており、チャイニーズ風の旋律や、純和風な言い回しの歌詞であったり、ロックもファンクの要素もある、無国籍的な雰囲気を醸し出していました。シングルカットになった「在中国的少年」や、「アイスクリン」「だけどジュリー」「少女の夢」などの名曲が収録されています。

同年2nd「ローザ・ルクセンブルグU」をリリース。1stで表現された無国籍サウンドがさらに発展し、フォークやレゲエ、サイケデリック調など、どんとの幅広い音楽性が集約された傑作盤。代表曲ともいえる「さいあいあい」「シビーシビー」「橋の下」など、やはりどんとの独特のシュールな歌詞が印象強い作品になっています。この頃から、ブラック・ミュージック寄りのどんと&永井と、ニューウェーブ的な玉城宏志との音楽的志向の違いにより、3rd「ステイ・バット・イート」では曲・歌ともにどんとと玉城が分かれて収録されているが、「不思議だが本当だ」「ひなたぼっこ」や「モンゴル放送局」など2人の個性が際立った名演の作品です。そして今作発売後ライヴで、惜しくも解散。このときの模様は、「ライヴ・オーガスト」に収録されています。今作は未収録曲5曲を含む全25曲収録されており、ライヴバンドであるローザの完全盤ベストアルバム的内容です。どんとの独特のゆっくりとした温かい口調でのMCも涙モノです。

1987年、ローザの永井(bs)、岡地明(dr)、KYON(g/key)が加わった最強のメンバー、ボ・ガンボスが結成。バンド名は、どんとが敬愛するボ・ディドリーの「ボ」と、ニューオリンズの「ガンボ」から名前をとったことは有名です。この年、明治大学生田祭で鮮烈なライヴ・ステージを飾り、強烈なインパクトと衝撃を与えました。この頃から、ライヴでのその特異な衣装をまとったメンバーの圧倒的な演奏スタイルが話題となり、1989年、シングル「時代を変える旅に出よう」、ビデオ「宇宙サウンド」の同時発売でメジャー・デビュー。ライブ・バンドとして高い評価を受けていた彼らの音楽性を最も表現しやすいのは、やはりライヴであり、当時の浅草常盤座での派手なステージ構成の中で、狭苦しく踊り歌いまわるどんとや彼に負けじ劣らじのパフォーマンスをみせるメンバーを捉えたライヴビデオでデビューという形態となった。派手な布を巻きつけ、ひらひらと踊るどんとはまるで天女のように美しい姿である。同年7月にようやく記念すべき1stアルバム「Bo&Gumbo」をリリース。録音は憧れの地であるニューオリンズにて行われました。そして、バンド名の由来となった、ボ・ディドリーとの共演を果たすなど、みごとなまでの意欲作である。今作には、代表曲であり、ライヴの定番曲でもある「助けて!フラワーマン」「泥んこ道を二人」「ダイナマイトに火をつけろ」「魚ごっこ」「見返り不美人」など名曲揃いの傑作アルバムです。しかし、彼らの魅力はやはりライヴにこそあり、CDリリースと同じく、ライヴビデオも次々にリリースしてゆくようになりました。特に1990年以降続く「Hot Hot Gumbo」シリーズは、お祭り気分のフリーコンサートで、神懸り的などんとの姿を見る事ができます。

しかし、これまでの圧倒的なバンドイメージから逃れる事ができず、暗中模索する中、1993年に沖縄録音された4th「Bo Gumbo Radio Show」や5th「Go」での沖縄民謡やカリブ風サウンドを披露、また、1994年から連続して古今東西のロックンローラー達に捧げた超名曲カヴァー・アルバムを出すなど、ボ・ガンボスは音楽性の変容へと向かっていきました。特に、カバー3作目の「The Jungle Beat Goes On」は、ワールド・ミュージック満載のアルバム仕立てになっており、フェラ・クティのアフロ・ビートに始まり、日本版コンゴ、そしてどんとによる三線が登場している。これらの多様な音楽性を披露することによって、彼らは何より音楽を体で楽しむことを教えてくれました。しかし、これからのバンドの将来に不安を感じたどんとは、京都の神社にて「解散」の託宣を受け、1995年の解散ツアーでもって、ライヴ・バンド、ボ・ガンボスは解散してしまった。その理由も理由だが、どんと自身が自分の音楽を模索する中で、沖縄への憧れを強く感じ、また安息の地である沖縄に自由を求めていたことが一番の理由だったのでしょう。解散のラストツアー前にリリースされたライヴ音源からのベストアルバム「ずいきの涙」は、ボ・ガンボスの初期の曲を中心に収録されており、同時発売された最後のオリジナル・アルバム「Go Go King Live!」とは対照的な内容となっている。前者の方がファンからの支持は強く、やはりボ・ガンボスは初期のライヴバンドのイメージから脱却できなかったが、数々の名曲を残した事実は変わることなく、こうして作品が再発されて聴き受け継がれてゆくのでしょう。

そして1995年2月、どんとは家族とともに沖縄に移住する。7月にはソロ作「ゴマの世界」を自主制作でリリースする。そして97年「ディープ・サウス」、98年「サマーオブ・どんと」と、ソロ3部作を完成させる。ソロと平行して、ローザ時代からのパートナーである小嶋さちほ等とのバンド、海の幸でのリリース、ライヴ活動をマイペースに行っていた。

2000年1月、ハワイ旅行先でめまいを訴え、即入院。そして1月28日、ハワイ島ヒロ市にて逝去されました。一ファンとして、心よりご冥福をお祈り致します。

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