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風信子 さんのレビュー一覧 登録

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     2017/12/13

    ”シェルブールの雨傘”や”風のささやき”の映画音楽作曲家がサティを”弾く”!? 無知なるかな ルグランはブーランジェのピアノの弟子だった パリ国立高等音楽院出だったのだ まず”スポーツと気晴らし”が面白かった ルグランのピアノは噛みしめるようであり 説いて聞かせるようでもある 縦の響きを愉しんで弾いているとも感じた ”三つのジムノペディ”と”愛撫”以外はサティ40歳からの作品ばかりが集められている 還暦に届かず逝ったサティは最後の五年にピアノ曲を書いていない 管弦楽というには奇妙な”家具の音楽”とバレエ”ルラーシュ(本日休演)”そして歌曲集”潜水人形”を書いただけだ また40歳代の前半は寡作に終始した時期なので 実質50歳前後10年足らずに限定された所謂サティ晩年のピアノ曲集と呼んでいいと思う ルグランのサティ評を読むようだ 最後”匣の中のジャック”の切れ味とアイロニーの残り香にドキッとした お聴きになっては如何 

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     2017/12/11

    オーボエに取り憑かれた女がいる そいつを想うと胸が痛い お前に心配してもらう気は無いと睨まれそうだ 波乱万丈の大海をオーボエ一本片手に顔を上げて今日も泳いでいるだろう 縁があったアマチュア・オーボエ奏者の話をしようというのでは無い あんなか細い棒っ切れで吹けば鼻にかかったような哀愁漂う音を発する楽器オーボエは女性的と形容もされようが 女というものは殆御し難い(失礼!) 否いやこれはオーボエのことで そこそこ音出しは想像するほど難しくはないが 音楽表現となればそうそう思うに任せない楽器なのだ いるようでいない名手が渡辺克也だ ルクセンブルグ・フィルで名を馳せてソロに打って出た 群響と共演したモーツァルトを聴いて存在を知った (私家版で出ていたコンチェルトが手に入らなくなっているのが残念) 第2フルート協奏曲で親しんでいたオリジナルを聴いて飛び上がった なんていい曲なんだと初めて思ったほどだ オーボエの名手というと都響の以前の二人の奏者を思い出す もう退団されたが‥ 余談にばかり終始した 何はともあれこの渡辺克也のオーボエお聴きになっては如何  

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     2017/12/10

    一昔前の言い方だが 人生50年を地で行ったシルヴェストリとは行き違いになったようで出会わなかった 夜空に星座を見るような感覚でその名前だけを記号のように覚えていた だからこのドヴォルジャークの”第7交響曲”で初めてその音楽に触れたのだ 半世紀以上前の演奏録音だがクリアーなサウンドが耳に飛び込んできた時 新鮮な風に吹かれたように身が引き締まった ヴィーンPOの反応の良さに面食らった こんな演奏もできるんだと感心すると俄然シルヴェストリへの興味が掻き立てられた ルーマニアでマイスターを続けていたが晩年イギリスへ渡ってそこで生涯を全うした まだ50代半ばだった やはり共産圏からの脱出だったのだろうか 故国を捨てる決断が日和見的見解から為される筈もない この演奏に見るシルヴェストリの音楽の決然とした運びと訴えかける激しさはその生き様を映し出しているのか 想像が止まらない お聴きになっては如何  

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     2017/12/10

    天井桟敷で聴くソノリティ 遠近感あるいは立体感ある音響に包まれる 45年前のプロムシュテット若かりし時の傑作 シュターツカペレ・ドレスデンの燻し銀サウンドは決して五月蝿くならない ドレスデンにボヘミアの風が吹き込んだかといえば然に非ず コスモポリタンのドヴォルジャークなのだが プラハを北上すること200Km足らずでドレスデンに至るのだ この東ドイツの工業都市にボヘミアの風が滑り込んでいたやもしれぬ これほどの美しい余情を醸して余りあるのだから 全曲踊りまくってしまった さてプラハを東寄りに南下すること300Km余りにウィーンはある このシューベルトを忘れてはいけない 生前に演奏された最後の交響曲”第6番”は傑作なのだ だがその真影を見せ聴かせる演奏にはなかなか出会えない 第一プログラムに取り上げさえしない指揮者が多い ブロムシュテットは真価を識っていた ベートーヴェン型シンフォニーの最高点に達している 主題労作を展開のベースに置きながらデュナーミクの変化から劇性を生み出す音楽 シューベルトはさらに音色変化を加え繊細な表現へ歩を進めている これはロマン派の技法の先鞭となり メンデルスゾーンやシューマン音楽の先達となり フランス音楽へもその波は伝わることになる 繰り返し聴きたくなる演奏がここにある お聴きになっては如何    

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     2017/12/10

    ホッとする ”新世界より”には戻ってきた感覚が付き纏う わたしには音楽の故郷の一景となっている 音楽と出会って三年はレコードを10枚しか持っていなかった 毎日取っ替え引っ替え10枚を繰り返し聴いた その中の一枚が”新世界より”だった そこにはいつも希望が待っていた 癒したり慰めたりの湿っぽさは要らない 愛と夢と勇気をくれる旅立ちの起点 それがわたしの故郷”新世界より”だった ネルソンス&SOBRの青昊に響き亘るような抜けの良いサウンドが胸に沁みわたる 乾いた哀感もこれから旅立つ男の脚を軽くする 巻末に置かれた”英雄の歌”は5曲の交響詩の掉尾を飾るものだが ”新世界より”を書き終えた後 エルベンの民話集のバラードに依った前奏曲4曲とは異なる孤高に立つ音楽であり ドヴォルジャーク最後の管弦楽曲だ 即ち大団円 この後ドヴォルジャークは三つのオペラを書いて世を去ることになる ”英雄の(生涯ならぬ)歌”にはネルソンスの思い入れが谺している この一曲だけでも聴く価値を実感する お聴きになっては如何    

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     2017/12/09

    東京都交響楽団のコンサートマスター小林健次を中心として’74年に結成された名弦楽四重奏団”ニューアーツ”はその名乗りのように現代音楽演奏に特化した団体だった 四人は都響の団員で構成される 現在は皆退団している 同時に”ニューアーツ”が演奏している姿もその演奏も霧消した だが忘れられない この”DIRECTION”も入手不可能になっている 確か彼らだけの演奏で構成されたディスクはこの一枚だけだと思う 実演の情景は今も鮮明に思い出される 無愛想なのにフレンドリーな空気に包まれて和やかだった 四人の個性が手に取るように分かり面白かった 求道者小林の気難しい遊びに平尾 江戸 苅田が嬉々として加わった感があり微笑ましかった 現代音楽=難しいの公式を消し去るクリアーで実に音楽的な演奏で(知情意のバランスが取れているという意味で)自然に身内に流れ込んできた 都響は21世紀になって上手くなったのではない 小林の時代から一頭地を抜いていたのだ そのパートリーダーが集っての仕業であれば傾聴に値した 楽団の復活は叶わないが 演奏記録を収集して新たなディスクが編集されんことを願うものだ また是非多くの人の耳に届けたい

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     2017/12/09

    クリスマスが近づくと チパンゴ・コンソートが聴きたくなる このアルバムは’10年冬のライヴだったと思うが記憶に自信はない 大学の音楽堂だったかしら 立錐の余地もなかった 旅から戻ったその足で僅かな当日券を求めて寒風のなか列に並んだ ”そのコンサート”をほぼほぼそのままディスクにしている 小気味好いコレッリの合奏協奏曲から始まった オノフリが福岡の古楽音楽祭に招かれて間も無く日本で組織したピリオド・アンサンブルは美事だ ヴィヴァルディの”冬”の仕掛けに度肝を抜かれる ヘンデルを挟んで再びヴィヴァルディと極上のアンサンブルを堪能して 締めはモーツァルトだ この”アイネ・クライネ〜”でまた飛び上がった まるで別の曲だ 譜読みと奏法の違いがこれほど音楽を生まれ変わらせるとは信じ難い 満足した夕宴には極上の土産がついた ”パッヘルベルのカノン” この一曲を聴くためにこの宵があったと言って過言でない これがもう一度聴きたくてディスクを求めた お聴きになっては如何     

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     2017/12/09

    チェコ人でありながら異邦人として生涯を終えたマルティヌーからはコスモポリタンと呼びたくなる色合いをどうしても感じてしまう 民族や文化の残影を曳いていない音楽に出会うのは難しい マルティヌーの音楽からは許された自由を感じる それは開放感を振りまくと同時に不安感を孕んでいる 言い換えれば 浮遊あるいは飛行は無限の可能性を予感させるが上下の別さえなくどこへ着地するか知れない恐怖を纏っている 由って来るところが知れず行き着く果てが見えない宇宙空間に放り出されたような孤独を味わう それはマルティヌーの心そのものだったのではないか だからか あんなに多作だったのでは‥ ここには3楽章からなる三曲が並ぶ 大変に興味深く味わい深い ”セレナーデ”もいくつも書いている ”第2番”は’32年に書かれた三曲の一つで2VnとVaによる小品だが漸進的で美しい ファウストの独奏を得て”第2Vn協奏曲”を聴く 夢幻の淵を辿る旅は終わらない ビエロフラーヴェク&PPの秀演は”トッカータと二つのカンツォーネ”で白眉を迎える ピアノのオブリガードを伴ったオーケストラ曲は決してP協奏曲ではない バーゼルCO創立20周年に献呈された三楽章からは多層民族国家アメリカ的なるものが聞こえ 加速度化して止まらぬ歯車が覗く 堪らなくなって牧歌的なるものの幻影が這い下りてくる だが無機的な風がどこからともなの吹き込む 怖いけれど面白いこの音楽お聴きになっては如何 

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     2017/12/08

    篦棒に面白い 漸く作品20がどういう風に鳴っていたのか識った 1772年のことだ そして”シュトゥルム・ウント・ドラング”とは何だったのかを耳で確かめた 疾風怒濤と訳されているからわたしも暗示にかかっていた 弾けるような躍動感みなぎる”切れの良さ・激しさ”をイメージしていた ハイドンの音楽から溢れんばかりの抒情を受け取ろうとは想像だにしなかった 理性に対して感情の優越を以って書かれたものを 結局古典主義の枠の中で転がしていたに過ぎない数多の演奏に耳を盗られていた 18世紀後半の弦と弓で弾けば ロングトーンは円弧を描き スタッカートはマルカート風になる 現代ヴァイオリン奏法に慣れた耳にはそれこそキレが悪く聞こえる もうここからは好悪の範疇になる 子どもの頃からハイドンは退屈で仕方なかった 大人になって納得顔していたけれど 木で鼻を括られたようで 心踊ったり胸を熱くして長い余韻に浸ることはなかった 音楽室に掲げられていた無愛想なおじさんの顔など誰が覚えていようか でもハイドン小父さんはこんなにフランクな人だった 記憶の中にいつまでも生きている美しい魂だった この血も涙もある音楽をお聴きになっては如何 

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     2017/12/07

    稀有稀代な全集のスタート曲”第1”には何のオーケストラを起用するか 出歯亀ならずとも興味津々となったものだ それにロンドンSOで応えたクーベリックだったが 当時なるほどと膝を打ったものだ 九つのオーケストラを見渡して ニュートラルで広い適応力を横溢させているLSOが最適だ 実際知情意の均整美を宿した彫像のごとき名演となった 続く”第4”はイスラエルPOへバトンが手渡った シューマン言うところの”ギリシャの乙女”ならぬ”第1”にも増して均整美がとれて ギリシャ彫刻を連想する引き締まり方だ スポーティな外観に優美さを纏いながら筋肉質の力を秘めているかのようだ 実に快適に鳴りながら淀みや拘りの片鱗も見せない潔さにただ聴き惚れた あっという間に二曲が過ぎた なんとも爽やかな涼感が残った 未来を見て躍動する若々しさにも似て清々しい 美しいディスクだ ピリオド気触れのわたしでもこの演奏に古さを感じなかった お聴きになっては如何 

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     2017/12/07

    風は冷たくなったが 小春日和の昼 シナモン・カフェを啜りながら聞いた なんとも長閑な”田園”に微睡みかけた 集中すると苛苛が募っていくスローテンポなのだ 遠い記憶を手繰って懐かしむ質ではないので 退屈の神が忍び寄ってくると思いきや読書するに丁度良いテンポと気づく 昨日図書館で借りてきた本の続きを読み始める ‥管楽器の音色が耳に留まる 成る程パリ管だ 音楽は”農民たちの楽しい集い”に入っていた 本を置く ”雷雨”へ”牧人の歌”へと耳傾ける ベートーヴェンの楽天性が見える ”嵐”も驟雨で 人生の岐路に立つ深刻さはない ”田園”全体が人生や生命への感謝に満ちた音楽なのだ 生きる上に苦難はあるがこの気持ちを忘れてはいけない フィナーレ涙が溢れた ”セロ弾きのゴーシュ”(高畑勲作品)が観たくなったが2枚目へ 大好きな”第8”から聴く やはりこの全集の白眉にして ベートーヴェンの”第9”を脇に置けば 頂点であり究極の交響曲だ クーベリックの美点がクリーヴランドO.の音と機能を借りて結晶した演奏でもある 主題労作とデュナーミックの作曲家は音楽の未来を指し示してもいる 予言は20世紀に顕現した それはリズムが音楽を支配する時代の到来だった ”第7”へ戻る ヴィーンPO ムジークフェラインザールの音だ 悠揚迫らぬ風情が漂う DSDリマスタリング SACD化の効果覿面 ヴィーン・サウンドを愉しむ 今は自分の音楽を持っているから趣味じゃないが これだけは残しておきたい   

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     2017/12/06

    時代が人肌を恋しがった20世紀前半に愛された音楽を無作為に並べて供する鷹揚さがパーム・コート・シアターにはある クラシックとかダンスホール音楽とかレッテル張ってる煩わしさを笑い飛ばす この”ピクニック・パーティ”では歌は兎も角 ソウ(鋸チェロ)あり口笛ありと意外なソノリティに出会うが 管楽器のソロも印象的で飽きさせない こうしたライト・ミュージックが消えないことを願うばかりだ こうした気を張らずに済むホモフォニー音楽を奏でるオーケストラがある町や地域であってほしい プロムナード・コンサートが身近で聞けるような場があってほしい プロばかりでないアマチュアが気軽に楽器を持ち寄ってそれこそピクニックにでも出かける仲間のように集まってきて音楽を奏でたい 聴衆も一緒にメロディを口ずさんで皆で音楽を愉しめる社会を築きたい なかなかPCTOのディスクは手に入り難くなっているがお聴きになっては如何 

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     2017/12/06

    ー対位法、調性及びピアノ奏法の研究ーと銘打った”音の戯れ”は反十二音技法による無調音楽への試みと言っていい 調性音楽を拡張することで調性の香りを残しながら只管全十二音の均質平等等価による音楽へ接近しようとする 各所で響く和音は偶発せしものであり和声進行を前提としていない それでも随所に調性感を感じざるを得ない事実も突きつけている 演奏者は調性感を感知しながらも対位法として線の進行に専心しなければならず困難な均衡を取ることを常に強いられる ベレゾフスキー演奏の可否は作曲者ヒンデミットに引責がある 明らかに解決されないが和声音楽の書法に傾いてしまう部分があるからだ むしろ実験的な試みより音楽の渾身から滲み出す抒情性が浮上してきて聴く者の感性を撫でていく 曲が先へ進むに連れ”フーガ”は取り留めなく聞こえ 繋ぐ”間奏曲”の方に余韻というか余情が濃くなる 25曲目”後奏”は流石に曲も演奏も一頭地を抜く出来だと納得する 聴かないことには始まらないので お聴きになっては如何 ”ルードゥス・トナリス”の後で”1922年”は蛇足だろう   

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     2017/12/04

    不智にして1枚目冒頭のバレエ曲には面食らったが 扉を押して分入れば宝珠の原だった ビーチャム=ディーリアスの”パリ”を久しぶりに傾聴した 見事だ この二人には4枚目でも再会できる プレヴィン&LSOは一際光彩を放つ ブリテン マクスウェル=デイヴィス エルガー ウォルトン 孰れも好かった プレヴィンのお膝元では軽いヨー・ヨー・マチェロがしっかと腰の据わった味わい深い音を奏でている コレクションの中核はバレンボイムのエルガーで両交響曲を柱にその世界を堪能させずに置かない RVWの二つの戦争交響曲をミトロプーロスとストコフスキーで聴く なんという贅沢 核心を突く名演に眼前の霧が晴れた思いだ 締めはウォルトンの曲をコストラネッツとオーマンディで聴く これが意外にも面白い アメリカで通俗曲を中心に演奏活動を展開した二人が現代作曲家ウォルトンを何故取り上げたのか 聴けば分かるが コステラネッツではまるで映画音楽の趣を醸し オーマンディは壮大な世界を開いてみせる お聴きになっては如何   

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     2017/12/01

    ’70年代当時の”オーケストラ”の記録として忘れることができない 九つのオーケストラが一曲ずつベートーヴェン・シンフォニーを演奏して全集とする企画は痛快 クーベリックならばこその”華”となった 一個一個のオーケストラの特性が記録された 同時にレジデンスとしている ”音楽堂”の個性も伝えるものだ ここで言えば コンセルトヘボウの深く広がる響き そして ボストンSHの引き締まって弾力のある響き オーケストラの音色を左右するホールの性質と残響が手に取るように分かる DSDマスタリングによるSACD化によってより明瞭になった これは愉しい こうして生まれるサウンドがそのオーケストラの音楽に決定的な影響を与え向かうべき方向を示唆することは明白だ その上で選ばれた曲目となればさらに味わいが深まる わたしはピリオド演奏を支持する者だが このロマンチック時代遅れ演奏に満足している これだけは残しておきたい  

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