交響曲第8番、怒りの日、ダヴィデの詩篇より ヴィト&ワルシャワ国立フィル
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kurokage | 千葉県 | 不明 | 2011年07月26日
様々な束縛から自由になること自体が目新しく、自己主張ともなった幸せな時代が過ぎてしまうと、全く何の束縛もない中でどうやって音楽を紡ぐのかという本質的な問題に直面する時期が訪れる。宗教的インプレッションに頼る、歌詞を導入して言葉が持つ山谷に曲を先導させる、というのはいずれも比較的ありがちな解決手法なので、正直「ペンデレツキお前もか」という気がしないではないのだが、今回の第8交響曲くらいになると、そこすら更に突き抜けた感じである。 怒りの日あたりは言葉に頼りつつもやはり現代音楽なんだぞという主張が旺盛で、冒頭にはトレードマークのトーンクラスターも現れるし、声楽表現の可能性探求にも余念がない。これはこれで変化に富んだ力作だが、現代音楽がどうあればよいのかという悩みを悩むことなどそもそも無意味なんだと言わんばかりの第8交響曲を聴くと、これで思いが伝えられてるならそりゃそれでいいよねえ、と思ってしまう。 大地の歌などが引き合いに出されているが、連作歌曲形式というよりは歌謡交響曲なのであろう。最終曲に向けて、その前の殆どの曲は抑えた表現の中で美しく、もの哀しく、静かにリードの役割を果たしている。作曲技法そのもをひけらかすのではなく、必要と思うだけの表現法で書けばこうなったと言っているようだ。普通に聴いて普通に美しい曲であり、それで十分ということなのだろう。ヴィトはいつもながらの手堅い演奏だし、録音も良好である。1人の方が、このレビューに「共感」しています。
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