ワンマン・バンドの宿命であろうか、メンバー・チェンジが定例行事のようになったジェスロ・タルであるが、71年には最後のオリジナル・メンバー、クライヴ・ハンガーまでもが脱退してしまう。ジョン・エヴァン同様、ジョン・エヴァンズ・スマッシュ時代に田舎に帰っていたバリモア・バーロウがクライヴ・ハンガーの後任として加入する。72年にはライヴ+未発表音源などで構成された『Living In The Past』をリリース。また同年バンドはクリサリス・レコードへと移籍。8歳の少年による詩をもとにしたトータル・コンセプト・アルバム『Thick As A Brick』をリリースする。前作『Aqualung』と並ぶ大傑作で大ベストセラーを記録し、完全に名声を物にした。73年にはイアン自身が監督、脚本、編集を務めた映画とステージを融合させるための『Passion Play』をリリース。1年間ステージ活動を停止した後の74年10月には『Warchild』、75年4月には『Minstrel The Gallry』をリリースするなど、このメンバーでのジェスロ・タルは比較的安定した活動を続けることになった。74年には同メンバーで日本公演も行っている。
その後も何度かのメンバー・チェンジを繰り返しながら、ジェスロ・タルは順調キャリアを重ねていく。時には失速し、バンド崩壊の危機も訪れているが、何だかんだでその度に危機を乗り越えている。87年にリリースした『Crest Of A Knave』が88年度グラミー賞から新たに設けられた「Best Hard Rock/Metal Performance Vocal Or Instrumental」でボン・ジョヴィ、ガンズ・アンド・ローゼズ、メタリカといった当時勢い盛んであった若手バンドを押しのけて受賞してしまう。また同年、活動20周年を記念し4枚組のボックス・セット『20 Years Of Jethro Tull』をリリースした。その後もアコースティックによるライヴ・ツアーを展開し、93年には再来日、95年にはトラッド色豊かな『Roots To Branches』をリリース、99年にはIT時代を象徴するかのようなタイトルの『J-Tull.Com』をリリースした。もちろんバンドは今なお存続している。