【コラム】THRASH DOMINATION 2018

2018年01月29日 (月) 22:15

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 今年もスラッシュ・メタル・ファンにとって、1年で最も重要な行事であるスラッシュ・ドミネーションが開催される。それにしてもあのDark Angel奇跡の初来日から、すでに2年もの月日が経っているとは!あまりに月日が過ぎるのが速すぎて、時間感覚がおかしくなりそうだ。それはともかく、今年のメンツももちろん豪華。まずはスラドミ最多出演のExodus。そして16年の最新作『Brotherhood of the Snake』も大好評であったTestament。で、もう1バンドがビックリ。Warbringerである!何がビックリなのかって、スラドミ史上初の若手の登場だからだ。まあWarbringerの結成は04年、今年で活動14年目であるから、「十分オッサンだろ!」と言いたくなる気持ちもわからなくはない。だが、これまでスラドミに登場してきたバンドが、ほぼすべて80年代から活動していた真のオッサンたち(結成が80年代でないのはNevermore、Dragonlordくらいか。そのいずれもオッサンのバンドであることに変わりないが。ついでに言うとExodusの結成は70年代だ。)ということを考えれば、Warbringerは十分に若手と呼ばれる資格がある。

 さて、スラッシュ・メタルは80年代を代表するエクストリーム・メタルのジャンルであるが、「スラッシュ・メタルとはこういうものである」という共通認識、すなわちアイデンティティが確立されたのは、実は21世紀に変わるころだったのではないかと思うのだが、いかがだろう。何を訳のわからないことを言っているのだと思われるかもしれないが、私の考えはこうだ。

@ 80年代初頭〜86年:アイデンティティ模索期
A 86年〜90年代初頭:『Master of Puppets』の衝撃によるアイデンティティ崩壊期
B 90年代初頭〜90年代終わり:アイデンティティ喪失期
C 90年代終わり〜:アイデンティティ確立期

これを検証するのに、今回のスラドミ登場バンドであるExodus、Testament、Warbringerの3バンドは打ってつけ。スラッシュ・メタルがたどった長く曲がりくねった道を見ていこう。


@ 80年代初頭〜86年:アイデンティティ模索期

 80年代初頭、NWOBHMやハードコア・パンクから、スラッシュ・メタルは「まったく新しい音楽」として生まれた。まったく新しい音楽であったわけだから、アイデンティティも確立されていなかった。各バンドがそれぞれに、自分の思い描くスラッシュ・メタルを模索、演奏していたと言える。初期のバンド、例えばSlayer、Exodus、Kreator、Destruction、Voivodらが、まったく違う音を出していたことを考えてもらえばわかりやすいだろう。しかしそれでも「速いほど偉い」「イーヴルなほど偉い」という、何となくの共通了解があったのは間違いない。(これはSlayerのデビュー作、『Show No Mercy』(83年)によって設定されたと考えられる。)だからこそスラッシュ・メタルは毎月BPM記録を更新し続け、際限なくスピード・アップしていったのだ。Exodusの歴史も、このスラッシュの足跡に一致する。結成は79年にまで遡る。初期はJudas Priestのカヴァーなどをやっていたようだ。82年に初のデモを発表しているが、この時点でもまだやっているのは通常のヘヴィ・メタルと言えるもの。だが、彼らもこのあたりからスピード競争、イーヴル競争に飛び込んでいく。83年のリハーサルやライヴ・テープなどがネットでも出回っているが、この年になると、そのスタイルは我々のよく知っているExodusのそれと大差ない。Exodusとしてのスピード競争、イーヴル競争の成果が、デビュー作にしてスラッシュの金字塔、『Bonded by Blood』(85年)である。この『Bonded by Blood』を含め、85年〜86年にリリースされたスラッシュ・メタルの名盤は数知れない。「速いほど偉い」「イーヴルなほど偉い」という競争の頂点が86年だったからである。この年リリースされたSlayerの『Reign in Blood』、Dark Angelの『Darkness Descends』、Kreatorの『Pleasure to Kill』あたりは、スラッシュという範囲内におけるスピード、イーヴルさの頂点だろう。ただ、頂点とは言っても「肉体的にこれ以上速い演奏は無理」という限界点に達したということではない。(事実、翌87年にはナパーム・デスがアルバム・デビューする。)音楽的はさらにスピード・アップすることも可能であった。だが、スラッシュ・メタルは、とある事件をきっかけとして、自主的にスピード競争、イーヴル競争を止めたのだ。というよりも、これらとは真逆、すなわち「スラッシュといえども速ければ良いというわけではない」「サタンよりも社会問題を取り上げるほうが偉い」という価値観が広まり、それまでのアイデンティティが全否定されたと言った方が良いだろう。Exodusを見てみればよい。現在スラッシュ・メタルのアルバム投票をやれば、常にベスト3入りは固い歴史的名盤である『Bonded by Blood』。だが、当時Exodusはたった1枚でこの方向性を捨て去り、急激に広まった新基準にのっとってセカンド・アルバムを作った。一体スラッシュ界に何が起こったのか。

 ちなみにTestamentの前身バンドであるLegacyも、83年という早い時期に結成されている。ご存じだとは思うが、83年〜86年レガシーでヴォーカルを務めていたのは、後にExodusに加入することになる(そして現ヴォーカリストの)スティーヴ・スーザである。

A 86年〜90年代初頭:『Master of Puppets』の衝撃

 スラッシュのアイデンティティを180度引っくり返した事件とは何か。なんてわざわざ引っ張るまでもなく表題に書いてあるとおりなのだが、そう、『Master of Puppets』バカ売れ事件である。このメタリカの3rdアルバムは、ビルボードの29位にランクインするという、誰も夢にすら見なかったような快挙すぎる快挙を成し遂げたのだ!そもそもメタリカは、スピード競争にもイーヴル競争にも、一切関与していなかった。それどころか84年のセカンド・アルバム『Ride the Lightning』の時点で、すでに故意にスピード・ダウンをしていたほど。(それ以前にメタリカはスラッシュと呼ばれることにすら異を唱えていたのだが。)メタリカの武器は「インテリジェンス」であった。複雑で長大な楽曲にタイトな演奏、そして社会問題を鋭く反映した歌詞。彼らのインテリジェンスは、「速いほど偉い」「イーヴルなほど偉い」というアイデンティティとは対極にあるものだった。スラッシュでも売れる。ただしインテリジェンスがあれば。速くてはダメだ。サタンもダメだ。『Master of Puppets』というたった1枚のアルバムが、スラッシュ・メタルというジャンルのアイデンティティを崩壊させてしまったのである!一番わかりやすい実例が、先にも言ったとおりExodusだ。『Master of Puppets』通過後の87年にリリースされたセカンド・アルバム『Pleasures of the Flesh』は、あらゆる面において『Bonded by Blood』の逆を行く作品。全体的にスピード・ダウンし、(一般的な意味で)歌を歌えないポール・バーロフの代わりにスティーヴ・スーザをスカウト。歌詞には政治批判や大企業批判を取り込んだ。(歌詞の変化が最も露骨だ。「俺はサタンに守られている、暴力で教えてやろう」→「政治家は自分の利益しか頭にない」という調子。)Exodusの創設者の一人があのカーク・ハメットだったということを考えれば、「『Master of Puppets』の影響を受けるな」という方が無理な相談であろうが。86年以降の数年間のスラッシュ・シーン全体が、『Master of Puppets』という巨大すぎる影に支配されていたのだ。世界中のスラッシュ・メタル・バンドが、多かれ少なかれメタリカからの影響を受け、インテリジェンス、そして商業的成功を追い求めていたのである。


 86年にスティーヴ・スーザをExodusに引き抜かれたLegacyは、チャック・ビリーをヴォーカリストに迎え、体勢を立て直す。Testamentとバンド名を変え87年にリリースしたデビュー作『The Legacy』は、過度に速いわけでもなく、過度にイーヴルでもなく、演奏もタイトというポスト『Master of Puppets』期を代表する名作の1つ。デビュー盤にしてメジャー配給であったというのも、あの時期を象徴している。この頃、Metallica、そしてExodusを輩出したベイエリアは大きな注目を集めた。87年〜88年にかけては、Testament以外にも、Death AngelやForbidden、Heathenなど、いわゆるベイエリア・スラッシュと言われるバンド群がこぞってデビュー、ここ日本でも大きな話題となった。これらのバンドは、初期のスラッシュにあった「演奏も滅茶苦茶でただ速いだけのイーヴルな音楽」というイメージとは無縁であった。(87年、Forbidden Evilがバンド名から「イーヴル」を削除、Forbiddenとなったのこそ、スラッシュが「イーヴルなほど偉い」というアイデンティティを放棄した象徴的出来事と言えるだろう。)

B 90年代初頭〜90年代終わり:アイデンティティ喪失期

 もし今スラッシュ・メタルの名盤投票をやれば、上位にランクインするのは『Pleasures of the Flesh』ではなく、『Bonded by Blood』のほうだろう。「インテリジェンス」という切り口から見れば、間違いなく『Pleasures of the Flesh』の方が上なはず。当時Exodus自身もそう判断したに違いない。だが、30年という時の審判を経た結果、軍配は『Bonded by Blood』にあがった。(どちらの曲が現在のセットリストに多く含まれるかを見てみるといい。)それは何故なのか。80年代初頭、スラッシュ・メタルが新しい音楽だと判断されたのは、やはりそれが「速くてイーヴル」だったからだ。そのスラッシュ・メタルが、速さとイーヴルさを捨てたら、それはもはやアイデンティティの無い普通の音楽でしかない。しかしこれは21世紀の視点から振り返るから言えること。80年代当時、スラッシュに対しては「速ければそれでいいのか」、「歌メロもないなんて、音楽ではない。どうせ歌が歌えないのだろう」、「サタンがどうのと幼稚すぎる」などといった批判が横行していた。そしてそれに対して「速ければいいんだよ!」、「歌メロがないからこそ新しい音楽なんだろうが!」と胸を張って言い返せるほど、スラッシュ側のアイデンティティは確立されていなかった。だから『Master of Puppets』の成功によって、簡単にそのアイデンティティは崩壊させられてしまった。(これも21世紀の今だから言えることであるが、『Master of Puppets』は特殊なアルバムだ。あんなアルバムは後にも先にもあれしかない、メタリカ自身も再現できない別次元から来たアルバムである。)そしてアイデンティティを喪失してしまったスラッシュは、ゆっくりと自らの首を絞めていくしかなかったのである。

 『Master of Puppets』爆弾だけではない。80年代後半あたりからは、スラッシュには向かい風しか吹いていなかった。まずはデス・メタル、グラインドコアの台頭。87年にはナパーム・デスやデスがデビュー。コアなファンは一斉に、ソフトな方向性へと向かいつつあったスラッシュ・メタルに見切りをつけ、デス・メタルやグラインドコアに夢中になった。『Master of Puppets』の恩恵を受け、メジャー・デビューを果たしたスラッシュ・バンドもいた。だが、90年代に入るとグランジの洗礼を受け、ヘヴィ・メタルそのものがメジャー・シーンから退場させられる形になってしまう。結果、アンダーグラウンドにも、そしてメジャーにもスラッシュの居場所はなくなってしまったのである。本当にスラッシュ・メタルというジャンルは消滅してしまうのではないか。当時リアルにそんな感覚を持ったものである。このような状況下では、スラッシュ・バンドは迷走せざるをえなかった。何しろピュアなスラッシュ・メタルを演奏していては、作品をリリースしてくれるレーベルが見つからなかったのだから。  92年にリリースされたExodusの5枚目『Force of Habit』には、もはやスラッシュの面影はほとんどない。グルーヴィーな曲主体で、ストーンズやエルヴィス・コステロのカヴァーまでが収録されている迷走ぶり。なんて書くと、「これはこれで良いアルバムだ!」という反論も聞こえてきそうだ。だが、作品のクオリティの話をしているのではない。21世紀のExodusがとっている方向性から考えると、このアルバムの内容は「迷走」と言わざるをえないというだけのこと。(迷走=駄作ではない。本流=名作ではないのと同じことだ。)結局Exodusは、その2年後の94年に活動休止を余儀なくされる。一方のTestamentは、90年代というスラッシュ不遇の時代も、コンスタントに活動を続けた。彼らはデス・メタルやグルーヴ・メタルといった「時代」を取り込むことで、生き残ることを選択したのだ。97年の『Demonic』あたりは、初期のTestamentしか知らなければ、新デス・メタル・ヴォーカリストにでも加入させたのかと思ってしまう内容だ。90年代、純粋にスラッシュ・メタルを貫き通したバンドは多くなかった。というよりも、そんな作品をリリースしてくれるレーベルなど存在しなかったのだ。生き残るためには、何らかの迷走をするしかなかったのである。

C 90年代終わり〜:アイデンティティ確立期

 だが、明けない夜はない。スラッシュ・メタルにも復活のときはやってくる。デス・メタル、グラインドコアに続いて、90年代初頭〜中盤にかけて興ったのが、ブラック・メタルのムーヴメント。デス・メタルがスラッシュ・メタルよりも過激な上位ジャンルとして、スラッシュを上書きするように登場したのに対し、ブラック・メタルは「80年代のスラッシュってやっぱりカッコよかったんじゃないの?」という原点回帰運動的側面を持っていた。ノルウェーを中心に起こったこのムーヴメントでは、『Master of Puppets』以前のスラッシュ・メタルがロールモデルとされたのである。結果、90年代も終わりに差し掛かるころには、一度は時代遅れの烙印を押されたバンドたちが、1周回ってオリジネイターとして、再び崇拝されはじめたのである。94年に活動停止をしたExodusも、97年に『Another Lesson in Violence』というライヴ・アルバムで復活。この作品は驚きであった。何しろポール・バーロフを再びヴォーカルに迎えていたからである!Exodusがポール・バーロフを呼び戻した意味は大きい。一旦は切り捨てた『Master of Puppets』以前の作風に、バンド自身がアイデンティティを見出し直したと考えられるからだ。(ただしExodusの場合、98年に再度活動を停止、01年に活動再開をするも02年にポール・バーロフが急逝したため、完全復活を果たすには04年の『Tempo of the Damned』を待たなくてはならなかったが。)デス・メタル、グルーヴ・メタルへと寄り道をしていたTestamentも、初期への回帰を果たす。その宣言ともとれるのが、初期の曲を再録した『First Strike Still Deadly』(01年)だ。両バンドとも、ここではっきりとアイデンティティを認識したと考えられる。21世紀にリリースした彼らの作品には見事に一貫性があり、迷いは感じられない。『Tempo of the Damned』、『Shovel Headed Kill Machine』、『The Atrocity Exhibition: Exhibit A』、『Exhibit B: The Human Condition』、そして『Blood in Blood Out』。これらの作品を形容するのに、「スラッシュ」という言葉以外がありうるだろうか。21世紀に入ってからのTestamentは、90年代の迷走期を見事に消化し取り込んだ、単なるバック・トゥ・ルーツではない、しかしスラッシュとしか形容しようがないスタイルを築いたと言えるだろう。『The Formation of Damnation』(08年)、『Dark Roots of Earth』(12年)、『Brotherhood of the Snake』(16年)。いずれの作品にも、微塵の迷いも見られない。

 80年代にはまだサウンドを探っている感があり、90年代には迷いがあった。だが00年代以降、そのアイデンティティは完全に定まったと言える。必要なのは、スラッシュ・メタルとしてのアグレッション。(80年代と現在で決定的に違うのは、もはやそこにはいかなる競争も存在しないということだ。そもそもグラインドコアもブラック・メタルも通過した21世紀に、スピード競争もイーヴル競争もしようがないのだが。)信念を持って、アグレッシヴな音楽を演奏しているのだ。「もうちょっとソフトな音楽を演奏した方が売れるかな?」、「サタンなんていう単語を入れたらマズいかな?」みたいな迷いは一切存在していない。スラッシュ・メタルというジャンルの立ち位置についても同じことが言える。80年代にはメジャーの介入に踊らされ、90年代にはデス・メタルやグランジにその存在を脅かされた。だが21世紀以降、スラッシュというジャンルの地位は、外部要因によって揺るがされることのない、確固たるものとなった。(このスラッシュ・ドミネーションという祭典が04年に初開催され、その後もコンスタントに続いていることも、それを象徴していると言えるだろう。)


 ジャンルのアイデンティティが確立され、ベテラン勢が元気になれば、次に起こることは何か。そう、若手の台頭である!90年代、若手のスラッシュ・バンドが出て来るのを目にすることは希であった。90年代中期にノルウェーのInfernoやスウェーデンのGehennaのようなスタイルが話題になったが、彼らはブラック/スラッシュというか、あくまでブラック・メタルの文脈で出てきたバンド。イーヴル成分の少ない、イギリスのEvile(バンド名に「イーヴル」と入っているが、もともとはメタリカのカヴァー・バンドとしてスタートしている)、Gama Bomb、そしてWarbringerなど、ベイエリアの血を引く若手の台頭が目につくようになったのは、やはり21世紀になってからのことだろう。00年代、これらのバンドの活躍は、ニュー・ウェイヴ・オブ・スラッシュ・メタルというムーヴメントとして認識されるほど盛り上がった。Warbringerのデビュー作『War Without End』(08年)が、いきなり大手のセンチュリー・メディアからだったというのも、その注目度の大きさを示している。09年のセカンド『Waking into Nightmares』をExodusのゲイリー・ホルトがプロデュースしたというのも、新旧スラッシュの絆の強さが伺えるイイ話だ。そんな若手勢も今ではすっかり10年選手。つまり、ニュー・ウェイヴ・オブ・スラッシュ・メタルは、決して一過性のブームではなかったということだ。Warbringerが昨年リリースした5枚目となる『Woe to the Vanquished』は、それを裏打ちする力作であった。

 以上がそろそろアラフォーというスラッシュ・メタルの歴史概略である。スラッシュ・ドミネーション2018に登場する3バンドには、そのスラッシュ・メタルの長い歴史、ロマンすべてが詰まっているのだ!ExodusやTestamentのようなベテラン、そしてWarbringerのような若手の旗手が揃って元気に活動をしているところを見ると、スラッシュが90年代風前の灯火であったなんて、信じ難いことかもしれない。スラッシュのたどってきた道は、決してまっすぐでも平坦でもなかった。だが、『Master of Puppets』爆弾後の寄り道、迷走も、必然だったのだ。今だから寄り道、迷走と言えるが、当時はそれが進むべき道に見えたのだ。そして何より寄り道、迷走があったからこそ、21世紀以降スラッシュのアイデンティティはより明確で強固なものになったと言えるのである。(Testamentの現在のスタイルこそ、迷走の賜物だろう!)そんなスラッシュの長旅を思い描きながら、スラッシュ・ドミネーション2018を楽しもう。

川嶋未来 / Sigh


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