連載小説(1)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第四話

2017年02月21日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた
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<-1-> むしろプレゼントのためにクリスマスが存在していると彩華さんは言った


「運命の人はこの会場にいるわ。出会わないけどね。次」

「見料は五百円になります。ありがとうございましたー」

 ミニスカートのサンタ服を着た彩華(あやか)さんが占い、トナカイのきぐるみを着た僕が料金を受取る。テント小屋に並んだ行列は、まだまだまだまだ終わりが見えない。

 ここは横浜の海を見下ろす高層ホテルのスイートルーム……ではなく、明治末期に建てられた港湾施設の「赤レンガ倉庫」だ。平成のいまは建物周辺がイベント会場になっていて、今日は世界各地のクリスマス料理を楽しめるグルメフェスが開催されている。

「またダメ男に貢ぐ前に、マンション買っときなさい。次」

「やっぱり……」と肩を落とした女性から代金を受け取ると、僕はお礼とともに一枚の名刺を渡した。



 SALON DE AYAKA

 〜あなたを理想的な運命へ導く魔女の占いサロン〜

 占い師 琴葉野彩華 090―XXXX―XXXX



 占い師はサロンで依頼人を鑑定するだけじゃない。街頭に出て辻占いもするし、メールや電話で相談を受けることもある。こうしたイベントへの出張も頻繁で、三分五百円のファスト占いは、収入はともかく宣伝効果が高い。

「二人の相性? 明日になればわかるわ。レンくん次」

「め、メリークリスマス! 次の方どうぞー」

 なにしろ来週はもう新年だ。初詣でおみくじを引くのと同じ感覚で、年始に占いでもと考える人は少なくない。

 というわけで、魔女の助手であり、甥っ子であり、居候であるところの僕こと菱橋連太郎(ひしはしれんたろう)は、寒い働きたくないと駄々をこねる叔母をなだめすかし、十代最後のクリスマスをサロンの宣伝に勤しんでいた。来年こそは、なんとしてもお金に困らない年にしたいのである。

「けっ。こんなインチキに金を払うなんてバカげてる」

 案内したカップル客の男性が、着席するなり悪態をついた。イベント会場は普段と客層が違うため、こういった占いに否定的な人もときどきくる。

「二人は学生からつきあって三年以上。彼の仕事はクリエイティブ系。売れない絵描きってところかしらね」

 カップルが顔を見合わせ、あんぐりと口を開けた。彩華さんの「占い」は、ほぼ百パーセントはずれない。

「あ、当てずっぽうだ! よし、俺の仕事を詳しく言ってみろ。絶対当たらない。当てられるわけがないんだ」

 男が自虐めいた笑みを浮かべる。彩華さんはそんな男に冷笑を返し、タロットを一枚引くよう告げた。

「『魔術師』の逆位置ね……透明に黒が混じったようなオーラが視える。こういう気配は贋作師に多いわ」

 男がニヤリと口の端を吊り上げる。

「……でも、あなたに贋作師のプライドはない。というより、仕事に対してひどく捨て鉢ね。まるで『絶対に飾られることのない』絵を描いているような虚しさを感じるわ」

 なんでそこまでと、男が絶句した。

「あなたは幸せよ。絵を描く仕事ができる絵描きはほんの一握り。それでも現状に不満があるならサロンにいらっしゃい。レンくん次……はいいわ。休憩にしましょう」

 占いが微妙にやさぐれ始めていたので、一休みにはよい頃合いだ。僕はカップルの女性から料金を受け取ると、表に出てテントの幕を下ろした。

「あんた、フォトフレームを買ったことがあるか? あれにサンプルで入っているペラ紙の絵、誰もが捨てるあれを描くのが俺の仕事だよ。あの占い師、『本物』だな」

 絵描きの男が卑屈に笑って去っていく。あの様子なら年明け早々にもサロンにきてくれるだろう。

 ただ、彼の判断は間違っている。

「彩華さん、なんであの人の職業がわかったんですか?」

「彩華さんなんて知らないわ。私は鬼畜な甥にローストチキンみたいに着ているものをむしりとられて、ブッシュドノエルみたいな枯れ枝になるまで働かされる、あわれなセクシーサンタよ。ああ寒い」

 かがみ込んでストーブに当たりながら、セクシーサンタが会話に食欲をにじませた。

「でも衣装を用意したのは彩華さんじゃ……わ、わかりましたよ。料理買ってきますから、ひとまず答えを」

 セクシーサンタがむすっと上げていた片眉を下ろした。

「安い服を着崩して個性を主張するのは売れないアーティスト。指先を見ればジャンルもわかるわ。あとは卑屈な反応を見てカマをかけて、瞳孔と眉の動きで不満を読み取るだけ。おそらく彼の仕事は、撮影で燃やしたり壊したりするための絵を描くことでしょうね」

 そう。僕の叔母は『本物』の占い師じゃない。元探偵の観察眼とハッタリを駆使し、依頼人が抱える問題を見抜く偽占い師だ。最終的な職業は間違っているけれど、それは依

頼人に告げていない。当たっていることしか言わないからこそ、彩華さんの「占い」は、はずれないのだ。

「なるほど。じゃあ着替えて料理買ってきますね……ん?」

 視界の端で、ふっとテント幕がめくれあがった。

「すみません、まだ休憩中なんです……って、ちょっと!」

 長い金髪の女性が、有無を言わさず入り込んでくる。

「レンタロー! メリークリスマス!」

「……え? あ、伊藤さん! どうしてここに?」

 彼女の名前は伊藤ケイト。最近大学内で知り合った、というか、初対面にもかかわらず僕にノートを貸してくれと迫ってきた同級生だ。その後は聞いてもいないのに、『わたしハーフなの!』とか、『でも国籍はニホンジン!』と、一方的に個人情報を提供された記憶がある。

「休憩中ならデートしよう! ノートを借りたお礼!」

「で、デートっ!?」

「いいわよレンくん。せっかくのクリスマスイブなんだから、衣食住を保証してくれるかけがえのない叔母のことなんて忘れて、自分だけ楽しんでいらっしゃい」

 これ以上ないほど言葉にトゲを植えつけ、彩華さんがにっこりと微笑む。もちろんその目は笑っていない。

「ワオ! 優しいおばさんね! あとちょっと美人!」

「叔母さまよ。ちょっとじゃないわ」

「ニホンゴムズカシイネ! いこ、レンタロー!」

 わけがわからないうちに外に連れ出され、僕はよく知らない女の子とクリスマスデートをすることになった。

 トナカイの、きぐるみを着たままで――。

「アメリカのクリスマスはね、家族みんなで祝うんだ!」

 伊藤ケイトにきぐるみの腕をつかまれ、僕はグルメフェスの会場を引きずり回されていた。「ノートを貸したくらいでデートなんて」と何度も言ったけれど、彼女はまるで聞く耳を持ってくれない。

「ねえ伊藤さん。僕がクリスマスにここでバイトしてるって、どうやって知ったの?」

「思い出すなー。ママが七面鳥を焼いて、パパが切り分けてくれて。あの頃が一番幸せだったな」

 この通り、彼女とは会話のキャッチボールが成立しない

のだ。次々変わる話の内容に、僕は相槌すら打てない。

「でも、いまのわたしは一人。だから、寂しいんだ」

 またぞろ話を切り替えて、伊藤ケイトが僕の背後に回り込んだ。背中でごそごそしている気配がある。

「レンタローはラッキーだよ。たった一冊ノートを貸しただけで、わたしの心の隙間に入り込めたんだから」

 再び僕の前に現れると、彼女は少しはにかんで、後ろ手に持ったなにかを差し出した。

「クリスマスプレゼントだよ。受け取って」

 僕のトナカイの手の上に、赤と緑の包装紙でラッピングされた大きな箱が乗っている。

「い、いきなりこんな物、受け取れないよ!」

「ホワイ? どうして?」

「いやだって、僕はきみのこと全然知らないし……」

「もう全部教えたよ。まだ知りたい?」

 ふふっといたずらっぽく笑い、青い瞳が近づいてくる。

 キスを、された。

 トナカイの、赤いつけ鼻に。

「中身は手作りだよ。おばさんと一緒に味わって」

 伊藤ケイトが手を振りながら人混みに消えていく。さらさら揺れる金色の髪を、僕はしばし呆然と見送っていた。



 少し後ろめたい気持ちでテントに戻ると、セクシーサンタがじっとりした目で「料理は?」と聞いてきた。

「……あ」

「いいのよレンくん。あんなにかわいい子からデートに誘われたら、九歳も上の叔母のことなんて、ミートローフのつけあわせみたいにどうでもよくなるわよね」

「ち、ちがっ……そうじゃなくて、えっと、ほら、料理ならここに!」

 伊藤さんからですと、僕はもらったプレゼントをサンタに献上した。彼女は『手作り』で、『おばさんと一緒に味わって』と言っていたから、たぶん中身はクッキーかなにかだろう。きっととてつもなくアメリカンな感じの。

「……レンくん、彼女に無理やりキスでもしたの?」

 早速箱のふたを開け、彩華さんが表情を険しくする。

「してないですよ! むしろされ――」

 危うく誘導尋問に引っかかるところだった。しかし食べ物じゃないならなんだろうと、僕も箱を覗いてみる。

「……なんだこれ? タッパーの中にチーズみたいな塊とデジタル時計? ほかにもなんか機械が……」

「手作りの爆弾でしょうね。本物っぽいわ」

 えっと驚きの声をあげたところで、テントの隅にあった僕と彩華さんの携帯が同時に震えた。手が使えない僕の代わりに、彩華さんが素早く取って首に挟んでくれる。

『ハイ、レンタロー。プレゼント見てくれた?』

「伊藤さん! このプレゼントなんなの!? 僕アメリカンジョークなんてわからないよ!」

 電話の主、伊藤ケイトはやっぱり話を聞かず、『おばさんのほうはどう?』と返してきた。

「叔母さまよ。時計は目安で、実際は遠隔起爆かしら」

 彩華さんの声は受話器の向こうからも聞こえた。どうやら伊藤ケイトは二台の電話を使い、僕たちそれぞれに電話をしているらしい。

『二人ともオーケーね。ルールは三つだよ。電話を切らない、周囲の人を避難させない、警察に助けを求めない。もしも破ったら、即座に起爆スイッチを押すからね』

 すぐに彩華さんがプレゼントの箱をどかそうとした。しかしきぐるみの手にぴったりと貼りついて離れない。

『箱を剥がそうとしても無駄だよ。その接着剤は強力だからね。もちろん背中のファスナーにも塗ってあるよ』

「……あなたの目的はなに?」

 僕の背中を確認しながら彩華さんが言った。

『おばさんには三つのゲームに挑戦してもらうよ。全部クリアできたら爆弾を解除してあげる。それじゃあ最初の課題。テントの向かいで青空将棋教室をやっているでしょ? 

そこの一番強い人に将棋で勝って。レディ、ゴー!』

 伊藤ケイトは話を聞かない。箱の中で時計が動き出す。

「ちょっ、ちょっと待って伊藤さん! なんなのこれ?」

「落ち着いてレンくん。ゲームに勝てばいいのよ」

「そんなこと言われても……彩華さん将棋の腕前は?」

「オセロで負けたことはないわ」

 こうして、僕の人生最悪のクリスマスが始まった。

(月刊ローチケHMV 12月15日発行号より転載)

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