連載小説(1)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第三話

2017年02月14日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた
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<-1->手相は、その人についている


『最近、彼が冷たいの。もしかして他に好きな人が――』

『わかるー。うちの相方も外で一緒にいるのにずっとスマホ見ててさー。やっと顔上げたと思ったら、目ぇキラキラさせてジムリーダー倒したとか言ってんの。もう新しい男ゲットしてあいつを博士に送りたい』

 こちらが真剣に悩みを打ち明けているのに、相手がしょうもない自分の話をかぶせてきてげんなり、という経験は誰しもあるだろう。

 しかし、それは自分が悪いのである。

 いわゆる尋問テクニックの一つに、「相手から情報を引き出したい場合、まず自分がそのテーマについて語る」というものがある。冒頭の彼女は知らず知らずにそれをやってしまっていたのだ。

 彼女が本当に悩みを聞いてほしいなら、七秒に一回ため息をつき、首を横に振って相手をチラ見。そうして「な、なにか悩みでもあるの?」と引き気味に尋ねられるまで、その行為を延々繰り返すべきである。

 たとえば、こんな風に――。

「秋の海は群青色ね。まるで私の心のよう……」

 ジプシー風の衣装を着た女性が、バルコニーから海を見下ろし本日十回目のため息をついた。

 ここは横浜桜木町のベイサイドに建つホテル、その最上階のロイヤルスイートルームである。

 そしてため息をつくたび、イチローでもリードできないんじゃないかというくらいにチラチラこちらを見てくる女性は、「魔女」を自称する琴葉野彩華(ことばのあやか)。このスイートで占いサロンを営む占い師だ。

「春でも夏でも海は群青色だと思いますけど、悩みを聞けと言うならどうぞ。なにせ暇ですから」

 答えた僕は菱橋連太郎(ひしはしれんたろう)。普段は彩華さんの身の回りの世

話を焼き、大学の講義がないときは仕事の手伝いもする甥っ子であり居候。早い話が魔女の下僕である。

 さておき、どこかに閑古鳥でもいるんじゃないかと、僕は赤い布で覆われた室内を見回した。応接室を改造した怪しげなサロンには、ここ数日、依頼人が訪れていない。

「それよレンくん。最近景気が悪くてさっぱりお金がないわ。このままじゃ食欲の秋イベントで、イガラシくんに『ご立派松茸セット』をプレゼントできない」

 事実だけを端的に説明すると、彩華さんは『俺に触ると風邪ひくぜ』というスマホの女性向け恋愛ゲームにハマっている。要は二次元のホストクラブみたいなもので、僕の叔母は「のど風邪」を擬人化したキャラクターに、じゃぶじゃぶ課金(あい)を注ぎたいのだ。聞いたほうがため息をつきたくなる悩みである。

「……はあ。早く園真坂(そのまさか)さんこないかな…………お」

 福音のごときノックを聞きつけ、僕は玄関に向かった。

「待たせたな、連太郎くん。今日は中華、具体的には座四季楼でパーコー麺なんてどうだ? 刑事の安月給でもランチタイムならなんとかなるぞ」

 ドアを開けるなり豪快に笑い出した大男は、僕が待っていた園真坂惣介(そうすけ)。元刑事の探偵は多いけれど、その逆で元探偵の刑事という、変わった経歴を持つ人である。

「暑苦しい上に恩着せがましいのがきたわね」

 刑事をサロンに案内すると、魔女が悪辣に出迎えた。

「彩華さん、ご馳走してくれる人に失礼ですよ」

「言葉の綾よ」

「出たな『言葉の彩華』。相変わらずでなによりだ」

 彩華さんの芸名である「琴葉野彩華」は、高校時代の通り名が元になっているらしい。園真坂さんは彩華さんより二年先輩で、その頃からの腐れ縁だそうだ。

「園真坂さん、今日はどんな事件でお悩みなんですか?」

「よく聞いてくれた連太郎くん。一昨日と昨日、山下公園でノックアウト強盗が発生したのは知ってるかい?」

「立て看板出てますよね。思わず二度見しましたあれ」

 なぜなら事件の目撃者を求めるその看板には、容疑者の特徴として『身長一八〇センチ前後のペンギン』と書かれていたのだ。

「だろ? 被害者はいまのところ男二人。どちらもペンギンにびたーんと殴られ、現金を奪われている」

「びたーんって……。でも、ペンギンってきぐるみとかですよね? それなら所有者は限定されませんか」

「いや、正確に言うと『きぐるみ風パジャマ』なんだ。俺もネットでアリクイのやつを買ったよ。あれ全身フリース素材だから、あったかくて動きやすいんだよな」

 なるほど。園真坂さんは意外とかわいい趣味をしている……ではなく、大男でも着られて誰でも買えるなら、そこから犯人を絞り込むのは難しいだろう。

「というわけで、怪しい男には片っ端から職質かけてるんだが、どうも空振りばかりでね。そこで名探偵の助手に電話して、お知恵を拝借しにきたというわけさ」

 園真坂さんが話を振ると、「私はもう探偵じゃないわ」と彩華さんはにべもない。

「まあそう言うな。詳しくは飯でも食いながら話そうぜ」

 刑事が『飯』を強調して手慣れた風に魔女をあしらったところ、再びノックの音がした。

「あれ? 今日は依頼の予定はないはずだけど……」

 首をかしげつつ玄関へ向かう。ドアを開けると、ホテルの廊下にスラリと背の高い女性が立っていた。

「あの、こちらは占いの館ですか」

 見たところ彩華さんと同じ二十代後半。伏し目がちでやや陰のある美人といった顔立ちで、手足がモデルのように長い。半袖のカットソーにジーンズがよく似合っている。

「いいえ。ここは怪しげなまつ毛サロンよ」

 彩華さんが珍しく玄関にやってきて答えた。なぜそんな嘘をと小声で問うと、「手ぶらだからよ」と返ってくる。

 確かに女性はバッグの類を持っていない。お金がないから追い返そうというのだろうか? 興が乗れば無報酬で働くことも多い魔女らしくない。『ご立派松茸セット』はかくも人を狂わせるのかと、僕は無性に情けなくなる。

「そうですか。失礼しました……」

「待ったお嬢さん。よかったら俺が相談に乗ろう」

 去りかけた女性を呼び止め、園真坂さんが警察手帳を見せた。さすが正義の味方と、僕は心で拍手を送る。

「刑事さん、ですか……? ありがたいのですが、私は失せ物を探してほしかっただけなので」

 園真坂さんはがっかりと肩を落とした。が、すぐに「俺が料金を持つから、この美人を観てくれ」と魔女に耳打ちして馬脚をあらわす。まあ正義の味方も年頃のおにいさんだ。とはいえ薄情なおねえさんよりよほどいい。

「ここは怪しげなまつ毛サロン風占い館よ。歓迎するわ」

 薄情なおねえさんはお金であっさり転んだ。おまけに女性にハグまで施すサービスぶりで、もう本当に嘆かわしい。

 邪(よこしま)な大人たちに落胆しつつ、僕はどこかぼんやりした依頼人を怪しげなまつ毛サロン風占い館へ案内した。

「探してほしいのは、私の記憶なんです」

 筆記用具を渡して氏名の記入をうながすと、依頼人からそんな言葉が返ってきた。

「目が覚めたら山下公園の芝生に寝ていて……自分の名前も、どうしてこうなったのかも思い出せなくて……」

「そ、それ記憶喪失じゃないですか! 占いなんてしてないですぐに病院へ行くべきですよ!」

「そう、ですよね……。でも、気がついたらここへきていたんです。先生のお力に誘(いざな)われたのかも……」

 だとしても、まずは病院に行くべきだと僕は訴えた。元気そうに見えて頭を打ったりしている可能性もある。

「いやいや連太郎くん。見たところ彼女は健康そうだし、自然に足が向いたということは、占いに記憶を取り戻すヒントがあるのかもしれないぞ」

 よほど美人と離れがたいのか、園真坂さんが刑事らしからぬのんきなことを言う。記憶喪失なんて事件の臭いしかしないのにと、僕はますます大人不信だ。

「名前がわからないなら手相がいいわね」

 拝金主義に鞍替えした彩華さんが、依頼人に利き手を差し出すようにうながした。女性はつかの間考えて、おずおずと右手を差し出す。

 言い忘れていたけれど、彩華さんはあくまで「自称」の占い師であり、実際は霊感皆無な「偽の占い師」だ。

 ただし、元探偵の観察眼を活かして依頼人自身も気づいていない問題を見抜き、ハッタリを駆使して相手が理想とする運命へ導く偽の占い師である。依頼人はみな占い結果に満足するため、誰も彩華さんが偽物とは疑わない。

 そんなわけだから、魔女が「利き手」を出せと言ったのも理由がある。おそらくは、依頼人が実際に記憶を失っているか試したのだ。

「あなたは『水』の手型ね。人に気配りができる一方、少し気まぐれな側面もある。つまらないことでカッとなってものを壊したことはない?」

 誤解されがちだけれど、手相は手のシワだけを観るわけじゃない。手の大きさや形、指紋と指の節の太さ、場合によっては爪の半月や手首までもが、その鑑定対象に入る。

 なぜなら手は体の中でもっとも動かしやすく、もっともケガをしやすい部位だ。手には人の生き様がすべて集約されていると言っていい。

 それらを統計と科学から読み解く手相占いは、観察とハッタリが主軸の偽占いと相性がいい。「記憶」という情報を持たない相手を観るなら、手相はまさにうってつけなのだ。

「あら。運命線が消えかかっているわ。事故や犯罪に関わった人に多い傾向ね。………………でも安心なさい。手相は平均的に半年から一年で変化するものよ」

 いかにも手のシワを観る素振りで、彩華さんは適当な言葉の中に情報を引き出すキーとなる単語を混ぜた。そうしてじっくり間を置いて、相手の反応を見る。

 しかし依頼人は本当に記憶がないらしく、返ってきた答えはすべて「そうなんですか」という曖昧なものだった。

 だから結局彩華さんも、鑑定結果はこう締めくくった。

「とりあえず、病院に行きなさい」



 最後までぼんやりしていた依頼人を出口へ見送ると、僕はサロンに戻って呆れてみせた。

「結局、彩華さんも僕と同じ結論じゃないですか」

「言葉の上ではそうね」

 持って回った言い方に眉をひそめていると、その後に魔女はこう続ける。

「私は病院に行けとは言ったけど、医者に診てもらえとは言ってないわ」

「……やっぱりそうか。俺は先に行ってるぞ!」

 園真坂刑事がいきなりサロンを飛び出していく。

「えっ、園真坂さん、どこ行くんですか?」

「もちろん彼女を尾行するのさ。『刑事の勘』と『名探偵の推理』が一致したなら間違いない。あの美人はなんらかの事件に関わっている」

「まさか……園真坂さんはあの人に鼻の下を伸ばしていたわけじゃなく、彩華さんも『ご立派松茸セット』に目がくらんだわけじゃなく、二人とも最初から依頼人がなにか変だ

と疑っていたんですか?」

「そのまさかさ!」

 刑事がくるりと振り返り、ぐっと親指を突き立てた。

「鑑定料は払ってもらうわよ」

 魔女がくるりと背を向けて、二本の指で輪を作った。

(月刊ローチケHMV 11月15日発行号より転載)

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