連載小説(1)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第二話

2017年02月07日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた
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「人生をてっとり早く幸せにする方法、その3よ」

 赤いベルベットのカーテンで覆われた部屋で、黒いオーガンジーのドレスを着た占い師が言った。

 ここは横浜みなとみらい地区にそびえ立つ、高層ホテルのスイートルーム。自称「魔女」の占い師、琴葉野彩華(ことばのあやか)の自宅兼占いサロンである。

「また思わせぶりに意味不明なことを。どういうことかちゃんと説明してください!」

 叫んだ僕は魔女の助手であり、血縁的には甥と呼ばれる居候。一応は菱橋連太郎(ひしはしれんたろう)という名があるけれど、「下僕のレンくん」と覚えてもらえればたぶん十分。

 さて、目下の僕が叔母を問い詰めているのは、いましがた帰った依頼人の鑑定結果に納得いかないからだ。

 スーツ姿で現れた彼の名前は鴨居武(かもいたけし)。二十歳そこそこかと思いきや、実は三十二歳という恐るべき童顔を持つ男性である。体型もかなりコンパクトで、それゆえ逆に巨大なものに憧れた彼は、ダムの管理技師をしているとのこと。

 今日は仕事を休んで初めて占いを経験し、その後も朝からずっと占い館をハシゴしているらしい。

 占いに男の一人客というだけでも珍しいのに、そのうえハシゴまでするなど、いったいなにを悩んでいるのか。

 結論から言うと、乙女と同じ「恋」の悩みである。二人の女性のどちらを選ぶかで彼はおおいに迷っているのだ。

 というのも、鴨居氏は「年齢イコール彼女いない歴」の人であり、今回の縁を「最初で最後のチャンス」と自覚しているらしい。ゆえに逡巡を続けて「一兎も得ず」になる前に、男らしくすっぱり決めてしまいたいのだそうだ。

 まあ彩華さんが本日五人目の占い師というだけで、すでに優柔不断の片鱗が……という話はともかく、彼が出会った二人の女性について。

 Aさんは看護師として働く二十六歳。高校時代にバレー部のエースだったというくらいで背が高く、一見するとクールな美人。しかし性格は世話焼きで、患者のお年寄りや子どもたちにたいへん好かれているという。彼女は鴨居氏の職場で開催した、「ダム見学会」の参加者だそうだ。

 かたやのBさんはフリーターの二十四歳。収入の大半が衣装代に消えるコスプレイヤーで、小さな体を活かして美少女を演じ、鴨居氏にも『は? ダム好きとか意味わかんない』などと、強気なアニメキャラのように接してくるという。二人の出会いはよく知らない同僚の結婚式の、居心地の悪い二次会だそうだ。

 こんなもの、と言っては失礼だけれど、正直Aさん一択だと思う。同じダム好きで人柄もよいAさんに対し、Bさんは鴨居氏から見て別の世界の住人だ。互いの価値観を受け入れるには、それこそダムより広い心が必要になる。

 なのに彩華さんときたら水晶玉を覗きこみ、『遠くない未来……ショートパンツ姿で子どもを抱いたあなたが見える。隣では小さな女性が笑っているわ』 なんて、Bさんと家庭まで築く未来を告げたのだ。

 僕は鴨居氏を見送ると、すぐさま魔女に詰め寄った。Aさんを選んだほうが、絶対彼は幸せになれるはずだと。

 すると「簡単なことだよワトソンくん」とばかりに、彩華さんは冒頭の意味不明なセリフを吐いたのだった。

「人が悩みを話すとき、答えはもう本人の中で決まっているもの。鴨居さんは無意識にBさんを選んでいたわ」

「なんでそんなことわかるんですか」

「エンジニアは職場でシャツの上に作業服を羽織ることがほとんど。だから普通はスーツの上着だけ長持ちするけれど、彼の場合は上下で程度に差がなかった」

「それって……仕事でもスーツの上下を着ているってことですか? もしくは上下とも作業服?」

「前者よ。彼は童顔で小柄だったでしょ。『S』より下のサイズがない既製の作業服だとぶかぶかで子どもっぽく見られる。でもオーダースーツを着れば多少はマシ。仕事を休んだ今日もスーツを着ているところを見ると、よっぽど童顔と体型がコンプレックスなのね」

 だから、小柄なBさんを選んでいたと言いたいのだろう。

「でもいくら無意識とはいえ、『最初で最後のチャンス』の相手をコンプレックスだけで選びませんよ」

「最初で最後なら、彼は当然結婚を考えているわね。背の高いAさんと過ごしてコンプレックスに苛まれる未来、逆に小柄なBさんと暮らしてスーツを脱いでもくつろげる将来を、彼は無意識のうちに想像していたはずよ」

 はっとなった。鴨居氏の周囲はおそらくAさんを勧めたのだろう。彼もそれが妥当に思えた。なのに決めかねてしまう。しかたなく初めて占いを頼った。でも結果は同じ。

「……そうか。無意識で選んでいたBさんを誰も推してくれないから、鴨居さんは無意識で納得できずに占いを続けていたんだ」

「そうね。いま痛くないからと虫歯を放置すると、毎日脳が1のダメージを受ける。美女や大金を夢見るよりも、無意識のストレスを減らすほうが人は幸せになれるのよ」

 それが、『人生をてっとり早く幸せにする方法その3』らしい。鴨居氏のコンプレックスと優柔不断のメカニズムに気づいたからこそ、彩華さんはBさんを勧めたのだ。

「なるほど。僕も歯医者さん行こうかな……」

 それはさておき、お察しの通り、彩華さんは鴨居氏を占ってなどいない。僕の叔母――琴葉野彩華は、鋭い洞察力で依頼人自身も気づいていない問題を見抜き、あたかも占ったように見せかけて理想の運命へ導く、偽の占い師だ。

 でも、どうかインチキと訴えないでほしい。霊感皆無で占いこそできないものの、彩華さんは「依頼人を必ず満足させる占い師」という看板を掲げ、それをきちんと実現しているのだから。

「ちなみに、『人生をてっとり早く幸せにする方法』のその1はなんですか?」

「おいしいものを人に作ってもらうことよ。はみ出るくらいにローストビーフを挟んだサンドイッチと、ふわっふわのスクランブルエッグなんて最高ね。三分は待てるわ」

 そんな無茶なと僕が抗議すると、魔女が『あと二分五十七秒』とにっこり微笑む。こんな風にカウントダウンされると人は不思議と抗えない。下僕の僕はなおさらだ。

 そんなわけで僕は慌ててキッチンにこもり、どうにか一通り調理を終える。すると玄関から「たのもう!」と妙な声が聞こえてきた。なんだなんだとエプロンで手を拭ってドアを開けると、ホテルの廊下に一人の女性が立っている。

 眉上でぴっちり揃った栗色のマッシュルームカット。

 その下でこちらをいぶかしむ、猫のように細い瞳。

 首にはやたらと大きいヘッドホンと、間違いなく機能しないであろう古ぼけたカメラをぶら下げている。

 こんなに肩のこりそうなファッションの女性を見るのは初めてだけれど、僕は彼女のことを知っていた。

「あ、あなたは、海老名菜々(えびななな)二十四歳!」

 独善的かつ悪辣なレビューで占い師をこきおろす、『ニセ占い師にご用心☆』というサイトがある。その管理人である「ブラックタイガー777」は全国の占い師からマークされており、本名年齢趣味容貌に至るまで、業界内であらゆる情報が共有されているのだ。

「当サロンは完全予約制となっております。Webサイトでアポを取ってからいらしてください」

 決して彼女を通すまいと、僕は廊下に立ち塞がった。

「先に予約を断ったのはそっちだし。また占ってもらえなかったら、いよいよ本格的にネットが燃え上がるよ?」

 そう。以前に海老名菜々の鑑定依頼を断ったところ、なぜか「ニセ占い師にご用心☆」の掲示板に彩華さんを叩く書き込みが殺到したのだ。

 まあ炎上というほどではなかったけれど、スマホの画面を見つめる彩華さんは、涼やかな目元をしながらも手元ではバキバキとピスタチオを粉砕していた。いま二人を引き合わせるのはあまりに危険すぎる。

「レンくん、お通しして」

 魔女の声は猫でも撫でているみたいに穏やかだ。だからこそ僕は恐ろしい。けれど海老名菜々は勝手にずんずん廊下を歩き、サロンのソファに腰を下ろしてしまった。

「狼少年になった気分はどうかしら?」

 不敵な笑みとともに彩華さんが第一声を放つと、

「さすが『赤き千里眼(レッドアイ)AYAKA』、見通しますね」

 海老名菜々もニヤリと笑みを返す。二人だけ違う言語で喋っているようで、僕にはさっぱり意味がわからない。

「その芸名は雇われ時代のものよ。私があなたにあげられる時間はランチが冷めるまでの三分間。このまま無駄話で終わらせる?」

「三分って……ケンカ売ってます?」

「残り二分五十六秒。普段は名前を書いてもらって筆跡も観るけど、時間を節約したいなら保険証でいいわ」

 よほど占ってほしいのか、海老名菜々は悔しげな表情を浮かべつつも、慌ただしく財布を開けて保険証を出した。

 彩華さんはたっぷり時間をかけて裏まで見てから、「残り一分五十秒」とにこやかに保険証を返す。

「ああもう! わたしがいま抱えている問題は――」

 海老名菜々が早口で語った内容を要約すると、現在彼女はSNSを通じ、謎の人物から脅迫メッセージを受け取っているらしい。内容は罵詈雑言や彼女のサイトの悪口で始まり、いま交際している彼氏と別れろ、さもないとひどい目にあうといった脅し文句で終わるという。

「犯人はこの三人のうちの誰かです絶対です」

せわしなく操作されたスマートフォンの画面には、彼女がSNSでフォローしているアカウントが並んでいた。

 容疑者と思しき三人のつぶやきが順に表示される。三人はみな女性らしく、発言からすると海老名菜々と面識があるようだ。しかし敵対している様子はなく、むしろ友人の間柄に思える。まあ簡単に犯人が特定できるなら、わざわざ占いになんて頼らないだろう。

 いや待てよ。これって普通は警察に相談すべき事件なんじゃないか? なんで海老名菜々は占い師、それもわざわざ敵対状態にある彩華さんを訪ねてきたんだ……?

「以上ですおしまいです犯人が誰か占ってください早く」

 首元のストラップを落ち着きなくいじりながら、海老名菜々が早口で魔女をせっつく。

「確かにあなたの言う通りね。ここにも黒いオーラをまとった身近な人物が映っているわ」

 彩華さんが水晶玉を覗いて言うと、ほんの一瞬、海老名菜々の口元がふっと緩んだ。

「犯人……わかっちゃったんですか?」

「残念だけど時間切れよ。続きを聞きたければ、明日『みなと総合病院』の受付ロビーにいらっしゃい。そのときは鑑定料として、三十八万五千と四十円をいただくわ」



 値段を聞いて泣き笑いのような顔をした依頼人を出口へ見送ると、僕はとって返して魔女に尋ねた。

「彩華さん、あれだけで犯人がわかったんですか?」

「言ったでしょう。人が占いにくるとき、悩みの答えはすでに出ている。私の仕事は彼女を満足させることよ」

「またそうやってもったいぶる。あの半端な鑑定料はなんなんですか。それに病院のロビーって」

「あれは彼女の『命』の値段。明日私はあの子を殺すわ」

 えっと耳を疑う僕を尻目に、魔女は微笑みながらケチャップの海にローストビーフを沈めた。

「それが人生をてっとり早く幸せにする方法、その2よ」

(月刊ローチケHMV 10月15日発行号より転載)

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