連載小説(5)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第四話

2016年12月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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「心配する必要ないぞ。彩華は華奢だがやわじゃない」

 カウンター席で園真坂さんがグラスを傾け、僕にニヤリと笑ってみせる。

 彩華さんが倒れてすぐ、僕は救急車を呼ぼうとした。しかし駆けつけたおヨシさんに引き止められ、いまは占いオカマバー、「愛とヒゲのオラクル」にきている。

 あの状態になった彩華さんに必要なのは医師ではないらしい。いまはカウンター奥の別室で、おヨシさんが看病してくれていた。

「メリークリスマス! ペンちゃん、復活おめでとう!」

 ボックス席では店のおネエさまと常連客がクリスマスを祝っていた。ペンタロウさんの復帰祝いも兼ねているようで、「ありがとー」と、あのダミ声が聞こえる。

「僕、彩華さんのところに居候して九ヶ月経ちました」

「それだけ長く助手をやってきたってことだな。心からご苦労様と言うよ」

 乾杯の仕草をしたけれど、園真坂さんのグラスに入っているのはウーロン茶だ。仕事を抜けて様子を見にきてくれた刑事には、まだやるべきことが残っている。

「いままで彩華さんと一緒に、意味不明な状況をたくさん経験してきました。でも今回の伊藤さんの騒動は、とびきりわけがわかりません」

 特に、最後に彩華さんがとった行動にはまったく説明をつけられない。

「だったら簡単なことからやっつけていこう。こう見えても俺は刑事だ。しかも元探偵でもある。まあ彩華ほど優秀じゃないがな」

「いえ、僕の十九年の人生の中で、園真坂さんほど頼れる人はいませんでしたよ。いつハリウッドからオファーがきてもおかしくありません」

 この人は爆発まで三十秒を切った爆弾を抱えて走り、金庫にタッチダウンを決めるという離れ業をやってのけたのだ。しかもクリスマスに元同僚の美女に頼まれて。公開前から全米が半べそをかくシチュエーションである。

「そ、そうか? 俺ブルース・ウィリス好きなんだよ。『ダイハード』だったかな?」

「中(ちゅう)ハードは確実にいってますね。今日も僕らのピンチにさっそうと現れましたし」

「いやいや、あれは連太郎くんの手柄だよ。二台の携帯電話を耳に押し当てている人間はどうしたって悪目立ちする。だから連太郎くんは、伊藤ケイトが両耳にイヤホンをつけていると推理して、『音楽を聴いている人』と何度も言ったんだろう?」

 僕はえへへと頭をかいた。スマートな方法ではなかったけれど、おかげで僕たちは生きている。僕も助演男優賞候補として胸を張ってもいいかもしれない。

「でもまあ、さすがにあれだけじゃわからなかったろうな。その後に彩華が『助けて』とサインを送ってきたから、遡って連太郎くんの言葉にも注意も払えたんだよ」

 へっと間抜けな声が出る。そんなはずはない。彩華さんは電話占いで架空の誰かに助言するふりをしながら、園真坂さんを手早くあしらっただけだ。

「あのとき彩華は、『恋のアドバイス』とか、『乗車券』なんて言葉を口にして、最後に『ぶっとばす』と言っただろう? あれ、全部ビートルズの『HELP!』ってアルバムに入ってる曲の邦題なんだよ。『昨晩』とか『別の女』は直訳だな」

 そう聞いて、彩華さんが『ナイスアシスト』と言った意味がわかった。きっと僕が告げなくても、彩華さんは園真坂さん向けのメッセージを用意していたのだろう。なんとも短い助演男優賞候補だった。

「ビートルズってかなり昔のバンドでしたよね。僕は名前を聞いたことあるくらいですけど、園真坂さんは知ってたんですか?」

「俺だってまるで世代じゃないよ。ただ、紺(こん)が好きだったんだ。おかげで俺も彩華も影響を受けて、いつの間にか自分で聴くようになった」

 その人物――桜間(さくらま)紺は園真坂さんの悪友で、彩華さんにとっては二つ歳上の兄になる。僕から見れば叔父さんだけれど、会って話したことはない。叔父は十八の若さで他界したし、僕の母は父と駆け落ちしたため、桜間の家に縁を切られている。

「連太郎くんも彩華に借りて聴いてみればいい。知らずにテレビで耳にしている曲が山ほどあるよ。初心者向けじゃないが、俺が好きなのは『アビイ・ロード』ってアルバムだな。ジャケットが有名だから見たことあるんじゃないか? 四人が横断歩道を渡っていて、ポールがなぜか裸足で右手にたばこを持っていて……」

 園真坂さんはマッチョな見た目に反し、根が結構なオタク気質だ。いまのうちに話を止めないと、伊藤ケイトからどんどん遠ざかる。

「た、たばこと言えばですね、実はあのスリ騒ぎなんですけど――」

 僕は例の似顔絵を見せながら、「なかったこと」になった事件の詳細を伝えた。

「……なるほど、そういうことだったのか。それならこの似顔絵を元に、俺が聞き込みをしてみるよ。財布を返せば済むって話じゃないからな」

 任せておけと園真坂さんが僕の肩を叩く。ペンタロウくんによい報告ができそうだ。

「あらぁ、男二人で親密そうに飲んじゃって。あんたたちそういう仲?」

 カウンターの奥からおヨシさんがニヤニヤしながら現れた。その背後から、意外と血色のよい彩華さんも出てくる。

「彩華さん! 大丈夫ですか? ケガは? 痛いところないですか? なにか食べたいものは? ケバブスライサーいつ返しますか?」

 僕の矢継ぎ早の質問に、どっちが保護者だとみんな笑った。

「ちょっと貧血で倒れただけよ。レンくんがしょっちゅう献血に誘うから」

「彩華さんは僕がもらったジュース飲んでるだけじゃないですか」

 再び笑いが起こる。死にほど近い経験をし、僕たちは日常に飢えていた。

「あんたたちも色々あったんでしょうけど、今日はクリスマスよ。しばらく仕事の話はおよし! お酒を飲んでケーキを食べないお客はあたしが追い出すからね!」

 おヨシさんがカウンターの上にずらっと料理を並べた。ローストチキンにフライドチキン。白いホールケーキの隣には、お手製の里芋ベーコン巻きもある。

「いいですね。日本のクリスマスって感じで」

「あらレンちゃん。日本以外のクリスマスを知ってるの?」

 集まってきたおネエさまたちが、僕たちの頭にパーティー用の帽子をかぶせた。

「じゃ、グラスは持った? メリークリスマス! ペンタロウお帰り!」

 おヨシさんの乾杯の音頭で、楽しい日本のクリスマスが始まった。



「悪いが仕事の途中なんだ。そろそろ署に戻らなきゃならない。うぷっ……」

 顔中につけられたキスマークを洗い流し、園真坂さんがふらふらとカウンターにやってきた。本人いわく『人生最悪のクリスマス』だったらしい。

「ええ。そろそろ話しましょう。伊藤さんのことを」

 彩華さんの言葉にうなずき、園真坂さんは僕の隣に座った。

「とりあえず、いまのところの伊藤ケイトは容疑を否認している。というより、覚えてないから話しようがないといった具合だな。それ以外はこっちの話を聞かないなんてこともなく、非常に協力的だよ。母親のことは自業自得と思っていたようだ」

 園真坂さんが手帳を見ながら取り調べの状況を報告してくれた。

「伊藤には爆弾の知識もまるでなかった。連太郎くんや彩華の写真を見せても反応は薄い。医者によると、事件当時は心神喪失状態にあった可能性が高いそうだ」

「それってまさか……伊藤さんが無罪になるってことですか? 犯罪者の釈放を要求して、僕に爆弾を仕掛けたあのテロリストが」

「そのまさかさ。母親のことで彩華を恨む動機はあるが、確たる証拠はなにもない」

「そんなバカな! だってあの爆弾は本物だったんでしょう?」

「間違いなく本物だよ。あのとき金庫から吹き出た煙は冷気らしい。一定の重量のものを入れると、液体窒素が吹き出して金庫内を凍結させる装置が組み込まれていたそうだ。爆弾は不発だったんじゃなく、低温状態にされて起動力を失ったんだよ」

 聞いた瞬間、それこそ氷でも押し当てられたように背筋が冷たくなった。

「それじゃ……それじゃまるで、伊藤さんは僕たちがあの金庫で爆弾を爆発させることがあらかじめわかってたみたいじゃないですか」

「伊藤はともかく、犯人にはわかっていたんだろう」

「犯人って……どういうことですか?」

 返事の代わりに、園真坂さんが透明なビニール袋をカウンターの上に放る。

「あの後に開けた金庫の中に、活動停止した爆弾とこれが入っていたんだ」

 袋の中にはクリスマスカードが開かれた状態で入っていた。神経質そうな字でこんなメッセージが綴られている。



『メリークリスマス、彩華。ゲームをクリアしたご褒美にプレゼントだ。 S.S』



 文章の隅には、「プレゼントの箱を開けたらトナカイが出てきて驚くサンタ」といった感じのイラストがワンポイントで印刷されていた。

「プレゼントと書いてあるが、それらしいものは金庫になかった。将棋教室の責任者に話を聞くと、昼頃に中学生から取材を受けて金庫を見せたが、そのときはなんともなかったらしい。学生たちから裏も取ってある。ただしダイヤル錠はセットしていないし、あの部屋は誰でも入れる状態だったそうだ」

 であるならば、鷹取名人は事件に無関係だろう。

「話を戻して伊藤ケイトだが、彼女は都内のアイスクリーム店で働いている。勤務態度もいたって真面目で、ここ一週間で二日ほど休みを取った以外はおかしなところもない。銀行口座もチェックしたが、不審な金の動きもなかった。現時点で、彼女が爆弾を入手した経路は不明だ。総合すると――」

 園真坂さんはそこで間を取り、一度彩華さんを見て続けた。

「伊藤ケイトはなんらかの事情で心神喪失状態に陥り、その際に『S.S』なる人物に命令、あるいは脅迫されて今回の事件を引き起こしたと考えられる」

「それは園真坂くんの見解でしょう?」

 ふいに彩華さんが口を挟む。

「……そうだ。おそらく伊藤ケイトは証拠不十分で釈放されるだろう」

「よかったわ」と彩華さんが微笑み、園真坂さんが「ああ」とグラスを飲み干した。

「ちょっ、なんなんですか二人とも! 自分たちだけわかっているみたいな空気出してないで、きちんと説明してくださいよ!」

「いずれレンくんにも全部話すわ。でも今夜は忙しいからひとまず伊藤さんのことだけね。彼女は『S.S』に暗示を受けていた。でも催眠状態は私が解除したから、事件のことはもちろん、レンくんのこともうろ覚えなのよ。被暗示性が高い人ほど、部分健忘に陥りやすいからね」

 いきなり難しい言葉が並んで僕は困惑する。

「催眠状態って……催眠術ですか? 『あなたはだんだんねむくなーる』の」

「催眠術は睡眠術じゃない。声や合図で相手を催眠状態、つまり理性を弱めて無意識を表に出させる誘導技術のことよ。理性を眠らせて本能と対話できる状態と考えてもいいわね。例を挙げると、ダンスミュージックなんかも一種の催眠術。単調なリズムを繰り返し聞いていると、意識野が狭まって脳がトランス――つまりは催眠状態に近くなる。無意識が表面化した状態はとっても心地がいいのよ。そのものずばり『トランス』というジャンルは、自己催眠に特化した音楽ね」

 よくわからないけれど、お経を聞いていると眠くなるような感じだろうか。

「古(いにしえ)の催眠術師が糸をつけた五円玉を揺らしたのも、単調な刺激で脳の活動を弱めるのが目的よ。そうやって無意識を顕在化させて刷り込んだ命令は、催眠状態が解けても有効。これが『暗示』よ。厳密には違うけれど、『洗脳』や『マインドコントロール』、あるいは『サブリミナル誘導』と言い換えるとピンとくるかしら?」

 ピンとはきたけれど、とても信じる気にはなれない。世間の人が占いに抱くイメージ以上に、催眠術はうさんくさいものだ。

「確かに『催眠術はうさんくさい』わね。でも催眠誘導は心理療法で用いられる立派な『医術』よ。身につけるにはきちんとしたところで何年も学ぶ必要があるし、催眠治療の効果がある『患者』も限られる。誰もが誰にでもかけられるわけじゃないわ」

 彩華さんが僕の心を読んで先手を打ってくる。

「じゃあ『S.S』がすごい催眠術師で、伊藤さんがものすごく催眠状態になりやすい人だったとしましょう。それで一週間前に僕からノートを借りさせたり、クリスマスに手をつないでデートさせたっていうんですか?」

 そんなに簡単に人の行動が操れるなら、誰もが催眠術を習得するだろう。そうすれば占いなんかに頼らずとも、恋も仕事もすべてが思い通りだ。

「レンくんは、今日で通算二百七十五日、私の助手を務めたわね」

「……言いたいことはわかりますよ。確かに僕は、自分ではそれと気づかず彩華さんに行動を操られた人をたくさん見てきました。でもそれは、話術とか心理的なトリックです。催眠術みたいなオカルトとは違います」

「人間の脳はよく氷山に例えられるわ。自分がコントロールできるのは海面に突き出た数パーセントの部分だけ。残りは意思が及ばない部分、つまり無意識ね。人の行動を操るなら、理性を失った本能に直接働きかけるほうが圧倒的に簡単よ」

 ずるいと思った。彩華さんがそれを言うと説得力がありすぎる。

「では聞きます。仮に人の行動を操ることができたとしても、僕が伊藤さんにノートを貸したのは一週間も前です。催眠術ってそんなに長期間操れるんですか?」

「暗示の被験者は、ずっと催眠状態でふらふらしているいるわけじゃないわ。レモンを見たら勝手につばが湧くみたいに、なにかの『きっかけ』があったときに理性が引っ込んで無意識が表面化するのよ。特に一度深い催眠状態に達した人は、覚醒しても被暗示性が高まった状態が続く。これ以上の説明は面倒だから、てっとりばやく園真坂くんに犬になってもらいましょう」

「おい、やめてくれ! 昔みたいに俺を笑い者にする気か!」

 彩華さんが「冗談よ」と笑い、園真坂さんがほっと息を吐いた。

 その瞬間、魔女は刑事の前でパチンと指を鳴らす。

「惣介(そうすけ)、お手」

 椅子から降りた園真坂さんが、ワンと一声吠えて彩華さんに手を出した。

「……冗談でしょう? 僕をかついでいるだけですよね?」

 園真坂さんはクゥンと甘えた声で鳴き、僕の膝にすり寄ってくる。

「茶番はやめてください。さもないと、園真坂さんが実はいまでも彩華さんのことが好きだってバラしますよ」

 そんな事実はないけれど、言えば必ず動揺することを言ったつもりだ。僕だって長く彩華さんの助手を勤めてきたのだから、人の反応を見る力はついている。

 が、園真坂さんはつぶらな瞳で、じっと僕を見上げるだけだった。なんだか見えない尻尾がぶんぶん振られている気がする。

「いまの園真坂くんは犬なのよ。『お手』や、『おすわり』は理解できても、複雑な人間の言葉はわからない。伊藤さんも同じよ。彼女は私たちの話を聞かなかったんじゃなくて、特定の言葉以外に反応できなかっただけ」

 はっと思い返す。最初のうち、伊藤ケイトは僕が『無理』と言ってゲームを降りようとすると、必ず警告するように彩華さんを挑発した。

「で、でも、おかしいですよ。彩華さんはいつ園真坂さんに術をかけたんですか?」

 彩華さんと園真坂さんは、『三年前』に園真坂探偵事務所で起こった事件をきっかけに、ちょっとだけ関係がギクシャクしている。普通の会話は問題なくても、僕のいない場所で二人きりでは会えない。今日だって催眠術を施す機会はなかったはずだ。

「三年前よ。あの頃は毎日かけてたからね」

「じゃあ、伊藤さんが一週間行動を支配されてもおかしくないってことですか?」

「いいえ。普通はそんなに長く暗示の効果が続いたりしない。園真坂くんの場合は本人の思い込みによるところが大きいのよ。『犬になれ』という命令の解釈だって、語尾にワンをつけてしゃべるだけの人もいれば、催眠術士にかしずく人もいる。園真坂くんがこうなったのは、それが自分にとって『一番気持ちがいいから』よ」

 園真坂さんを見ると、確かに抑圧から解き放たれたような清々しい表情だった。

「逆に言えば、人は『気持ちが悪くなる暗示』には絶対に従わない。たとえ理性がなくなっても、人間は自殺や他殺は考えないのよ。生存本能に反するからね」

「でも、伊藤さんは僕たちを殺そうとしていたじゃないですか」

「理性があるうちに殺意を持っていた場合は例外よ。ただし伊藤さんは普通の女の子だった。母親がいなくなって寂しかったけれど、それを理由に私を殺そうとまでは思わない。でも『S.S』は言葉巧みに彼女を誘導して、ほんのささやかな恨みを殺意に昇華させた。その後に催眠状態にして暗示を施したんでしょうね。だから伊藤さんは、本当は私のことを覚えているのよ」

 母親よりも見どころがある詐欺師ねと、彩華さんは妖しく微笑んだ。

「もう一つ。園真坂くんは私とつき合うくらいならレンくんを選ぶわ。どころか私がおもちゃにしたせいで、女性不信になっている可能性もあるわね」

「そういう冗談やめてくださいよ。お店がお店なんですから」

「言葉の綾よ。レンくん、園真坂くんの胸を軽く二回叩いて」

 言われた通りにすると、スーツを着た犬がはっと人間の顔に戻った。

「……悪い。一瞬意識が飛んでた。どこまで話した?」

 刑事が嘘を言っているようには見えない。なによりあの嬉しそうな犬顔を見てしまうと、それこそが園真坂さんのあるべき姿のように思えた。きっと探偵時代の園真坂さんは、彩華さんの犬だったのだと思う。犬と書いて「あいぼう」と読む関係だ。

「彩華さん、いまみたいに、催眠術はかけた人でなくても解けるんですか?」

「解きかたさえ合っていればね」

 そう聞いて、僕はこの事件の真相に近づいた気がした。

「園真坂さんが警察に連絡した後、彩華さんは階段の上から伊藤さんを突き飛ばしました。それは彼女の催眠状態を解くためですね?」

 その前に、彩華さんは伊藤ケイトの肩や胸を叩いていた。おそらくそれで催眠状態が解除できず、最後の手段であんな方法を試したのだろう。

「彼女は、私の不幸な『運命』に巻き込まれたのよ」

 肯定と考えてよさそうだ。もしもあの場で催眠術を解かなければ、伊藤ケイトは事件を記憶した『無意識』状態で逮捕されることになる。だから彩華さんは『プレゼント』したのだ。僕にではなく伊藤ケイトに。「無実の罪」ならぬ「実の無罪」を。

「恐ろしい人ですね、『S.S』は。伊藤さんの催眠を解除する方法を、彩華さんが気絶してしまうようなものに設定したんだから」

「今日のレンくんは冴えてるわね。どうしてそう考えたのかしら」

「振り返ってみると、この事件はすべて綿密に計算されていました。最初のゲームで金庫の存在をほのめかし、次のゲームではさも偶然のようにスリ騒ぎを起こす。その場に刑事――ゲームを終わらせる鍵となる園真坂さんを呼ぶために。『S.S』はまるで彩華さんみたいに、名人に取材する中学生やスリの女性も操ったのでしょう」

 魔女の眉がひくりと上がった。

「誤解しないでください。彩華さんが犯人なんて言うつもりはありません。でもこのシナリオは、彩華さんの思考パターンに基づいて作成されたはずです。あのクリスマスカードが証拠ですよ。彩華さんは明確にゴールへ導かれていたんです」

 金庫にプレゼントは入っていなかった。『S.S』が彩華さんに『ご褒美』として渡したのは、きっとこの会場のすべての命なのだ。

「これらのことから、『S.S』は彩華さんをよく知る人物とわかります。伊藤さんの催眠術を解く方法は、おそらく過去のトラウマかなにかでしょう。それくらい昔の彩華さんを知っていて、イニシャル『S.S』なんて人物は一人しかいません」

 僕は大きく息を吸い、その人物に指をつきつけた。

「園真坂惣介! あなたがこの事件の黒幕、『S.S』だ!」

 途中まで目をきらきらさせていた彩華さんが、がっくりとうなだれた。

「百点満点の答案用紙も、名前を書き間違えると返ってこないわね……」

「な、なんですかそのリアクション! 推理の根拠だってありますよ。園真坂さんはスリ事件からあまりにも早い登場をしました。将棋教室のあの金庫だって、最後に触れたのは園真坂さんです。それに自分で言っといてなんですけど、ゴールデンボンバーのメッセージなんて普通は伝わりませんよ。園真坂さんなら僕の予定や彩華さんの電話番号を知っていて当然です。催眠術に毎日かけられていたら、かける技術も上達するでしょう。そもそも伊藤ケイトの母親を逮捕したのも園真坂さんでした。しょっちゅう彩華さんにからかわれていたから、動機は山ほどあります。おまけに『チョコマヨネーズファッション』がうまそうだなんて、もう味覚まで怪しい!」

 クリスマスに金庫で爆弾でテロリスト。おそらく園真坂さんはブルース・ウィリスに憧れて、『ダイハード』のように自分が活躍するシナリオを思いついたのだ。

「チョコマヨネーズファッションは、あのときツッコんでほしかったな……」

 刑事は苦笑いを浮かべている。あれはボケだったと言いたいのだろうか。

「まあお約束だから一応聞いておこう。俺が犯人という証拠は?」

「あ、ありません」

「次は友だちとして聞こう。連太郎くんは、俺があんなことするやつだと思うか?」

「お、思いません」

「そうか、ならいいんだ。彩華、後は頼む」

 園真坂さんは疲れを顔ににじませて、とぼとぼとバーを出ていった。

「さて、今夜はここまでね」

「ま、待ってください彩華さん! 『S.S』って誰なんですか!」

「言ったでしょう? 近いうちに全部話すわ。もう出かける時間よ」

「出かけるって、どこへ」

「あの子とはクリスマスデートしたのに、私とはしてくれないの?」

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