連載小説(4)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第四話

2016年12月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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『コングラッチュレーション。おばさん、どうしてスリの女の子を逃がしたの?』

 彩華さんの代わりに、僕は電話口で叫ぶ。

「伊藤さんのせいだよ! スリを警察に突き出して正式な手続きを踏んでいたら、財布を持ち主に返すまで何時間もかかる!」

『なにそれ。だったら、なんでママは見逃してくれなかったわけ?』

「ママ? そっちこそ『なにそれ』だ! わけのわからないこと言ってないで、早く次のゲームを言ってくれ!」

 このままなにもしなければ、あと九分で爆発が起こる。伊藤ケイトの反応は気になったけれど、いまはとにかく最後のゲームだ。

「よっ。さっきは聞きそびれたが、二人ともなんでそんな格好してるんだ?」

 事情聴取を部下に任せたのか、園真坂さんが近づいてきた。

 この忙しいときに――いや、さっきは刑事の存在がピンチだったけれど、いまは状況が違う。なんとか伊藤ケイトの目を欺き、園真坂さんに救援を乞うチャンスだ。

『ルールを守らなかったら、そのタフそうな刑事もコップミジンだよ』

 僕の考えを見通したように、伊藤ケイトが無駄にうまいこと言って釘を刺した。ゲームに挑むに当たり、僕たちは警察に助けを求めることを禁じられている。彼女はやはりどこかで監視しているのだろう。送話口を手で押さえるようなまねは無理だ。

「おっと悪い。連太郎くんは電話中だったか」

「ぼ、僕は音楽を聴いている人です」

「それならドーナツでも食いにいかないか? そこの店で、チョコマヨネーズファッションってうまそうなやつを売ってたんだ」

「お、音楽を聴いている人なのでダメであります」

「なんだ、つき合い悪いな。なにを聴いているんだい?」

「ゴールデンボンバーの『女々しくて』という音楽を聴いている人です」

「いましか聴けないわけじゃないだろうに。これが『ひとり世代』ってやつか」

 園真坂さんがやれやれと大げさに肩をすくめた。

「で、彩華もやっぱり音楽を聴いている人か?」

「昨晩の恋のアドバイスは実践したかしら? 涙ながらに乗車券を渡してあなたが必要って言えばいいのよ。じゃないと別の女に持っていかれて悲しみを……なに、園真坂くん? 聞いての通り電話占い中よ。邪魔するとぶっとばすわ」

 彩華さんは僕とは違い、占いの体で刑事をやり過ごすことを選択したようだ。

 いったいなんなんだと、刑事がぶつくさこぼしながら去っていく。

『ナイスワーク。それじゃ、お待ちかねのラストゲームだよ』

 伊藤ケイトの声で箱を見た。時計の表示は残り七分。どうかいままでのような無理難題でありませんようにと、僕は粉雪が舞い始めた夕闇に祈る。

『わたしのママを、留置所から出して。レディ、ゴー!』

 しばらく反応できなかった。主語も述語も荒唐無稽で、意味が頭に入ってこない。

「ママを……? 留置所から出せ……? どういうこと……?」

「やっぱりそうね。彼女の母親は私たちに『マリメッタ』と名乗った女よ」

 疑問符だらけの僕の言葉に、彩華さんがあっさりと答えた。

「マリメッタって、彩華さんの依頼人を騙そうとした男性に、詐欺の方法をレクチャーしていた結婚詐欺師ですよね?」

 しかし彼女は彩華さんのハッタリに引っかかり、最終的には園真坂さんに逮捕されている。余罪が多かったため再逮捕が続き、いまだ公判に至っていないと聞いた。

『……そうだよ。わたしが十歳のとき、パパが女詐欺師に騙された。ママは借金を背負ったパパと離婚して、わたしを日本に連れ帰った。そこからはずっと二人で暮らしてたんだよ。ママはたった一人でわたしをここまで育ててくれた!』

「他人を騙して奪ったお金でね」

『おばさんだって結局詐欺師でしょ! やってることは変わらないのに、どうしてママだけがひどい目に遭うの!』

「最後まで人を騙せなかったからよ」

 伊藤ケイトは言葉を失った。偽善者と糾弾するつもりだった相手が、自分も詐欺師と暗に認めたのだから当然だろう。

「レンくん。一年大学に通っていて、知り合う以前の伊藤さんを見たことがあった?」

「なかった……と思いますけど」

「レンくんみたいな凡人と違って、彼女みたいに目立つ外見なら必ず人の記憶に残るわ。学部が違っていても、同じキャンパスに通っていればいつかは目にする」

 確かにそうだろう。たとえ金髪でなくても、留学生は「外国人」というだけで面識のない人でも覚えてしまったりするものだ。僕だって留学すれば凡人じゃない。

「つまり、伊藤さんはレンくんと同じ大学じゃない。どころか大学生ですらもないわね。やたらと私を『おばさん』と呼ぶのも、相対的に自分を若いと思い込ませるため。おそらく本当は二十五歳。彼女がすっぴんだったら私のほうが若くみえるわ」

 残念ながら、その真偽を判定している時間はない。

「彩華さん、残り五分三十秒です!」

「その十倍あっても最後のゲームはクリア不可能よ。そういうシナリオだからね」

 それが真実なら、僕たちの運命は最初から死の結末が決まっていたことになる。

「そんな……なんとかならないんですか!」

 叫んで箱の中を見た。映画のように赤か青の線を切ろうにも、タッパーの中にはどちらも見えない。どころかふたを開けただけで、なにかが作動しそうな予感がする。

「なんとかしてくれそうよ。レンくん、ナイスアシストだったわ」

 えっと聞き返したそのとき、携帯電話から声が聞こえた。

『イヤホンで音楽を聞いている人……髪の毛がゴールデン。女々しい、というか女の子だな。ボンバーはなんだ? この子爆弾でも持ってるのか?』

 もちろん、伊藤ケイトの声ではない。

「園真坂さん! いまどこですか!」

『あれ、これ電話なのか? おーい、俺は赤レンガ倉庫の二階にいるぞー。ワークショップっていうのか? 親子でクリスマスのリースを作ってるところだ』

 見上げると、レンガ造りの建物の二階で刑事が窓から手を振っていた。

「すぐに向かうわ。園真坂くん、彼女を確保して人を避難させて」

 彩華さんが言うと同時に、僕たちは人をかき分け駆け出した。



 飛び込んだ無人のワークショップには、松の実や金色のベルが散乱していた。リース教室の受講者たちが、慌てて逃げた様子がうかがえる。

「伊藤さん、時間がない! 早く起爆装置を解除して!」

 窓際で刑事に取り押さえられている伊藤ケイトは、この期に及んで僕たちを無視した。このままだと自分も死ぬとわかっていないのだろうか?

「こっちの話を聞かないんじゃなくて、彼女には聞こえていなかったようね」

 彩華さんが伊藤ケイトの顔の前でひらひらと手を振っていた。それでも青い瞳はぼんやりとして、どこにも焦点が合っていない。

「レンくん、腕を前に」

 どこからともなくしゃきんと長い刃物を出し、彩華さんが僕のきぐるみの腕を切り始めた。よく見れば、それは羊肉を薄く切るためのケバブスライサーだ。

「彼女はただのメッセンジャー。起爆装置なんて最初から持っていないのよ。園真坂くんお願い。隣の将棋教室に耐火金庫があるわ。急いで」

 切り取ったきぐるみの腕ごと、彩華さんが爆弾の箱を放る。

「よくわからんが、だいたいわかった! 後は俺に任せろ!」

 園真坂さんは廊下を走った。僕と彩華さんもワークショップを飛び出す。

 心の中で時間を数える。おそらく残りは三十秒ほどしかない。

「あった! これだな!」

 鷹取名人が言っていた『戦火にも耐えた金庫』を見つけると、園真坂さんは爆弾を放り込んでダイヤル錠を回した。

「二人とも、伏せろ!」

 入り口の僕たちに叫びながら、園真坂さんが部屋から転がり出てくる。

 けれど、たっぷり一分以上待っても爆発音はしなかった。

「不発……だったのか?」

 恐る恐る顔を上げると、金庫から白煙が上がっているのが見えた。

「あれは爆発物の煙じゃないぞ。二人とも近づくな。署に応援を呼ぶ」

 園真坂さんが立ち上がって電話をかけ始める。

「……あれ? 彩華さん、どこ行くんですか?」

 気がつくと、サンタ服の後ろ姿が廊下を歩いていた。ちらりと見えた横顔に、いつもの魔女の微笑みはない。

 不安を感じて追いかけると、彩華さんはリース制作の教室に戻っていた。置き去りにしていた伊藤ケイトに近づくと、その肩をぽんと叩く。しばらく様子を見た後、次は肘の辺りを軽く叩いた。その後は胸の中央を二度。

「なにを……しているんですか?」

「レンくん、手を貸してちょうだい」

 ぼんやりした伊藤ケイトを立ち上がらせ、彩華さんは階段の踊り場へ向かった。

「レンくんは階段を降りて。四段か五段くらいでいいわ」

 言われるままに階段を降りて振り返る。見上げた彩華さんの顔が?燭のように白い。

「……私からのクリスマスプレゼントよ。レンくん受け止めて」

 なにをと聞き返す間もなく、彩華さんは伊藤ケイトを階段の上から突き飛ばした。

「なっ……!」

 頭上から降ってきた体を、僕は腕を広げてなんとか受け止める。

 トナカイの赤いつけ鼻が取れ、階段を弾んで転がっていった。

「なんてことするんですか彩華さん!」

 しかし僕が抗議を向けた相手は、階段の上に立っていなかった。

「……彩華さん? ……彩華さん!」

 プレゼントを突き飛ばしたサンタは、二階の踊り場で気を失っていた。

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