連載小説(3)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第四話

2016年12月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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『コングラッチュレーション。おばさん、本当に占いで未来を視たの?』

 一息ついたタイミングを見計らったように、伊藤ケイトが話しかけてくる。

 僕は目だけ動かし周囲を探った。彼女はどこかで僕たちを監視しているはずだ。

 けれど、付近にあの目立つ金色の髪は見当たらない。

「ええ。あなたが警察に逮捕される未来を視たわ」

 彩華さんは軽く反撃した後、「叔母さまよ」とつけ加えるのを忘れなかった。

「ねえ伊藤さん。ゲームをクリアできたんだから一つくらい教えてよ。きみの目的はいったいなんなの?」

 予想通り反応はなかった。少し質問の角度を変えてみる。

「きみは教えてもいない僕の予定や、彩華さんの電話番号まで知っていた。この爆弾やきぐるみの接着剤も、イタズラにしては手が込みすぎている。つまり、きみはずっと以前からゲームの計画をしていた。僕に近づいたのもそのためなのか?」

 感情を揺さぶるつもりで語気を強めた。しかし携帯からは息遣いすら聞こえない。

「きみは昔アメリカに住んでいた。子どもの頃は幸せなクリスマスを過ごしていたけれど、いまは国籍まで取得して日本にいる。ハーフと言っていたから両親はアメリカ人と日本人だろう。でも、いまは一人で住んでいる」

 僕に彩華さんのような洞察力はない。いまのは本人から聞いた情報を、さも分析したようにそのまま並べただけだ。しかし自分の情報を詳細に語られたら、誰だって無視はできない……と思ったのだけれど。

『そろそろ、次のゲームが始まるよ』

 伊藤ケイトの声に動揺はまったくなかった。まあそれならそれで構わない。僕の真の目的は彩華さんに情報を渡すことだったし――と開き直ったときだった。

「財布がない!」

 すぐそばのドルネケバブ屋台の前で、女性の金切り声がした。

「お、俺もない! 落としたのか? いやスリだ! 財布をすられた!」

 男の叫びに続き、僕も私もと声が上がる。

「ぼく、とったひと見たよ」

 小さく声を発した子どもに、周りの大人が寄せ集まった。

「本当か坊や。どんなやつだった?」

「サンタさんが、おさいふもってった」

 被害者たちが一斉に辺りを見回し、すぐに大きなため息をつく。

 今日はクリスマスイブだ。会場で催されているのは各国のクリスマス料理を屋台で楽しむグルメフェスで、シェフも売り子も赤白の服で扮装している。僕がぱっと見ただけでも、視界に五人はサンタがいた。

『じゃ、次のゲームだよ。あの人たちの財布を取り戻して。レディ、ゴー!』

 唐突な指令に僕は面食らう。

「む、無理だよ! 会場はサンタだらけだし、時間はもう三十分ないんだよ?」

『おばさんには視えてるんでしょう? わたしが逮捕される未来が』

 ふと気づく。伊藤ケイトがこちらに反応したのは二回目だ。さっきと同じく僕がゲームを拒絶したことに対し、彩華さんを挑発して応じている。言葉もほぼ同じだ。

 ……なるほど、そういうことか。

「いいかげんにしてくれ! 僕はきみに感謝こそされても、こんな目に遭わされる筋合いはない! もうたくさんだ! あと彩華さんはおばさんじゃなくて叔母だ!」

 僕は叫んでケバブ屋台で回転する羊肉の隣に肘を差し入れた。

 こういった愉快犯が一番恐れるのは、ゲーム自体が成立しなくなることだ。二回あった反応も、明らかに滞ったゲームの進行を元に戻そうとしている。

 僕がこの「ケバブ用垂直型グリル」できぐるみを焼き切ろうとすれば、伊藤ケイトは起爆装置を押すと再び脅迫してくるだろう。そのときには多少の譲歩が引き出せるかもしれない。彩華さんならきっとうまく交渉して、状況を優位にできるはずだ。

 さあこいと、肘を炙る赤い光を見つめていると、ふいにその色が暗くなった。

「ありがとうレンくん。でもシナリオの逸脱は許されないわ」

 ケバブ屋台の中、おろおろするトルコ人シェフの隣で、彩華さんがグリルのスイッチを切っていた。その顔に、いつものすべてを見透かしたような笑みはない。

「逸脱が許されないって……まさか」

 言葉の意味に気づいた僕の背中を、冷たい汗が流れていく。

 伊藤ケイトが反応したのは、僕がゲームを降りようとしたときだけだ。それは爆弾が本物だからこそ、最後の警告をしたと考えることもできる。

 思い返してみると、伊藤ケイトはまず『もうすぐゲームが始まるよ』と言った。そのゲームの内容は、その発言後に起こったスリ騒ぎの解決だ。もしそれすらもシナリオ通りであったなら、このゲームは徹頭徹尾管理されていることになる。

 だとすると、爆弾を解除する方法は「ゲームのクリア」以外に存在しない可能性が高い。すなわちシナリオの逸脱は許されない。イレギュラーは死を意味する――。

「やだ、誰かと思ったら彩華に連太郎くんじゃない! すっごい偶然!」

 耳慣れた声で我に返ると、目の前に濃い顔立ちの紳士が立っていた。

「お、おヨシさん。こんなところでなにやってるんですか?」

 僕は動揺を隠して言葉を返す。おヨシさんは馬車道の占いオカマバー、「愛とヒゲのオラクル」を切り盛りするママ――いわゆる「おネエ」だ。気さくで裏表のないおネエさまたちは、彩華さんが心を許せる数少ない友人でもある。

「出店の下見にきたのよぉ。うちは夜のお店だからこういうイベントでは宣伝できないけど、独立したペンタロウはやっておいたほうがいいと思ってね」

 おヨシさんの隣には黒髪のきれいな女性が立っていた。たぶん彩華さんと同い年くらいだろう。彼女は五歳くらいの男の子と手をつないでいて、二人ともつばの部分がペンギンのくちばしになったおそろいの帽子をかぶっている。

「どうもー、彩華ちゃん久しぶり。隣のトナカイが噂の甥っ子くん?」

 女性が見た目からは想像できないダミ声を発し、僕に流し目を送ってきた。

「ええそうよ。ペンちゃん復帰おめでとう」

「ありがとー。彩華ちゃんのおかげよ。息子も喜んでるわ」

 話の流れから察すると、「彼女」に見えるこの人物もおネエさまで、たぶんおヨシさんの店から独立したペンギン占いのペンタロウさんだろう。ペンタロウさんはネットの悪評により占い師を引退したと聞いていたけれど、彩華さんが元凶となるサイトの管理人を改心させたからか、復業を考えているようだ。

「にしてもちょうどよかったわぁ。店を出してる占い師って彩華だったのね。ちょっとペンタロウに見学させて……って、あら? 二人とも電話中?」

「す、すみませんおヨシさん、ちょっと事情があって……それより! ペンタロウさんの息子さんは、スリの現場を目撃した子ですか?」

 そうなのよーと、ペンタロウさんが男の子の頭を撫でる。

「ペンタロウはずっと入院してたから、久しぶりの外出だったんだけど……。なんだか嫌なもの見せちゃったみたいで」

 ややこしいことに親子揃って呼び名がペンタロウらしい。そういえば以前彩華さんが請け負った依頼でも、そんなあだ名の子どもがいた気がする。いったい本名はなんなんだ。いやそんなことはどうでもいい。

「ペンタロウくん、サンタさんがお財布とるのを見たのっ?」

 僕が勢い込んで聞くと、少年がびくつきながらうなずいた。

「サンタの背はどのくらいだった? 若い人だった? 顔はどんな感じ?」

「白いヒゲがはえたおじいさん。背はふつう」

 サンタクロースはみんなそうだ。しかし大人だってサンタを見たら、それくらいしか特徴を言えないだろう。ペンタロウくんから手がかりを得るのは無理そうだ。

 爆弾の箱を覗く。残り時間は三十分。辺りはサンタで溢れている――。

「ペンちゃん、ちょっとこの子借りていい? 店のテントは自由に見ていいわ」

 焦る僕とは対照的に、彩華さんは余裕たっぷりな微笑みを浮かべていた。

「あら本当? ちょうどよかった。仕事の話ばかりでこの子も退屈してたの」

 ペンタロウさんがうなずくと、僕の腰にペンタロウくんがしがみつく。

「彩華のことだから、また変なことに首突っ込んでるんでしょう? なんでもいいけど、夜のパーティーには遅れるんじゃないわよ!」

 おヨシさんの大声に見送られ、僕たちはケバブ屋台を後にした。



「ペンタロウくん、あのサンタさんはどうかな?」

 少年はふるふると首を振った。それは否定というより「わからない」に近い反応だろう。僕だってサンタはみんな同じに見える。

「もう十人は見たのに……。彩華さん、ちょっとは協力してくださいよ!」

 焦りが募って苛立っていた。残り時間は二十五分。なのに彩華さんはサンタに目もくれず、それでいて人混みをじっと観察しているのだ。

「サンタなんて探すだけ無駄よ。レンくんだってわかってるでしょ」

 わかっている。仕事を終えたスリがいつまでもサンタのままでいるわけがない。でももう時間がないのだ。スリがサンタのままでいてくれる奇跡に賭ける以外、僕たちはゲームに勝つ方法がない。

「じゃあ彩華さんは誰を探しているんですか!」

「彼よ」

 言って彩華さんが歩き出した方向に、今日占ったカップル――占いに難癖をつけた結果、自身が「決して飾られることのない絵」を描いていると見抜かれた男性がいた。

「あなたに仕事の依頼よ。似顔絵を描いてちょうだい」

 彩華さんが男に近づき、前置き抜きで話し始める。

「い、いきなりなんだよ? そういう仕事は間に合ってる」

「アーティストに一番必要なのは才能。二番目はふてくされないことよ」

 男がちっと舌打ちする。実にわかりやすい、図星を突かれて苛立った顔だ。

「あなたが天才じゃないことは、自分が一番わかっているでしょう? それでも上を目指したいなら、まずは仕事の幅を広げなさい。どんな要求をされても、必ずクライアントに従いなさい。生まれ持った才能のない人間は、そうやって自分を愛してくれる人を探すしかないわ」

 いまのは三日後に彼女に言われるセリフよと、彩華さんは妖しく笑った。

「すごい! 堕壜血(だびんち)くん、いまの本当にわたしが言おうと思ってたことだよ!」

「人前で本名を呼ぶな!」

「描いてあげなよ。この人はいま堕壜血(だびんち)くんの絵を必要としてくれてるんだよ。下積みして、宣伝して、営業して。そうやって立派になった絵描きはいっぱいいるよ!」

 カップルの女性が笑顔でぽんと彼氏を押した。きっとその名前のせいで、堕壜血(だびんち)くんは人生において不要な苦労を強いられただろう。せめて玲雄鳴怒(れおなるど)だったらと思わずにはいられない。

 しばらく逡巡した後、堕壜血(だびんち)くんは「……一枚だけだぞ」と同意してくれた。

「でも彩華さん。似顔絵といっても、肝心のペンタロウくんが覚えてませんよ」

「この子はきちんと犯人を見ているのよ。ただそれを表現できないだけ。まずは一般的なイメージのサンタクロースを描いてちょうだい」

 堕壜血(だびんち)くんが意外に優しいタッチで、白髭の老人をスケッチブックに描いた。思わずうまいと声に出すと、ふんと鼻を鳴らされる。わかりやすく満更でもない顔だ。

「あなたは、お父さんとおヨシさんに連れられてこの会場にきたわ」

 彩華さんがその場でしゃがみ、目線の高さをペンタロウくんと合わせる。

「周りは人が大勢で、おいしそうな料理やサンタさんがいっぱい。でもお父さんたちは仕事の話に夢中で相手をしてくれない。あなたはつまらないと思いながら、ぼんやりしていた。そうしたら目の前で、赤い服を着た人が誰かのポケットから財布をとった。ちょうどあなたの目の高さだったわね」

 ペンタロウくんが彩華さんの目をじっと見て、やがてこくりとうなずいた。

「あなたはびっくりして顔を上げる。するとそこに、白い髭を生やしたサンタクロースがいた。この絵みたいな顔だった?」

「……もうちょっと、目がちっちゃかった。目はふつうの大きさだけど」

 少年はつたない表現で必死になにかを伝えようとしている。

「なんだよそれ。つまり……こういうことか?」

 堕壜血(だびんち)くんが修正した絵をペンタロウくんに見せた。そこには目つきの悪い、有り体に言えば黒目だけが小さい三白眼のサンタがいる。

「うん。シワはなかった。あと黒い」

「黒いのは髪? ……違うのね。それなら肌かしら?」

 その後も彩華さんはペンタロウくんの記憶を上手に引き出した。

 やがて変装用具であろう眉と髭を除いた似顔絵が完成する。

「サーファー風の男性……ですかね?」

 鋭い目つきの三白眼と褐色の肌、そしてサンタ帽からはみ出たくすんだ金色の後ろ髪という、かなり特徴的な情報をペンタロウくんは目撃していた。ほかにも唇に白いゴミが付着していたという、相当に細かいところまで。

「似顔絵感謝するわ。ものはついでで、この子をテントまで送ってくれない?」

「は? なんで俺がそんなこと」

「謝るわ。あなたには『感性』という才能があった。子ども向けの絵画教室を開くといいかもね。それから歳の離れた弟には、きちんとクリスマスプレゼントあげなさい」

 唖然としている堕壜血(だびんち)くんを尻目に、彩華さんはぺンタロウくんと向き合った。

「最後まで一緒にいられなくてごめんなさい。でもいい子にしていたあなたのところには、今晩本物のサンタさんがきてくれるはずよ」

 こっくりうなずいた少年の頭を撫で、彩華さんは足早に歩き出した。

 残り時間は十七分。いつもなら「もろもろ説明してください!」と詰め寄るところだけれど、いまは一分一秒を争うときだ。仮に十分でスリを捕まえたとしても、ゲームはもう一つ残っている。時間は無駄にできない。僕は――。

「いたわ」

「早っ!」

『黙っていることでしか役に立てない自分が歯がゆかった』とか、『僕はトナカイのくせにサンタを追いかけることしかできない』なんて落ち込む暇すらもなかった。

「一仕事終えた後の一服は格別ね、サンタさん」

 彩華さんが声をかけたのは、会場隅の喫煙所にいた人物だ。

「……はぁ? あんたなに言ってんの。サンタはあんたじゃん」

 地べたであぐらをかいてたばこを吸っていた女性が顔を上げる。その肌はケバブ用グリルで炙ったように浅黒く、肩ほどの髪は金というより黄土色に近い。特徴は確かに似顔絵と一致している。

 犯人はサンタクロースだから男性だと思い込んでいたけれど、あの衣装を着て髭と眉を隠せば、女性だってサンタになることは可能だ。以前彩華さんのサロンにきた依頼人にも、ペンギンのパジャマを着て警察の捜査を撹乱した女性がいる。

「サンタ服を脱いだらバレないと思った? すぐに財布を捨てるべきだったわね。GPSで簡単に追跡できたわ」

 彩華さんがスマホの画面を見せると、女性はぎょっとして目を見開いた。ただでさえ小さい黒目が点のようになる。その画面はどう見てもただのグーグルマップだったけれど、女性の小さな瞳は、かたわらに置いたリュックに向いていた。

「でもね、私たちが変装して張っているホシはあなたじゃないの。そして伝説のスリを罠にかけるには、その発信機の入った財布が必要。あとはわかるわね?」

「け、刑事さん? 見逃してくれるッス?」

 寒さか恐怖か、女性は震えながら彩華さんに尋ねた。よく見ると、下唇にぺったりと白いものがついている。思わず小声で独り言を漏らした。

「……だから、彩華さんはこんなに早く犯人を見つけられたんだ」

 以前、赤い口紅が付着したたばこを吸っている先輩男子を見てドキッとしたことがある。彼に理由を尋ねると、『乾燥する季節にたばこを吸うと、唇の皮を持っていかれるか、唇に紙が貼りつくかさ』と笑われた。吸い口の赤は彼の血だった。

 おそらく彩華さんは、ペンタロウくんが覚えていた唇のゴミから当たりをつけ、まっすぐに喫煙所に向かったのだろう。『刑事』という単語を使わず自分を刑事と錯誤させるハッタリといい、本気を出した彩華さんは実に頼もしい。

「今日はクリスマスよ。私たちだって早く帰ってケーキを食べたいわ」

 微笑みかけたサンタクロースに、スリの女性があぐら土下座で財布を差し出した。

 それを受け取ると、彩華さんはすぐさま踵を返して歩き出す。

「ちょっ、彩華さん! この人捕まえなくて――」

 しゃべっている途中で気づいた。伊藤ケイトが僕たちに課したゲームは『スリを捕まえろ』ではない。『財布を取り戻して』だ。

「くっ……! 残り十二分です!」

 怒ったようにケープを揺らして歩く彩華さんを追う。魔女は遵法精神など持ち合わせていない。普段の彩華さんはスリを見逃すくらいなんとも思わないけれど、今回は協力してくれたペンタロウくんのためにも捕まえたかったはずだ。

 しかし時間がそれを許さない。だから彩華さんは少年を途中で帰したのだろう。誰だって、悪事を働いた人間がのうのうと逃げる場面を子どもに見せたくない。

「うわ、なんだこの人だかり……?」

 小走りにケバブ屋台の前に戻ると、さっきよりも大勢の人が集まっていた。見れば人の輪の中に警官が二人立っている。

「お、彩華に連太郎くんじゃないか。こんなところで奇遇だな」

 どころか彩華さんの腐れ縁であり、僕も見知った刑事の園真坂(そのまさか)さんまでいた。

 スリの通報で駆けつけたのか? いや、だとしたらあまりに早すぎる。おそらくゲームの難易度を上げるため、伊藤ケイトが事前に通報していたのだろう。警察がスリ事件を把握しているとなれば、財布を返してハイおしまいとはならない。

「いやあ、まいったよ。この会場で『ちっちゃいワニ』を目撃したって情報が寄せられたんだが、きてみるとなぜかスリ事件が起こってたんだ」

 そっちかと、僕は過去の自分を恨んだ。せめてちっちゃいカニにしておけば――。

「本当に、スリなんていたのかしらね」

 人の輪の中心で彩華さんが言った。顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

「たとえばあなた。上着の右胸がずいぶん膨らんでいるわ」

 内ポケットに手を差し入れた被害者が、「うわ、あった」と長財布を出す。

「そっちの彼は、リュックのペットボトルホルダーに二つ折りの財布がチェーンで結んである。あっちの彼女は、バッグの底板が平らじゃないわね」

 彩華さんが指摘すると、被害者たちが「なんでこんなところに」、「何度も見たはずよ」と不思議そうに自分の財布を見つめている。

「切符をなくさないようにと、財布の奥にしまって忘れるのと同じ心理ね。人の多い場所では無意識にスリを警戒して、いつもと違うところに財布をしまうものよ」

 などと言っているけれど、もちろん彩華さんの仕業だ。依頼人に引かせるタロットを自在に操る偽占い師は、手品師やスリと大差ない技術を持っている。もしも彩華さんが将棋のルールを知っていたなら、鷹取名人に「二歩」を打たせて反則負けにすることもできただろう。

「だからよく探せって言ったでしょ! そんなんだからキミは出世しないんだよ!」

 いつの間にか、被害者カップルがケンカを始めていた。よく見れば昼間テントにきていた顔だ。彩華さんは二人の相性を『明日になればわかる』と占ったけれど、この様子だと「最悪」という結果が出るだろう。非常に申し訳ないけれど、刑事の前で財布を持ち主に返すには、ほかに方法がなかったのだから仕方がない。

「こらこらケンカするな。一応財布を確認するから、みんな一列に並んで」

 園真坂さんが被害者を整列させ、警官たちと事情を聞き始める。

 こうしてスリ騒動は「なかったこと」になった。『財布を取り戻す』というゲームのクリア条件は達成できた。しかし一息ついている時間はない。

「伊藤さん、早く最後のゲームを!」

 爆弾のデジタル時計は、もう九分台を刻み始めていた。

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