連載小説(2)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第四話

2016年12月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


<-2-> むしろプレゼントのためにクリスマスが存在していると彩華さんは言った


 ――十七、十八、十九、二十、ふう。

 僕は一から順に整数を数え、落ち着きを取り戻した。以前彩華さんが教えてくれたことがある。『人は数を数えると心が安らぐのよ』と。『でも素数はやめておきなさい』と。文系(という言葉で逃げる数学コンプレックス持ち)の僕が素数を数えると、『2』の時点で悩んでつまずくから。

 さて、落ち着いたところで現状を再確認しよう。

 現在トナカイのきぐるみを着た僕の手には、カウントダウンを始めた爆弾が乗っている。それはクリスマスラッピングが施された三十センチ四方の箱の中にあり、箱と僕の手は強力な接着剤で貼りつけられている。同じく背中のファスナーも接着されているので、僕はきぐるみを脱ぐこともできない。

 そしていまいる場所はイベント会場の占いテントの中だ。料理以外の出店は審査が色々面倒だったため、テント内にはきぐるみを切れそうなカッターすらもない。

 まとめると、この爆弾が本物ならば、僕は約一時間後に爆発するということだ。

 いったいなぜ、僕はこんな状況に追い込まれたのだろう?

 それはいきなり現れた大学の同級生、金髪碧眼の日本人である伊藤ケイトが、短いデートの最後にこの爆弾を渡してきたからだ。

「伊藤さん、きみはなんでこんなことをするんだ!」

 僕と彩華さんの携帯電話は、それぞれが伊藤ケイトとつながっている。彼女はこの電話を通じ、『三つのゲームをクリアしろ』と爆弾の解除条件を通告してきた。

「僕はきみに恨まれる心当たりがないよ。本当にどうして?」

 そもそも僕と伊藤ケイトは、一般教養の授業で知り合ってノートを貸した程度の間柄でしかない。会うのも今日で二回目だし、僕は彼女の学部さえ知らないのだ。

 本当になぜ僕は爆破されるのか。クリスマスにかわいい女の子とデートしたリア充だから? そんな不条理なマッチポンプがあってたまるかと言いたい。

「この爆弾、それっぽく見えるだけで本物じゃないよね?」

 プレゼントの箱の中で、デジタル時計は残り時間が五十七分だと示している。

 伊藤ケイトからの応答はない。さっきからずっと会話は一方通行だ。

「レンくん無駄よ。彼女が爆弾を偽物と言ったところで、根拠がなければそれは本物と同じ。さっさと『ゲーム』をクリアして、パーティーに行きましょう」

 彩華さんは冷静だ。しかしその『ゲーム』においては頼もしいと言い難い。

「ねえ伊藤さん。百歩譲ってゲームに参加するとしても、『将棋教室で一番の実力者に勝て』は無理だよ。だって彩華さんは、駒の動かしかたさえ知らないんだよ?」

 将棋の腕前を問うと、彩華さんは『オセロで負けたことはない』と返した。いつだって偽占い師は自分が不利になる情報を隠す。彩華さんが将棋のルールを知らないことは明白だ。しかしこれではゲームにすらならない。有利不利以前の問題である。

『お得意の占いで未来を視ればいいじゃない。おばさんは本物なんでしょう?』

 珍しく伊藤ケイトから答えが返ってきた。

 瞬間、彩華さんの目つきがすっと鋭くなる。

「……いいわ。三つのゲームをクリアしろというのがあなたの依頼ね。先に言っておくけれど、私の鑑定料は安くないわよ」

 それから叔母さまよとつけ加え、彩華さんはサンタ衣装に赤いケープを羽織った。



「一番強い人ってなると……若手のホープ、烏山(からすやま)さんかなあ。……あ、いや、違う。名人だ。もちろん名人だよ。ウチらの代表、鷹取(たかとり)さんに決まってる」

 青空将棋教室で応対してくれた男性は、いったんは寒空の下で将棋を指している眼鏡の青年を指さした。しかしすぐにその手首を返し、ストーブのそばで中学生くらいの子どもたちと談笑している老人へ向ける。

「まあ名人と言ってもウチらが呼んでるあだ名だけどな。なにせアマチュアが集まってるだけのカルチャースクールだ。すぐ連れてくるよ」

 男性が小走りで去ると、やがてハンチング帽をかぶった老人が近づいてきた。

「代表の鷹取だ。あんたかい? ワシと指したいってサンタクロースは」

 ツイードの上着を羽織った老人は、いぶかしげな目つきで彩華さんを見ている。おそらく歳は七十過ぎだろう。ちょっと気難しそうな印象の老人だ。

「ええ。お相手願えますか?」

 周囲の人々がどよめいた。漏れ聞こえる声を聞く限り、アマチュアとはいえ名人はかなりの腕前らしい。僕はなんてこったと頭を抱えたかったけれど、右手に爆弾、左手はトナカイの角で支えて携帯電話を持っているため、それすらできなかった。

「構わんよ。しかし電話は切ってもらおう。アマチュアとはいえマナーは必要だ」

「すみません。私は代理なんです。父がどうしても名人と指したいと」

 えっと驚いて見ると、彩華さんは長いまつげを伏せて視線を地面に落としていた。

「だったら自分でくればいい。ワシは誰とでも打つ」

「……退院、できそうもないんです」

 老人がシワに埋もれた小さな目を見開く。

「あんた、名前は」

「佐藤(さとう)……歩(あゆみ)です」

「ひょっとして、カンちゃんの娘か?」

「こんな名前をつけてもらったのに、将棋を知らずに育った親不孝者です」

 うまいと、僕は心の中で喝采をあげた。老人の歳ほど生きていれば、佐藤姓の知人が一人や二人はいるだろう。彩華さんは知人の娘を演じることで、名人の慈悲を乞うつもりなのだ。おまけにその設定ならば、電話片手に指しても不自然じゃない。

「……誰か、娘さんの駒ぁ並べてやってくれ」

 どこか思い詰めた顔で名人が言い、周囲の人々が盤に集まる。

 とりあえず素人が勝ってもおかしくない状況は整った。あとは彩華さんの指しかた次第だろう。まずは先手を老人に譲り、その手をまねて駒の動きを覚えたい。

「振り駒で、あんたが先手になったとカンちゃんに伝えてくれ」

 実際に駒は振らなかったけれど、鷹取名人は彩華さんに先手を譲った。将棋はわずかに先手有利と言われている。老人は早速情けをかけてくれたようだけれど、彩華さんにはむしろ不利になった。このままでは、始まる前に終わってしまう――。

「わかったわ」

 存在しない父に返事をし、彩華さんが右手を盤上に掲げた。どうする? それとなくサインを送るべきか? でも両手が塞がってる! じゃあ足だ!

 などと僕が無意味にジタバタしていると、彩華さんは右から左へゆっくり手を動かし、最初の一手として【銀】の前方にある【歩】を一つ進めた。

「将棋だ……!」

 当たり前の感想を口にしたのはもちろん僕である。奇跡なのかミラクルなのか、彩華さんの指した【先手7六歩】は、紛れもない将棋だった。

 しかし油断はできない。次の手番でやおら相手の駒を挟んでひっくり返し、ふふんとドヤ顔をキメる可能性は残されている。僕は固唾を呑んで盤上を見守った。

「カンちゃんは、あれからどうしてるんだい」

 名人がごく普通に【歩】を進め、しみじみと尋ねる。

「色々ありましたが、それでもこうして私を立派に育ててくれました」

 質問の答えをはぐらかすのは偽占い師の得意技だ。そちらは心配ないけれど、将棋のほうはというと――【5六歩】。

「将棋を指してる……!」

 ギャラリーが僕を見て怪訝な顔でささやき出した。そろそろ口に出すのは控えよう。

 しかしここまでくれば僕も気づく。彩華さんは伊藤ケイトを油断させるために『オセロで負けたことはない』と言ったのだ。本当は腕に覚えがあるに違いない。勝てるゲームと踏んだからこそ、あれほど落ち着いていられたのだろう。まったく……助手の僕まで騙すなんて、魔女は本当に人が悪い。

「あの頃の仲間たちは、みんな散り散りになっちまった。まあ元々近所に住んでたってだけで、学年もバラバラだったしなあ」

 将棋に不安がないとわかると、老人の昔話を聞く余裕もでてきた。

「当時のワシらにゃ将棋とかくれんぼ以外の娯楽がなくて、それこそ毎日……おや」

 彩華さんが【2八玉】を打つと、鷹取氏が目を細めた。

「はは。五十年経てば、『イノシシカンちゃん』も変わるんだな」

 カンちゃん氏は、こういった【王】を守る手を打たない人だったようだ。まずい状況かもしれない。彩華さんが「佐藤歩」でないとバレたら、名人は全力でとどめを刺しにくる可能性がある。

「……いえ、変わったのは病気になってからです」

「長くないのか? いやその、余命というか……」

「母が病院に持参した来年のカレンダーを、父は家で使えと持ち帰らせました」

「もって数日……か。残された日を、しっかり生きようとする手なんだな」

 言って名人が居住まいを正した。一瞬ヒヤッとしたけれど、なんとか切り抜けられたらしい。いつものことだけれど、彩華さんの妙に生々しい嘘には本当に感心する。

 その後、二人はしばらく無言で駒を打ち合った。

 グルメフェスの喧騒の中、この空間にだけ静謐な空気が流れている。

「いやあ、やっぱりカンちゃんだ。根っこのところは変わってない。楽しい将棋だ」

 彩華さんが攻めの一手を打つと、名人が嬉しそうに笑った。

「ええ。父も楽しんでいます。こんなに楽しそうな父は――」

 言葉の途中で顔を伏せ、彩華さんがハンカチで目元を押さえる。

「だ、大丈夫か? 娘さん、なんだったらワシが直接電話で……」

「すみませんでした。もう平気です」

 気丈に振る舞う娘を見て、ギャラリーの一人が鼻をすすった。それを皮切りに、誰もがはばかりなく目頭を押さえ始める。

 僕もきぐるみの中で涙していた。死にゆくカンちゃんがいなくて本当によかった。

「……どうした? 長考か? まさか、カンちゃんの容態が……」

 名人が不安げに声をかける。

 涙を拭って見てみると、彩華さんが盤上で手のひらをさまよわせていた。次の手に悩んでいるのだろうか? その割に目線は下を向いていないけれど――。

「……お待たせしました。咳が治まるのに時間がかかったようです」

 ふらつく手のひらがようやく駒に触れたとき、僕は気づいてしまった。

 彩華さんはやっぱり将棋なんて知らなかったのだ。おそらくは盤上でゆっくり手を動かし、ギャラリーの目や表情をうかがって、最適な一手を選んでいたに違いない。

 その証拠に、人々が泣き始めると長考に入った。そして若手のホープが涙を拭いて眼鏡をかけ直すと、彩華さんは再び指し始めた。おそらく最初に対応してくれた男性の態度から、真の実力者は名人ではなくホープと見抜いたのだろう。彩華さんは名人のお情けに預からず、実力で勝ちにいくつもりだ。他人の実力で。

「もし……もしもカンちゃんがオレに勝ったら、もう少しだけ頑張ろうと思ったりしねぇかな。ほら! なんとか新年だけでも迎えてみようってさ……」

 名人が涙声で訴えた。少年の頃に戻ったように、言葉遣いが若々しい。

「そのプレゼントをいただいて喜ぶのは私と母だけです。父にはいまを……昔の友人といまを生きさせてください」

 名人はついに男泣きを始めた。嗚咽の合間に駒の音がぱちんと響く。

 やり場のない悲しみで、誰もが目を赤くして盤上の動きを見つめていた。

「おい、あれ……詰んでないか?」

 ふいにギャラリーの一人が声に出し、途端にざわめきが広がっていく。

「持ち駒に【金】と【歩】で……本当だ。詰んでるぞ!」

 盤上で【竜】と成った彩華さんの【飛車】が、名人の【玉】に王手をかけていた。

「……投了するよ。カンちゃん、強くなったな」

 鷹取名人が嬉しそうに笑っている。本当に実力で負けたのだから、それは心の底からの笑みだろう。しかし周囲は名人が慈悲をかけたと、その人徳に敬服している。

 すべて彩華さんが作った虚構の感動だけれど、それでも結果は「三方よし」だ。僕たちは見事、青空将棋教室の実力者を将棋で打ち負かしたのだ。

「娘さん、いまからカンちゃんの見舞いにいってもいいかな?」

「難しいと思います。父はヘルシンキの病院にいますので」

「ヘル……外国か? じゃあ、ちょっとだけ電話を替わってくれないか」

「すみません。もう呼吸器を戻してしまったので」

 名人が肩を落とす。電話の向こうにカンちゃんはいないのだから仕方ない。

「わかった。娘さん、ちょっと頼みを聞いてくれ。カンちゃんに渡してほしいものがあるんだが、本部の金庫にしまってあるんだ。それを取ってきてくれないか?」

 名人は赤レンガ倉庫の二階を指さした。

「なに、鍵はかかっちゃいない。戦火にも耐えた頑丈だけが取り柄の金庫だが、中に入ってるのは手作りの竹とんぼや将棋の駒さ。今日はさっきまで中学生の取材を受けてたんだよ。『昔の遊びを知る』って宿題かなにからしい。それでどでかい金庫ごと持ってきたんだ。なにせオレたちが『かくれんぼ』で隠れた場所は――」

 ふと腕を引かれた。彩華さんが僕に目配せしている。たぶん「目的は達成したからズラかるわよ」と言いたいのだろう。

 爆弾のカウントは残り三十五分。名人には悪いけれども長居は無用だ。

「あっ! あんなところにちっちゃいワニが!」

 僕が若手のホープの足元を指さすと、誰もがえっと地面を見た。その隙に思い切り走り、どうにか僕たちは人混みに紛れる。きぐるみの中でほっと息を吐いた。

 一時はどうなることかと思ったけれど、彩華さんは無事に一つ目のゲームをクリアした。この調子なら、残りの二つもなんとかなるかもしれない。

このニュースが気に入ったらいいね!をしよう!

ローチケHMVは、国内・国外の厳選した音楽、映像、アニメ、ゲームなどの
エンタメ最新情報をお届します!