連載小説(6)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第三話

2016年11月15日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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「畑さんがペンギン強盗だったのは間違いないわ。じゃあなぜ彼女はそんなことをしたのか。まずは被害者から千円奪う意味ね。ヒントは現金以外でもオーケー」

 帰らないから真実を知りたいと言うと、彩華さんはなぜかクイズ形式で小出しに事件を語り始めた。

「現金以外でもオーケーなら、やっぱりトロフィーなんじゃないですか」

 僕の解答は「0点」と切り捨てられた。じゃあ良心がとがめたのではと言えば「30点」。強盗された証拠を作りたかったと答えると「90点」。

 しかしその後は0点ばかりが続く。もういいかげん正解を教えてくれというところで、園真坂さんが生ゴミの袋を開けるような顔つきで言った。

「ひょっとして、『罪状を上乗せしたかった』……か?」

「……正解よ。暴行、あるいは傷害を強盗罪にしたかったのね。その理由は?」

 彩華さんがテーブルの上に目を走らせた。ウェイターが最後の料理の皿を下げていく。次はいよいよデザートだ。

「うーん。最初から誰かに罪を着せるつもりでもない限り、わざわざ自分の罪を増やしたりしないですよね?」

「……レンくん正解。でも焦らないで。アップルパイは時間がかかるわ」

 彩華さんはワイングラスを傾けながら、ちらりと厨房のほうへ視線を向けた。「とろーりサクサク」が売り文句の焼き立てアップルパイは、まだ当分こないだろう。

「あの、そもそも畑さんがペンギンパジャマを着た理由ってなんなんでしょう?」

 僕の素朴な疑問には、「性別を隠したいからだろう」と園真坂さんが答えた。

「あの体つきだったら、遠目に見られても女だとバレちまう。だがサイズに余裕のあるペンギンパジャマなら、一見して性別まではわからない。実際、俺たち警察は犯人を男と決めつけていたしな」

 畑牡丹が捜査を撹乱したかった場合、その目論見は成功だ。でも性別を隠したいだけなら、大きめの上着に目出し帽で十分という気がする。

「警察の犯人像…………あっ! もしかしたら、畑さんは身長一八〇センチ前後の男性を犯人に仕立てようとしていたんじゃ……」

「そうか! 身長一八〇センチ前後で、深夜に散歩する習慣があって、おまけに格闘技の心得まである。畑牡丹は『結果的』にじゃなく、最初から鶯谷にペンギン強盗の罪をかぶせようとしていた線もあるぞ」

 園真坂さんの説はしっくりくる。その場合は性別だけでなく、肌の色や骨格といった、医師と異なる部分すべてを覆い隠さなければならない。

「畑さんがペンギンパジャマを着た理由はそれだけじゃないわ。でもいまのところは正解よ。彼女は鶯谷先生をノックアウトして、ペンギンパジャマを着せてから警察に通報するつもりだった。強盗に襲われたけど返り討ちにしましたってね。それが本来のシナリオだったのよ」

 状況から見ると、そのシナリオは筋が通っていると思う。けれどまだまだ腑に落ちない点が多い。というより、なにか根本的な部分ですっきりしないのだ。

「人を殴って、なおかつ強盗罪を着せるって、ちょっと変わった発想ですよね。動機が恨みだったらストレートじゃないし、なんというかちぐはぐな感じがします」

 極めて女性的な外見をしているのに、指の比率は男性的な傾向を示している。この犯罪は、まるで畑牡丹自身のようにささやかな違和感を覚える。

「ああ。俺も強盗罪を着せるって手段は引っかかるな。経験上、こういう整合性のない犯罪は、複数の人間が関わっていることが多かったよ」

「複数……? じゃあ畑さんが動機の細かい部分を供述しないのは、誰かをかばっているんでしょうか?」

「……レンくん、もうちょっとゆっくり」

 彩華さんは口元こそ微笑んでいるものの、目は笑っていない。なぜ真実を出し渋るのだろう? 真相がすぐに判明すると困ることでもあるのだろうか。

「逆から考えよう。連太郎くん、鶯谷がブタ箱にぶち込まれて喜ぶのは誰だ?」

「それは……やっぱり迷惑していた女性たちじゃないでしょうか」

「だろうな。俺が聞き込みした限りでは、あいつは男からも嫌われていたよ。患者の前でも平気でナースにちょっかい出してたらしい」

「じゃあ病院中の人から嫌われていたんですね。もしかしたら、看護師長さんや、小児病棟のペンタロウくんも含めてみんな共犯だったり……うわっ、彩華さん?」

 ふと見ると、いつも妖しく微笑んでいる魔女から表情が完全に消えていた。

「ありえるぞ連太郎くん。ぶん殴った上で強盗なんて半端な罪を着せる計画は、妥協と配慮の産物に思える。複数の意見のバランスを取った結果、こんないびつな計画が生まれたって可能性はゼロじゃない」

 だんだん事件の全容が見えてきた。仮に犯行がグループで計画されていた場合、鶯谷は許せないが、師長の夫に対してめったなこともできないと考えた人物がいたかもしれない。グループに師長も参加していたならなおさら気を使うだろう。夫に浮気され続ける師長は、ある意味一番の被害者でもある。

 同じ理屈で考えると、ペンタロウ少年も一味かもしれない。畑牡丹は記憶を取り戻す演技の際に彼の名前を出した。しかしコンビニの営業時間の件から、彼女が夜中に外出した『ラムネエッグを探す』という理由は嘘である可能性が高い。少年が口裏を合わせてくれるという確信がなければ、あんな証言はできなかったはずだ。

「畑さんがペンギンパジャマを着たもう一つの理由は、それがペンタロウくんのアイデアだったからですか?」

 彩華さんは真顔のまま答えない。どうやら僕は真相にたどりついたようだ。

「畑さんが『赤い靴』の像で頭を打った話をしたとき、彩華さんはうろたえる看護師長の手を握って落ち着かせようとしましたね」

「……そうだったかしら」

「とぼけないでください。彩華さんなら、そのとき『手』から情報を読み取ったはずです。にもかかわらず、それをずっと僕たちには伝えない。なぜですか?」

 彩華さんは答えない。いつの間にか目を閉じている。

「僕にはわかります。彩華さんが真実を出し渋る理由は――」

 僕は大きく息を吸い、笑わなくなった魔女に指をつきつけた。

「彩華さんも、犯行グループに加わっていた一人だからですよ!」

 僕たちが病院に着いたとき、師長は『先にきた女性から話はうかがっています』と言った。刑事でもなんでもない彩華さんからなにを聞いたというのか。ペンギンパジャマの真相を知っていることも併せると、彩華さんもグルだったとしか思えない。

「いや連太郎くん、さすがにそれは……」

 園真坂さんがなんとも言えない表情を見せた途端、

「もう終わりね。なにもかも……」

 魔女がうなだれ、追い詰められた犯人定番のセリフを口にした。

「お、おい、冗談だろ? 彩華が犯人ってどういうことなんだ?」

 僕は自分の唇に指を押し当て、混乱した刑事に沈黙をうながす。

「……計画に加担した人たちの中で、畑さんが鶯谷先生に一番背格好が近かったわ」

 これもまたお決まりのように、犯人が犯行計画の自供を始めた。

「もちろん一番重要なのは格闘技の経験があったこと。彼女は頼まれると断れない性格だから、ノックアウトの実行役を担ってくれた。でもペンギンパジャマを着て先生を襲うのに失敗し、正体を見られてしまったのよ」

 そのとき畑牡丹はどんな気分だったろう。責任感が強いという彼女は、失敗した自分を責めたのではないか。

「彼女はすぐに病院に戻ったけれど、みんなに合わせる顔がなかった。でもそこで妙案が浮かんだわ。鶯谷先生のロッカーにペンギンパジャマを隠し、自分は公園に戻って芝生に寝転ぶ。被害者になりすますして、誰かに通報してもらう作戦よ」

 それは畑牡丹が「記憶が戻った」ふりをしたとき、最初に述べた証言だ。法の番人の隣で申し訳ないけれど、悪くない作戦だと思う。

「外は恐ろしく寒かった。彼女は保温性の高いフリース素材のペンギンパジャマを着るために、上着を脱いでいたからね。でも上着を取りに更衣室に戻るには、ナースステーションを通る必要がある。仕方なく、彼女は半袖のまま歩き出した」

 全員で考えた計画は失敗した。新たに用意した計画は以前のものと比べるとリスクが高い。だから彼女は誰にも知らせず、自分一人で実行しようとしたのだろう。噂通り、本当に責任感の強い人だ。

「ところがそこで別の問題が発生した。畑さんは、公園で顔見知りの看護師に会ってしまったのよ」

 なんてこったと僕は頭を抱えた。すでに心情は犯行グループに寄っている。

「レンくんは覚えてる? 以前の依頼で関わった鈴木水無月(すずきみなづき)さんよ。彼女は早朝のシフトで、内科病棟に出勤する途中だった」

 覚えている。鈴木水無月もまた背の高い看護師だ。

「鈴木さんは畑さんたちの計画を知らないけれど、お互いに顔は知っている程度の仲よ。畑さんは、そんな鈴木さんに会釈されてしまった」

「それはまずいですよ! だってその時間、畑さんはノックアウトされて芝生の上に倒れていなければならないんですから!」

「そうね。だから畑さんは鈴木さんを無視した。起きて歩いているところを見られた以上、鈴木さんに証言されたらアリバイをごまかせない。でも彼女を無視したことで夜中に歩いていたと証言されても――いいえ、証言されたほうが、かえって信憑性が増す理由がある。ターゲットが神経内科医だったから連想できたことよ」

「……記憶喪失だ! 畑さんは鈴木さんに見られたから、被害者という状況を成立させるために、記憶喪失のふりをするしかなかったんだ!」

 すごいぞ畑さんと、思わずガッツポーズが出る。

「そういう状況だったから、畑さんは一晩中フラフラしていたわ。やがて朝になって警察の捜査が始まる。でも誰も彼女に声をかけてこなかった。ペンギン強盗の被害者に女性はいないし、容疑者も男性に絞られていたからね」

「ああもう! 警察はなにをやってるんだ!」

 隣で刑事が「す、すまん」と困惑気味に謝罪する。

「畑さんはどうすべきか必死に考えた。自分から声をかけるのは怪しまれそう。でもいまさら芝生の上に倒れるわけにいかない。時刻はそろそろお昼になる。そこへ突然大声が聞こえてきた。『連太郎くんか? 俺だ。いやちょっと捜査に行き詰まってるんだよ。名探偵が起きたら昼飯に誘ってくれないか? ああ、いまは占い師だな。次から気をつける』なんてね」

 園真坂さんがパシンと額を叩いて天を仰いだ。

「俺が尾行するより先に、あの美人は俺を尾行していたってことか?」

「きっかけはなんでもよかったのよ。記憶喪失のふりをしてしまった以上、畑さんは家にも帰れないし職場にも行けない。でもわけを話せば、誰だって病院に行けと言ってくれる。刑事が自分の記憶喪失を裏づけてくれれば言うことなしね」

 だから彩華さんは、畑牡丹の記憶が『絶対に戻る』と言ったのだろう。彼女が鶯谷医師を告発したいなら、刑事が立ち会っている機会を逃すはずがない。

「もちろん警察は甘くない。鑑識結果を踏まえてきちんと畑さんを逮捕した。でも鶯谷先生も容疑者として注目され、日頃の悪事も露見した。今後は病院内でおおっぴらな行動はできなくなるでしょうね。犯行グループの目的はほぼ達成されたのよ」

「畑さんは、誰にも迷惑をかけないように自分一人で罪をかぶって、あの医師を道連れにしたんですね……」

 だから彼女は犯行計画について口を割らない。しかし自分が捕まることで、鶯谷医師が関係を迫ったという事実は記録される。まさに薬指の長さが表す通りの男らしさ――いや、英雄的な性格と言うべきだろう。

 それでも法の番人に言わせれば、彼女は罪人でしかない。ほかにやり方はいくらでもあったのだから、彼女の行為は賞賛されるべきではない。

 でも僕は思う。こういう不器用な人を理想的な運命へ導くのが、琴葉野彩華という占い師だったはずだ。これが偽占い師の限界だというなら、やっぱり少しだけ失望してしまう――。

「彩華さんは、いつから犯行グループに関わっていたんですか?」

 僕が尋ねると、誰かの携帯が振動した。「悪い。署からだ」と刑事が席を立つ。

 その途端、彩華さんがいきなり僕の腕を取った。

「レンくん、ずらかるわよ」

「えっ、なんですか、うわっ」

 手を引かれながら店を出たところで、背後に園真坂さんの声が聞こえた。

「いやまいったよ。ペンギン強盗の被害者だった男二人、実は狂言でしたって出頭してきたらしい。おまけに夫人に説得されたのか、鶯谷も被害届を出さないそうだ。これでペンギン強盗事件は、最初からなかったことになっちまった……って、 連太郎くん、彩華、どこ行ったんだ?」

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