連載小説(5)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第三話

2016年11月15日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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 畑牡丹の記憶が戻り、ペンギン強盗事件が解決した翌日の夜――。

「園真坂さん、僕、帰ったほうがいいですか……?」

 刑事が予約したレストランで、僕はおおいに戸惑っていた。

 というのも、ここは海外からの客船を出迎える「大さん橋」の上なのだ。内部には商業施設もあり、ぐるりを海に囲まれたレストランから夜景を眺めるのは、カップルたちの定番デートコースになっている。どう考えても僕は空気を読むべき存在だ。

「違うんだ連太郎くん! 同僚におすすめを聞いたらこの店を紹介されたんだよ。俺がいまさら彩華を口説くわけないだろ! お願いだからここにいてくれ!」

 園真坂さんはすがるように僕の手をとった。普段は大きくて温かい手だけれど、いまは汗でしっとりしていてなんだか頼りない。

「まあ……そうですよね。彩華さんは夜景なんて見飽きてますし」

 その彩華さんの反応はというと、目下はフォアグラのソテーにナイフを入れてうっとりしていた。襟ぐりの開いたカクテルドレスからのぞく肩は、ワインでほんのり桜色に染まっている……なんて言うとちょっぴりよさげなムードだけれど、コースの二品目でこの飲みっぷりである。この後も全力で飲み食いする気満々だ。

「ところで園真坂さん。あの後、ペンギン強盗は無事捕まえたんですか?」

「ああ。鶯谷のロッカーを調べたら、例のペンギンパジャマが入っていたよ」

「やっぱり。階段で見たあの人、ちょうど身長一八〇くらいでしたもんね。おまけにボクシングもやってるみたいでしたし。格闘技経験者、それも人を救うはずの医師がノックアウト強盗なんて本当に許せませんよ」

 僕が遺憾の意を表明すると、園真坂さんが「ん?」と眉を寄せた。

「あれ? 僕なにか変なこと言いました?」

「そう……だな。俺と連太郎くんが見た鶯谷のパンチは、ボクシングじゃなくて少林寺拳法だ。フックのような技は鈎(かぎ)突きという」

「そこですかっ!? 細かいなぁ……。園真坂さん、格闘技マニアでしょう?」

「まあ仕事柄、バリツを始め色々かじってるよ。でも連太郎くんが間違っているのはそこだけじゃない。警察が逮捕したペンギン強盗は、畑牡丹だぞ」

「えっ………………ええええええっ!?」

 僕があまりに頓狂な声を発したため、客全員の視線がこちらに集中した。

「ちょっ、ちょっと待って下さい園真坂さん。なんで畑さんがペンギン強盗になるんですか? あの人は記憶まで失った被害者ですよ!」

「いやあ、懐かしいなその感じ。連太郎くんの気持ちはよくわかるよ。俺も探偵時代はしょっちゅう、なぜだなぜだと彩華に聞いていたからな」

 園真坂さんが好々爺のごとく目を細めてうなずいている。

「ま、順を追って説明しよう。彩華はいつ畑牡丹の記憶喪失が嘘だと見抜いた?」

 僕が再び耳を疑うと、彩華さんは案外素直に食事の手を止め、ナプキンで口をぬぐった。たぶんおいしさに満足しているのだろう。

「最初からよ。うちのサロンはホテルの最上階で看板なんて出してない。記憶がない人間が気軽に訪れることはできないわ。名前も生年月日も忘れた人間が、占い師の居所だけ覚えていたなんて都合よすぎよ」

 確かにそうかもしれない。畑牡丹は『先生に誘われたのかも』なんて言っていたけれど、霊力を持つ本物ならともかく、彩華さんは正真正銘の偽占い師だ。

「実際に確信したのは、彼女の手に触れた瞬間ね。私が『利き手』を出すように言ったから、彼女は『記憶喪失の人間が自分の利き手に迷う演技』を迫られた。だから緊張して、手にびっしょり汗をかいていたわ」

 昨日言っていた、『手を見なくてもわかる、手を観る上で一番重要なこと』は、汗のことなんだろうか? だとしたら、根拠としては曖昧すぎると思う。

「待ってください彩華さん。普通ちょっと歩いたら手に汗くらいかきますよね? それに外は寒いけど、ホテルの中は暖房が効いて暑いくらいでしたし」

「東欧の犯罪捜査官は、容疑者と握手をするとき必ず両手で握るのよ。暑さを感じたときの汗は手の甲から、緊張の汗は手のひらから出るからね。畑さんは手も体も冷たかった。秋に半袖でうろついていたんだから当然よ」

 なるほどなと、園真坂さんがニヤリと笑う。

「俺が畑牡丹の記憶喪失を疑ったのは、連太郎くんと尾行しているときだ。彼女は公園を歩いている間、どこにも注意を払っていなかっただろう? 記憶を失うなんて目にあった人間が、自分の倒れていた場所に一瞥もくれないってのは、ちょっとな」

 もっともな意見だ。サロンに現れたとき、畑牡丹は自分が『芝生に倒れていた』と言った。僕が彼女だったら、なにか手がかりがないか何度でも芝生を見ると思う。

「だから病院での彼女の証言は疑ってかかった。最初のミスは、夜中の二時に公園の端のコンビニに向かったってことだな。あの店は観光地の中にあるだけあって、二十四時間営業じゃない。夜の十一時で閉まるんだよ」

「でも、畑さんは慌てていました。財布も持たず、上着も忘れるくらいに」

「だが、『あのローソンならラムネエッグがなくても子どもの気を引けるものが置いてある』と考えるくらいには冷静だった。なのに営業時間だけすっぽり忘れていたとは考えにくい。ついでに彼女は勤務中だ。深夜に急患が入るかもしれないのに、ベテラン看護師が連絡手段を持たずに外出するのはありえない」

 買い物にいくのに財布を忘れ、深夜の外出に上着を忘れ、看護師であるのに携帯電話を忘れて、もう営業時間が終了している遠いほうのコンビニへ向かう――。

「連太郎くんは顔に出やすいな。『なぜ畑牡丹はそんな不自然な行動をしたんだろう?』と思っているのがよくわかる。彩華はいつもこんな気分なのか?」

「いまの私にわかるのは、探偵の推理を延々聞かされるワトソン役の気分ね」

 どの口がそれを言うのかと思ったけれど、園真坂さんは笑って話を進めた。

「じゃあ巻きでいこう。警察はまず鶯谷を調べた。あいつは夜の当直中に散歩する習慣があったらしい。それがいいか悪いかは別として、やっこさんはあの晩も公園を散歩していたそうだ。俺たちはその証言を得て、『あんたはペンギン強盗の容疑者だ』と鶯谷に伝えたよ。すると実際に起こったことを、やつはあっさりと吐いた」

 鶯谷医師は公園の中ほどを散歩中、背後に気配を感じたらしい。振り返ると、いきなり巨大なペンギンが殴りかかってきた。しかし間一髪で上段突きをかわし、腕を取って相手をひねり倒す。そしてペンギンの顔部分を覆ったメッシュを引きちぎった。

「中身は見知った畑牡丹だった。鶯谷は驚いたが、警察に突き出すなんてことはしなかった。代わりに彼女を脅したんだよ」

 園真坂さんが聞き込みしたところ、鶯谷医師は女性に手が早い――というか、立場を利用した卑劣な手段で、看護師はもちろん患者や出入り業者など、様々な相手に関係を迫っていたという。

「畑牡丹も以前からあいつのターゲットだったが、彼女は鶯谷夫人の部下でうかつに手が出せなかった。そこに向こうから転がってきたチャンスを、やつは無駄にしなかったのさ。あいつが手に入れた『ずっとほしかったもの』は、畑牡丹のことだよ」

 僕はいつの間にか拳を握っていた。医師に対して心の底から怒りを覚える。

「鶯谷と畑牡丹は、互いに相手がペンギン強盗だと証言している。つまりどちらかが嘘をついてるってことだ。関係者に聞いて回ると、ほぼ全員が畑牡丹の人柄や勤務態度を賞賛し、彼女は無実だと訴えてきた。いわく畑さんは責任感が強い、いわく畑さんは面倒見がいい、いわく畑さんは……」

「だったらなんで畑さんを逮捕したんですか!」

「鑑識結果だよ。ペンギンパジャマの中から畑牡丹の毛髪が見つかり、鶯谷の毛は一本もなかった」

「そんなの、畑さんに罪を着せるための偽装かもしれないじゃないですか」

「逆だよ。偽装したのは畑牡丹だ。彼女は自分が犯したペンギン強盗の罪を、まるまる鶯谷におっかぶせる気だったんだ」

「そんな……そんなの……」

 反論はできなかった。ペンギンパジャマは鶯谷医師のロッカーで見つかったのだから、結果的にはそういうことになってしまう。

「毛髪の件を指摘すると、畑牡丹は罪を認めた。鶯谷以前の強盗についてもな。というわけで、以上が事件の顛末だが……連太郎くんは納得できたかい?」

「いいえ、まったく」

 僕はきっぱりと言った。畑牡丹がペンギンパジャマを着て、殴り倒した相手から千円だけ奪う意味。彼女が記憶喪失のふりをしたこと。そしてその後に占いにきた理由が、まったく不明なままであるからだ。

 そう伝えると、畑牡丹はそれらについて黙秘しているのだと刑事は言った。

「園真坂さんは、それでいいんですか?」

「連太郎くんが言いたいことはわかるよ。細かい部分がわかっていないなら、それは事件の真相を解明したとは言えない。そもそも畑牡丹は人を殴ってストレス解消するタイプには見えない。だが人を憎んで罪を憎まずじゃ、法治国家は成り立たない。見損なったかい?」

 僕は答えなかった。潔癖と正義は違う。法の番人として、園真坂さんが言っていることはどうしようもなく正しい。正しいけれど――。

「彩華さんは、これでいいんですか? この結果が、依頼人にとって理想的な運命と言えるんですか?」

 僕は矛先を魔女に変えた。彩華さんはいままで必ず依頼人を満足させてきた。ときには法の番人に言えないようなことをしてでも、問題を抱えた人々を理想的な運命へと導いてきたはずだ。

「私にとっての依頼人は、鑑定料を払ってくれた園真坂くんよ。失望した?」

 失望したし、裏切られた。手の温度なんてやっぱり迷信だ。

「……お二人が探偵をやめた理由がよくわかりました。自分の利益のためには、真実なんて知りたくもないってことですよね。もういいです。僕は先に帰りますから、あとは腐れ縁同士仲よくやってください」

 皮肉を残して立ち上がると、左右から伸びてきた手に両腕をつかまれた。

「な、なんですか。二人とも離してください!」

「レンくん、デザートがまだよ」

「ああ。デザートを残すのは感心しないな」

 二人とも声は落ち着いていたけれど、僕の腕には絶対逃がさんと言わんばかりの力が込められていた。

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