連載小説(4)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第三話

2016年11月15日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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 ガラステーブルを挟んだ向かいのソファで、彩華さんが優雅に紅茶を飲んでいる。

 畑牡丹が記憶を取り戻すと、園真坂さんは署に応援を頼んだ。僕たちは早々にお役御免となり、いまはサロンでくるあてのない依頼人を待っている。

「それにしてもびっくりしましたね。こんな形で強盗事件が解決するなんて」

 ミルクを多めに入れたココアを飲みつつ話しかけると、彩華さんは「そうね」と素っ気なく答えた。いつも思うのだけれど、古今東西探偵というものは、「解決した事件からは早急に興味を失うべし」というルールでもあるのだろうか?

「そういえば彩華さん。なんで畑さんが看護師だってわかったんですか?」

「『手相は、その人についている』」

「なんですかそれ」

「筮竹(ぜいちく)を並べて偶然の要素が入る易より、体に定まった手相のほうが信じられる。おおむねそんな意味の言葉よ。発言者の代表作は『父帰る』」

「……誰でしたっけ?」

 彩華さんがひくりと片眉をあげた。僕の学部は聞かないでほしい。

「え、ええと、手相、というか、畑さんの『手』を見てわかったってことですか?」

「右手の薬指と人差し指。指の先端から末端のシワまでを計ったら、レンくんは人差し指のほうが長いでしょう? 目測ではダメよ。定規で計りなさい」

 なんでそんなことをと思いつつ、スマホの定規アプリを使ってみると、確かに5ミリほど人差し指のほうが長かった。

「最近の研究結果では、母親の胎内で浴びた男性ホルモンの影響が、右手の薬指の長さに出ると言われているわ。要は人差し指のほうが長い人は女性的ってことよ。温和で保守的。ローリスクローリターンをよしとする傾向が見られる」

「へえ、面白いですね。じゃあ彩華さんは薬指のほうが長いでしょう?」

 男性的とは感じないけれど、間違いなく挑戦的ではある。

「残念だけど私も人差し指よ。指の比率はあくまで『傾向』の一つ。たとえば畑さんは薬指のほうが長かった。あれだけ女性ホルモンがすごいのにね」

「確かにそ――」

 ハメられたと気づいたときには遅かった。頬がみるみる熱を持つ。

「ま、まあ、格闘技もたしなんでいるそうですし、ボトムもジーンズでしたし、結構男性的な人かもしれませんよ。というか! その比率じゃ畑さんの職業までわからないじゃないですか。ほかにどこを見たんです?」

「『やばい! すごいおっきい! こんなの見てたら後で絶対彩華さんにからかわれる!』って思ったレンくんが、必死に目をそらしていた胸の横の腕よ」

「……甥っ子をからかうのはそんなに楽しいですか」

「レンくんをからかうのが楽しいのよ」

 魔女の口角が楽しげに上がった。本当に食えない叔母である。

「そういえば、腕の注射跡のことは園真坂さんも言ってました。刑事はああいう人に薬物使用の疑いを持つって」

「針傷にやましさを感じる人は、あんなに堂々と腕を見せないわ。そもそも注射の後で赤く腫れるのは、下手な人に針を入れられて内出血した場合よ。傷の多さも考えると、後輩の採血練習につき合ったと考えるべきでしょうね」

 なるほど……と思ったけれど、それだと注射が苦手な看護師に当たった患者というケースも考えられる。

「もちろんそれだけが根拠じゃないわ。畑さんの左手薬指にはわずかに日焼けの跡があった。結婚指輪をしていたってことね」

 瞬間、僕の脳裏に閃光が走った。

「……わかった! ペンギン強盗が被害者から千円だけ奪い取るのは、トロフィーにするためだったんだ!」

 話の流れとは関係ないけれど、ひらめいちゃったんだからしょうがない。

 僕の推理はこうだ。鶯谷医師は『辛気臭い職場』のストレスを晴らすために、夜な夜な山下公園でペンギンに扮して誰かをノックアウトしていた。そうして倒した相手から、記念に千円だけを奪っていく。

「でも畑さんは千円どころか財布も持っていなかった。だからペンギン強盗は、代わりに結婚指輪をトロフィーとして奪ったんですよ!」

 医師が言った『ずっとほしかったもの』は、結婚指輪のことだったのだ。

「トロフィーの本来の意味は、優勝カップではなく戦利品。たとえば壁に飾られた鹿の頭の剥製みたいな固有のものね。だったら最初の被害者二人も、現金ではなく服のボタンやアクセサリーを奪われたはずよ。千円札に個性なんてないわ」

 とどめに「最近サイコものの映画見たでしょう? トロフィーって言葉を覚えたから使いたかったのね」と言われ、僕はぐうの音も出なかった。

「じゃ、じゃあ、していたはずの結婚指輪がないってことは……浮気?」

 急に事件から生臭さが漂ってくる。再び脳裏に閃光が走った。

「……わかった! あの医者は、不倫関係にあった畑さんから事実を公表すると告げられ、彼女の記憶を奪うためにペンギン強盗という犯人を作り上げたんだ! 神経内科の医師だったら、意図的に記憶喪失を引き起こすことができる!」

 最初の二件の強盗は言わばフェイク。鶯谷医師は最初から畑牡丹を襲うことが目的であり、警察の捜査を撹乱するために強盗事件を装ったのだ。

「悪くない推理ね。でも犯罪を三度行うリスクの割に、得られるリターンが少なすぎる。仮にうまくいったとしても、畑さんの記憶が戻る可能性もあるわ。だいたい、畑さんが鶯谷先生と浮気していた根拠なんてなにもないでしょう?」

 まったくもってその通りだ。思いつきにもほどがある。閃光め。

「でもそうすると、なぜ畑さんは指輪をしていなかったんでしょう?」

「科にもよるけれど、病院は看護師のアクセサリーを禁じているところが多いわ」

 僕はがっくり肩を落とした。テーブルの上でじっと手を見る。

「……そっか。手と腕を見て畑さんは看護師の可能性が高いと推理したから、彩華さんは『病院に行け』と言ったんですね」

 あとは電話を何本かかければ、行方不明の看護師がいる病院もわかる。お答えできませんと言われても、彩華さんなら相手の反応から真実を見抜くだろう。

「ほかにも根拠はあるけれど、手は目や口より雄弁なものよ」

「ちなみに、僕の手とか腕とかからもなにかわかったりしますか?」

 自分で言うのもなんだけど、傷も特徴もない普通の手だ。指輪だってはめたこともないし、献血だって年に十二回くらいしかしない。

「大きい手よ。身長一七〇から一八〇の間くらいとうかがえるわね。畑さんも同じくらいの大きさだったわ」

 彩華さんがソファから身を起こし、僕の手のひらに軽く触れた。

「それ、別に手を見なくてもわかりますよね」

「そうね。手を観る上で一番重要なことは、手を見なくてもわかるわ」

「またとんちみたいなことを……。でも今回はわかりましたよ。迷信ですけど、手が冷たい彩華さんは、心があったかい人でしょう?」

 たとえ手を見なくても、触れれば温度を知覚することができる。

「迷信でもないわよ。正確に言うなら、『手が冷たい人は体の温度調節機能不全で心臓近辺に熱がこもりやすい』ね。でも手の温度がわかったところで意味はないわ」

「む……。じゃあ手を見なくてもわかる重要なことってなんだろう……?」

 言いながら手を動かそうとしたところ、指先が彩華さんの手のひらに触れた。

 瞬間、手の甲にぴしゃりと平手が飛んでくる。

「あいたっ! なんでいきなり叩くんですか!」

「……ちっちゃいワニがいたのよ」

「いませんよ! いたらそんな新種殺さないでくださいよ!」

「……今日はもう寝るわ。園真坂くんから連絡があったら、明日の『ディナー』を予約するように言ってちょうだい」

 まだ夕方だと言うのに、彩華さんはさっさとサロンを出て自室に向かった。

 僕が呆然と見送った後ろ姿は、それを初めて見た日と同じくかすかに震えていた。

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