連載小説(3)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第三話

2016年11月15日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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「ま、予想はしてたけどな」

 海外ドラマの役者のように、園真坂さんが大げさに肩をすくめる。

 刑事と二人で病院の受付に行くと、二階のナースステーションに向かうように言われた。どうやらすでに彩華さんが手を回しているらしい。

「彩華さんは、依頼人がこの病院にくるってわかってたんですかね」

「だろうな。探偵時代も尾行やゴミ箱漁りは、俺たちの仕事だったよ。彩華は事務所で寝たりゲームしたりで、所員が持ち帰った情報から推理するだけさ」

「安楽椅子探偵ってやつですか。結果を出しても反感買いそうですね」

「その通り。おかげで所員が何人もやめたよ。それでも親父は彩華をクビにしなかった。口じゃガミガミ言ってたが、なんだかんだで気に入ってたんだろう」

 となると三年前の彩華さんは、自ら事務所をやめたようだ。

 なぜだろうと考えつつ階段に向かうと、頭上から男の声が聞こえてきた。

「鶯(うぐいす)谷(だに)先生、夜勤明けなのにずいぶんご機嫌ですね」

「わかるかね? ずっとほしかったものが手に入ったんだ」

 医師と思しき白衣の男たちが、二階へ上りながら会話している。

「おや、なんです? ああ、わかった。新しい女の子を見つけたんでしょう?」

「さてなんのことやら。まあ辛気臭い職場に必要なストレス解消と言っておこう」

「羨ましいなあ。今度はなに科の子です? いいかげん奥さんにバレますよ」

「フン。いまの私は怖いものなしだよ」

 鶯谷と呼ばれた医師は、その場でしゅっ、しゅっとフックを放った。ひょろりとした体型のわりにさまになっていたので、ボクシングの経験者かもしれない。

「ああいうお医者さん、嫌ですね」

 渡り廊下から別棟へ向かう医師たちを見送りつつ、僕はむすっと鼻息を吐いた。

「連太郎くん、『医師は聖人たれ』と思っているクチかい?」

「えっ、いや、そこまでは思ってませんけど」

 まさか同意を得られないとは思ってもみず、狼狽が声に出た。

「潔癖と正義は似ているようで違う。俺が刑事になった理由を聞いたら、連太郎くんには嫌われるかもな」

 背中を向けてそう言うと、刑事は来訪を告げにナースステーションへ向かった。

「潔癖と正義……?」

 ただの雑談が園真坂さんのなにかに触れたのだろうか。よくわからないけれど、その理由も『三年前』に関係しているような気がする。

「お待ちしておりました。看護師長の鶯谷です」

 ナースステーションから年配の女性が現れ、聞き覚えのある姓を名乗った。

「みなと署の園真坂です。こっちは菱橋連太郎くん。民間の協力者です」

「先にきた女性からお話はうかがっています。どうぞこちらへ」

 話が早いと感じながらついていくと、ナースステーションの奥に案内された。巨大なキャビネットの裏側に、ファイルが詰め込まれたラックと椅子がある。患者たちからは見えない角度にある、書庫兼休憩所のような場所らしい。

「先ほどは、どうも」

 狭い通路に置かれたパイプ椅子に、尾行していた依頼人が座っていた。隣には白衣を着た看護師がこちらに背を向けて立っている。肘を支えながら手をあごに当てたナースの前には、「更衣室」とプレートのかかったドアがあった。

「ど、どうも」

 ひとまず女性に会釈を返したけれど、いまの状況がさっぱりわからない。

 彩華さん早くきて説明してと心で祈る。するといきなり願いの半分が通じた。

「遅かったわねレンくん。ボーイズトークに花でも咲かせてた?」

 背を向けていたナースが振り向き、僕は仰天する。

「あっ、彩華さん、なんでそんな格好してるんですか!」

「言ったでしょう。着替えてから行くって」

 確かに言っていたけれど、ナース服で現れるなんて予想外にもほどがある。

「じゃあ始めようかしら。彼女、この病院で看護師をしていたそうよ」

 願いの残り半分は通じず、状況説明などされぬままに、なにかが始まった。

「はい。畑(はた)牡丹(ぼたん)さんは当院のナースです。昨晩勤務中に行方がわからなくなり、ずっと連絡も通じないので、探しにいこうと思っていたところでした」

 看護師長が説明すると、依頼人の女性がはっとしたように顔を上げる。

「畑牡丹……それが私の名前なんですか?」

「ああ……! 畑さん本当に健忘なの? すぐに検査してもらわないと!」

 涙声で依頼人――畑牡丹に近づく師長を、彩華さんがそっと制した。

「記憶障害は頭部の外傷で発生するケースがある。でも全生活史健忘――いわゆる記憶喪失は、心因性であることも多いわ。もう少し様子を見てみましょう。畑さんは絶対に思い出すわ」

 白衣を着た魔女は妖しく微笑んでいる。どうも彩華さんはこの場で畑牡丹の記憶をよみがえらせようとしているらしい。

 医学的なことはわからないけれど、偽占い師が未来を予言したならば、それは確実に起こるという「根拠」がある。彩華さんが治ると言えばガンも骨折も治るのだ。治らないなら魔女はそもそも未来を口にしない。

「同僚の話だと、畑さんは勤務中にふらりといなくなったみたいね。あなたは小児科の看護師よ。大きな病院は遠方からの急患もあって、夜はかなり忙しいわ」

 彩華さんはそこでいったん言葉を切った。遠くで泣く子どもの声が聞こえる。昼間でこの調子なのだから、夜の小児病棟はさぞかし泣き声に悩まされるだろう。

「夜は日勤で処理できなかった仕事がどっさり。あなたは頼まれると断れないタイプだから、雑務もたくさん抱えていたでしょうね。勉強会の手配、後輩への指導、患者たちとのレクリエーション。ときには上司の悩み相談も――」

「う……」

 畑牡丹がこめかみを押さえて小さくうめいた。

「大変な仕事よね。夜の巡回はどう考えても人手が足りない。にもかかわらず夜勤手当は微々たるもの。おまけに子どもはみんなわがまま。ナースをまるで奴隷のように扱うドクターもいるしね。ひどいのになると、こちらの弱みを握って――」

「もう……もういいです! 思い出しました!」

 座ったまま頭を抱え、畑牡丹は金切り声で叫んだ。

「よかったわね。私はあなたの味方よ。まずは落ち着きましょう。息を吸って。もっと深く。そう。吐いて――」

 微笑む彩華さんに手を握られ、畑牡丹が大きく呼吸を繰り返す。

 本当に彼女は記憶が戻ったのだろうか? だとしたら、映画やドラマで見るのと違って、現実はずいぶんあっけないと感じる。環境の影響か、あるいは彩華さんの導きがうまかったのか。いずれにせよ、僕たちがここへきて五分も経ってないはずだ。

「最初から順に話すと混乱が少ないわ。あなたは更衣室で着替えて勤務についた。しばらくはいつもと同じ夜。けれど突然トラブルが起こった。それはなに?」

「それは……小児病棟のペンタロウくんが、夜中に泣き出したんです」

 どこかで聞いた名だと記憶を探っていると、「ペンギンが好きな男の子です」と師長が補足してくれた。僕が知っているペンタロウ氏はニューハーフの占い師であるはずなので、ひとまずは別人であるらしい。

「どうしても『ラムネエッグ』がほしいってぐずって。おとなしくさせないとほかの子も泣き出すかもしれないので、私は山下公園を通ってローソンへ向かいました。午前の二時頃だったと思います」

「えっ。コンビニなら病院の周囲にたくさんありますよね。なんでわざわざ1キロ先のローソンまで歩こうと思ったんですか?」

 尋ねた瞬間、僕は後悔した。いま畑牡丹は記憶を取り戻そうとしているのだ。矛盾や混乱はあって当たり前だし、回想を妨げるべきではない。

「あ……あそこのローソンは特殊な店舗らしくて、ベビー用品が置いてあったり、子どもの遊具が備えてあったりするんです。ちょっと遠いですけど、『ラムネエッグ』がなくても子どもの気を引けるものが置いてあるかもと思って」

 以前にからあげクンを買うときに見たけれど、あの店は「ハッピーローソン」という名前で、確かに他店舗とは異なるファミリー向けの作りだった。ひとまず理由には納得したけれど、以後は助手気分で口を挟まないよう気をつけないと。

「午前の二時頃、あなたは公園を通ってローソンへ向かったのね。それで?」

「はい。道のりの半分ほどで、財布を忘れたことに気づきました。上着を羽織るのも忘れていたので、慌てていたんだと思います。取りに帰ろうと振り返ったら、そこにペンギン……いえ、ペンギンの格好になれるパジャマを着た人間がいたんです」

「ペンギン強盗!」

 舌の根も乾かぬうちに叫んでしまい、僕は慌てて口をふさぐ。

「そう……だと思います。ペンギンはいきなり殴りかかってきましたが、私はすんでのところでかわしました。格闘技の心得があるんです」

 畑牡丹の手足は細い。しかし上背があるため実践では結構強そうだ。

「けれど、それは相手も同じようでした。ペンギンは上体を揺らしながらぶんぶん腕を振ってきて、私は防戦一方でした。やがて追い詰められて……たぶん、『赤い靴の女の子の像』で頭を打ったんだと思います。急に視界が真っ暗になりました」

「やっぱり外傷による健忘なのよ! ああ……畑さんみたいな優しい人がなんでこんな目に! すぐに検査を受けて!」

 看護師長が血相を変えて叫ぶ。彩華さんが落ち着かせるように師長の手を握った。

「それは……できません。記憶障害を診るのは神経……うっ」

 畑牡丹がこめかみを押さえながら首を振る。

「……倒れる間際、私はペンギンの顔……本来なら人間が顔を出す部分に貼りつけられた黒いメッシュの布を夢中で剥ぎ取りました」

 そこで看護師長を見上げ、畑牡丹はきゅっと唇を噛んだ。

「ペンギンの中にいたのは、師長のご主人、神経内科の鶯谷先生です」

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