連載小説(2)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第三話

2016年11月15日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


<-2-> 手相は、その人についている


「秋晴れってやつかな。尾行にはいい天気だ」

「私は着替えてから行くわ」と言った彩華さんをサロンに残し、僕は園真坂さんと一緒に依頼人を追跡していた。

 現在は桜木町方面から山下公園に入ったところで、コンビニのローソンがある辺りにいる。この季節にしては暖かいせいか、散歩をしている人が多い。

「園真坂さん、あの女性はやっぱりペンギン強盗の被害者なんでしょうか?」

 海沿いの遊歩道には、数メートルおきに例の看板が立っていた。通行人は僕と同じく二度見したり、マジウケルなんて笑いながら携帯で撮影したりしている。『身長一八〇センチのペンギン』では、やっぱり事件の凶悪さは伝わらないようだ。

「彼女には所持品がなかった。ついでに記憶もなくしている。おまけに倒れていた場所も公園の芝生の上となると、びたーんとやられたと考えるのが自然だよな」

 園真坂さんはアスファルトを歩く依頼人の足元を見ていた。急に振り向かれても尾行対象と目が合わないようにするためのテクニックらしい。

「ただな、ペンギン強盗は被害者の身ぐるみをはぐわけじゃないんだ」

「えっ? でも園真坂さん、犯人は『現金を奪っていく』って言いましたよね?」

「ああ。詳しくは飯を食いながら話すつもりだったんだが、ペンギン野郎は殴った相手から千円札を一枚だけ徴収するんだよ。目下の被害総額は二人で二千円だ」

「千円だけって……なんでそんなことを」

「わからないな。ただ目的が金でないことはわかる。だからなにも持っていないことを理由に、彼女をペンギン強盗の被害者とは断定できない。もちろん、被害者でないとも言い切れないけどな」

 園真坂さんは思い込みを廃し、あらゆる可能性を想定しているようだ。

「でもそうすると、なぜ彼女を尾行しているんですか?」

「連太郎くんが部屋に案内する前に、彩華が彼女を抱きしめただろう。あれは武器を持っていないかチェックしてたんだ。海外の探偵はよくそういうことをする」

 そう聞いて、僕はさっき通り過ぎたローソンであったことを思い出した。

 その日の僕と彩華さんは、あの店で五個入りのからあげクンを買った。ところが店の外に出ると、一つが行方不明になった。彩華さんは『トンビにさらわれたのね。二人で分けるならちょうどいいわ』なんて言っていたけれど、いかにも怪しい。

 しばらく横目で観察していると、彩華さんはおいしそうに二つのからあげクンを食べた後、どこからともなく湯気の立つ三つ目を出した。当然僕は抗議する。

『やっぱり彩華さんが隠してたんじゃないですか。僕とトンビに謝ってください』

 すると彩華さんは妖しく微笑み、

『魔女は魔法を使えるのよ。ほら』

 なんて言って指を鳴らし、空中から四つめのからあげクンを出した。一瞬魔法を信じかけたけれど、気づけば僕の楊枝の先から、レギュラー味が一つ失われていた。

 そんな手品を日常的に使う魔女だから、依頼人をハグするふりで所持品検査をするくらい朝飯前だろう。しかしふと疑問が浮かぶ。

「園真坂さん。あの女性って、そんな危険人物に見えましたか?」

「俺には見えたよ。女はコンビニに行くのだって手ぶらで出かけない。おまけにもう秋なのに彼女は半袖で、見えた腕には赤い腫れと針傷があった。俺たち警察は、そういう人間を『ハイになって家から飛び出した薬物中毒』と見なすんだ」

 左腕の赤い腫れなんて、僕は全然気づかなかった。最初に彩華さんが『怪しげなまつ毛サロン』を騙って追い返そうとしたのも、それが理由だったんだろうか。

「だから一応様子を見ようと、こうして美人の後ろ姿を眺めてるってわけだ」

 意外……と言っては失礼だけど、僕は刑事の鋭い観察力に驚く。

「すみません園真坂さん。さっきは鼻の下を伸ばしているなんて誤解して」

「別に謝ることないさ。実際彼女は美人だし、胸もデカかったろ? 連太郎くんは必死に目をそらしてたが、ありゃ見ないほうがかえって不自然だぞ」

 園真坂さんはニヤリと笑い、大きな手で僕の肩を叩いた。

 女性はその手の視線を気取るというから配慮したつもりだけれど、言われてみればそれはずっと胸を意識しているのと同じことだ。だったら最初から素直に見ておくべきだったと悔やむ――いやそういう意味でなく、妙な気遣いをしたせいで、僕は「腕の針傷」という大事な手がかりを見逃してしまったのだから。

「ま、連太郎くんの気持ちはわかるよ。彩華と一緒にいたら、表情や身振りで考えてること全部読まれちまうもんな。俺も昔はよくからかわれたよ」

「おお……! 同士園真坂先輩……! むぐっ」

 理解者を得て感動した僕の口が、刑事の無骨な手で塞がれた。

 すぐにその意味に気づき、目だけ動かし依頼人のほうを見る。

 幸い女性は振り返る様子もなく、遊歩道をゆっくり歩いていた。周囲の銀杏並木やバラ園に目をとめたりもしていない。彼女は着実にどこかへ向かっているようだ。

「オーケー、問題なしだ。そういや連太郎くんは、一緒に暮らすまで彩華に会ったことなかったんだって?」

 園真坂さんはさらりと話題を変えた。失態を犯した僕が落ち込まないよう気遣ってくれたのだと思う。

「いえ……。十年以上前、親族の葬儀のときに一度だけ会ってます」

「親族の葬儀……ひょっとして、桜間(さくらま)紺(こん)のか」

「ご存知なんですか?」

「ああ。高校の同級生だったんだ。あいつは目当ての金魚をすくうのに、桶の水を全部抜いちまうようなやつだった。悪人じゃないが、目的のためには手段を問わないってタイプさ。そういうやつ、連太郎くんの周りにもいるだろう?」

 いる。結婚詐欺師とその被害者を最終的に結婚させ、詐欺をなかったことにしてしまうタイプの人が。

「その頃の俺は、『おまえは金魚を救っていない!』と胸ぐらをつかむやつだった。大親友じゃなかったが、あいつとつるむことは多かったよ」

 桶の水を抜けば目当ての金魚を捕まえやすくなるだろう。けれど代わりにほかの金魚たちが死んでしまう。園真坂さんは僕と同じ常識人で、きっと紺叔父さんに振り回されたに違いない。

 そう。桜間紺は僕の母である菱橋茜(あかね)――旧姓桜間茜の弟にあたる人だ。その性格から薄々察せられるように、彩華さんの兄でもある。

 ただし、母が父と駆け落ちして家を出てしまったため、僕は生前の叔父に会ったことがない。そんないまどき珍しい家庭環境であるので、本来ならば叔父の葬儀は僕と彩華さんの「最初で最後の邂逅」になるはずだった。

「そうか。連太郎くんは紺の甥っ子でもあるんだな。面影は……ないな」

「叔父さんが事故で亡くなった十八歳より、いまの僕のほうが一つ上ですからね」

 園真坂さんの視線が、ふっとアスファルトに落ちた。

 叔父の『事故』について、僕はほとんどなにも知らない。ただ、葬儀場では誰もが早逝した桜間紺のために泣き、やり場のない怒りをぶつけるように親族同士で言い争っていたのを覚えている。きっと割り切れない死だったのだろう。

「……すみません、配慮にかけた物言いでした」

「いや、いいんだ。こちらこそすまない。また連太郎くんに謝らせちまった」

 ふっと大きく息を吐き、園真坂さんが笑顔を見せる。

「じゃあ連太郎くんが彩華と会ったのは、ちょうどあのくらいの年頃だな。さすがに第一印象なんて忘れちまってるか?」

 刑事の視線の先には、童謡で有名な『赤い靴をはいた女の子』の像があった。

 像の年齢は知らないけれど、僕が彩華さんと会ったのは七歳の頃だ。それでもあの日のことはすべて記憶している。当時十六歳だった彩華さんは、高校の制服を着ていた。いつもうっすら微笑んでいる二十八歳のいまと違い、眉一つ動かさずに叔父の遺影を見つめていた。ただその背中だけが、ずっと小さく震えていた。

 そんな彩華さんに僕が抱いた第一印象は「かわいそう」だ。でもたぶん、これも言わないほうがいいだろう。

「全然覚えてないです。園真坂さんが彩華さんと会ったのはいつ頃ですか?」

「連太郎くんよりは少し前だな。実は紺より先に彩華と知り合ってたんだ。彩華が高校時代は演劇部だったって知ってるかい?」

「初耳です。意外すぎてかつがれているんじゃと疑っています」

 だって家事全般を僕にやらせ、その間に自分は惰眠を貪りゲームばかりしている怠惰な魔女が、帰宅部じゃなかったなんて考えられない。

「いい勘してるな。演劇部といっても部員は彩華と部長の二人だけだ。二人は『勧誘活動』と称し、休み時間の教卓や渡り廊下で芝居をしていた。校内で起こった事件について、二人が探偵を演じて推理するんだよ。キャストが足りないときは観客も巻き込んで、ちっぽけな事件はやがて盛大なフィナーレを迎える。二人の芝居は劇場型犯罪の向こうを張って、『劇場型探偵』なんて呼ばれてたな」

「なんというか……人に歴史ありですね」

 いま偽占い師としてやっているようなことを、当時の彩華さんは二人芝居でやっていたのだろう。おそらくは部長さんが当時の助手、いまの僕と同じような役目だったに違いない。

「だろ? 『劇場型探偵』のファンは多かったが、演劇部員はちっとも増えてなかった。その辺りも、いまの彩華に通ずるところがあるな」

 仕草や表情から人の心を読み取ってしまう魔女は、それを不気味に思う人間たちからは避けられる。魔女自身もそれを察し、基本的に他人を遠ざける。

 ゆえに彩華さんが気を許せるのは、占いオカマバーで働く裏表のないおネエさまたちと、甥っ子で居候の僕くらいだ。彩華さん自身も『私に友だちなんていないわ』とよく自嘲している。まあその後に『でも彼氏はいるわ』とスマホ画面の二次元キャラを見せてくるので、本人は周りが思うほど不幸じゃないのかもしれない。

「その頃の彩華さんは、部長さんと青春してたんですね」

「……そうだな。二人は親友だった」

 園真坂さんがふいに海へと視線を向けた。

「演劇部の部長は、探偵事務所の娘だったんだ。あいつらは大学生になると、親の事務所でバイトを始めたよ。要は部活の延長だが、二人はいいコンビだった。彩華が途中で海外の大学に通ったりもしたが、最終的には二人ともそこ――園真坂探偵事務所に就職した」

「園真坂探偵事務所……。あ、じゃあ部長さんって」

「俺の妹だよ。俺も九子(きゅうこ)も、そして彩華も、三人ともうちの事務所で探偵として働いていたんだ。紺よりもずっと長い腐れ縁さ」

 園真坂さんは妹の九子さんを通じ、演劇部時代の彩華さんと知り合った。そしてその後は同僚として、十年近くを一緒に探偵事務所で過ごした。そこまでくるともはや腐れ縁を通り越し、家族同然だっただろう。

「色々あったが俺たちはうまくやっていたよ……三年前までな。ほら」

 園真坂さんの視線の先で、水鳥が一羽を残して飛び立っていく。

「ちょうどあんな具合さ。いまの事務所は九子が代表になって、一人で細々やってるよ――さて」

 刑事はそこで話を打ち切り、再び依頼人の足元に視線を戻した。

 笑いながら聞いていた昔話の結末が、僕の首筋をぞわりと粟立たせる。

 さっき園真坂さんは、『二人は親友だった』と過去形で言った。裏を返せば「いまは違う」ということだ。確かに彩華さんの口から九子さんの話は聞いたことがない。

 そもそも、これほど長いつき合いの園真坂さんでさえ、彩華さんは友人に数えていない。腐れ縁であって友人ではないから? いや、単なる定義の問題なら『でも彼氏はいるわ』と同じノリで語られていいはずだ。

 それによく考えてみれば、園真坂さんもおかしい。いつも彩華さんと軽口を叩き合っているように見えるけれど、刑事からの連絡は仕事の相談があるときだけ。しかも決まって僕の携帯にだ。もしかすると、園真坂さんも彩華さんとは『腐れ縁だった』という過去形なんじゃないか?

 三年前になにかが起こった。その結果、『うまくやっていた』三人の関係にヒビが入り、彩華さんは探偵をやめて占い師になった。きっと園真坂さんもそれを機に刑事になったのだろう。そう考えると、現状のちょっと微妙な関係にも納得がいく。

「……話は変わりますけど、僕が園真坂さんと初めて会ったのは、彩華さんと暮らし始めて一週間目のことでした」

「ほう、そいつは知らなかったな」

 嘘だ。目の焦点が明らかに依頼人の足元からずれている。

「あのときって、彩華さんと会うの久しぶりでした?」

「連太郎くん。他人のプライバシーにくちばし突っ込んでばかりいると、将来しがない探偵になっちまうぞ」

 当たっているから茶化したのだと思う。おそらくあのとき園真坂さんは、『三年』ぶりに彩華さんと会ったのだ。だとしたら――。

「氷川丸を過ぎたな。この先にあるのは『みなと総合病院』くらいか」

 前の女性をうかがいつつ、刑事は周囲の様子を確認している。

 海上には、いまは博物館船となっている氷川丸が浮いていた。いつの間にか一キロほど歩いていたらしい。うっかり本来の目的を忘れるところだった。

「あの人、病院に入っていきますね。素直に占いに従ったみたいです」

「さて、彩華はどう出るかな」

 そのとき、ぶるっと僕のポケットが一度震えた。スマートフォンを取り出して見ると、画面に彩華さんからのメッセージが表示されている。

「『みなと総合病院にいるわ』、だそうです」

 僕が伝えると、刑事は昔を懐かしむように目を細めて笑った。

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