連載小説(6)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第二話

2016年10月15日 (土) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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 最初に病院にやってきたのは、ピンクのカーディガンを羽織ったいかにもかわいらしい女性だった。ぼろぼろ泣きながら病院の自動ドアをくぐってきた彼女は、死んだはずの海老名菜々に迎えられてあっけにとられている。

「予想通りね。あの子が『にたまご』。本名新田真子(まこ)よ」

 僕と彩華さんは少し離れたロビーの隅で、海老名菜々が友人を落ち着かせる様子を眺めていた。たぶん「アカウントを乗っ取られた」というような説明をしているのだろう。実際そうなのだから他に言いようがない。

「彼女は市井(いちい)千佳(ちか)。『いちいち』ね」

 次いでやってきたぽっちゃりした女性を見て彩華さんが言う。口は悪いけど姉御肌というような人物を想像していたけれど、むしろおっとりした見た目で気の小さそうな人だ。市井千佳は大声でわんわん泣きながら、海老名菜々の手を握っている。

「まだこない人物は……ミナヅキ先輩ですね。ちょっと意外です」

 特に理由はないけれど、なんとなくミナヅキ先輩はいい人そうだと感じていた。

「ハロー効果ね。一つの特徴が他に影響を及ぼす認知バイアスの一種よ。おおかたレンくんは、『ビールとからあげしか喉を通らない』って発言が気に入ったんでしょ」

「そう……なのかなあ」

『なんとなく』を心理学的に説明されても、やっぱりあまりピンとこない。

 海老名菜々もショックだったようだ。自動ドアに背を向けた彼女は、ふらふらと病院の中を歩き、うわごとのようにミナヅキ先輩の名前を呼んでいる。

 すぐさまナースが駆けつけて、海老名菜々の体を支えた。

「鈴木(すずき)水無月(みなづき)さんね。彼女はこの病院に勤務しているわ」

 えっと驚き見てみると、背の高い白衣の天使は、泣きながら海老名菜々を高々と抱え上げている。思わずもらい泣きしてしまいそうなほど、顔中をくしゃくしゃにして。

 やっぱりミナヅキ先輩はいい人だった。ハロー効果の嘘つきめ……じゃない。

「彩華さん、容疑者全員きちゃってますけど」

 しかし魔女はいつものように、平然と、かつ妖しく微笑んでいる。

「今日は本当にありがとうございました。『必ず依頼人を満足させる占い師』って看板通りの結果です。これ、約束の鑑定料です」

 小走りにやってきた海老名菜々が、彩華さんに一枚の紙切れを差し出した。

 横からひょいと覗き込むと、英語と数字を組み合わせた文字が並んでいる。

「海老名さん、これなんですか?」

「『ニセ占い師のご用心☆』の管理者パスワードに決まってるでしょ。三十八万五千と四十円の価値があるものなんて、わたしは他に持ってないし」

「えっ……サイトって、売れるものなんですか?」

「売れるわよ。書籍や家電の読者投稿型レビューサイトは、それこそ腎臓や肝臓と同じくらいの値段がついてるわね」

 彩華さんに説明され、頬がかあっと熱くなった。僕が臓器の値段をサイトで調べていたことまで、魔女はお見通しらしい。

 それはともかく、確かにサイトは海老名菜々の『命』だと思う。彩華さんの昔の芸名まで知っているくらい、彼女は長年サイト運営に心血を注いでいたのだから。

「じゃあ、わたしはこれで失礼します」

「ちょっと待ちなさい」

 すっかり毒気の抜けた顔で去ろうとする海老名菜々を、彩華さんが呼び止めた。その口元には魔女らしい微笑みを浮かべているけれど、ほんの一瞬、眉が八の字になっていたのを僕は見逃さなかった。

「海老名さん。あなた、犯人が誰だか知りたくないの?」

「知りたいですけど……でも、わたしは三人が犯人じゃないとわかっただけで満足です。これが自分の『命』を差しだして得られた運命ですから。彩華さんにもう一度占ってもらうなら、相応の鑑定料が必要ですよね?」

「それは……そうね」

 珍しく言いよどんだ魔女は、たぶん困惑しているのだろう。おそらく彩華さんはこう考えていたはずだ。

 この結果に満足せず犯人を知りたがる海老名菜々に、

『あなたが望んでいた結果はこれでしょう? 占い師の運命を左右するサイトの管理人が、占われた自分の運命は受け入れないの? 悪いけど、性根のひん曲がった女を二度も占うほど私は退屈してないわ。あなたは一生他人を疑って生きなさい』

『彩華さん、言い過ぎです』

『言葉の綾よ』

 なんて決め台詞を言い、改心をうながしてから犯人を告げるつもりだったのだ。

 ところが海老名菜々が存外素直に運命を受け入れたため、予定が狂ってしまったのだろう。早い話、彩華さんも「先入観」で失敗したということだ。

「でも、占い師ではない『助手』が犯人を教えると言うなら、私は別に止めないわ」

 僕がくふくふ笑っていると、八つ当たり気味に全部丸投げされた。まあ面目躍如の機会をもらったと思うことにしよう。

「『先生』が言った通り、僕は占い師ではありません。だから海老名さんの過去も未来も視えません。ただ、海老名さんが鶴巻さんと交際していることを知っていて、かつ本来ならここに真っ先に駆けつけるべき人がいないなあとは思っています」

「それって……まさか鶴巻くん本人ってこと?」

「確証はありません。ただバンドマンってモテるよなあとは思っています」

 僕も、そしておそらく海老名菜々も、鶴巻氏はむしろ被害者であり、彼を容疑者だとは考えもしなかった。たぶん脅迫メッセージの冒頭に、『キモイのよサブカル女』と女性口調の罵倒が入っていたことが無意識に刷り込まれていたのだと思う。

 それにしても、狡猾な脅迫メッセージは送ってくるわ、海老名菜々が死んでも病院にこないわで、いくら別れたいからといっても鶴巻氏は人として外道すぎる……なんて決めつけると、また痛い目にあうのだろうか。

 でも、バイアスのかかっていない状態で物事を判断するなんて、魔女にだってできないのだ。つまるところ先入観は価値観で、ある意味それは自我だと思う。

 だからやっぱり、ケチャップの件で怒った僕は正しいのだ。

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