連載小説(4)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第二話

2016年10月15日 (土) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


<-4->


 初心者マークを十九枚貼りつけた獅子丸が、のろのろと夜の道路を進む。

 別に僕が安全運転すぎるわけじゃない。飲酒運転の取り締まりかなにかで、道がひどく渋滞しているのだ。

 助手席の彩華さんは、うっすら微笑んだまま幸せそうに眠っている。

 あれからバーに戻ってくると、彩華さんはおヨシさん相手にお酒を飲んでご機嫌だった。きっと「無意識のストレス」とやらが解消されたのだろう。

 僕もおヨシさんのおしゃべりに笑っていたけれど、心の底から楽しんでいたとは言いがたい。頭の隅で警告のように、ずっと幼幻の甲高い笑い声が響いていたから。

「……お巡りさんよく働くなあ。あれ? 免許の裏ってなにが書いてあるんだっけ」

 ぼんやり見ていた検問の様子に、ふとなにかが引っかかった。

 取りたての自分の免許証で確認してみる。面積の半分を備考記入欄が占めているけれど、僕の場合は空白だ。その下にはちょっと生々しい――と感じてはいけないのかもしれないけれど、自分の臓器を提供するか否かという意思確認の欄がある。

「これって、確か保険証とかの裏にもあったっけ。あっ、まさか……!」

 なにげなくつぶやいたこの一言が、僕を運命へと導き始めた。


「やっぱりそうだ。『三十八万』前後になる」

 ホテルに戻って彩華さんをゲストルームに押し込めると、僕はクイーンサイズのベッドが並ぶ主寝室でノートパソコンを起動させた。

 画面には人体模型のようなイラストが映っている。体の各器官から引かれた矢印には、眼球なら片方六万円、胃袋は五万円といった価格が記されていた。早い話、「人の体を売ったらいくらになるか」という趣旨の画像である。

 目や胃袋は想像した以上に安い。しかし心臓や肝臓ともなると一千万、もっとも高い腎臓の場合、ひとつで二千万円以上する。国によって価格は変動するけれど、人間の体をすべて売り払うと信じがたい金額になるらしい。

 逆に言えば、そうした器官を取り除いた後の人体は比較的安価だ。残りの血液や皮膚、そして歯などをお金に換算すると、価格はおよそ五十万円前後。それは成人男性を基準に算出した値段であり、女性は体格差を考慮して二、三割は減額される。

 その結果、彩華さんが海老名菜々に掲示した『三十八万五千と四十円』と、ほぼ近い数字が出た。

「あのとき彩華さんは、海老名菜々の保険証を裏まで見ていた。あれは時間稼ぎじゃなく、臓器提供の意思を確認していたんだ」

 眼球や心臓を提供した後の「命」の値段。それを鑑定料として「持ってこい」ではなく、彩華さんは「いただく」と告げた。もはや疑う余地はないだろう。

「彩華さんは、本気で海老名菜々を殺す気なんだ……」

 だからこそ、待ち合わせ場所を病院のロビーに指定したのだ。海老名菜々を殺してすぐに新鮮な臓器を提供するために。

 いやもちろん、「命」の値段が判明したから殺意を本物と断定したわけじゃない。

 そもそも動機があったって、人は簡単に殺人を行わない。僕だってつい数時間前まで、『殺す』は『社会的に抹殺する』ことだと思っていた。

 でも、幼幻と彩華さんの関係を知ったいまは違う。

 僕はマウスを操作して、「本日撮影分」という名前のフォルダを開いた。

 言った言わないのトラブルを避けるため、彩華さんはサロンで行う依頼人とのやり取りをすべて録画している。僕が知りたいのは、海老名菜々が昼間に見せてくれた脅迫文の内容だ。メッセージそのものは入手していないけれど、彼女自身が読み上げた音声はこんな風に残っている。

『キモイのよサブカル女とか、自分ではオシャレと思ってんのとか。あとクソサイト閉鎖しろ、鶴巻(つるまき)音千(おんせん)と別れろって続いて。あ、鶴巻くんってわたしがつきあってるバンドマンの彼氏です。で、最後にさもないとひどい目にあうぞって――』

 動画ファイルを再生すると、海老名菜々が早口に脅迫の内容を教えてくれた。

「やっぱりそうだ。最初に聞いたときは鶴巻さんと別れさせることが主題と感じたけれど、脅迫主はサイトの閉鎖も迫っている」

 よくよく考えるとこのメッセージはおかしい。だって『サイト閉鎖しろ』、『彼氏と別れろ』と、要求が二つもあるのだ。

 たとえば違法行為を行ったスポーツ選手が、「引退しろ」、「女子アナと別れろ」、「金くれ」などとネットに書かれることはざらにある。でもそれは要求ではなく、ただの野次だ。その後に「さもないと」と脅迫が続くわけじゃない。

 しかし海老名菜々は「ひどい目にあう」と明確に脅されている。犯人は彼女に対して具体的な行動を求めているのだ。なのにそれが二つもある。

 仮に犯人が海老名菜々の恋人、鶴巻氏に横恋慕した人物だとしよう。その場合、『サイト閉鎖しろ』はあまりにも本筋とかけ離れた要望だ。

 その逆も同じで、海老名菜々のサイトの閉鎖を望むものが、文章の最後に交際相手との別れをうながすのはあまりに不自然な注文と言える。

 それでいてどちらの要求も前半の悪口とは趣旨が異なっているため、単なる嫌がらせとも考えにくい。

「つまり、二つの要求のどちらかは偽物、というよりミスリードなんだ」

 脅迫者は身元の発覚を恐れ、あえて自分と関係のない要求をメッセージに入れたのだろう。それはおそらく、最後につけ足された『彼氏と別れろ』のほうだ。

「人間はなにかを隠すとき、必ずサンドイッチみたいに真ん中に閉じ込める」

 彩華さんが言ったことが真実なら、脅迫主の目的は海老名菜々にサイトを閉鎖させること。そしてそんなことを望むのは、彼女に恨みを持つ「占い師」しかいない。

「もしかして、海老名菜々は薄々気づいていたんじゃないか?」

 人が悩みを話すときは、すでにその答えが出ていると彩華さんは言った。

 海老名菜々はこの脅迫が自らの行い、つまりは日頃の占い師たたきが招いた結果だと悟った。それゆえおヨシさんを始めとした界隈の有力占い師を訪ね、自身で犯人の情報を探ろうとしていたのではないか。

「そして、幼幻も海老名菜々の存在を知っていた……」

 あの人の件はどうなっていると尋ねた幼幻に、彩華さんはこう言っている。

『大丈夫です。幼幻先生のお手をわずらわせるようなことはありません』

 それはまるで、『私が先生の代わりに海老名菜々を消します』と言っているように聞こえる。幼幻は海老名菜々を邪魔に思っていたのだろうか? なぜだ? 占い師専門の占い師なら、『ニセ占い師にご用心☆』でたたかれることはないはずなのに。

「……違う。幼幻は海老名菜々のせいで、間接的に『顧客』を失っていたんだ」

 廃業に追い込まれたペンギン占い師。彼は幼幻の顧客だった可能性がある。

「……そうだよ。幼幻が脅迫メッセージの送り主なら、すべて辻褄が合う」

 顧客を一人失った幼幻は、『ニセ占い師にご用心☆』の閉鎖を迫るメッセージを送った。海老名菜々は犯人を占い師と察し、あちこち嗅ぎ回り始めた。だから――。

「あんな子どもでも、いまの彩華さんには『救い』なんだ。幼幻との関係を維持するためなら、彩華さんは邪魔者を排除する手段を選ばないかもしれない」

 占い師は人の心の傷から入り込む。彩華さんはそうとは気づかず利用されているのだ。きっと脅迫文の送り主も、同じように幼幻にそそのかされた人物に違いない。

 そしてその脅迫者は、海老名菜々が容疑者として挙げたSNSのアカウント――三人の女性の中にいるはずだ。海老名菜々はおそらく「手がかり」をつかんでいる。

「もし、三人の中から犯人を見つけだせたら――」

 幼幻の目論見が明るみに出ることになる。でもそれだけじゃだめだ。幼幻を守ろうとする彩華さんはなにをしでかすかわからない。誰も傷つけずに済む方法を考える必要がある。

「……まだ午前零時。明日の待ち合わせまで十二時間ある」

 僕はよしと気合を入れて袖をまくり、パソコンの画面と向き合った。


 時刻は午前三時を回り、僕の気合は空回りしていた。

「困った。誰が犯人か全然わからないぞこれ……」

 などと嘆いていてもしょうがない。ひとまずまとめた情報を整理しよう。

 一人目の容疑者はアカウント名「いちいち@11ursai」。

 アイコンはゾンビをデフォルメしたようなイラストで、海老名菜々からは『いっちゃん』と呼ばれている。彼女は日頃から口数が多く、SNS上で話題になっているニュースには言及せずにいられないタイプだ。それ以外には『クソつまんね』、『空気読めねーな』、『死ねばいいのに』など、悪意を主語なしで吐き捨てることがある。そうしたつぶやきは日中に見られるので、おそらくは仕事関係の不満だろう。

 彼女と海老名菜々は高校の同級生らしく、どちらかが愚痴を言うともう片方が『飲み行くかー』などと誘い合う仲であるようだ。そうして双方が居酒屋で料理写真をアップした後は、『あー、高校時代に戻りてー』と互いに昔をなつかしむ。海老名菜々と『いっちゃん』の関係は、本人たちの言葉を借りれば「腐れ縁」というやつだ。

 二人目の容疑者は、アカウント名「にたまご@nitamago1022」。

 アイコン画像は本人と思われる夕焼けの中の後ろ姿。彼女はネイルの画像をアップしたり、空の画像とともにポエムをつづったり、夜中に『赤ちゃんっていいよね。泣くのが仕事なんだもん』と意味深な内容をつぶやいたかと思えば、その後に『前のツイートわすえて』と訂正するなど、ちょっとつかみどころのないタイプだ。

 彩華さんなら『本当に忘れてほしいならつぶやきを削除する。二回目に誤字が混ざってるのもわざと。シンデレラタイプね』などと分析するだろう。もちろん不幸な灰かぶり姫という意味ではなく、ガラスの靴を履く危うさと計算高さがあるということだ。実際『お風呂入ってくる』のような発言はあざといなあと思う。

 そんな彼女のツイートをさかのぼっていると、あるとき大量にケーキの画像がアップされていた。これってどこかで見たぞと同時刻の海老名菜々の発言をチェックすると、別の角度から撮影したほぼ同じ画像がある。おまけに海老名菜々が無関係の人物と、『今日は新田(にった)ちゃんとケーキたべいくうへへ』と会話しているのも見つけた。ゆえに『にたまご』の本名は「新田」と思われる。

 しかしわかったのはそれだけだ。『にたまご』と海老名菜々は互いに「いいね!」をつけ合うくらいで、SNS上でも直接のやり取りはない。どういった間柄であるのかもいまひとつ不明だ。

 そして最後の三人目は、アカウント名「ミナヅキ@dekaiminazuki」。

 アイコンはどこかの岬に悠然と佇む灯台の画像。このSNSを始めてまだ日が浅いらしく、『はじめた』という彼女のツイートに対し、『ミナヅキ先輩、アイコンとアカ名で笑い取りにくるのやめてくださいよ!』という、海老名菜々のツッコミがすぐに見つかった。その後に『サービス業はサービスする業』と返しているので、ミナヅキ先輩はあまり個人情報を気にしないタイプのようだ。となるとミナヅキも本名である可能性が高い。まあ苗字か名前かは判断に迷うけれど。

 そんなミナヅキ先輩は、フォローしているアカウントも少ない。世界の建造物画像を延々投稿するプログラムアカウントがお気に入りらしく、つぶやきの大半は外国のコンビナートや、軍艦ドックのリツイートで埋まっている。ときどきは自分で撮ったと思しき煙突の画像や、ダムの遠景をアップしたりもしている。

 かといって人間嫌いというわけでもなく、『相談に乗ってほしい先輩が病気で寝込んでる。大丈夫かな』と海老名菜々がつぶやくと、即座に『重症。ビールと唐揚げしか喉を通らない』と返すユニークな思いやりもあった。

 さて、ここまででわかったことは――。

「海老名さんって、人格に問題あるわりに友だちに恵まれてるよね」

 海老名菜々のアカウント、「ブラックタイガー777@blacktigar777」は、SNS上でも占い師を悪し様に罵っており、占いの好き嫌いを問わず、おしなべて人を不快にさせている。そのアカウントで検索すると、あちこちで彼女を非難するつぶやきが見て取れた。むしろ容疑者の三人以外、彼女は全員に嫌われていると言っていい。

「じゃあなんで、容疑者をもっとも怪しくない三人にしぼったんだ?」

 これは脅迫メッセージの内容が参考になった。海老名菜々は、SNS上でほとんど自分に関することをつぶやいていないのだ。

 ゆえにSNSでの彼女は、『占いを信じて婚期を逃したババア』などと、自身が占い師をこきおろす際の言葉で評されている。実際の彼女は二十四歳で彼氏もいるわけだけれど、そうした事実はネット上では知られていない。

「つまり、海老名さんに交際相手がいると知っている親しい人だけが、あんなメッセージで脅迫できる。それが海老名さんの見つけた『手がかり』なんだ」

 そうとわかれば、僕がやるべきことも決まってくる。

「三人のうち、誰が幼幻とつながりを持っているか調べるんだ」

 時刻はそろそろ午前四時。明日の正午までに残された時間を考えると、今晩は眠れないだろう。でも諦めるわけにはいかない。

 僕の「目的」のためには、こんなところで彩華さんを失うわけにはいかないのだ。

このニュースが気に入ったらいいね!をしよう!

ローチケHMVは、国内・国外の厳選した音楽、映像、アニメ、ゲームなどの
エンタメ最新情報をお届します!