連載小説(3)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第二話

2016年10月15日 (土) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


<-3->人生をてっとり早く幸せにする方法


 店の中は、事前に想像した雰囲気と少し違っていた。

 ピンクの照明が妖しいムードを作り、テーブル席のあちこちでおネエさまたちが接客をしてはいる。しかし誰も大騒ぎするようなこともなく、客と向き合って真剣にタロット占いなんかしているのだ。

「意外と静かなんで驚いたでしょう? うちはあくまで占いがメインで、カラオケなんかはやらないからねぇ。でも一応ショータイムはあるのよ」

 カウンターの向こうでうふっと僕にウィンクしたのは、この店のママで「おヨシさん」と呼ばれている人だ。見たところ三十代、あるいは四十過ぎだろうか。映画俳優のように濃い顔立ちを化粧で厚く覆っているため、年齢がさっぱりうかがえない。

「『馬車道のママ』って聞いたことあるでしょ。おヨシさんのことよ」

 彩華さんに言われてああと思う。地名に母をつけられるのは、界隈でもっとも評判の高い占い師だ。おネエさまの場合ママと呼ぶのは初耳だけれど、業界事情に疎い僕でも知っているくらい、その呼称は一般にも浸透している。

「ママと言えばねぇ、昔は芸名がなくって本名の『幻文(げんぶん)』でお店に出てたの。その頃はみんながあたしを『幻文ママ』って呼んでたから、いつも誰かに引用されてる気分だったわぁ」

 この冗談に僕がふき出すと、おヨシさんは畳みかけるように「おネエトーク」を繰り出してきた。それはあけすけというか、裏表がないというか、プライベートをさらけ出すようなネタばかりで、おかげで一気に距離が縮まった気がする。彩華さんが『心を読む意味がない人たち』と言った意味が実によくわかった。

「連太郎くんは、彩華のお弟子さんなの?」

「あ、いえ、僕はただの助手です」

「あらそうなの? 彩華と違って才能ありそうなオーラがあるのに」

 僕はおヨシさんのことを人として好きになり始めている。

 だから返答に困ってしまい、泣きつくように隣の彩華さんを見た。

「ダメよ、おヨシさん。レンくん私と違って占い嫌いなの」

「えー、どうして? オカルト嫌いな科学至上主義者?」

「ちょっと違うわね。占いで人生を翻弄された両親の子ってとこかしら」

 正確には「『占い師』に人生を翻弄された」だけれど、僕は何も言わなかった。僕が占いと占い師を嫌っているのは、まぎれもない事実だからだ。

「連太郎くん優しいわぁ。家のトイレでも温水位置を調節しないで自分がお尻を動かしちゃう人でしょう? あたしになんて気を使わなくていいのよぉ。占い嫌いもオカマ嫌いも、世の中にはたっくさんいるんだから」

 カウンター越しに僕の手をぽんと叩き、おヨシさんは続ける。

「でもそれでわかったわ。だから彩華の助手なんてやってるのね」

 彩華さんが偽占い師だから、占い嫌いの僕でも助手が務まる――。

 そういう意味で言っているなら、おヨシさんは間違っている。

「彩華もたいがいな山師だけど、人の人生を左右する仕事って自覚はあるからねぇ」

 きっと僕はほんの一瞬、上まぶたを持ち上げて瞳の上の白目を見せただろう。

 馬車道のママは思った以上に鋭い。そしてどうやら彩華さんが偽占い師と知っているようだ。二人はただの友だちや同業者ではないのかもしれない。

「そうそう。人の人生を左右するで思い出したんだけど、あの占い師レビューサイトの管理人の子、彩華のとこにもこなかった?」

「あ、きました。海老名菜々さんですよね?」

 なぜか時計を見つめてぼんやりしている彩華さんの代わりに答える。

「そうそう、その子。最近この辺りで評判の占い師を訪ね回ってるみたいだから、彩華のとこにも行くと思ってたの。うちから独立したペンギン占いのペンタロウって子がいるんだけど、あの子のサイトにまんまと潰されたのよね。いいかげん誰かがバシッとお灸を据えてあげないと……ちょっと! 彩華聞いてるの?」

「聞いてるわ。そういうこともあるでしょうね」

「彩華さん、それ聞いてない人の相槌です」

 どうも様子がおかしい。占い好きな彩華さんが、謎に満ち満ちたペンギン占いに興味を持たないわけがない。さっきから時間を気にしているようだけれど、なにか予定でもあるのだろうか?

「ママー、ヨウゲン先生裏口に回ってもらったわよー」

 僕が不審に思っていると、ふいに店の外でフユカさんの声がした。

 同時に彩華さんが立ち上がり、チャイナドレスのシワを伸ばして前髪を整え始める。

「おヨシさん、私がいない間にレンくんにお酒飲ませないでね」

「いやあねぇ。未成年に飲ませるわけないでしょ」

「帰りに運転してもらうからよ。じゃあ行ってくるわ」

 未成年なのは問題ないのか。というか――。

「彩華さん、どこ行くんですか?」

「人生をてっとり早く幸せにする方法、その3よ」

 あっけにとられる僕を置き去り、彩華さんはカウンター奥のドアへ消えていった。

「連太郎くん、彩華の助手なんてたいへんでしょう。あの子、昔からああだから」

「え、ええ。おヨシさんは昔からの知り合いなんですか?」

 おヨシさんと話しながらも、僕はカウンターの奥が気になってしかたがない。だってさっきの彩華さんは、まるでいまから恋人に会うような身繕いをしていた。現実の男性を見限って、二次元彼氏に逃避したあの彩華さんが。

「そうねぇ。彩華が学生で探偵をしていた頃からだから、もう七、八年にはなるかしら。彩華って一応はあたしの弟子なのよ。占いは教えてないけど、駆け出しのときは働く場所を紹介してあげたりね。だってうちの店はオカマしか働けないから!」

 あははと愛想笑いをしながらも、僕はやっぱり奥のドアが気になる。

 彩華さんが言った『人生をてっとり早く幸せにする方法、その3』は、無意識のストレスを取り除くことだ。じゃああのドアの向こうでは、歯科治療でも行われているのか? そういえばフユカさんが、『ヨウゲン先生』がどうのと言っていたけれど。

「もう! いい女が目の前にいるのに気もそぞろね。そんなに彩華が気になる?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「夢幻(むげん)の幼君(ようくん)と書いて『幼幻(ようげん)』。いま彩華が会っているのは、うちで実力ナンバーワンの占い師よ。オカマじゃなくって普通の男の子だけどね」

「男の、占い師……?」

 そういえば、今日の彩華さんはずいぶん気合の入った格好をしていた。僕のためのサービスなんて言っていたけれど、実際そんなわけがない。じゃああのオシャレは幼幻先生とやらのためなのか?

「あらやだ怖い顔しちゃって。まあ実際に幼幻はかなりのイケメンよ。ごく限られたお得意様、もっと言うと占い師だけを観てるわ」

「占い師だけ……? っていうか、怖い顔なんてしてません。僕はこういう顔です」

 ベタなごまかしねぇと、おヨシさんがニヤニヤしながら顔を寄せてくる。

「三ヶ月前だったかしら。幼幻が彩華を占ったの。『しばらく後、縁(ゆかり)のある少年と暮らすことになる』って言われて、彩華はとっても喜んでたわ」

 その「縁のある少年」が僕のことを指すなら、それは驚くべきことだった。

 僕が彩華さんと暮らすことになったのは、大学進学で田舎を出る息子を心配した母が、末の妹によろしく頼んだから……ということになっている。

 実際の理由はひとまず置いておくとして、この話は以前からあったわけじゃない。

 なにしろ僕の母は父と駆け落ちしたため、実家とは絶縁状態にある。そこには彩華さんも含まれているため、歳の離れた姉妹が連絡を取ったのは実に十年ぶり、しかも僕が上京する一週間前というイレギュラーな出来事なのだ。

 それを三ヶ月前に言い当てたなら、幼幻は「本物」の占い師ということになる。

「覗いてみる? ヤキモチ少年」

 唐突な言葉の意味がわからずぽかんとしていると、おヨシさんはうふっと笑って僕の鼻をつついた。

「彩華が幼幻に占われてるところ、見たくてしかたないって顔してるゾ」

「い、いや、全然そんなこと思ってませんし」

「いいわ。内緒にできるなら見せてあ・げ・る」

「え? いやちょっと、なんですか、あっ」

 おヨシさんは僕の首根をむんずとつかむと、有無を言わさずカウンターの奥へ引きずっていった。

 闇の奥に、ぽつんと赤いろうそくが灯っている。

 ドアを入ってすぐはなにも見えなかったけれど、目が慣れてくるとここが事務室のような素っ気ない部屋だとわかった。

 僕とおヨシさんは、入り口そばのパーティションの裏に隠れている。

 その向こうでは、ろうそくを挟んで男女がパイプ椅子に座っていた。

「悪い子だな、彩華は。また水晶玉を使ったろう? オーラですぐわかるよ」

「……はい」

「ハッタリが効くから。タロットより時間がかからないから。そういう理由があったとしても、水晶玉は彩華みたいな素人が使うと危険なんだ。悪夢を見るのと同じ仕組みだよ。ただのガラス玉でも自分の心の闇は映る」

「……ごめんなさい、幼幻先生」

 ろうそくの明かりが、彩華さんをぼんやり照らしている。いつでも妖しく微笑んでいる魔女は、まるで叱られた子どものように口元を引き結んでいた。

 その様子にもおおいに衝撃を受けたけれど、僕はそれ以上に魔女を子ども扱いしている男の姿に驚いていた。

 幼幻という占い師は、どう見ても十二歳そこらの少年なのだ。

「しかし今回はずいぶん間が空いたね。ぼくのことなんて忘れたと思っていたよ」

「そんなこと……絶対にありません」

 彩華さんがすがるような上目遣いで幼幻を見る。

 ふいに僕の胃がぐるぐると鳴った。別にお腹が空いたわけじゃない。なにか受けつけないものを飲み込んだ。そんな違和感が体にあった。

「驚かせてごめんなさいね。でも、連太郎くんには知っておいてほしかったのよ」

 隣のおヨシさんが小声で話しかけてくる。

「彩華はね、あたしと出会うずっと前から、心に傷を抱えていたわ。詳しくはわからないけれど、大切な人を失った過去があるみたい」

 僕の脳裏に、ふっと一枚の遺影が浮かんだ。

「それだけなら普通は時間が解決してくれるわ。でもどれだけ年月を経ても癒えない傷ってあるのよ。その人の死に自分が関わっている場合とかね」

「彩華さんが、死に関わっている……?」

「やだ、たとえばの話よ。でもそのくらい重い過去があったっぽいわ。それで二年前くらいかしらね。幼幻が今日みたいにして初めて彩華を観たの。しばらくしてバーに戻ってきた彩華は涙を流してた。連太郎くん、彩華が泣いたの見たことある?」

 僕はぶるぶると首を振る。

「あたしもそのときが初めてよ。なんていうか、救われたって感じでねぇ。それから週に一度、彩華はここへきて幼幻に観てもらうようになったの。だから店のみんなでびっくりしてたのよぉ。彩華が一ヶ月もこなかったのなんて初めてだから。たぶん連太郎くんとの暮らしが楽しかったのね」

 おヨシさんがふふと笑う。なのにその目からはいまにも涙がこぼれそうだ。

「もう大丈夫と思ったんだけど、彩華にはまだ幼幻が必要みたい。占いって当たる当たらないだけじゃなくて、カウンセリングやセラピーでもあるから」

「それは……なんとなくわかります」

 彩華さん自身も『人生をてっとり早く幸せにする方法、その3』、すなわち無意識のストレスを取り除くと言っていた。でも――。

「『でも納得はしていない』って顔ね。軽蔑、嫉妬、憐れみ……それから疑念のオーラが連太郎くんのお腹に渦巻いてる。いまはそれで構わないわ」

「それって――」

「どういう意味かなんて聞くのはおよし! いい? 連太郎くんはこの先も占い嫌いを貫くの。絶対に自分の未来を知ってはダメよ」

「もしかして、僕の不幸な未来が視えたとかですか?」

「やだ、もうヒゲ伸びてきちゃった。あたしが導けるのはここまで。連太郎くん、彩華のことよろしくね」

 ピンクのハンカチで目元とあごを押さえると、おヨシさんは部屋を出ていった。

 僕の未来の話はよくわからないけれど、おヨシさんは弟子思いないい人なんだと思う。そう考えると、ちょっとだけ申しわけない気分だ。

 実を言うと、僕は彩華さんの心の傷に心当たりがある。とはいえ詳細を把握しているわけじゃない。ただそういう「事故」があったと知っているだけだ。

「幼幻先生、私は、私が……」

「大丈夫だ。彩華のせいじゃない。ぼくが言うんだから間違いない」

 パーティションの向こうでは、不安そうに視線をさまよわせる彩華さんを幼幻がやけに力強い声でなだめている。

 無邪気な年頃に思えるけれど、十二歳ともなれば自我は大人だ。この歳で占い師として身を立てる実力があるようだし、精神的にも成熟しているだろう。

 だからこそ、僕は彩華さんを「救った」という幼幻を信用できない。

 占い師は心の傷に入りこみ、人を意図的に操ることができる。占い師は占い師というだけで、他人の人生をたやすく左右できる――。

「彩華。連太郎との暮らしはどうだい?」

 ふいに自分の名前が出てきて、僕は意識を引き戻された。

「先生がおっしゃった通り、あの子は本物だと思います。今日私が食べたいと思ったものを、前日のうちから仕込んでいました」

「食事の予想!」

 さっきとは打って変わって、幼幻が子どもらしい甲高い声で笑う。

「まあ連太郎はこの先も彩華の役に立つよ。ところで、あの人の件はどうなってる?」

「私のサロンにきました。自分を脅迫している犯人を知りたいと言っています」

 どうも海老名菜々の話らしい。幼幻も彼女を知っているのだろうか。

 しかしその後は二人とも声をひそめたのか、話がうまく聞き取れない。

 ならそろそろ戻ろうかと迷っていると、最後に彩華さんがはっきりと言った。

「大丈夫です。幼幻先生のお手をわずらわせるようなことはありません」

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