連載小説(2)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第二話

2016年10月15日 (土) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた
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<-2->人生をてっとり早く幸せにする方法


 ライトアップされた夜のベイブリッジを、「獅子丸」は機嫌よく走っていた。

 獅子丸は犬でも忍者でも忍者犬でもない。愛車、それも真っ赤なプジョーにそんな名前をつける彩華さんは、やはり感性が普通じゃないと思う。

 もちろん、悪い意味で。

「ひどいですよ彩華さん! 昨日の昼から丸一日かけて味をなじませたローストビーフをケチャップで食べるなんて! 僕と英国への冒涜だ!」

 ハンドルを握った魔女の横顔に、僕は助手席から抗議の視線を送った。

「そんなことで怒るなんて、レンくんたら同棲カップルの女の子みたいね」

 彩華さんはいつもの調子で受け流し、いつもの微笑みを浮かべている。

「すいませんね女子力高くて。別にローストビーフにケチャップは目くじら立てるほどの組み合わせじゃありません。僕が許せないのは、せっかく彩華さん好みの味つけにしたのに、彩華さんがそれを台なしにしたことですよ」

「先入観。それは人生に必要ないもの第一位」

「なんですか唐突に」

「魚の一番おいしい食べ方を知っている漁師は、船上でさばいたカツオをマヨネーズで食べるのよ。新鮮な魚は塩や醤油でと決めつけている人は、一生をかけて少しずつ損をしていくわ」

 要は「先入観を持つな」と言いたいのだろう。

「だったとしても、ローストケチャップは最初の一口で試すことじゃないです」

「二口目だったらレンくんもっと怒るでしょう?」

 ルームミラー越しに合った目が「図星ね」と笑う。

「じゃあ聞きますけど、ケチャップ味のローストビーフはおいしかったですか?」

「単にケチャップ味の肉だったわ。あの組み合わせはなしね」

「一瞬で大損してるじゃないですか!」

「私もちょっとは反省してるわよ。だからサービスしてるじゃない」

 ほらと、彩華さんがチャイナドレスの裾を軽く持ち上げた。全体に龍をあしらった真紅のドレスには、毎朝半裸の彩華さんを起こしている僕ですら直視できない、大胆なスリットが入っている。

「お、甥っ子に悩殺攻撃は効きませんよ。少しでも悪いと思っているなら、海老名さんに言った、『三十八万五千と四十円』とか、『明日私は彼女を殺す』発言について説明してください」

 今日の正午、彩華さんは占い師をこき下ろすレビューサイトの管理人を占った。彼女――海老名菜々は、何者かに脅迫されているという。彩華さんはものの三分で脅迫者が誰かを見抜いたようだけれど、依頼人にはその場で告げずにこう言った。

『続きを聞きたければ、明日みなと総合病院の受付ロビーにいらっしゃい。そのときは鑑定料として、三十八万五千と四十円をいただくわ』

 その半端な見料の意味を問うと、それは海老名菜々の『命』の値段だと言う。おまけにその後に彩華さんは、『明日私は彼女を殺す』と殺人予告までしたのだ。

 彩華さんは海老名菜々のサイトで軽くたたかれている。そして当たるも八卦当たらぬも八卦の占い師と違い、偽占い師が未来を予言したならば、それは確実に起こる出来事という「根拠」がある。すなわち彩華さんは絶対に海老名菜々を殺すのだ。

 とはいえ、それは言葉通りの意味ではないと僕は思っている。

「殺すっていうのは『ネット社会から抹殺する』とかそういう意味ですよね? 海老名さんがもうサイト運営できないくらい、恥ずかしい噂を流すとか」

 これはいい線いってるんじゃないかと思う。彩華さんは海老名菜々のサイトでプチ炎上しているのだから、彼女を同じ目に遭わせようと考えるのは当然だ。

「言葉通りの意味よ。彼女は死んでから後悔するでしょうね」

 ルームミラー越しに見た彩華さんは、日頃と同じ妖しい笑みを浮かべている。

「『その言葉にいつも惑わされるんだよなあ。でも今回はちょっと違う。彩華さんは海老名菜々に恨みがある。まさかとは思うけど……いやさすがにそれは……じゃあ殺すってどういう意味なんだ?』。レンくんはなんでも顔に出しすぎよ」

 またですかと、僕は小さくため息をついた。今回のように占い結果を翌日以降に引き伸ばすとき、僕はその意味を教えてもらえない。たとえば依頼人の悪事を暴こうとしていた場合、僕の表情で事前に手の内を察知されるからだ。

「いったいどんな顔をすれば、そこまで心が読み取れるんですか」

「いまは眉根を寄せて口はへの字。誰が見てもわかるしょんぼり顔ね。これはいわゆる『巨視表情』。僕はもっと彩華さんの役に立ちたいのに、ってとこかしら」

「……楽しい気分でないことは否定しません」

「今度はむっとして口をとがらせた。でもその前にほんの一瞬、視線を下げて上唇で下唇を隠した。これが表情分析でいうところの『微表情』よ」

「僕そんな顔しましたか?」

「時間にして一秒以下ね。微表情は肉体的な反射と同じ。スキャンダルを糾弾される大統領も、獲物を仕留め損なった太古の原始人も、国籍や文化や時代が違っても、『羞恥』を感じた人はみんなこの顔をする。人間はそういう風にできているのよ」

 僕ははっと息を呑み、体を固くこわばらせた。

「一ヶ月前のレンくんは、心を読まれるといまみたいに、上まぶたを持ち上げて虹彩の上の強膜を見せた。わかりやすく言うと目を見開いていた。これは『驚き』を表す微表情ね。それに加えて下まぶたが引き上がる『恐怖』の兆候もあった。こっちは心を読まれることに対する反応よ。つまり、レンくんは私に隠し事をしていた」

「べ、別に隠し事なんてしてません」

「なら毎晩お風呂で鏡に向かってなにを話しているの? まるで自分に暗示をかけるみたいに真剣な顔で」

「そっ、そんなことしてな……っていうか! なんで知ってるんですか!」

「ほらまた。人間はね、なにかを隠そうとすると、必ずサンドイッチみたいに真ん中に閉じ込めるの。本にお金を挟むとき、最初や最後のページは絶対に選ばないでしょう? 微表情も同じよ。いまレンくんは驚いたり怒ったりいろんな顔をしてみせたけれど、その合間合間で、毎回『羞恥』の微表情を見せていた。以前は『驚き』や『恐怖』だったのにね。この変化からわかることは――」

 彩華さんがニタァと妖しく口角を上げる。

「レンくんの隠し事って、『初恋の相手が私だった』でしょう?」

「全然違います」

「あら残念。でも隠し事をしているのは否定しないのね」

 ルームミラーの僕の顔は、誰が見てもわかる「しまった」顔だった。

「そ、それはさておき、いまはどこに向かっているんですか?」

 彩華さんは片方の眉をひくりとあげ、ふふんと意地悪そうに笑う。

「今日はこの辺で勘弁してあげるわ。行き先は友だちのところよ」

「え、彩華さん、友だちいたんですか?」

「失礼ね。私にだって友だちや彼氏くらいいるわ」

「いやだって、前に自分で言ってたじゃないですか。『心を読める女と仲よくしたい人はいないわ』って」

 人の心を読む相手と冷静に話せる人間はいない。たいていの人は彩華さんを気味悪がるし、彩華さんは自分が気味悪がられていることを読み取ってしまう。だから僕の叔母が気を許せるのは、甥っ子かつ居候という下僕の僕くらいのはずだ。

 ついでに言うと、彩華さんの「彼氏」はイガラシくんという女性向け恋愛ゲームのキャラクターなので、触れないであげるのが優しさだ。

「世の中には心を読む意味がない、裏表のない人たちがいるのよ」

 そんな聖人が集う場所となると、行き先は教会か寺院だろうか?

 なんて僕が思っていると、やがて獅子丸はごく普通のコインパーキングに停車した。

 降りて辺りを見回すと、ギラギラとまぶしいネオンが視界に飛び込んでくる。

「ここって……馬車道ですか?」

 横浜は元々から異国情緒が漂う街だけれど、地元の人間が馬車道と呼ぶこの界隈は特にその傾向が顕著だ。建物も歴史ある西洋風の石造りが多く、夜の街を照らす明かりも昔のガス灯を模していたりする。

 ただここは馬車道の裏路地であるらしい。雑居ビルから突き出た看板には中国っぽい字体で「易」という字が書かれ、バーの前に置かれた黒板にはスペイン語のメニューが並んでいる。どうも「異国情緒」というより、「万国横丁」といった雰囲気だ。

「こっちよ。ついてらっしゃい」

 クジャクが羽を広げたような扇子を携え、彩華さんが優雅な足取りでビルに入っていく。慌てて後を追いかけると、チャイナドレスの後ろ姿は、いかがわしいピンクの光で照らされた階段を降りていった。

「ここって、もしかして……」

 いわゆる「夜のお店」なんじゃなかろうか。こんなところに聖人が? というか僕は未成年ですよ? などとビクビクしながら階段を降りていくと――。

「やだ、彩華ちゃん久しぶりじゃなーい! なにその若い子! シーカレ? シーカレなの? だから最近全然お店にきてくれなかったの? もう信じらんなーい! 彩華ちゃん犯罪よ、は・ん・ざ・い!」

 地階の踊場にいた人影が、いきなり野太い声でまくし立ててきた。

「フユカちゃん久しぶり。この子がうちで助手をやってるレンくんよ」

「やだ、ヨウゲン先生が言ってた親戚の子? じゃああたしにもワンチャン? ワンチャンなの? 超初めましてー。この店で用心棒やってる、ダイヤモンド・フユカイでーす。フユカって呼んでね」

 金色のスパンコールドレスを着たフユカさんが、前かがみになって胸を見せつけてくる。確かにそこには谷間があるけれど、彼女の声もたくましい骨格も、明らかに男性のそれだった。

「お、オカマ……?」

「あ? テメいまなんつった? オカマをオカマって呼んでいいのはオカマだけなんだよ。あんたたちはニューハーフとかおネエさまとお呼び!」

「ひっ、すみません」

「うっそ、じょーだん。でも気にする子もいるから、これを機会に覚えてくれるとフユカうれしいなー、みたいな」

 僕が声も出せずにコクコクうなずくと、フユカさんはうふっとしなを作って、背後のドアを開けてくれた。

「それじゃあようこそ。占いオカマバー『愛とヒゲのオラクル』へー!」

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