連載小説(6)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第一話

2016年09月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた

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「本当に、皮算用でしたね」

 北京ダックを頬張りながら、僕はむっすりと彩華さんに言う。

 確かにすべては彩華さんの予言通りになった。彩華さんは鱒見かすみに「なにもしなかった」けれど、間違いなく彼女が満足する結末を迎えているだろう。くちなしの花言葉は、『私、いま幸せなんです』らしい。

 そして彩華さんが欲した三百万は、鷺沼から得られる。その金額はあまりに高いけれど、一度は婚約者をだまそうとした男には甘いくらいの口止め料、もといペナルティだ。彩華さんが言った通り、鷺沼に限っては間違いなく『だまされる方が悪い』。

 ただし問題は、そのお金が得られるのが三年先ということだ。

 キャンセル料の指輪も園真坂さんに証拠として渡したため、我が家の台所事情はまったく改善していない。むしろ頭にコブができたり手を噛まれたりで、僕の収支はマイナスだ。『一番無価値な男』と言われようとも、ふてくされたくもなる。

「それはレンくんが中華風七草粥を食べなかったせいよ」

「え? なんの話ですか」

「アヒルの卵を食べた私は、きちんと臨時収入があったわ」

 妙に聞き覚えのある単語で、先日テレビで見た一行占いを思い出す。確か彩華さんのラッキーアイテムは『アヒルの卵』で、僕のそれは『ぺんぺん草』だった。

「臨時収入って、園真坂さんがポケットマネーでごはん代出してくれただけじゃないですか。だいたい彩華さん、アヒルの卵なんていつ手に入れたんですか」

「いままさに、レンくんが狙っているじゃない」

 僕が箸を伸ばしていたのは、あの日食べそびれたピータンだ。そういえばピータンってアヒルの卵だっけ……あ。

 その瞬間、僕は『ピータンは私の、レンくんのは七草粥って決まってたでしょ』と言った彩華さんの言葉の意味を悟った。

「ぺんぺん草って、七草のナズナの別名でしたね……」

「鈴鹿ステラ先生の占いは本当に当たるのよ」

「だったら最初にそう言ってくださいよ! あの水晶球だってそうです。あれなんで床に固定されてるんですか」

「サロンで人を殺そうと思ったら、多くの人間は印象に強く残っていて、ソファのどこに座っても間接視野に入るあの水晶球で殴ろうとする。だから水晶球を床に固定しておけば、相手が手こずっているうちに逃げられるでしょ。レンくんが助手になるまではそうしていたわ」

「護身用って、そう意味だったんだ……」

 僕はてっきり、彩華さんがそれを手にして悪漢に殴りかかるのだと思っていた。あの意味ありげな六芒星の配置に、本当に意味があるなんて思いもしなかった。

 きっと『足元の水晶球に、からっぽの部屋で膝を抱える――』なんてマリメッタに言ったのも、占いに見せかけて潜在意識に水晶球を刷りこんでいたのだろう。

「レンくんは優秀な助手よ。でも素人でもわかるくらい全部顔に出る困った子」

 だから僕はいつも事前に教えてもらえない、ということらしかった。助手の仕事の難易度を上げている自分の表情筋が恨めしい。

「それなら、もう終わったんだから教えてください。彩華さんはなにを根拠に鷺沼さんの過去を言い当てたんですか。あの詐欺師の顧客リストだとは思いますけど、僕は隣で見ていたのに、彩華さんがいつそれをチェックしたのかわからないんです」

 彩華さんが鷺沼の名を知ったのは今日で、そのすぐあとに彼の心の闇――つまりは六十年配の男性にカモにされた事実を言い当てた。名前を知ってから即座にリストを照合しなければ、そんなマネをできるはずがない。おそらくは、また視覚の死角で早業をやられたのだと僕はにらんでいる。

「リストってこれのこと?」

 彩華さんが例のコピー用紙の束を見せてくれた。

「そうです……ってこれ、占い師の方の顧客リストなんですけど」

「私はそれしか持ってないわよ」

「じゃあ……あれ嘘だったんですかっ?」

 仰天のあまり声がひっくり返る。たかをくくっていた女詐欺師を一撃で陥落させたあのリストが、まさか存在すらしなかったなんて。

「そもそも顧客リストが家にあっても、詐欺の証拠にはならないわ。でも彼女が私を殺そうとすれば、罪を認めたのと同じことでしょ」

『ハッタリはシンプルなほど効果的』とはまさにこのことだと思う。

 あのときのリストは、あくまで『私はすべてお見通し』という演出をするためのもの。そうすることで彩華さんはマリメッタの感情を爆発させた。一人だけお茶を出さなかったのも、電話をかける前に『後の面倒は刑事の園真坂くんに』なんて説明的に言ったのも、すべて女詐欺師を小馬鹿にして逆上させるための仕込みだったのだろう。魔女は本当にやり口がえぐい。

 でも、詐欺師の顧客リストが存在しないとなると、ますますおかしいことになる。

「じゃあ彩華さんは、いったいなにを根拠に鷺沼さんの過去を言い当てたんですか」

「見ての通りよ。彼の指のつけ根には、『詐欺師にだまされやすいダコ』があった」

「びっくりするくらい雑な嘘やめてください」

「じゃあ霊感に目覚めたのよ」

「それだけは絶対にないです」

 あとからわかったことだけれど、もちろんこれにも根拠がある。確かに彩華さんはスマホでゲームばかりしているわけではないと僕は思い知ることになった。

 しかし残念ながら、それは次の依頼人のときに語るべき話になる。


第一話‐完‐

(次回、第二話は「月刊ローチケHMV」10月15日発行号に掲載)

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