連載小説(4)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第一話

2016年09月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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「どうぞ」

 サロンへ戻ると、僕は鷺沼と彩華さんの前にティーカップを置いた。

 少し迷って助手の定位置ではなく、さっきと同じ彩華さんの隣に座る。自分の場所から見えない情報のせいで、またピータンを失うような目に遭うのはごめんだ。

「再開しましょう。鷺沼さん、イメージが萎縮するからあまり力まないで。ハブ茶でも飲んでリラックスするといいわ」

 彩華さんがほほえみながらカップを口元に運ぶ。助手の居場所についてはおとがめなしらしい。

 代わりに、正面のマリメッタがぎろりと僕をにらんできた。

 自分だけ茶を出されなかったのだからさもありなんだ。でも彩華さんは『鷺沼さんに』としか言わなかったし、助手が雇い主の命令を無視するわけにいかない。

「ハブ茶じゃなくてハーブティーだろ。占い師も冗談なんて言うのか」

 鷺沼はマリメッタの様子に気づかず、やや鼻白んだ態度をみせる。

「占い師だって人間よ。だから人の好きも嫌いもある。あなたに敵意を持っていないから茶化せるのよ、私は」

 意味深な倒置を一つして、魔女はほほえみながらハーブティーを飲んだ。

 いまのやり取りで緊張がほぐれたのか、鷺沼もつられるようにカップに口をつける。

「これ、結構高いやつだろう。香りが強い。カモミールだよな」

「さすがお花屋さんね。昔から植物に詳しいの?」

「いや、俺はごく最近――」

「時間がおしいわ。早く続きをやってちょうだい」

 二人の歓談をさえぎって、マリメッタが苛立ちをあらわにする。

 僕はふと、この人はなんでここにいるのだろうと疑問をおぼえた。

 自分だけ茶を出されない疎外感と屈辱を味わわされてまで、お遊びにすぎないクライアントの占いを聞く理由は、ちょっと考えつかない。

「『月』は迷いを表すカード。『現在』のあなたは葛藤しているということね」

 僕が首をかしげている間に、ガラステーブルの上には月を見上げる動物たちのカードがあった。

「さっきと同じからっぽの部屋。あなたは女性を見ている。この人も鱒見さんじゃないわね。あなたはその女性を崇拝しているような顔つき。渡りに船……救いの手……そういうものを見る目よ」

 鷺沼は答えない。よく見れば、その太ももにマリメッタの手が乗っている。

「休憩のおかげかしら。鮮明なイメージが浮かぶようになったわ。ここは……さっき言っていた起業セミナーね。あら、鱒見さんよ。ふふ、興奮してるみたい。同じ夢を持った人に出会えて嬉しかったのね。いつもより積極的に話してるわ」

 マンガだったら鱒見かすみがキラーンと眼鏡を輝かせ、好きな花についてまくしたてているシーンだろう。それでいて自分がしゃべりすぎていないかと、ときどき上目づかいに鷺沼をうかがう様子が目に浮かぶ。

 余計なお世話かもしれないけれど、鱒見かすみには幸せになってほしい。恋の行方が微妙であるなら、せめて仕事だけでもうまくいかせてあげたい。そのためにも、『背後から男に鈍器で殴られる』予言だけははずれてくれと切に願う。

「そんな鱒見さんに対して、あなたは不安いっぱいという顔ね。彼女からは花のイメージがひしひし伝わってくるのに、あなたからは色も香りも感じない。イメージを読み取りにくいというより、最初からなにもない印象よ」

「それは……遅かったんだ。俺が花屋をこころざしたのは、かすみに出会う直前で……」

 急に鷺沼の額が汗で輝き始めた。

「やっぱりあなたペテン師ね。それはさっきお茶の話をしたときに鷺沼クンから引き出した情報でしょ。それをもっともらしく言っているだけだわ」

 マリメッタの指摘はたぶん正しい。だからといって魔女が動じるはずもない。

「花屋を志望した時期は関係ないわ。彼のイメージから新たに事業を始める人の希望すら感じられないのが問題よ。からっぽの部屋で膝を抱える前の鷺沼さんは、確かに前を向いて目を輝かせていたわ」

「それは、あんたが、言ってる、だけだ」

 鷺沼が苦しげにうつむいてぎゅっと拳を握った。

「ならあなたも言えばいい。つらい過去や罪の意識は、口に出すことで楽になる。占い師がハーブやキャンドルを用いるのは、依頼人を癒やして不安を取り除いてあげたいからよ。罪の意識、屈辱、そして過去に縛られ葛藤するあなたを、私は楽にしてあげられる。私の目を見て。そう。力を抜いて」

 顔を上げた鷺沼が、彩華さんを見て徐々に握った手を開いた。

「深く息を吸って。吐いて。また吸って。吐いて。体が軽くなるでしょう? 人は口からものを吐き出すと楽になるの。愚痴でも嘘でも、とにかく口から出してしまえば心の負担は減っていく。黙っていると罪の意識に押しつぶされるわ」

 効果が確認できたのか、鷺沼が小さく二度うなずく。

この人は素直というか……大丈夫なんだろうかと思う。サロンへきてから怒ったり泣いたりと表情がくるくる変わるし、いまもそんな感情をぶつけていた相手にあっさりコントロールされている。初めて会った僕ですら子犬みたいな危うさだと心配してしまうのだから、鱒見かすみは相当に母性本能を刺激されただろう。

「じゃあ続けるわね。ふふ……鱒見さんすごく幸せそう。彼氏が無職でしょっちゅうおこづかいをせびってくるのに、ずっと笑っているわ」

 鷺沼がようやく心を落ち着かせたばかりだというのに、彩華さんはいきなり言葉にトゲを含ませた。たぶん直前の会話で三回も口にした『罪の意識』を刺激しているのだろう。魔女のやり口は実にえげつない。

「なのにあなたはつらそうね。気を抜くと漏れ出る罪悪感を、必死に体の内に閉じこめようとしているみたい。あら、そんな顔のまま指輪を渡したわ。代わりにお金を受け取っている……合計で三百万円ほどね。なんのお金かしら」

「それは、その、俺が開業するための物件を見つけたから……」

「嘘ね」

 しどろもどろな鷺沼の言葉を、彩華さんはばっさり切り捨てた。

「う、嘘じゃない。急いで契約が必要な状況で、俺には持ちあわせがなくって、だからプロポーズもしたし、かすみにちょっと用立てしてもらって……」

 吐き出せば楽になると明示したせいか、鷺沼がぺらぺらと早口でしゃべる。そのあわれなほどに不自然な雄弁さは、言葉にまったく真実味を感じさせない。

「だったらその物件はどこにあるの? そもそも開業しようとしている人がお金を持ちあわせてないってなに? 隣の起業アドバイザーは、あなたに『資本金ゼロでもできる開業テクニック』をレクチャーしてくれたの?」

「ち、ちが……」

「それで、無職で無一文のあなたは鱒見さんにお金を返したわけ?」

「いや、まだ……」



「おかしいわね。あなた最初に言ったでしょう。『俺はあとにも先にも借金なんてしていない』って」

「いや、借金、というわけじゃ」

「じゃあもらったつもりでいるの? 面白いわね。鱒見さんが『十年かけてコツコツ貯めた』大事なお金を、あなたにポンとくれたわけ? あなた自分にそこまで価値があると思っているの?」

「な、ない、ない」

「そう、あなたは無価値よ。なら鱒見さんはどうしてあなたにお金を渡したの?」

「それは、そば屋が」

「なにを言っているの? あなたはお花屋さんでしょ」

「いや、俺は花屋なんかじゃ……」

 とうとう鷺沼がボロを出した。処理速度を越えるテンポで質問を浴びせると人間の脳は混乱し、のちの答えはシンプル――つまりはすぐに見破れる嘘か真実しか言えなくなる。もちろんこれも彩華さんの受け売りだ。

「そう。あなたは花屋なんかじゃない。野心家だけれど具体的にやりたいことなんてなに一つない、凡人の中の凡人よ。なのにあなたは退職してこう考えた。『こうなったら起業して一発当ててやる』ってね。思慮の浅い人間はみんなそう。だから起業セミナーには、そんなうすらとんかちがなけなしの貯金を握り締めて大勢集まる」

 言いすぎですととがめれば、言葉の綾よと返ってくるだろう。でも僕は核心に触れていく彩華さんを止めない。

 その代わり、『※起業セミナーの参加者は、ごく一部を除いて優秀な人ばかりです』と、テレビのテロップのようなフォローを思い浮かべておく。

「言い方を変えれば、あなたはネギどころか鍋まで背負ってきたカモよ。箸を構えて会場で待っている詐欺師たちにとってね。あなたが『最初』のセミナーで会ったのはどんな人だった?」

「や、あ……」

「あなたは痛みに弱い人間。考えるってとっても疲れるわね? だからあなたは無鉄砲という性格に自分を逃がした。いま悩んでいて苦しい? 胸の下辺りがチクチク痛い? 深く呼吸をするように全部吐き出せば、嘘みたいに楽になるわよ」

 しばらくして観念したのか、鷺沼が悔しげに語り出す。

「……人のよさそうな、六十代の男だった」

 その男は、講義の休憩時間に鷺沼に近づいてきたらしい。雑談から始まって、最終的には今年定年退職したから田舎で手打ちそばの店を始めるといった、いかにもな事業計画を聞かされたそうだ。

 そこから先は、誰もが一度は聞いたことがあるような話になる。男はよい立地の物件を見つけたが、間が悪く他からすでに手付を打たれている。しかし違約金を負担して本日中に契約を済ませれば、当該物件を取得することは可能だ。ところが男の資産は明後日に割引き予定の手形のみで、あいにく現金の持ちあわせがない。契約金を聞いてみると、計ったように鷺沼が持っている全財産の三百万だ。

 そして男は言う。ここで会ったのもなにかの縁。あなたが困っているときには必ず助ける。同じ志を持つよしみで、二日だけ立て替えてもらえないか――。

「手形も見せてもらったが、額面で五百万あったんだ」

 それでぽんと三百万貸せるのは、よほどの大物かうすらとんかちだけだろう。というか、社長業でもないのに資産が手形という時点で男は大幅に怪しい。

 鷺沼の過去を読み取る際、彩華さんは『二階から飛び降りる無闇』なんてしれっと漱石を引用したけれど、要は『無鉄砲で損ばかりしている』と言いたかったのかもしれない。その危なっかしさだけなら確かに鷺沼は『坊っちゃん』だ。

「でも二日たっても男と連絡が取れなかった。教わった住所はもちろんでたらめ。あなたは慌てて警察に駆けこんだけれど、詐欺は逮捕が難しいから諦めるようにとさとされる。あなたは自宅で途方に暮れていた。すると……そこに女が訪ねてくる」

 鷺沼は答えない。しかし視線は脚に置かれたマリメッタの手を見ている。

 さっきから不思議に思っているのだけれど、もはや占いではない彩華さんの尋問をマリメッタは止めようともしない。どころか濃いアイシャドウの下の瞳は、むしろ先を聞きたがってワクワクしているように見える。

「仮にその女をMさんとしましょう。Mさんはあなたに『だまし取られたお金を取り返す方法がある』と言ってきた。名刺の肩書きは横文字ばかりでしっかりしていそうだったから、こりないあなたは裏も取らずに話を聞く。でも彼女が言ったお金の取り返し方は、別の相手をだまして奪うという方法だった」

「違うんだ! 俺だって最初は断った!」

「そうね。でもMさんに何度もなじられたんでしょう。『だまされる方が悪い』って。あなたはそれを身にしみて知っている。その後に耳元で『今日からだます方になるのよ』なんて優しくささやかれたら、痛みに弱いあなたは簡単に落ちたでしょうね」

 うっかり現場を想像した僕の顔はちょっと赤いかもしれない。

 それはともかく、M氏は詐欺師を育成するような存在であるようだ。起業アドバイザー……なるほど言い得て妙。

「あなたは再びセミナー会場におもむき、Mさんが見つくろったターゲットの鱒見さんに近づく。彼女が花屋を開業しようとしていると知ると、適当に話をあわせて自分もそうだと言った。女の子が好む出会いパターンの一つね」

 無計画だが行動力だけはある鷺沼に、引っこみ思案な鱒見かすみが惹かれたのは想像に難くない。こんな出会い方でなければ、二人はある意味似あいのカップルになれただろう。

「Mさんの助言通りに実行すると、鱒見さんはどんどんお金をくれた。楽にお金を稼げて楽しかった? それとも……自分を見ているようでつらかった?」

 言葉の代わりに、鷺沼の目から後悔があふれ出す。

「吐き出しなさい。あなたは心の奥でずっと楽になりたいと思っていたの。それが言葉にも現れているわ。占いを始める前、あなたは『横からハイエナみたいにかっさらおうとするのはやめてくれ』って言ったのよ」

 あっと思った。普通は人の金を盗もうとする相手は『泥棒』と呼ぶ。それを『ハイエナ』なんて呼ぶ場合、自分が先に目をつけた獲物と言っているようなものだ。

 どうしてあのときに気づけなかったのかと、僕は悔しさに身をよじる。

「……つらかったよ」

 自分の言葉で糾弾された鷺沼は、すっかり打ちひしがれていた。

「俺が無茶を言っても、かすみはいつもけなげにうなずいた。あいつの顔を見るたび、俺は胸が張り裂けそうだった。こんなことやめようって何度も思った……でも……」

「あなたには乗りかかった船から降りる勇気もなかった。Mさんにせき立てられてプロポーズし、だまされたときと同じ物件取得費用の話で鱒見さんから三百万円借りる。そのうち半分はMさんに渡したのよね。悪事とはいえお世話になったし、婚約指輪まで借りたから断れなかった」

 鷺沼は答えなかった。表情を見ると否定しなかったと言うべきかもしれない。

「そしていよいよ大詰め。鱒見さんの残りの財産を回収しようと、あなたは週末に彼女の部屋を訪れる。ところがなぜか彼女がそわそわ落ち着かない。やたらと自分のバッグを見ているので問い詰めると、中から百万円の入った封筒が出てきた。明日占い師に払うお金だと聞いて、あなたは慌ててMさんに連絡する。そして今日、獲物が横からかっさらわれないように、二人して占い師を脅しにきた」

 正確には、「脅しにこさせられた」と言うべきだろう。預けている銀行にもよるけれど、ATMから一度に引き出せる額は限度がある。土曜日の正午に現金で百万円を用意するには、前日に窓口で降ろしておくしかない。彩華さんは鱒見かすみに明日の予定を伝えただけで、結果的に鷺沼とマリメッタの行動を操ったのだ。

「でも残念だけど、鱒見さんのお金を守ろうと思っているのはあなただけよ」

 彩華さんが「そうでしょう、Mさん?」と目を向けると、マリメッタが大げさな拍手をして体を反らせた。

「あなたすごいわね。途中からドラマ見てるみたいでドキドキしちゃったわ」

「あなたがここへきたのは、私がどこまで知っているかを探るため。だから最初は鷺沼さんに本当のことだけ言わせて、彼とセミナーで知りあったなんて嘘は自分でしゃべるようにした。私がなにも知らなかった場合、下手に情報を与えたくないからね」

 言われてみれば確かにそうだと思う。鷺沼と鱒見かすみの出会いまでマリメッタが話すのは明らかに不自然だった。

「しかたないでしょう? このタイミングで獲物を横取りしようとする同業者が現れたら、やっぱり何者か気になるわ」

 となるとマリメッタが鷺沼に占いを勧めたのも、彩華さんから情報を引き出すために違いない。そしてその結果、マリメッタは彩華さんを自分の「同業者」、つまりは詐欺師に類するものと判断したようだ。

「『同業者』? 私は占い師であなたは起業アドバイザー。違ったかしら?」

「いいえ、その通りよ」

 マリメッタがまたくつくつ笑いを始める。

「本当に面白い同業者さんね。おかげで楽しい時間をすごせたから、今回は手を引いてあげる。獲物の残りはどうぞご自由に。でも次は邪魔しないでね」

 鱒見かすみをまるで屍肉のように言い表し、マリメッタは一方的に会話を打ち切ろうとした。

「あなたに、次なんてないわよ」

 ピータンの円卓を回すごとく、彩華さんが言葉で詐欺師を引き戻す。

「長らく結婚詐欺をしていたけれど、女も五十をすぎると色々とごまかせない。おまけにここ十年で男の結婚願望がなくなって、すっかりカモが見つけづらくなった。おかげで最近は落ちぶれた人間に詐欺のノウハウを教え、上前をはねるだけの退屈な日々。そんな引き際を見誤ったあなたに、いまがそのときと教えてあげるわ」

 マリメッタの顔色が変わった。僕の顔色も変わった。まさか五十すぎだったとは。

「……あなた、何者なの?」

「占い師よ。足元の水晶球に、からっぽの部屋で膝を抱えるあなたの『未来』が視えたわ。この占いはサービスにしておいてあげる。続きは出所してからどうぞ」

 彩華さんがなんとも嫌な営業スマイルを浮かべる。鷺沼のときの「イメージ」とは違い、この『からっぽの部屋』は明確に檻を指していた。

「最高に笑えるジョークね!」

 マリメッタがヒステリックに笑い出す。一見強気な態度だけれど、組んでいた脚はほどかれて、ハイヒールのつま先は出口の方に向いていた。

「じゃ、教えてちょうだい占い師さん。起業アドバイザーのあたしが、あなたの妄想通りに鷺沼クンをたぶらかしたという証拠はあるの?」

 詐欺には物証がほとんどない。ましてだまされていたのが無鉄砲な鷺沼では、会話を録音しておく周到さも期待できないだろう。

 鱒見かすみの婚約指輪も、マリメッタは自分の指紋を拭き取っているはずだ。どこの世界にクライアントを「クンづけ」で呼び、やたらと体に触れる起業アドバイザーがいるのかと言いたいけれど、確かに詐欺の証拠はない。

「私が証拠もなしに占いをすると思っているの?」

 女詐欺師の挑発をあざ笑うように、彩華さんがぞっとするような笑みを浮かべた。

「私やあなたみたいな個人事業主は、無用なトラブルを避けるためにクライアントとの面談は必ず録音する。私は撮影もしているわ。もちろんいまも」

「あたしはしないわよ。トラブルなんて起こらないから」

「すごいわね。新規開業者の事業継続率は一年で五割を切るのに」

「あたしが担当した顧客は、みんな生存している方の五割よ。ついでに言うと、ここでの会話であたしは自分が不利になるようなことは言ってないわ」

 マリメッタは「同業者」という言葉を用いるなど、詐欺行為に関して明言することを避けている。さすがに鷺沼と違ってそう簡単にはボロを出さない。

「私たち占い師は、同業者と情報を共有して顧客のリストを作ったりするわ。これもどの業界でも同じよね。あなたたちみたいな詐欺師業界でも」

 彩華さんが掲げたコピー用紙の束を見て、マリメッタがさっと青ざめた。

「詐欺師はカモを共有する。一度だまされた人間は何度でもだまされるからね。鷺沼さんが掲載されたこのリスト、あなたの家にもあるんじゃない? なんだったら隠し場所を当ててあげましょうか?」

 そんなリストが存在すること、そしてそんなものまで持っている彩華さんに僕は感服した。おそらくそのリストがリーディングの根拠だったのだろう。そこに掲載された鷺沼の名を見つけ、彩華さんは彼の過去や現在を推理したのだ。

 でも、それだと少しおかしなことになる……なんて思ったけれど、いまの僕にはそれを考える余裕がない。

 マリメッタがチッと舌打ちして逃げようとする。

 が、彼女は立ち上がることができなかった。

「くっ……あなたいつの間に!」

 その肩を背後から僕にがっちりと押さえこまれていたため、マリメッタはソファから腰を浮かすこともできない。

「いつの間にっていうか、『じゃ、教えてちょうだい占い師さん』の辺りから、普通に立ち上がってずっと肩を押さえてましたよ。気づかれないものだなあと自分でもびっくりしました」

 詐欺師のつま先がサロンの出口に向いたとき、僕は助手がやるべき仕事を悟った。

 彩華さんは僕たちの間柄を『マジシャンとセクシーな助手の関係よ』なんて言ったけれど、ただの助手ではなく「セクシーな」と形容したのには意味がある。

 マジックショーで奇術師がセクシーな助手を用いるのは、彼女に視線を集中させて自分の手品を容易に行うためだ。バニーガールの胸元と、さえない中年男性の手元では、どちらが人目を引くかは言うまでもない。

 普段着でも華のある彩華さんと、鷺沼と同じ平凡顔である僕の関係もしかりだ。現に彩華さんは、同性の詐欺師ですら魅了するほど人目を引きつけている。

 早い話、あのたとえにおける「セクシーな助手」は彩華さんの方で、その陰でこっそり大胆不敵な行動に出る「マジシャン」こそ、僕の役目だったのだ。

「一件落着ね。あとの面倒は知りあいの刑事、園真坂(そのまさか)くんに押しつけましょう」

 園真坂さんは彩華さんと縁のある刑事だ。過去に何度も頼み頼まれしているので、今回の件もうまく取り計らってくれるだろう。

 そうして彩華さんが、衣装のたもとからスマートフォンを取り出したときだった。

「あいたっ」

 突然がぶっと手を噛まれ、僕は悲鳴を上げて飛び退いた。

 立ち上がったマリメッタの目には、見たこともないほどの憎悪が宿っている。ひょっとして……いやひょっとしなくてもこれは「殺意」だ。

 更に間の悪いことに、女詐欺師の視線の先には、床に六芒星(ろくぼうせい)の形で配置された水晶球がある。

「……『鈍器』だ。水晶球が『鈍器』だったんだ! 彩華さん!」

 察した瞬間、僕は駆け出していた。魔女が口にしていた予言、背後から鈍器で殴られる女とは、鱒見かすみではなく彩華さんだったのだ。

 いや待てよ。鈍器で殴るのは『男』だったはずだ。あれ、じゃあマリメッタは男だったのか――などと考えていたら、僕は足元の水晶球にけつまずいた。

「なんなの! なんでこの水晶球取れないの――げぁっ」

 頭をハンマーで打たれたワニのような悲鳴を上げ、マリメッタが床にうずくまる。

 彼女の後頭部に不本意な頭突きをした僕も、同じ姿勢で床にくずおれた。

 涙目で額を押さえる僕を尻目に、彩華さんが赤い布でマリメッタをぐるぐると春巻きにしていく。「やっぱりレンくんは頭の頼もしい助手ね」なんて笑いながら。

 そんなことだと思った。叔母が『かわいい甥っ子』を簡単にほめるわけがない。

 まあそれはあきらめるとしても、これだけは助手として言っておかねばならない。

「彩華さん、こんなに一生懸命な助手を『鈍器』呼ばわりってひどくないですか」

 僕が床に這いつくばったまま抗議すると、魔女はいつものように微笑した。

「言葉の綾よ」

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