連載小説(3)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第一話

2016年09月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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「かすみをだましている占い師は、あんたか?」

 サロンの入り口に現れた男は、明らかに学生である僕にすごんできた。

 時刻は土曜日の午前十一時。男は予約もなしに飛びこんできたけれど、鱒見かすみがくるかもしれない十二時までには時間がある。なにより彼の来訪は彩華さんに予見されていたのだから、助手の判断で警備員を呼ぶわけにもいかない。

「先生は中でお待ちです。廊下の先は歩きにくくなっておりますのでご注意を」

 赤のサロンへ案内しながら、それとなく男を観察する。

 年齢はたぶん三十代の半ば。服装はジーンズにこざっぱりしたボタンダウンのシャツをごく普通に着ている。背丈はまったく特徴のない中肉中背で、容貌をたとえるなら一騎当千の「千」の方、万夫不当の「万」の方といった、端役を運命づけられたどこにでもいる人だ。まあ僕も人のことは言えないけれど。

「なんで床に水晶球が置いてあるんだ。薄気味悪いな」

 端役男がぶつくさとサロンに入ってくると、背後からもう一人現れた。

「こけおどしよ。雰囲気にのまれないで」

 黒いスーツを着た女性が、ハイヒールのかかとを鳴らして廊下を歩いてくる。化粧が濃いため断定しかねるけれど、見た目は三十の後半くらいか。男と違ってこちらはいかにも仕事できますといった気配がある。胸元の開いたインナーや茶色く染めた髪を見るに、会社員というより、やり手の女社長といった感じだ。

「あんたが、かすみから金をだまし取ろうとしてるのか?」

 男の方がテーブルの脇に立ち、彩華さんを見下ろして同じことを聞く。

「占い師になにかを聞きたかったら、ただ正面に座ればいいのよ」

 優雅に、それでいて皮肉っぽく魔女がほほえむと、来客二人は互いに目配せしあってソファに腰掛けた。

「それで、占ってほしいのはどっち?」

「俺たちは占いにきたんじゃない。俺の名前は鷺沼(さぎぬま)という。昨日あんたが占った、鱒見かすみの婚約者だ」

 僕は少なからず驚いた。結婚詐欺師なんて言うからどんな美男子かと思っていたのに、彼はどう見ても僕と似たり寄ったりの平凡無個性顔だ。

「そしてあたしはこういう者よ」

 女が高そうなワニ皮のバッグから名刺を取り出し、自分の縄張りを主張するワニの尻尾打ちのごとく、タロットの山と山の間にパシンと割りこませた。

『M&Mコンサルティング シニアアドバイザー 滅田マリ』(めったまり)

 名刺にはよくわからない肩書きと名前、それにMBAやら社会なんとか士やらの文字列がずらずら並んでいる。何者なのかはさっぱりだけれど、なんだかすごそうな人ではあった。

「あたしの仕事は、平たく言えば起業のアドバイザーね。鷺沼クンとは起業セミナーで知りあって、開業の相談をさせてもらってるわ」

 女がさりげなく鷺沼の肩に触れる。『鷺沼クン』という呼び方は、彩華さんが僕を呼ぶ『レンくん』の調子に似ていた。文字にしたらひらがなとカタカナが混在しているような、親密さとはまた違う関係を表しているような、そんな独特の空気がある。

「今日は彼のフィアンセがペテン師にだまされていると聞いて協力を申し出たの。あたしのことはマリメッタと呼んで。スタンフォード時代はそう呼ばれていたから」

 唐突な海外経験っぽいアピールも鼻についたけれど、それ以上に彩華さんをペテン師呼ばわりされたことに僕はむっときた。人間は本当のことを言われると怒る。

 しかし当の彩華さんは眉一つ動かさず、

「で?」

 と、クールに返しただけだった。こういうときのペテン師は実に頼もしい。

「あたしが聞いたところでは、鷺沼クンと鱒見さんも起業セミナーで知りあったらしいわ。たまたま二人ともフラワーショップを開業しようとしていて、意気投合したんですって」

 へー、いい話、なんて言いたいところだけど、すでに予言を聞いている僕には、偶然を装ったいかにも結婚詐欺師的な手口としか思えない。

「かすみは、子どもの頃から花が好きだったんだ」

 鷺沼がマリメッタの言葉を引き継ぐ。

「好きが高じて、いまもバイオテクノロジーの研究職に就いている。あいつはその知識を活かして、屋内で管理栽培した花をネット販売しようとしてるんだ」

「顧客の注文に応じ、開花時間の短い花を最適な時期に届ける事業だそうよ。正直言って、現時点でのニーズは少ないわね。元々開業者自体少ない業界だし」

 起業アドバイザーが冷静な観点で補足する。

「そうなんだよ。かすみは職業柄か、ビジネスの視点が抜け落ちてる。でもあいつがやりたいのは金儲けじゃなく、花を人に見てもらうことなんだ。学生の頃に花屋でバイトしていて、売れ残りの切り花を廃棄するのが辛かったらしい」

 鷺沼は誇らしげな面持ちで語ったのち、すぐにばつが悪そうに目をそらした。恋人のことを熱心にしゃべってしまい照れている、という演技だろうか。

 しかし彼が話した鱒見かすみのエピソード自体は、彼女の意外な一面というか、むしろ控えめな彼女らしいというか、僕は一層の好感を持った。

「その金は――」

 ふいに鷺沼の声のトーンが変わる。

「あんたがかすみから奪おうとしているその百万は、あいつが十年かけてコツコツ貯めた金なんだ。あと少しで……あいつの夢がかなうんだよ!」

 ドンとテーブルを叩いた鷺沼の瞳が潤んで揺れている。

 先ほどまでは怒りに満ちていたけれど、いまの彼からは悲しみを感じた。まあ詐欺師ともなれば、人前で涙を流すくらいは容易にできるだろう。

 でも、鷺沼の様子にはどこか違和感をおぼえる。

 なにがおかしいんだろう……? そうだ。彩華さんが言っていたではないか。『人は嘘をつくときにテーブルを叩かない』と。

 じゃあ鷺沼は演技をしていない? それってどういうことなんだ?

 頭の中で昨夜の彩華さんとの会話を振り返る。

 彩華さんが鷺沼を詐欺師と認定した根拠は、鱒見かすみの反応と、あの派手な婚約指輪だけだ。そのデザインが古いから使いまわしている指輪と言うけれど、もしかしたら母の形見だとか、十年前に買って渡すタイミングを逃した可能性もある。それを詐欺師の根拠とするにはあまりにも弱い。

 もちろん、逆に鷺沼が詐欺師じゃないという根拠も――。

 ある。あった。

 僕は、鷺沼が詐欺師でない理由に気づいてしまった。

「だから、かすみの大事な金を横からハイエナみたいにかっさらおうとするのはやめてくれ。今日は婚約者として、あんたにそれを頼みにきた」

 頭を下げた鷺沼の背中を見て、僕は叫ばずにいられなかった。

「まったくだ! やめてください彩華さん!」

 僕はつかつかとソファに歩み寄り、魔女の隣にドンと座る。鷺沼の涙は演技なんかじゃない。彼は間違いなく鱒見かすみを愛している。

「彩華さん、聞いてください。鷺沼さんは結婚詐欺師じゃありません」

「いいわ、レンくん。根拠を言ってみて」

 彩華さんは僕の方を振り向かず、向かいに座った二人をじっと見つめている。

「だって、詐欺師だったら本名は名乗らないですよね」

「当然ね。普通は偽名を持っているから」

「そうです。もしも彩華さんが詐欺師だったら、自分に『鷺沼』なんて偽名をつけますか?」

「つけないわ。それだけは避ける名前と言ってもいい」

「そうです! 詐欺師が詐欺を連想する『鷺沼』なんて偽名を、自分でつけるわけがないんですよ! つまり鷺沼さんは鷺沼さんであるがゆえに、絶対に詐欺師ではありえないんです!」

 サロンの中にドーンと効果音が鳴った気がした。

 僕の完璧な三段論法を聞いた鷺沼とマリメッタは、驚愕して顔を見あわせている。

 それも当然だ。「あなたは結婚詐欺師だ」と言われたら怒るだろうけれど、「あなたは結婚詐欺師ではない」と言われたら……あれ? 普通はこんな風に驚かず、もっときょとんとしているべきじゃないか?

「バカバカしい……と言いたいところだけど、正解よレンくん。鷺沼さんは結婚詐欺師じゃないわ。いまのところはね」

 彩華さんは冷笑しつつ、僕をほめつつ、やっぱり正面の二人を見据えている。

 どういうことだろう? 鷺沼が詐欺師でないとわかっていたのなら、なぜ彩華さんは『鱒見かすみが結婚詐欺師にだまされている』なんて言ったのか。

 予言がはずれたからごまかした? でもその割には涼しい顔に見える。

 もしかして、助手が反旗を翻すことも織りこみ済みだったのか?

 そういえば……昨日の夜に『自己満足の正義感』が母に似ていると指摘されたばかりだ。ひょっとすると僕は、「勝手に早とちりして場をかき乱すキャラ」を演じてしまったのではないか――。

「け、結婚詐欺師って、あんたら、さっきから、なにを――」

 僕が頭の中で頭を抱えていると、なにやら鷺沼が慌てだした。

「ねえ占い師さん、『いまのところ』ってどういう意味かしら」

 狼狽するクライアントを制するように、マリメッタが鷺沼の胸に触れつつ彩華さんと視線をあわせる。

「先のことなんて誰にもわからない。私だって、あなただって、結婚詐欺師になる可能性はあるわ」

「その通りね」

 マリメッタがふふっと笑って満足そうにうなずく……だけでは収まらず、ジョークがツボにはまったように、いつまでもくつくつと笑い続けている。

 しかし続く魔女の言葉を聞くと、その笑いはぴたりと止んだ。

「だから、『未来』を知るために人は占いを発明したのよ」

 彩華さんとマリメッタは、互いに不敵な笑みを浮かべて見つめあっている。

 そのまま成り行きを見守っていると、意外なことに魔女の方が先に勝負を降りた。

「あなたたちの要求はわかったわ。『感動的なご意見に翻意したので、私は鱒見さんからお金を受け取りません』。そういう文言の念書をあとで送ってあげる。じゃ、本日はお引取り願おうかしら――レンくん」

 僕はわたわたと助手の仕事に戻ろうとする。が、立ち上がりかけた途端、膝の上にマリメッタがすっと手を伸ばしてきた。

「せっかくきたんだから、鷺沼クンを観てもらえないかしら」

 彩華さんはいつもと同じほほえみを口元に浮かべている。でもきっと、心の中では『しめしめ』と思っているに違いない。

 だって魔女は、いつだってそう思っているのだから。

『鷺沼康晴 1980・2・24』(さぎぬまやすはる)

 僕が用意した紙とペンで、鷺沼が自分の情報を荒くつづった。

「面白い運命ね。幸せと不幸が打ち消しあう組みあわせよ」

 生年月日や名前の画数を参照する占いは、種類も流派も数多くある。ゆえに必ずしも解釈が一致するわけではないため、彩華さんはそれを利用して自分の言いたいことを言っているだけだろう。

 ただし、そこにはきっと占い以外の根拠がある。

「左端のカードを左手で左側にめくって」

 占う手段は今回もタロットだ。彩華さんは「スリーカード・オラクル」と呼ばれるわかりやすいスプレッド――カードの配置を好む。魔女いわく、『ハッタリはシンプルなほど効果的』らしい。マジシャンや詐欺師も同じことを言いそうだ。

 鷺沼が存外素直にカードをひっくり返すと、人々が落下する「塔」の絵柄が現れた。

 ただし、鱒見かすみのときとは違い、依頼人から見て上下が逆さまになっている。

「『塔』の逆位置ね。いいカードではないわ。見舞われた災難に悪手で対応する、借金で借金を返そうとする、そんなイメージが浮かぶ。なにか思い当たることは?」

「いや、俺はあとにも先にも借金なんてしていないが」

「私が読み取っているのは、あくまであなたの深層心理に浮かぶイメージよ。お金そのものではなく、たとえば上司に欠点を指摘されたら、それを改善せずに部下を叱って溜飲を下げる。そういう理不尽を過去にしたことはない? もちろん相手は兄弟や恋人でもいいわ」

 鷺沼がはっとしたような顔を見せ、うつむき拳を握り締めた。

「占い師さん、それって誰にでも当てはまるんじゃない? あたしだって、ボーイフレンドに八つ当たりしたことはあるわよ」

「そうね。でもあなたと違って、鷺沼さんはその過去に罪の意識を感じている。あなたたちのオーラは全然違う色よ」

 マリメッタの横槍をそれらしい物言いであしらい、彩華さんの鑑定は続く。

「あなたは昔から無鉄砲だったみたいね。浅いか深いか考える前に海へ飛びこむタイプ。友達にはやされて、校舎の二階から飛び降りる無闇をしてみたり。いつでも直感のおもむくままに決めるから、あとで代償を払うことになる。だから仕事も……」

「ああ、何度か変えた。いまは三ヶ月前から無職だ」

 人の脳は隙間を埋めたがる。いまみたいに言いかけて途中でやめると、相手は気になってその部分を補いたがるのだと彩華さんに聞いたことがあった。法廷や取り調べなどでよく使われる話術らしい。

「三ヶ月前……その頃にわだかまりが感じられるわね。……見えてきた。人の多い場所……並んで椅子に座っている。あなたは……誰かと意気投合した。でもその人は鱒見さんじゃない」

「そいつは……」

 口ごもった鷺沼の目つきは鋭い。サロンに乗りこんできたときと同じ、憎悪に満ちた表情だ。彩華さんはなにかをきちんと言い当てているらしい。

 でも、そのリーディングの「根拠」はどこにあるのかと思う。

 手ぶらでやってきた鷺沼からは、鱒見かすみのときのように情報を得ることができない。筆跡による性格分析は信ぴょう性が高いというけど、さすがに三ヶ月前に誰かと意気投合したなんてことまでわかるはずはない。

「だんだん波長があってきたみたいね。イメージが広がっていく。あなたは……輝く目で前を見ているわ。お金を持っている……かなりの金額ね。あら……?」

 彩華さんが目を閉じたまま、こめかみに手をやった。

「変ね。急に闇しか見えなくなった……。でも声が聞こえる。苦しみ……? なにを恥じているの……? 待って、なにか浮かんできた。でも……やっぱりおかしい」

「なにが、おかしいんだ?」

 鷺沼がかすれた声で問いかける。

「あなたが、からっぽの部屋で膝を抱えているイメージよ。不思議よね。現実のあなたの部屋は、読みかけの本やまだ見ていない映像ディスクであふれているのに」

 僕の正面で、鷺沼が苦悶としか言いようのない表情を浮かべた。部屋が散らかっているのが恥ずかしいのだろうか。それとも映像ディスクの中身が問題か? まあ後者ならこんな表情を浮かべるのもしょうがない。彩華さん美人だし。

「無理しないで鷺沼さん。占いは未来を変えるきっかけを作れるけど、過去の出来事はどうしようもない。それは闇に封じこめたままで構わないの。大丈夫だからね」

 彩華さんは子どもをあやすような口調で依頼人をいたわった。どうやら僕が考えていた理由より事態はもっと深刻らしい。

「少し休憩にしましょうか。レンくん、鷺沼さんに飲み物を」

 僕はうなずいてキッチンに移動し、湯を沸かしながら情報を整理する。

『からっぽの部屋で膝を抱えているイメージ』というと、なにもかも失ったような状態を連想させる。その直前の『かなりの金額を持っている』状況からすると、鷺沼はそのお金をなくしてしまったんじゃないだろうか。それなら苦悶の表情を浮かべるに値するし、闇に封じこめたいと願う記憶だろう。

 彼になにがあったのかは不明だけれど、ひとまず話の流れからすると、『人の多い場所』は起業セミナーと考えていいと思う。しかしそこで意気投合した相手は鱒見かすみではないらしい。ならば同じくセミナーで知りあったというマリメッタか?

 いや違う。鷺沼はその人物を『そいつ』と称して怒りを見せていたけれど、その顔を隣に向けることはなかった。じゃあ……いったい誰なんだ?

「……もう行き詰まった。本当になにがなにやらさっぱりだよ」

 温めておいたカップに茶を注ぎ、僕はため息ついてひとりごちる。

 彩華さんは『頼もしい頭を持った助手』なんて言ってくれたけれど、実際の僕はなにもわかっていないこの体たらくだ。こんな状況で最適な行動を取らねばならないのだから、助手の仕事は本当に難易度が高くて困る。

「でも、彩華さんはまだ『過去』を読み取ったばかりだ」

 鷺沼が結婚詐欺師なのかそうでないのか。彩華さんは鱒見かすみを満足させることができるのか。それらはこれから徐々に明らかになっていくだろう。

 僕にできるのは、依頼人の幸せへの道筋を見つけ、助手としてしっかり彩華さんをサポートすることだけだ。

 まあ……次にやるべきことを考えると、早速気が重いのだけれど。

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