連載小説(2)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第一話

2016年09月15日 (木) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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「これがほんとの皮算用ね」

 最後の北京ダックを薄餅で巻きながら、彩華さんがニヤリと笑う。

 大金が入る前祝いということで、夕食は中華街へきていた。彩華さんは杏露酒を飲みながらご機嫌だけれど、我が家の家計を憂う僕はその冗談を笑えない。

「そもそも、鱒見さんが結婚詐欺に遭っているってどういうことですか」

 僕はやけ気味に円卓を回し、ピータンの皿を引き寄せた。

「『見ての通り』って言ったでしょ」

 魔女は昼間の妖艶な衣装を着替え、いまは裾がゆったり広がったパンツに薄手のニットを羽織っている。服装だけ見ればわりあい普通なのだけれど、彩華さんの場合は一般人を演じる女優のような華があった。

 同じ飾らない格好でも、鱒見かすみとはずいぶん違うと思う。いや別に依頼人を貶めたいわけじゃない。地味な彼女は地味なりに整っていて、白木の家具のような清潔感と安心感があった。個人的にはああいう人がボスなら楽だろうなと思う。

 そんな鱒見かすみに人目を引く華があるとすれば、それは文字通りペンの花柄だけだった。指輪も目立ってはいたけれど、あれは石もリングもギラギラしていて、白い歯並びに光る一本の金歯のようにもったいない印象だったと記憶している。

「鱒見さんの派手な指輪がもらい物だってことは僕にもわかります。はめられた指を考えればそれがエンゲージリングであることも。でも、それだけで詐欺に遭っているとなぜわかるんですか」

 言いながら皿に箸を伸ばし、僕はあれっと戸惑った。円卓の上にさっき引き寄せたピータンがなく、なぜか七草入りの中華粥があるのだ。

「占い師が相談される悩みの七割は、お金と恋愛よ」

 彩華さんがピータンを口に運んでおいしそうに頬を押さえている。

「でも鱒見さんもそうだとは限らないじゃないですか」

 僕はむっとしながら円卓を回し、ピータンを取り返した。

「彼女の問題を読み解く鍵になるのは、あの派手な指輪、花柄のペン、そしてレンくんの角度からは見えなかったバッグの中身ね」

「バッグの中身? なにが入っていたんですか」

 気になって伸ばしかけた箸を止める。

「本よ。『夢だったお花屋さんになる方法』、『誰にでもできる3ステップ起業』、『スマホで簡単! 通販サイトの作り方』。レンくんでもわかる脱サラ志願者でしょ」

「人をサルみたいに……あっ」

 止めていた箸を伸ばすと、そこには再び中華風七草粥があった。

「言葉の綾よ」

 彩華さんがニヤリと笑い、僕に挑戦の眼差しを送ってくる。

「それなら鱒見さんが聞きたかったのは、『仕事』や『将来』についてじゃないんですか……あれっ」

 望むところだとピータンを奪い返そうとしたけれど、なぜか円卓が回らない。

「占いはそもそも未来を知るためのもの。仕事もつきつめれば『お金』と同義。彼女の指輪はそれなりに価値のあるものだけれど、デザインは明らかに十年以上前のものだった。不思議よね。ああ……やっぱり『座四季楼』のピータンは絶品」

 左手でがっちり回転盤を押さえ、右手で幸せそうにピータンをつまむ彩華さん。

「くっ……なにが不思議なんですか」

「エンゲージリングに中古品を買う男なんていないわ。そうなると彼女の婚約者は指輪をずっと前から持っていることになる。使いまわしていると考えるのが自然ね」

そう言い切られると、十九の僕はそういうものかと納得するしかない。

「そしてこれもレンくんの位置からは見えなかったけれど、彼女はソファに座ったときから、ずっとパンプスのつま先だけを出口に向けていた」

「それって……ちょっと変ですよね」

 彩華さんのスイートは想像以上に広い。簡単に間取りを説明すると、玄関を通るとまず右手にドアがあり、その奥にリビングやキッチン、そして横浜の夜景を一望できる全面ガラス張りのジャグジーと、僕と彩華さんそれぞれの寝室がある。

 お姫様ベッドがある彩華さんの部屋は実はゲストルームで、クイーンサイズのベッドが二つ並ぶ僕の部屋が本来の主寝室だ。だだっ広い上にロココだかロコモコ調だかのインテリアとも相まって、僕はいまだに落ち着いて眠れない。

 プライベートエリアに繋がるドアを開けずに廊下を進むと、全体を赤い布で覆われたサロンがある。入って右手には彩華さんが座る三人がけのソファ、そしてガラステーブルを挟んで左手にも来客が座る同じものがある。

 話を戻すと、鱒見かすみはソファに座って正面の彩華さんを見ながら、足のつま先だけを不自然に右手の廊下に向けていたということだ。

「つま先の向きはもっともポピュラーなボディランゲージ。鱒見さんは内心この場から逃げたいと思ってたってことよ」

「なんで逃げたいなんて……あっ! あーっ!」

 とうとう最後のピータンが、白髪ネギと一緒に魔女に食べられてしまった。

「子どもの頃からの夢だった『お花屋さん』を開業しようとしている。おまけにつきあっている彼氏にもプロポーズされた。そんな希望に満ちた時期に占いにやってきたのに、なぜか結果は聞きたくないと思っている。どんな相手に求婚されたら、そんなちぐはぐな行動を取るかしらね」

「ピータン……」

「そう、ピータンよ。そして統計上、ピータンは獲物の財産の二分の一を吸い上げた時点でプロポーズし、残りのすべてを回収にかかる」

「すいませんピータンじゃなくて結婚詐欺師です。思いが募るからやめてください」

「鱒見さんの年齢と服装から判断すると、貯金の額はおよそ五百万。その半分以上を婚約者に渡しているのだから、彼女も彼を怪しんではいる。この高そうな指輪は自分の前にも持ち主がいたんじゃないか。もしかして私はだまされているんじゃないか。けれど彼女は自分の判断に自信が持てない。だから占いにきてみたけれど、真実を知るのはやっぱり怖い。婚約者のことを本気で好きなのね」

 つまり、鱒見かすみが占いで知りたかったのは、恋愛とお金が密接に関わる、「婚約者が結婚詐欺師かどうか」ということだろう。

 しかし僕は腑に落ちなかった。というより腑が落ちこんでさえいた。「僕の位置から見えなかった情報」に驚かされてばかりで、ピータンを食べそびれたことに。

「バカね。私がかわいい甥っ子に、そんなひどいことするわけないでしょう」

 彩華さんが芝居がかった手つきで円卓を回す。

「ピータン……! ピーたん!」

 僕は愛しのピーたんとの再会に感極まった。この琥珀に包まれた翠の宝石は、円卓の中央に置かれた水さしの陰、僕の死角にいただけだったのだ――。

 なんて偶然があるわけない。

 すべて、『かわいい甥っ子』をからかうために彩華さんが仕組んだことだ。

 人の視覚の死角から詐欺師の統計まで網羅した、深遠かつ膨大な知識。

 衣服や持ち物から依頼人の状況を言い当てる、名探偵のような洞察力。

 そして所作や表情で人の心を読んで操る、詐欺師まがいのテクニック。

 僕の叔母、琴葉野彩華は占い師なんかじゃない。

 その正体は――。

「そう。私は手品が得意な元探偵の偽占い師。衣装は単なる雰囲気作りで、床の水晶球は護身用」

 こうやって人の心を読み取るのはもちろん、彩華さんは依頼人に引かせるタロットだって自由に操れる。サロンが一般的な占い館の机と椅子ではなくソファとガラステーブルであるのも、目や口よりも物を言う「足」をよく見るためだ。『あなた自身の紙とペンで』なんて依頼人に注文するのも、バッグの中を盗み見て、悩みを推理する材料を探しているにすぎない。

 百発百中な魔女の占いには、すべて種と仕掛けがある。

 つまるところ、彩華さんは正真正銘の「偽占い師」だ。

 けれどその売り文句通り、「誰より依頼人を満足させる占い師」でもある。

「そんなにほめてもなんにも出ないわよ。あら、出たわ」

 悪戯っぽく笑った魔女の手のひらに赤い花が咲く。こんな風に人の心が読めてしまうのだから、彩華さんが二次元の恋に入れこんでしまうのもしかたがない。

 心を読むということは、読まれる側の不快感も読み取ることだからーー。

「はいはい。甥っ子の心を読むのはさぞ面白いんでしょうね」

 僕は椅子の背もたれに体をあずけ、あきらめのため息をついた。日頃からプライバシーのない僕は、もはや心を読まれるくらいなんとも思わない……はずだった。

「興味深いと言うべきね。人と対面していて椅子に深く腰掛けるのは防御姿勢、もしくは完全なリラックス状態。ため息は不快の主張かストレスの緩和行動。レンくんが心を読まれるのをあきらめているなら、本来は仕草の順序が逆になる。でも足には力が入ってないから、緊張しているわけじゃない」

「……つまり?」

「レンくんは私に心を開いているくせに、一部には頑なに鍵をかけている。でもそれすらも本当は知ってほしいと思っている。女心より複雑な心理ね」

 僕は冷静を装ってジャスミン茶を口にし、やっぱり動揺に耐え切れずむせて鼻から吹き出した。確かに僕は彩華さんに隠し事をしているけれど、まさかここまで正確に言い当てられるとは……。

「そ、そんなことより、彩華さんは鱒見さんをどうするつもりですか」

 ごまかしのための話題転換は、これ以上ない愚問になった。  詐欺師にだまされている依頼人を「満足させる」方法は、すでに奪われた財産を取り返す以外にない。

 しかし詐欺事件は物証が少なく、加害者の悪意――「だます」という意思を証明するのが難しいと聞く。

 とはいえ彩華さんは、持ち前の推理力で解決の道を見つけているのだろう。だからこそ、鱒見かすみにあんな法外な料金をふっかけたのだ。百万払って三百万が返ってくるなら、彼女にとっては良心的な値段と言えなくもない。

「別にどうもしないわ。悪いのはだまされる人間よ」

 予想外の返答に、僕の頭は一瞬混乱した。しかしそれが文字通りの意味だとわかった途端、怒りがふつふつと湧いてくる。

「ひどいじゃないですか! だまされているのを知っていながらなにもしないなんて。それで見料百万せしめようなんて悪徳すぎますよ!」

「確かに百万はいただけないわね。やっぱり三百万円いただきましょう」

「いただけないの意味が違う!」

 それに、問題はバカげた金額だけではない。

「彩華さんは言いましたよね。『女は背後から男に鈍器で殴られる』って。それも放っておくというんですか」

 どうしてそんなことになるのかはわからないけれど、魔女の見立てでは、鱒見かすみは婚約者にガラスの灰皿や優勝トロフィー的なもので殴られることになるらしい。

 すなわち、殺人の可能性が予見されているのだ。それを止めようともしないで、なにが依頼人を必ず満足させる占い師かと言いたい。

「お金を稼げって言ったのはレンくんでしょ」

「確かに言いましたよ。でも誰かの犠牲の上に成り立つ暮らしなんて絶対に嫌です」

「そういう自己満足な正義感、茜(あかね)ちゃんにそっくりね」

「母さんは関係ない!」

 僕が両手をテーブルに叩きつけて立ち上がると、彩華さんは往年の名女優のように片眉を上げて応じた。

「犯罪者を捕まえるのは刑事の仕事。運命を読み解くのは占い師の仕事。私の仕事は依頼人を満足させることよ」

 意味がわからない。背後から鈍器で殴られて喜ぶ人がいるなら、それはもう僕の知らない世界の住人だ。

「人は嘘をつくときにテーブルを叩かない。レンくんは鱒見さんを心から助けたいと思っている。でも、それは助手の仕事じゃないわ」

 そう言われるとどうしようもなかった。僕は仕事に暮らしに叔母をサポートすることで生かされている、肩身の狭い居候にすぎない。

「……そうですね。下僕の僕にはピータンを食べる権利もないですもんね」

 座ってテーブルを見ると、さっき再会に歓喜したピータンの皿が空になっていた。

「下僕でも奴隷でもなく、レンくんは頼もしい頭を持った助手よ。すみません、春巻き追加で」

「どんだけ皮算用する気ですか。ピータンも頼んでくださいよ」

「ピータンは私の、レンくんのは七草粥って決まってたでしょ」

「別に決まってないけどもういいです。助手は助手らしく働きますから」

 ふんとすねつつ、手帳をめくって彩華さんのスケジュールを確認する。

「明日は予約がありません。土曜日なのに珍しいですね。鱒見さんもこないと思いますし、どうぞ一日中食っちゃ寝ゲームしてください」

「私だって、いつもイガラシくんと会っているわけじゃないわ」

「スマホいじりながら言われても説得力ないですよ」

「それに鱒見さんはくるわよ。ついでに言うとその前にも一件」

 うっかり見落としてしまったかと、僕はスケジュールを再確認した。

「えっと……やっぱりそんな予定ありませんけど」

「明日の午前中にくるわ。忘れないで起こしてね」

 これも根拠のある予言なのかと考えていると、僕のポケットの中でスマートフォンが一度鳴った。

「あ、メールです……うわ、本当に予約がきた」

 僕が管理させられているWebサイト、「SALON de AYAKA」経由の転送メールに驚いていると、なぜか彩華さんも目を丸くしている。

「いやなんで彩華さんまでびっくりしてるんですか。この『海老名菜々(えびななな)』さんって人が依頼してくるのわかってたんでしょう?」

「違うから驚いたのよ。私、本当に霊感に目覚めたのかしら」

 残念ながらそれだけはない。

 自分を「偽占い師」と断言しているけれど、彩華さんはスピリチュアルなカウンセリングを否定しているわけじゃない。どころかむしろ大好きで、不特定多数に向けたテレビの一行占いを録画してまでチェックする人だ。

 しかし残念なことに、本人に霊能力の類は一切ない。あったら僕の秘密なんてとっくに見抜かれているし、五パーセントの確率で好感度が上がるイガラシくんへのプレゼント(五百円)だって無駄にしないだろう。

 そんな彩華さんが占い師をかたっている理由は、本当に危機に直面している依頼人には、占いよりも偽占いの方がよい運命を導けると信じているからだ。

 実際にそう聞いたわけではないけれど、少なくとも一ヶ月助手を勤めた僕はそう感じている。だからこそ、彩華さんが鱒見かすみのような不幸な人に手を差し伸べない理由がわからないのだ。

「海老名菜々……パスね。適当に理由つけて断っておいて」

 なにやらコピー用紙の束をめくりながら、彩華さんが顔をしかめている。

「え、断っていいんですか?」

「その子、要注意客のリストに載ってるのよ。占い師のレビューサイトを作ってるマニアで、扱いを間違うとネットで叩かれる」

「どこから手に入れたんですかそのリスト」

「同業者よ。私たちみたいなしがないかよわい個人事業主は、横のつながりを持って自衛しないと生きていけないわ」

 まあそういうものかもしれない。とりわけ飲食店などは、レビューサイトの星の数が客足に大いに影響するというし。

 さておき、僕が断っていいかと聞き返したのは、相手の素性を知らなかったからじゃない。せっかく予言が当たるのに、わざわざ自分からはずれるように仕向けなくてもと思ったのだ。

 でも翌日になると、彩華さんの予言はやっぱり当たってしまうのだった。

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