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「エッシェンバッハとバティス」

2006年4月14日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第77回

「エッシェンバッハとバティス」

 いつの間にか4月も半ばになってしまった。3月中はドイツとフランスであれこれコンサートやオペラに通った。ここはその詳細を述べる場ではないが、サロネン指揮パリ管の『火の鳥』のすごさに久しぶりで大興奮したことは記しておこう。名オーケストラが本気になったときの圧倒的な力はわれわれの想像をはるかに超えたところにある。こんなオーケストラ演奏を私が聴いたのは、ヴァント指揮ベルリン・フィルのブルックナー第5番以来と言ってもよい。
 旅行していたうえに、最新刊『コンヴィチュニー、オペラを超えるオペラ』(青弓社)執筆のせいで、ゆっくりCDを聴いている暇もなかったのだが、そんな中でこれはと思ったものをいくつか挙げておこう。

 まずは、エッシェンバッハとフランツのシューベルト連弾曲集。エッシェンバッハというと、今ではマニア御用達の変な指揮者になってしまったが、かつては若手の正統派ピアニストとして期待されていたのである。録音数はそこそこあるが、この連弾は、彼にとっても特にできがいい演奏なのではないかと思う。
 ひとことで言えば、暗くて、厳しい辛口の音楽だ。これはもう、家庭でアマチュアが演奏して喜ぶお気楽な音楽ではない。ソナタと同様、あるいはそれ以上に凝縮された作品のように聞こえてくる。実際、シューベルトの連弾曲は、作品として決してつまらないものではない。レントラー、行進曲、舞曲・・・そんな卑近なはずの曲種が一級の芸術作品となっている。
 いずれの曲の演奏も見事で、シューベルトらしい単純にして味わい深い旋律が実に適切に響く。緊張感がきわめて高い。下品にならない。なれなれしくならない。端正で凛としていて、美しくて、しかし闇は濃い。こんな曲を書いたシューベルトも大したものだが、エッシェンバッハもすごい。
 最近は安価なボックスが続々登場しているが、その中でも演奏のクオリティにおいて間違いなくトップクラスに位置する。一般的にはあまり馴染みのない曲だとは思うけれど、強く推奨したいCDだ。

 バティスのライヴ盤が出た。バティスとメキシコ国立交響楽団は、パリ、ワルシャワで公演を行っている。このパリ公演は私もどうしても聴きたかったのだが、適わなかったものだ。素人が自作したような粗末な体裁の製品だが、演奏は魅力的である。
 「威風堂々」が何とも印象的だ。最初のめちゃくちゃにぎやかな出だしは、いかにもで笑わせてくれるが、そのあとの荘重な部分が実にいいのだ。こんな曲をこんなに真剣に演奏していいのかというほどの超シリアスにして感動的な演奏なのである。
 家にある数種類の「威風堂々」を取り出して比べてみたら、この点に関してバティスに勝る演奏は見つからなかった。みんな意外と淡々と演奏しているのである。しかし、このバティスでは、まるで「私の家族は戦死した。今日はその弔いの日なのだ」というほどに情感濃厚なのである。はっきり言って、「威風堂々」をそんな風に演奏するのは、ものすごくアナクロで嫌なのだけれど、それでも説得力の強さにはタジタジになる。
チャベスの交響曲第2番ほか、ラテン・アメリカ系作品はもちろん開放的な気分にあふれており、実に快適。曲によっては、昔のムード音楽みたいなやつもあったりして、楽しく聞ける。さすが、堂に入ったのびのびした演奏なのである。
 それ以外でも、われわれの常識からはちょっと想像できない、「えっ?」という演奏がある。ラフマニノフ『パガニーニ』は、最初のうちは、下手な漫才を聞いているかのような、妙にたどたどしく、滑稽な感じがする。木管楽器がピッとかプッとか、まるで冗談音楽みたいなのだ。ところが、だんだん白熱してきて、最後はやんやの喝采を受けている。
 ところで解説書を見ると、楽員にやたらロシア系の名前が多い。ソヴィエト崩壊後、音楽家が次々と外国に出稼ぎに行ってしまったという話は本当のようだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 



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