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2006年12月17日 (日)

連載 許光俊の言いたい放題 第68回

「今年のおもしろCD」

 年末になった。このコラムでもいろいろな盤について書いてきたが、今回は、私が今年出会ったCD(必ずしも今年の新譜とは限らないが)について述べよう。

@Bach - Famous transcriptions
 ストコフスキー指揮Symphny Orchestra (EMI)
 ストコフスキーのバッハというと、チェコ・フィルを指揮した盤が有名かつもっとも手に入れやすいはず。あっちもいいのだが、私としては偶然出会ったこっちのほうが好きだ。特に「パッサカリアとフーガ ハ短調」は超ロマンティックで美しい。吸い込まれそうな神秘的かつ耽美的世界が広がる。夏に香港のHMVに行ったら店内でかかっていて、「何、このきれいな演奏は?」とさっそく買い求めた。チェコ・フィルのほうはデッカらしい細部まで明快を求めた録音。一方こちらはホールのたっぷりした響きまで入れようとした録音。それが大きく印象を違えているのだ。音楽がゆったりと滑らかに進んでいく様子、楽器の各パートが溶け合ってオルガンみたいな効果を出す様子は、こっちのほうでなければ味わえない。
 「来たれ、甘き死よ」は最初の響きから尋常でなく濃い情感が宿る。痛切な祈りのようなのだ。まるで止まってしまったかのようなテンポの遅さといい、ケーゲル最晩年を思い出してしまうほど。が、やがて彼方へ思いをはせるような趣が強くなっていく。虚無のうちに消えていくような最後のディミヌエンドもすばらしい。
 いちいち指摘していくと切りがないので、この辺にしておくが、ひとつひとつをじっくり堪能すべき密度の高いアルバムだ。

Aバッハ 「フーガの技法」「音楽の捧げ物」
 ミュンヒンガー指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団(DECCA)
 ミュンヒンガーの「音楽の捧げ物」はLP時代から密かに愛好していた演奏なのだが、CDを見かけたことがなかった。ようやく廉価盤で見つけて十年ぶり以上で聴いた。弦楽器の合奏が端正かつのびやかでとても美しい。こういう豊麗なバロックは最近では聴けなくなった。まったくもったいない話だ。ただし、「フーガの技法」は別人のように冴えない演奏。

Bベートーヴェン 交響曲第9番 フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団(Grand Slam)
 平林直哉氏のフルトヴェングラー復刻シリーズは確かに音がよいが、特にこれは別格かも。異様に明快で、オーケストラの息づかいがはっきりと伝わってくる。正直言って私はこの演奏に特別な関心を抱いていなかったけれど、第3楽章は素直に美しいと思った。とても寂しげで、消え入りそうだ。フルトヴェングラーの弱音は非常にかすかだったらしいが、その片鱗がうかがえる。テンポの遅さといい、風情といい、最晩年の芸風ということは明らかだ。
 同じGrand Slamでは交響曲第5番も非常に音がいい。

Cモーツァルト ディヴェルティメント集 ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団(ユニバーサル)
 たまたまFMで聴いて、すぐに買い求めたCD。国内盤で1000円のが2枚出ている。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」といい、ディヴェルティメントといい、実に優雅できれいなのだ。とにかく第1ヴァイオリンの絶妙なこと。時おり入ってくるチェロの味の濃いこと。全体として繊細かつ端正。艶っぽくかつきりっとしている。このエレガントな音楽を知ってしまうと、今時の下品な古楽演奏なんて、聴いていられない。特に「アイネ・クライネ」は時々息も絶え絶えのエロティックな風情もあって絶品。あの有名な第2楽章も甘さいっぱいで堪能させてくれる。

Dベルク「ルル」組曲 ギーレン指揮シンシナティ交響楽団(Allegria)
 この演奏が気に入っているのは、なんとルルのパートをキャスリーン・バトルが歌っているからだ。なぜこんなCDが制作されたのか、私は知らない。が、あの澄んだ声で歌われるルルは、もちろん非常に美しい。おそらくルルという役柄からすれば美しすぎるほど。さらに、終曲ではゲシュヴィッツのパートを歌っているが、これがもうすばらしく耽美的だ。ギーレンもオーケストラをたっぷり歌わせている。アメリカの楽団ゆえ、にじみ出るような暗さはないが、それゆえ一般的には好まれるだろう。ギーレンという人、思い入れのある曲だと途端にロマンティックになるらしいが、これもその一例のようだ。

Eマーラー「大地の歌」 ディヴィス指揮ロンドン交響楽団(ユニバーサル)
 これまた千円で復活した注目の演奏だ。何と言ってもあのジョン・ヴィッカーズと、当時全盛期だったジェシー・ノーマンが歌っているのが聴きどころ。
 ヴィッカーズはワーグナー以外ではドン・ホセやオテロといった悩んでわめくキャラクターを得意としていただけに、酒を飲んで自暴自棄になる第1楽章はまさに打ってつけですばらしい。激情的で火だるまになって投身自殺といった趣だ。デイヴィスの演奏もなかなか激しくてよろしい。
 ヴィッカーズは第3楽章で意味もなく粗暴な脅迫口調になってしまうのは愛嬌だが、へべれけになる第5楽章はそのものズバリ。「大地の歌」をここまでオペラティックにした人はいないだろう。「鳥がささやいている・・・」といったあたりの弱音は、孤独感が強く表れ、あとあとまで耳に残ってしまう。このヴィッカーズとテンシュテットがいっしょにやれば、最強コンビだったのではないか。
 ロンドン交響楽団はふだんは冷たくて無愛想な演奏が多いが、曲もあってか、ここでは十分に体温を感じさせる。

 ところで、拙著『オレのクラシック』の初版印税全額は、「国境なき医師団」に寄付しました(増刷分に関しては、現在思案中です)。この場を借りて、本をお買いあげになった方に感謝いたします。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


⇒評論家エッセイ情報
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(Stokowski)transcriptions: Stokowski / O

CD 輸入盤

(Stokowski)transcriptions: Stokowski / O

バッハ(1685-1750)

ユーザー評価 : 4点 (1件のレビュー) ★★★★☆

価格(税込) : ¥2,134
会員価格(税込) : ¥1,857

発売日:2004年06月05日

  • 販売終了

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    オレのクラシック

    許光俊

    ユーザー評価 : 3.5点 (6件のレビュー)
    ★★★★☆

    価格(税込) : ¥1,760

    発行年月:2005年07月


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