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安田和信の古典派中毒 「トーマス・ファイ指揮のヨーゼフ・ハイドンの交響曲」

2005年8月4日 (木)

特別寄稿:安田和信の古典派中毒
第2回「トーマス・ファイ指揮のヨーゼフ・ハイドンの交響曲」


 古典派コレクターにとり、近年最大の話題は、ヨーゼフ・ハイドンの交響曲全集が1万円程の値段で入手できるようになったことである。この全集とは、アダム・フィッシャー指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン管の演奏によるニンバス原盤の音源を、ブリリアント・クラシックスが発売したものである。これは、アンタル・ドラティ盤に続く、史上2つめの全集録音であり、全集単位で考えた場合、これまでドラティしか選択肢がなかったので、フィッシャー盤の廉価盤での登場の意義は大きい。だが、1990年代になって筆者の知る限りで2人の指揮者(ホグウッドとグッドマン)が全集を目指して録音を続けていたが、どちらも録音の継続が厳しくなっているようだ。100曲を越える曲数をすべて録音するという作業は、アーティスティックな側面はもちろんのこと、経済的にも難しいのであろうか。ハイドンの交響曲は、聴くたびに新たな発見がある傑作揃いなのにもかかわらず。腹が立つほど残念でならない。

 ここでご紹介するトーマス・ファイという指揮者は、90年代末より全集録音をスタートさせている。現時点で3枚がリリースされており、そのペースは非常に遅い。だが、演奏がとにかく素晴らしく、筆者はその遅々とした歩みにイライラしながらも、新盤登場の度に、ますますプロジェクトの継続を願わずにはいられなくなっている。

 トーマス・ファイ、1960年生まれだからまだ若手に属するこの指揮者は、日本ではそれほど知られていないのではないか。ザルツブルクのモツァルテーウムでニコラウス・アーノンクールに薫陶を受けた後、同志の音楽家たちと1987年にシュリーバッハ室内管弦楽団を設立した。1993年には同室内管の拡大編成オケとしてハイデルベルク交響楽団を設立、この2つの団体を使い分けながらハイドンのプロジェクトに取り組んでいるようである。

 トランペット、ティンパニ、ホルンにピリオド楽器を使用し、他の楽器においてもその演奏法をそれとなく援用している点は、まさにアーノンクールのスタイルと言えるが、これだけでは今更珍しくとも何ともない。現在、アーノンクールの蒔いた種子は、古典派音楽の演奏において直接、間接に花開いているからである。だが、ファイたちの解釈は、私見では、アーノンクールの正統な直系とも言えるほどに過激なものであり、上っ面だけを真似したようなものとは完全に一線を画す。なぜなら、ファイは、楽譜に書かれざる表現をほんとうに積極的に盛り込んでいるのである(その点は、フィッシャー盤における1994年以降の録音にも当てはまる)。

 たとえば、第2集収録の第45番嬰ヘ短調《告別》の第1楽章を聴いてみよう。この楽章は定石通りにいけば、提示部はイ長調で終止しなければならないところを、嬰ハ短調で終止させるばかりか、冒頭主題の荒々しさが楽章全体を覆い、例の「告別」にまつわるエピソードのうち、家族と離ればなれになった楽員たちの悲しみや辛さを表現しているかのようである。ファイは、師匠ばりにこの楽章を荒々しく演奏する。内声の切迫したシンコペーションはテンションが高くて血管が切れそうな勢いだし、音響バランスの美麗な仕上げなど端から考慮する気もないという風情で、ホルンが暴力的に吹奏されるのだ。そのなかで、展開部の後半部分は、この楽章のなかで唯一穏やかな長調が主体となり、フィナーレの「告別」部分をいわば先取りしているが、ファイはここで思い切りテンポを落とし、この印象的な部分の存在感を高めているのである。

 第82番《熊》第1楽章におけるファンファーレ音型でのトランペットとティンパニの暴力的な吹奏など、とにかく「表現主義」な演奏をあこぎなほどに志向しているところが、ファイの特徴と言える。この路線の解釈としては、師匠のアーノンクール以上に過激ではないか。のんびりした録音活動は、一枚一枚をじっくりと味わうことができるという意味ではありがたいし、彼らの活動が継続して「第3の全集」が完成するためにも、多くの聴き手に購入して欲しいと切に願う(ついでに、これまた過激路線のベートーヴェンも聴いてみよう!!)。

(やすだかずのぶ 音楽学者、音楽評論家)


特別寄稿:安田和信の古典派中毒
→第4回「ビエロフラーヴェク指揮のヴォジーシェクの交響曲」
→第3回「イヴァン・モニゲッティ独奏のボッケリーニ、チェロ協奏曲集」
→第2回「トーマス・ファイ指揮のヨーゼフ・ハイドンの交響曲」
→第1回「コンチェルト・ケルンのヨーゼフ・マルティン・クラウス」


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