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塙耕記さんに訊く 「和ジャズ」

2009年9月8日 (火)

interview
Japanese Jazz 1950s-1980s

塙耕記さんへのインタビュー


 ディスクユニオン新宿ジャズ館の店長にして、昨今の”和ジャズ”ブームを牽引する「昭和ジャズ復刻」シリーズなどでおなじみのTHINK! RECORDSのディレクターとして活躍する塙耕記さん。

 この度、コレクターから絶大な信頼を寄せる高円寺の有名中古レコード店、Universoundsの尾川雄介さんとの共同監修で、世界初の和ジャズ・ディスク・ガイド『和ジャズ・ディスク・ガイド Japanese Jazz 1950s-1980s』を刊行。その刊行記念となる塙耕記さんのインタビューでは、このディスク・ガイドのことをはじめ、「目利きのバイヤー」、「和ジャズ・ブームの仕掛け人」等様々な観点からの和ジャズに纏わるお話を伺うことができました。



--- Universoundsの尾川雄介さんとの共同監修になるわけですが、構想に2年を費やしたそうですね?

 そうですね。勿論、それ以前にお互いこういったものが好きで、尾川さんとは知り合ったわけなんですけど。それで「こういうディスク・ガイドが出せたらいいよね」っていう話が始まったのが2年前だったんですよね。

 「和ジャズ」っていう言葉が出てきたのが、4、5年前ぐらいなんですが、僕たちが考える「和ジャズ」の定義というのは、1950年代後半の日本の古いジャズから、80年代の作品まで。なので、現行の日本人の作品は「和ジャズ」と呼んでないんですよ。色々な考え方もあって、時代区分なしに「日本人のジャズ=和ジャズ」としているウェブ・サイトだったりもあるんですけど、一応僕らの中では、レコードでリリースされている時代、要は「昭和のジャズ」をここでは「和ジャズ」としているので、必然的に80年代までになってきます。

 あとは、一部を除きフリー・ジャズの作品は割愛いたしました。フリー・ジャズは国内外総合的に独立したジャンルととらえた方がスマートだからです。その辺のことや、この本自体のテイストみたいなものは、僕の序文を読んでもらえれば大体ご理解して頂けるかなと思います。

 それから、サントラという括りはないんですが、所謂「シネジャズ」作品も多少掲載されています。例えば、菊地雅章さんの『ヘアピン・サーカス〜サウンドトラック』なんかは、モダン・ジャズ章の菊地さんのページに載っていますし、代表的な日本の映画のサントラでジャズをやっているものは載せていますね。

--- THINK!さんからリリースされていた『殺しの烙印』や『狂熱の季節』等のような作品は掲載されているのでしょうか?

 本当にその当時にサントラLPとして存在していたものではないので、あの辺りのものは省いています。オリジナルLPが出ていたもので、という線引きですね。


「殺しの烙印」より
 
 シネジャズ・・・「シネマ」+「ジャズ」=「シネジャズ」。2007年よりThink! Recordsの新シリーズとしてスタートした「CINE JAZZ」は、50〜70年代の日本で、映画とジャズがいかにスリリングな関係性を保っていたかを窺い知る上で重要な資料ともなる。鈴木清順監督の和製ヌーベルバーグの最高峰『殺しの烙印』を皮切りに、『黒い太陽』、『野獣死すべし』、『非行少女ヨーコ』といった人知れぬ名作に盛り込まれた人知れぬジャズの名演を、当時の撮影所に保管されていたマスター・テープからの秘蔵音源を使用するなどして、現代に「サウンドトラック盤」として甦らせている。  


 概要で言いますと、はじめに「帯付レコード・ギャラリー」がありまして、第1章として「モダン・ジャズ/ジャズ・ロック/フュージョン」があります。とは言っても「フュージョン」が大量に載っているっていうわけでは勿論ないんですが。第2章が「ヴォーカル/ボッサ/ラウンジ」。「ボッサ/ラウンジ」に関しては、ラウンジ・テイストが強いものをほぼ一緒くたなものとして載せています。

--- THINK!さんでいうところの「VAMOS!和ボッサ」ラインのものですね?

 そうですね。さらにスパイスとして、完全に「和モノ」だったりするものも若干載せています。そして、松本浩さんと稲垣次郎さんお二人のアーティスト・インタビュー。それから、当時こうしたジャズ・ミュージシャンを数多く撮っていた写真家の内藤忠行さんの写真を、それぞれ1ページ丸々を使って10枚載せています。あと、例えば、渡辺貞夫さんだったり、日野皓正さんだったり、タイトルが大量にある方で「どうしてもコレだけは載せたい」というようなものに関しては、所々で補足的にコラムとして紹介しています。

 索引を載せない代わりに、ページ端に五十音順(アーティスト)の見出しを付けているんで、とても引きやすくなっているんですよ。




「和モノ・レアグルーヴ」と「Hotwax Presents 歌謡曲名曲名盤ガイド 1960's 1960-1969」
 
 和モノ・・・ざっくりと1950〜80年代の日本人によるポピュラー音楽全般を「和モノ」と呼んでもよい・・・はず。ロック、演歌・歌謡曲、アイドル、映画・TV・アニメのサントラ、企画系レコードなど、その言葉がフォローする範囲はだだっ広い。左掲「和モノ・レアグルーヴ・ディスク・ガイド」や、そのスジをディープに追いかけ続けるHotwaxからの諸々の書物は必読。Think!からは、「和ジャズ」と「和モノ」のグレーゾーンにあるようなレア作品を復刻する「VAMOS!和ボッサ」シリーズが2007年にスタート。昭和の大作曲家・浜口庫之助をはじめ、浅丘ルリ子、森山浩二、藤竜也など、一筋縄ではいかない濃厚なラインナップとなっている。  
 
--- 巻頭の「帯付レコード・ギャラリー」がまたスゴイことになってますね。

 そこは、僕としてもちょっとこだわったところなんですけど。掲載されているものに関しては、コレクターの方にお借りしたり、色々なコネクションを駆使して集めたものなんですよ。

--- 例えば、ここにも掲載されている稲垣次郎『ヘッド・ロック』の原盤LPなどは、「帯付」、「帯無」では大体どのくらいの価格差があるものなのでしょうか?

 一般的な市場価格で言いますと、おそらく「帯無」だと15万〜20万ぐらいの感じだと思うんですよ。「帯付」だと25万とか、30万とか(笑)。美品であればそのぐらいはいくと思いますよ。

--- 倍近い値が付く場合もあるんですね!こうした「帯」が重宝がられるようになったのというのは、いつ頃ぐらいからなのでしょうか?

 ジャズにしろロックにしろ日本人の国内盤のLPには、元々「帯」は付いていたわけで(1960年初頭以降)、物としての資産価値からすると、「元々あるものは全部あった方がいい」っていう考え方なんですよね。ただ、この辺りのジャズだったり、ジャズ・ロックは、当時一部の好事家の人たちが集めていただけだったので、一般的には、「帯付きがどうのこうの」といった話が挙がるようなものではなかったんですよ。でも最近は、CDが復刻されたりしてオリジナルのLPが知られるようになったから、そうなると「帯が付いてた方がいいよね」ってなってきたと思うんですよね。

--- やはり「帯付」は、海外のコレクターに特に需要が高いのでしょうか?

 そうですね。この「帯付レコード・ギャラリー」のページに「Rare Japanese Jazz Records With “Obi”」と載せているのは、この本が相当海外に流れることを想定しているからなんですよ。例えば、実際のディスク・ガイドのページでも、「今田勝」であれば「Masaru Imada」、収録曲でも「枯葉」であれば「Autumn Leaves」っていうようにできるだけ英語表記を載せているんですよ。サイドメンの方にまでは手が回らなかったんですが、どうしても英語に訳せないものに関しては、そのままローマ字表記にしてあります。海外のコレクターは、ヨーロッパなどに特に多いんですが、こういった本があると相当数の人が食いついてくるんじゃないかなって思っていますね。



「帯付レコード・ギャラリー」


 今回このディスク・ガイドを出すにあたり、僕も販売店の立場というのもあって(笑)、これを一過性のブームのような形では終わらせたくないなというのがありまして。「和ジャズ」が常にカタログとして用意されている状態を目指したいと思っているんですよ。こういった本が出て盛り上がることによって、わりとどこでも「和ジャズ」が置いてるような形になればいいなと思っていますね。そういう意味合いも込めて、是非ともこうした本を作りたかったんですよ。

 2、3年前に、Remixさんやジャズ批評さんで、初めて本格的な特集が組まれて、僕も寄稿や資料提供なんかを頼まれたんですよね。でもやっぱり雑誌なので、掲載枚数というのは限られてますし、ほんの一部を紹介するだけになってしまうんですよ。結構載っているように見えて、実は100枚程度なんです。だから、完璧な形としてこのディスク・ガイドを作りたかったというのもあるんですよ。まぁ、これにあとプラス100枚ぐらいあると、もっとよかったかなというのはありますけどね。


「remix」2007年4月号と「ジャズ批評」2006年3月号
 
 remix、ジャズ批評の「和ジャズ特集」・・・remix誌では、2007年4月号にて、ジャズ批評誌では、2006年3月号にてそれぞれ「和ジャズ特集」を企画掲載。前者では、塙、尾川の両氏が序文にてテキストを寄稿。小川充氏を選・文者に交えた「和ジャズ名盤50選」に加え、「和ジャズ人名事典」や須永辰緒氏のインタビューも掲載。それより一足早く「和ジャズ」特集に踏み込んだ後者でも、塙氏は「和Jazz名盤107枚」にて選盤・執筆。高和元彦、岩浪洋三、岡村融三氏による「50〜60年代の和ジャズ」鼎談には、その当時をリアルタイムに過ごしてきた三氏の興味深いエピソードがたっぷりと収録されている。  


--- 今回のディスク・ガイドから漏れた作品というのは?

 先ほども話にあった渡辺貞夫さんでも、本当に大量に作品があるので、どうしても載せられないものが出てくるんですよね。そこを載せると偏ってしまう部分も出てくるので。

--- 「白木秀雄さんの『祭の幻想』のEPを紹介できたのが意義深かかった。」とおっしゃっていましたよね?

 9月25日にその『祭の幻想』が初めてモノラル盤でCD化されるんですよ。紙ジャケット、SHM-CDという形にプラスして、ディスク・ガイドでも紹介されている「ドクター・キルディア/ジャダ」EPからの2曲が追加収録されるんですよ。このEP以外では聴くことができなかったので、ここで紹介する価値があるなと。『祭の幻想』のEPは、物自体がものすごく珍しいんですが、収録されている「祭の幻想」と「ブルー・ロメオ」は、アルバムに入っているテイクと全く同じでしたので、今回のCD化に関しては必要なかったかなと。ただ本当に珍しいものなので、僕なんかより何倍も詳しいコレクターの方に訊いても「これは見たことがないな」と言いますから、かなり珍しいと思いますよ。

 そういう点では、出来る限り、ジャケット違いがあれば載せたりとか、モノとステレオ盤で規格番号が異なれば記載したりとか、色々な配慮はしたつもりです。

--- EP、7インチもそうですが、和ジャズ作品は、ソノシートのような特殊フォーマットでも多数存在するのですか?

 あるにはあるんですが、片面に、1〜2分のものを3、4曲入れているようなものが多いので、必然的に全くソロが入ってないんですよ。単純に曲が短いんで、テーマを吹いて終わりというものが多いんですよ。だから、ソノシートに入っている曲自体は、あまり面白くないという言い方もできるんですよね。値が付いているものも本当に限られてますよ。


ソノシート
 
 ソノシート・・・またの名をフォノシート。ソノシートは、音質はビニール盤に劣り、片面しかプレス出来なかったものの、EP並みの価格で長時間再生が可能、また大量生産出来る事から、LP盤に手を出せない客層を中心に数多く出回った。ニュース記事を含むさまざまなトピックにニュースの現場やオリジナルの録音テープ、音楽などをソノシートとして収録し、「音の出る雑誌」という触れ込みで『月刊朝日ソノラマ』という雑誌を発行。  


--- フュージョン作品ですとどのようなものが掲載されているのでしょうか?

 本当に一部の有名盤を載せているぐらいですね。川崎燎さんの『ミラー・オブ・マイ・マインド』だとか。あとは、渡辺貞夫さんの『カリフォルニア・シャワー』なんかは、みんな知っていますから、当たり前の作品として、逆に載せていないです。

 今回特に充実したのは、ここ最近再評価されている60年代のモダン・ジャズと、尾川さんの方で書いてもらっているような70年代前後から出てきたジャズ・ロックですかね。

--- 現在のDJ需要にもしっかり対応しつつと。   

 DJ視点から言えば、ちょっとダンサンブルな感じにしなくちゃいけないというのもあって、例えば、須永辰緒さんとかが好んでかけるような雰囲気の曲、白木秀雄さんの『プレイズ・ボッサ・ノバ』の中の「サヨナラ・ブルース」とか。ああいったアフロ・キューバン的なモダン・ジャズの方が流しやすいし、特に需要が高いでしょうね。ジャズ・ロックに関しても、所謂レアグルーヴだったりを好む人が多かったりもするんじゃないかと思いますけどね。


須永辰緒の夜ジャズ: Jazz Allnighters 8 キング編
 
 須永辰緒の夜ジャズ 8<キング編>・・・レコード番長・須永辰緒のセレクションによる”真夜中仕様”の人気ジャズ・コンピ・シリーズ。その第8弾には、屈指の和ジャズ・アイテムをカタログに揃える「キング編」が登場。白木秀雄クインテット「ティコ・ティコ」、「サヨナラ・ブルース」、宮沢昭「山女魚」、江利チエミ「イスタンブール・マンボ」、見砂直照と東京キューバンボーイズ「ブレン・ブレン・ブレン」等を収録。   


 僕の中で、THINK!の作品が若い人たちにウケるだろうと思った一番の理由が、ヨーロッパのジャズがだいぶ掘り下げられるようになって、ジャズ・クインッテット60のような音と白木クインテットの音が、ほぼ同時期の演奏で、哀愁深さなんかがすごく似通っているところがあったんですよ。あの辺のヨーロッパ・ジャズがウケてDJがかけるのであれば、多分この時期の日本のジャズもかけるんだろうなって。かっこいいと思ってもらえるだろうなって。結局、ヨーロッパのジャズもアメリカのジャズの模倣から始まってるので、ほとんど日本とスタートは変わらないんですよね。だから、アメリカ以外のジャズは、日本もヨーロッパも関係ないという視点があったので。

 例えば、宮沢昭さんの『木曽』にしても、DJ云々は抜きにして、日本独自のテーマに則した非常に精神性の高い音楽で、本当に日本のジャズを代表する1枚だと思っているんですけど、これが当時世界に発売できていたら、位置付け的にはそれなりの作品になっていたと思うんですよ。そういった作品をCDなりレコードなりで復刻できるものは復刻して、日本だけじゃなくて世界の方にも発信していきたいなと思っています。それが、今回の本の英語・ローマ字表記だったりするわけなんですよね。THINK!で白木さんの作品を復刻したりすると、かなり海外に流れているんですよ。それこそHMVさんの英語サイトの方で、THINK!だとかのカタログを掲載したらいいんじゃないかなって思いますけどね。

--- 英米のロックなどの紙ジャケも、海外の方からの需要も高いですからね。

 かなり高いですよね。やっぱり、パッケージも含めて日本人の手掛ける作品というのは、海外からの信頼がすごく厚いですからね。先ほどの「Rare Japanese Jazz Records With “Obi”」という表記ひとつにしても、e-bayのサイトを見ながら、「レコードが好きな人全てにフィットする世界共通の一番分かりやすい表記って何だろうな?」っていうとことで、こうなったんですよ。大体こんな感じの表記でe-bayには載っていますからね(笑)。「Obi」は、世界共通の言葉ですね。

--- ちなみに、塙さんが「和ジャズ」の世界にハマったきっかけというのは?

 この本にも載せている古谷充さんの作品で『古谷充とザ・フレッシュメンの民謡集』というのがあるんですけど、そのレビューにも書いてあるんですが、まだ僕が働きはじめの頃に、当社の先輩社員がたまたま店に入荷したこの作品を嬉しそうに持ってきて、「これ知ってるか?」って訊いてきたんですよ。「民謡集」って書いてあるし、その頃はめちゃくちゃダサく見えたんですね(笑)。で、興味なさそうに「知らないです」なんて言ってたんですが、ちょっとかけてみたんですね。そうしたら、すごいんですよね。若干テーマに「民謡」があるだけで、完全にハードバップ!びっくりしました。それで「日本人の古いジャズにもすごいのがあるんだな」って、当時23、4歳の時に認知したんですね。

 ただ、その時すぐにそういった日本の古いジャズの専門になったわけではなくて、まだまだジャズ自体を勉強中だったので聴かなきゃいけないものがいっぱいあったから、ブルーノート、プレスティッジなんかと同様に、日本の古いジャズを聴いていたんですね。

 7、8年前、お茶の水ジャズ館の店長をしていた時に、たまたま日本人の古いレコードを大量に扱うきっかけがあったんですよ。そういった買取のお客様がいて。その時に色々なものが聴けて、「これはCDにして、色々な人に聴いてもらいたいな」って思ったんですよ。1点ものだから売ったら終わりですからね。次いつ入るかも分からないし。『古谷充とザ・フレッシュメンの民謡集』に関しても、結局、先ほどの話の1回とその後の1回しか扱っていないんですよ。やっぱり一期一会の作品ですし、「あれがいいんだよ」って言っても伝わりきらないから、CDにするしかないなと思って。その後、新宿ジャズ館に異動になってすぐに、2005年ぐらいにCD化の計画を立て始めて、その年の11月に、白木秀雄さんの『祭の幻想』『加山雄三の世界』を出したんですよ。その頃はまだ「昭和ジャズ復刻シリーズ」と銘打つ前で、ロゴも何も付いていないんですけどね。


昭和ジャズ復刻
 
 「昭和ジャズ復刻」シリーズ・・・各社リリース・ラッシュの「和ジャズ」狂騒曲の中で、質・量ともに群を抜くリリースを続けているのが、Think! Recordsの「昭和ジャズ復刻」シリーズ。キング、コロンビア、東芝、タクト等に残されたおなじみのレア盤から、当時わずか100〜200枚ほどしかプレスされていなかったという自主制作盤(私家盤)に至るまでを、「いい作品を皆の手の届きやすい所に」の精神でCD復刻させている。サブ・ラインの「VAMOS!和ボッサ」、「CINE JAZZ」からも充実の復刻が続いている。  


 その2枚はまずまず反応があって、「じゃあちょっと本格的にやっていこうか」というところで、どんどんCD化を進めていったんですね。勿論、色々な方にご協力頂いて。とにかく、こういうものを持っている人がいて、ジャケットないしは現物がないと成り立ちませんからね。現物からスキャンしてジャケットを作ったりしているので。

 『祭の幻想』に関しては、92、3年頃にテイチクさんがCDで出していたんですよ。当時はそれほど話題になっていなかったんでしょうけど。でも、それを聴いて「すごいな!」と。白木さんの他の作品も全部素晴らしいんですよ。そこで一気に盛り上がっちゃって(笑)。

--- こうしたディスク・ガイドを出す事によって、人気があるけど未CD化、廃盤の作品に対して、メーカーなりが積極的に再発に動き出すということも考えられますよね。

 結構そういうパターンは多いですね。当社の方でも「廃盤CD選書」なんていうフリーペーパーを作ると、それに反応するかのように、かなりの作品が再発されたりしますからね。実を言うと、あれも僕が会社の中で最初に始めたんですよ。だから、この本に関しても、ピュアな気持ちで「こうしたいい作品があるから、ちょっと探してみて」みたいな雰囲気で作ったところがあるんですよね。




廃盤CD選書
 
 フリーペーパー「廃盤CD選書」・・・ディスクユニオンが店頭で配布している「高価買取対象のCD廃盤アイテム」を中心に掲載しているフリーペーパー。某メーカーの再発シリーズの装丁を出典としている表紙からも窺える”音楽馬鹿一代”ぶりにも脱帽。市場の価格変動はあるものの、恒久的に持っておいて損はない1冊。製作者の塙氏曰く「かなり小売店向けのテキスト」とのことで、同業者の方はここ一番での活用を推奨。写真は、塙氏の提案で発刊された幻の創刊号。  


--- 現物資料をご提供されているコレクターの方というのは、やはり年配の方々が多いのでしょうか?

 20代の方で所謂DJ目線で買っている方もいますけど、今回お借りした方の中心は、基本的には30代後半の方、あとは50代の方ですかね。

--- 50代の方々が多いという点では、当時のジャズ喫茶でこうした日本の古いジャズがかかるようなこともあったのでしょうか?

 いや、なかったでしょうね。実を言うと、僕の両親がジャズ喫茶をやっているんですよ。もう40年近くやっているんですけど、日本人の作品はほとんどかからないというか、置いていないですからね。「当時売れていないから、今もない。当時出回っていないから、今もない」っていう現在の市場の状況につながっているんですよね。当時、日本人を含めた各国のジャズ・ミュージシャンは、アート・ブレイキーやマイルス・デイヴィスを意識した音作りをしていましたから、どうしてもアメリカの模倣をしているというのは否めないと思うんですよね。そうなると、「日本人のやってるジャズはアメリカのマネっこだから、買ってもしょうがない・・・」っていうネガティヴなイメージが、日本のジャズ・ファンの中には多分にあったと思いますよ。でも、その中から「何くそ!」と思って、日野皓正さんや、菊地雅章さんなんかがすごいクリエイティヴな作品を発していましたからね。70年代以降になると、そんなことは言わせない実力が日本人のジャズにもあると思いますけど、60年代モダン・ジャズの「ファンキー・ブーム」だったりする時期に、みんながアート・ブレイキーをマネしたりするっていうのはやっぱり当然の事だと思います。




アート・ブレイキー来日公演実況録音盤
 
 ファンキー・ブーム・・・アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズが大手町の産経ホールで初来日公演を行なった1961年1月を境に、日本は空前の”ファンキー・ブーム”に突入した。所謂モダン・ジャズの時代が日本にも到来し、日本のジャズ・アーティストたちはこぞってハードバップのような演奏を始めた。ファンキー族と呼ばれたジャズ好きの若者たちも、暇さえあればジャズ喫茶に入り浸り、「モーニン」に耳を傾けていたという。ちなみに、東京都知事の石原慎太郎氏が「ファンキー・ジャンプ」という小説を書いたのもこの頃。  


 あとは、当時のレコードの値段。例えば、『祭の幻想』のステレオ盤にしても、当時で2000円の定価が付いているんですよね。あまりにも高くて買えないですよ(笑)。  ※1960年代当時の大卒会社員の初任給は平均24,000円。

--- 当時は、プレス枚数自体もそれなりにあったのでしょうか?

 レーベルにもよるんでしょうけど、色々な専門家の方に訊いてみると、「意外とプレスはされている」とはおっしゃっているんですよね。ただし、ここまで物が見つからないことを考えると・・・ほんとにごく限られた人が買っていただけなのかなと。ステレオ盤をかけられる日本のメーカーのオーディオ・セットが、当時50万円ぐらいしていたんですね。つまり、そういったものを持てる人というのがごく一部なわけで。やっぱり当時は、そんなにマニアックな視点で、コレクションとして買っているというわけではないと思うので、そうすると自然に、聴き飽きられたりしたら捨てられちゃったりしてると思うんですよ。

 中古を扱っているレコード店の観点から言うと、こういったものこそ古本屋さんだったり、古道具屋さんだったりで安く出てくることがあるんですよ。ブルーノートは出ないけど、和ジャズは結構出てくるみたいな。ということは、やっぱりレコードに全く関心のない方が買ってて、引越しか何かの機会に、家具とかと一緒に処分したんだっていう確率は高いですよね。

 僕は実際そうした場所で “大物”に出会うっていうことはないですけどね(笑)。話ではよく聞きますけど。「どこどこの古本屋でこれ見つけたんだよ!」とか。僕も、坂元輝さんの『海を見ていたジョニー』は1000円ぐらいで見つけましたけど、それもレコード屋でしたからね。でも最近は、インターネットに色々な情報が載っていますから、値段の点で言えば、レコード店でも、なかなか“めっけもん”に出会えることはないかもしれませんよね。


(次のページへつづきます)




和ジャズCDガイド



和ジャズ・ディスク・ガイド

和ジャズ・ディスク・ガイド


 近年、続々とCD化が進み、注目を集めている我が国のジャズ作品。そのレア度ゆえ今まで聴かれる機会の少なかった作品が知れわたるごとに、日本ならではの独特の味わいと欧米モノに劣らぬクオリティが、コレクターやDJのみならず、一般のリスナーにも衝撃を与えています。本書はそれら“和ジャズ”として再評価著しい作品を網羅した初のガイド・ブック。約400枚におよぶディスク・レヴューに加え、アーティスト・インタヴュー、当時の熱気を伝える貴重な写真、そしてマニア垂涎の巻頭“帯付レコード・ギャラリー”など、和ジャズの魅力をあますことなく伝える決定的な1冊です。

profile

塙耕記(はなわ こうき)

塙耕記


 (株)ディスクユニオン勤務。ディスクユニオン新宿ジャズ館の店長、THINK! RECORDSのディレクターという二足の草鞋をはく。店舗では多数のジャズ・コレクターとの太いパイプを活かし、おもに貴重盤の売買取引などで活躍。一方、制作業務においては、自身が監修する”昭和ジャズ復刻シリーズ”で和ジャズ旋風を巻き起こすなど、業界に一石を投じた。また、同レーベル内のシリーズ、”VAMOS!和ボッサ””THINK!+JAZZ”やDIWレーベルなどからもリリース作品を提案している。最近ではオリジナル盤を忠実に再現したサヒブ・シハブ『サヒブズ・ジャズ・パーティー』、ウォルター・ビショップ・ジュニア『スピーク・ロウ』のアナログ盤復刻が”職人の域に達した”と話題に。



 本文中に登場する主な和ジャズ作品



白木秀雄
祭の幻想
祭の幻想
言わずと知れた和ジャズの金字塔。モード手法を採り入れたタイトル曲(八城一夫作)が収録されていることであまりにも有名だ。白木のイマジネーション溢れるスティック捌きもさることながら、本作を一層輝かせているのは松本、世良の二人の存在。随所で魅せる彼らのソロなくして本作は成り立たない。
 

白木秀雄
コンプリート 加山雄三の世界 <廃盤>
「コンプリート 加山雄三の世界」は廃盤となります。
 マニア垂涎盤の「加山雄三曲集」のVol.1とVol.2を併せた決定盤。「太陽の恋」のバックには未詳ながら日本有数のジャズメン達が参加しているということもあり、若い世代のダンス・ジャズ系のファインダー達にとってもキラーとなった。日野皓正(tp)、稲垣次郎(ts)、大野雄二(p,org)、杉本喜代志(g)らが顔を揃えている。
 

白木秀雄
プレイズ・ボッサ・ノバ
プレイズ・ボッサ・ノバ
 『祭の幻想』と並び今もDJから熱い支持を受ける白木作品屈指のレア盤。須永辰緒氏が「夜ジャズ」シリーズでも取り上げていた「Sayonara Blues」をはじめ、「Tico Tico」、「Groovy Samba」といったフロア対応のキラー・チューンが満載。
 

古谷充とザ・フレッシュメン
古谷充とザ・フレッシュメンのファンキー・ドライブ & 民謡集
ファンキー・ドライブ & 民謡集
 テイチクに吹き込まれたハード・バップ・アルバム2枚をカップリング。ブルーノート全盛期を思わせるファンキー・チューンが全編で展開されるほか、古谷の小粋なヴォーカルも味わえる。
 

宮沢昭
木曽
木曽
 宮沢昭の生涯最高傑作。17分54秒にわたるタイトル曲では、森山威男の殺人的なドラムのパルスに乗って、最後のジョン・コルトレーン・カルテットの牙城に迫っている。フリーな精神に宿ったスピルチュアルな音楽観が実現。日本ジャズが世界に誇り得る1枚。
 

今田勝
マキ
マキ
 日本を代表するピアニストとして70年代以降多くの録音を残してきた今田が、その直前の70年にビクターに吹き込んだ初リーダー作。2曲でテナーが加わり、残り3曲はトリオ録音。後半の3曲は自作。娘の名前を付けた表題曲がロマン溢れる名演。マニア垂涎の稀少盤。
 

松本浩 / 市川秀男
メガロポリス
メガロポリス
 70年安保真っ只中の1969年、高度成長期にありながら極めてポリティカルな時代に制作された日本最高のレベルを記録したコンセプト・アルバム。激動期の大東京の日々変化していく様を、松本のヴィブラフォン、市川のピアノと、稲葉国光(b) 、日野元彦(ds)のリズム隊とによるアンサンブルが実に巧みに描いている。
 

稲垣次郎
ヘッド・ロック
ヘッド・ロック
 サックス奏者の稲垣次郎が自ら率いるグループのソウル・メディアを従えて1970年に発表したアルバム。今田勝や川崎燎、田畑貞一という面々が、サイケデリックなジャズ・ファンクを繰り広げている。
 

坂元輝
海を見ていたジョニー
海を見ていたジョニー
 テリー・ハーマンとして多くのラウンジ作品をリリースしているピアニスト、坂元輝が、盛岡・陸前高田の稀有なジャズ喫茶「ジョニー」に残した1980年のライヴ録音。メインストリームから離れ、頑として一本筋の通ったセレクションで運営された「Johnny's Disk」の初期タイトルの中でも最も人気の高い作品。五木寛之の小説をタイトルに戴いた本作は、日本ジャズの真骨頂を集約している。
 

菊地雅章
ヘアピン・サーカス
ヘアピン・サーカス
 フェンダー・ローズを多用した菊地雅章セクステットの数少ない貴重な記録にして、日本初の「ジャズと映像の衝突」。1972年西村潔監督作品「ヘアピン・サーカス」のために、ラッシュを見ながらほとんど即興的に創造された音楽と映像の見事な結合。
 

川崎燎
ミラー・オブ・マイ・マインド <廃盤>
「ミラー・オブ・マイ・マインド」は廃盤となります。
 活動拠点をニューヨークに移して久しいギタリスト川崎の79年録音作品。アンソニー・ジャクソン、ハーヴィ・メイソンをはじめとするフュージョン界の実力者を多数迎え、心地よいサウンドを展開。2曲で人気サックス奏者のマイケル・ブレッカーが参加しているのも魅力。
 

サウンドトラック
殺しの烙印
殺しの烙印
 タランティーノも多大な影響を受けた日本ヌーベルバーグの最高峰。特異な映像スタイルに渋味かつスタイリッシュなジャズが際立たせた音楽と映像の見事な激突。これぞハードボイルド・ジャズ・サントラ。日本一ダラしない名唱として知られる「殺しのブルース」は、大和屋竺。鈴木清順監督、宍戸錠主演。1967年日活。
 

サウンドトラック
すべてが狂ってる
すべてが狂ってる
 どん底へ落ちていく青年を描いたヌーベルバーグ作品。手持ちカメラと即興的ジャズの冴えた響きを取り込み、三保敬太郎、前田憲男の実験的かつファンキーなジャズ・サウンドが今こそ新鮮に響く。劇中のクラブ・シーンでは、坂本九、ダニー飯田とパラダイス・キングの演奏も収録。鈴木清順監督、川地民夫主演。1960年日活。
 

サウンドトラック
黒い太陽 / 狂熱の季節
黒い太陽 / 狂熱の季節
 蔵原惟繕監督制作のビートニク時代の2本の貴重作の音源を集めた2枚組サントラ。1964年の『黒い太陽』の音楽は、同年にクリフォード・ジョーダンらを従えて来日した全盛期のマックス・ローチ・グループが担当。全8シーンより10テイクを収録。1960年の『狂熱の季節』は、当時新進気鋭の作曲家だった黛敏郎が手掛けたモダン・ジャズ楽曲が中心。全16シーンより17テイクを収録。
 



 本文中に登場する日本のジャズ・ジャイアンツ

白木秀雄 白木秀雄(しらき ひでお)
 1933年、東京神田生まれ。東京芸術大学音楽学部打楽器科在学中よりブルー・コーツに参加。その後、白木秀雄クインテットや白木秀雄カルテットを結成。65年のベルリン・ジャズ・フェスティバルに日本人で初めて招聘されるなど華々しい活躍で、「日本を代表するジャズ・ドラマー」の名を欲しいままにした。石原裕次郎主演の日活映画『嵐を呼ぶ男』でのドラム演奏の吹き替えを白木が行なったことは有名。72年39歳で夭逝。

渡辺貞夫 渡辺貞夫(わたなべ さだお)
 1933年、栃木県生まれ。上京後、秋吉敏子に見出され彼女のコージー・カルテットに参加。カルテット解散後の58年にはジョージ川口ビッグ4に加入。61年の初リーダー・アルバム『渡辺貞夫』を発表後、バークリー音楽院(現バークリー音楽大学)に留学。68年にはニューポート・ジャズ祭に出演。帰国後は多くの国内外ミュージシャンと共演し、日本ジャズ界のリーダーとしてめざましい活躍を見せている。78年、折からのフュージョン・ブームにも乗って、『カリフォルニア・シャワー』はジャズ界では空前の大ヒットを記録。フュージョン・サウンドをポピュラー音楽として広く知らしめることになる。現在もボサノヴァ、アフリカ音楽等ワールド・ミュージックのエッセンスを取り入れながらグローバルな活動を行なっている。愛称”ナベサダ”。

日野皓正 日野皓正(ひの てるまさ)
 1942年、東京生まれ。64年に白木秀雄クインテットに入団。67年には、初リーダー・アルバム『アローン・アローン・アンド・アローン』を発表。69年、”ジャズ・ロック”を標榜した日本ジャズ史上に残る傑作『ハイ・ノロジー』で、日本を代表するトランペッターの地位を確固たるものにする。また、ピアニストの菊地雅章と共に日野=菊地クインテットとしても活動。75年からは活動の拠点をアメリカに移し、ポップな作風のフュージョン・サウンドにも挑戦。89年には、日本人ミュージシャンとしては初めてブルーノート・レコードと専属契約している。

菊地雅章 菊地雅章(きくち まさぶみ)
 1939年、東京出身。”プーさん”の愛称で親しまれる菊地は、18歳でプロのジャズ・ピアニストとして活動を開始。美空ひばり、渡辺貞夫、日野皓正などと共演。68年の日野皓正との双頭ユニット『日野=菊地クインテット』を皮切りに重要作を次々と発表。70年発表のアルバム『Poo-Sun』では、マイルス・デイヴィスが着手していたファンク濃度の濃いエレクトリック・ジャズを日本でいち早く体現。そのマイルスとは70年代後半にセッションも行っている(未発表)。その先鋭的で独創性に富んだサウンドは、DJ Krush、Calmをはじめ多くのクラブ・サイド・クリエイター達から支持されている。

今田勝 今田勝(いまだ まさる)
 1932年、東京生まれ。猪俣猛とウエスト・ライナーズなどで活躍した後、70年に初リーダー・アルバム『マキ』を発表。今田の流麗なピアノ・タッチに酔うトリオ+ワンホーン録音で、最上級のストレート・アヘッド・ジャズを聴かせてくれる。本作をはじめ、『ナウ』、『グリーン・キャタピラー』といった秀作を発表し、瞬く間に、70年代以降の日本の新主流派ピアニストのトップにのぼりつめた。また、全国各地のコンサート、フェスティバル等で精力的な活動を続け、長きに渡り日本のトップ・ジャズ・ピアニストとして活躍している。

古谷充 古谷充(ふるや たかし)
 1936年、大阪生まれ。アルト・サックス奏者として大学在学中から多くのバンドに在籍していた古谷は、北野タダオとアロー・ジャズ・オーケストラ等を経て、59年に自己グループ、古谷充とザ・フレッシュメンを結成。テイチクに吹き込まれた『古谷充とザ・フレッシュメンのファンキードライヴ』、『民謡集』は、当時日本を席巻していたブルーノート・サウンドに代表されるファンキー・ブームへの極東からの回答とも言える最高のハードバップ・アルバムとなり、関西随一のトップ・コンボとして絶大な人気を誇った。80年代以降は、ソリストとしての活動に重点をおき、また、ジャズ・ヴォーカリストとしても2枚のアルバム(『Solitude』(75年)、『Touch Of The Lips』(86年))をリリースし、高い評価を得ている。