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作家・平野啓一郎さん インタビュー

2009年8月21日 (金)

interview
作家・平野啓一郎さん インタビュー

書き下ろしの最新作『ドーン』(講談社)を発表したばかりの、作家・平野啓一郎さん。
大学在学中に発表したデビュー作の『日蝕』で、第120回芥川賞を受賞。 デビュー10年目にあたる昨年には、1500枚の長編『決壊』 を発表し、多くの読者の心に衝撃を与えました。
ロック、ジャズ、クラシックなど、幅広い音楽への造詣が深いことでも知られ、ギターの演奏もされるという平野さん。HMV ONLINEとしては、とっても気になる作家さんです!
ちなみに、初めて買った「大人の音楽」は小学2年生の時で、マイケル・ジャクソンの『スリラー』だったそう!
『ドーン』には、マイケルに関連する部分もあるとか・・・!最新作『ドーン』についてお話を伺いました!

--- 最新作『ドーン』は2030年代が舞台ですね。

 時間的に、あまり遠い世界になってしまうと、単に寓話というか、今とは離れた話になってしまう と思ったんですよね。
実際、人類が火星に行く可能性に一番近いのが2030年代くらいらしいんですけれど、 考えてみると、今マンション買う人って30年ローンとかで、そうすると一応現実ではあるわけですよね。 25年後くらいというのは。
ここ10年くらいの世界の変化を見ていると、未来はきっとものすごく変わっているんだろうなとは思うんだ けれど、とは言え、自分とも関係のある生活の延長という感じがしていて、 それぐらいの年代を設定したいなと思ったんですよ。

--- 2030年代になった時の読者の存在は、意識されましたか?

 そこまで読み継いでもらえると嬉しいんですけどね。(笑)
ファッションの世界ではだいぶ前からですが、80年代ブームが来ていますよね。
マイケル・ジャクソンが亡くなって、またあの時代を懐かしんだり。
この前、「レスラー」っていうミッキー・ロークの映画を観たんですけど、あれを観ていても、「80年代はガンズ とかモトリーでお気楽で良かったけど、NIRVANAが出てきて急にみんなシリアスになって、90年代は退屈だった」 とか言っていて。
今まではその逆で、80年代はダサいみたいな感じで、NIRVANAが出てきてカッコイイ、みたいな話だったのに、 それがひっくり返ったっていうのが面白かったんです。
80年代ってアニメでも「北斗の拳」とかけっこうSFっぽいものもあって、今はもうその時代を通り越していて、 199X年に、実際に核戦争は起こらなかったけど、今それらの作品を観ても面白い部分はあるんですよね。
そういう意味ではSFって、描かれたその時代になった時に、実際にはそうなっていなくても、昔の人はそういう 妄想を膨らましていたっていうのが面白いんじゃないかな、と思います。

--- 前作の『決壊』から『ドーン』に至るまでの経緯はどういったものだったのでしょうか?

 もともと、今の時代が生きづらいという実感があって、特に去年くらいまでの、サブプライム・ローン問題とかが起こる直前くらいに、なんともしれない鬱屈感があって、社会自体に行き詰まりを感じていたんですね。今の時代ってどういう時代なんだろう、そういう時代の中で生きるってどういうことなんだろうって考えた時に、作家として、何が問題なのかっていうことを『決壊』で一回突き詰めて考えたかったんです。
社会全体に問題があって、それが解決されない限りは、ここで生きている人たちの問題も解決されないはずなのに、小説の最後だけ「それでも頑張る」という終わり方は自分として釈然としなかったんです。なんとなくの癒しの物語で解決したくなかったので、今の社会の1番難しくなっている部分を、とにかく徹底して書こうと思ったんですね。
ただ、その後『決壊』を読んだ読者から「じゃあ、どうやって生きていったらいいんだ」という切実な感想があって、僕自身、どうやったら『決壊』で書いたことを乗り越えて前に進めるのか、次はどういう社会が考えられて、どういう風に生きていくのかを考えてみたかったんです。

--- 『ドーン』に描かれている未来では、本来ならば、分けることのできない「個人」が、分けるこ とができる《分人》という単位で存在し、《分人主義》がベースになった社会ですが、この 《分人》はどういったきっかけで意識し始めたんですか?

 中学・高校くらいの時に、学校にいる時の自分と、家にいる時の自分っていうのが分離している感じがあったんですよね。最初は「この学校に合わないな」って思っていたんですが、1人1人個性があるから、合わないっていうことはどうしても出てくるんだなと思って、この違和感は、その学校と合わないっていうことではなくて、「個人と社会」との間の違和感なんだなって考え直したんです。だけど、学校はそこまで1人1人の差が激しくないですけど、社会に出て行くと、出身地も違うし、すごく多様な面があって、自分がプライベートで付き合う人達も、どんどん色々な人が増えていく中で、「個人と社会」とか「内面と外面」とか、もう、そういう2つの分け方だと上手くいかない感じがしたんですね。
「最後の変身」(『滴り落ちる時計たちの波紋』所収)という小説を書いた時に、「唯一の性格」が「キャラ」を使い分ける、「仮面」を使い分ける、というイメージで考えてみたんですが、モデルとしてあまり上手くいかなかったんです。仮面を使い分けていると思うと、結局、人間関係が表面的になってしまう気がしたんですね。仮面同士で付き合わなきゃいけない、そういう社会も嫌だなと思ったんです。その頃から、どういうモデルだったらいいのかなって考え始めて、本当の自分が仮面を使い分けるっていうことじゃなくて、人と接するごとにいろんな自分が自然と出来てくるっていうモデルの方が正しいんじゃないかと思って、それが今回の小説に出てくる《分人主義》の考え方になってくるんです。最終的には1人の人間なんですけれど、一旦分けて《分人》っていう考え方で分けてみると、色んな事がすっきりするんじゃないかなと思ったんですよね。

--- 『決壊』の崇は、最後にああいった道を選ぶしかなくなるまで追い詰められ、『ドーン』の明日人も、近い状況になりますね。

 『決壊』を書いている時は、まだ自分の中に《分人主義》のようなアイディアはなくて、そのギリギリくらいの所まではいっていたんですが、崇は結局、本当の自分が接する人間ごとに仮面を使い分けているような発想のイメージまでだったと思うんですよね。
だけど一方で、崇は、良介と接している時の《分人》というものが自分の中にあって、社会で上手くいっていないけど愛おしいと思うような人間に対して、自分が感情を動かされる時の《分人》が大事なんだと思っているから、良介は死んでしまってはいけない、大切な存在だったということを感じていたんじゃないかなって・・・。
作者ですけど、『ドーン』を書いた後で『決壊』を振り返ると、そういう風にも見えてくるんですよ。だから崇も、愛情を持っている甥っ子に対する《分人》を足場に、希望を持つこともできたのかもしれないということを考えて、どうしたらあの結末にならずに済んで、どうしたら「悪魔(犯人)」はあんな犯罪者にならずに済んだのかを考えたかったっていうのが『ドーン』を書く上でのモチベーションのひとつだったんです。
『決壊』について、意外に多くの読者から「崇が希望を見出せるような結末にして欲しかった」という声があったんです。社会の中には、崇が置かれたような状況の人を、バッシングする人がいる一方で、見守っていくという気持ちを持っている人が、それなりの数はいるんだなということを改めて感じて、それは希望を感じたんですね。
過ちを犯したり、失敗をしてしまった人に対して、支援を申し出る人がいますよね。それを赦せないと感じる人もいると思うんです。だけど、死なないで生きていくためには、生きて行けるための足場としての《分人》が必要なんじゃないかと思うんです。過ちを犯した人と、その人を支えようとする人との間に築く関係までもバッシングすることは出来ないんじゃないかと思うんですよ。
それで、『ドーン』では、どうするのがいいのかっていうことは直接は書かなかったんですけれど、最後のシーンでは、バッシングする側に立つのか、見守っていく側に立つのか、読者にも空港のあの場所に立ってもらって一緒に考えてもらおうと思ったんです。

profile

平野啓一郎
  1975年、愛知県生まれ。京都大学法学部卒業。大学在学中に発表した『日蝕』で 第120回芥川賞を受賞。
著書に、『一月物語』『葬送』『高瀬川』『滴り落ちる時計たちの波紋』 『あなたがいなかった、あなた』『決壊』などがある。『決壊』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。最新作は2009年7月に発売されたばかりの『ドーン』。
小説執筆の傍ら、対談、評論等も行い、音楽に関連する著作としてはジャズジャーナリスト小川隆夫氏との共著『マイルス・ディヴィスとは誰か』『TALKIN’ジャズ×文学』がある。また、『葬送』では、ショパンとドラクロワを主人公に据え、近代ヨーロッパの精神史を2500枚に渡って描き出し、グレン・グールド生誕75周年の企画アルバム『平野啓一郎と辿るグレン・グールドの軌跡』では、グールドの音楽を、文学者ならではの独自の視点で解き明かすなど、音楽への深い造詣がある作家としても知られている。

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