上の写真、パンタじゃありませんよ、決して。知る人ぞ知るという云い方をしてもよいでしょう、日本が世界に誇るマルチ・パーカッション奏者・・・厳密に云えば、世界から火が点いた逆輸入アーティスト、ツトム・ヤマシタ、となるでしょうか。綴りは、西洋人にとって「Tsutomu」という発音は困難を極めることから、「Stomu Yamashta」、または、「Stomu Yamash'ta」となっております。表記ミスではないことを、ご念頭にお願い致します。簡素なプロフィールを記しますと・・・1947年京都生まれ。弱冠17才で渡ったアメリカで活動を続け、打楽器による”これまでにない音”を創造し、「打楽器のイメージを変えた人」(米タイム誌)と世界的にも高く評価され現在に至ります。1972年には、演劇と劇団を融合した芸術集団「レッド・ブッダ・シアター」、さらには、本稿の主役となるロック/ジャズ・ロック〜プログレ的性格の強いプロジェクト「Go」を結成しました。また、まだ無名だった時代に、黒澤明監督の『用心棒』のスコアでパーカッションを演奏していた、というエピソードも残されています。
まずは、現在のヤマシタ氏の活動を知る上でも、「サヌカイト」という石の打楽器について簡単に説明した方がよいかもしれませんね。「サヌカイト」とは、四国・讃岐地方で産出する石(1350万年前に噴出した溶岩)のことで、その名の由来は、「讃岐の石」という意味から来ているそうです。このサヌカイト、金槌で叩くと抜けのよい美しい金属音を発しながら振動し続け、古くは、鐘用に供せられ、『かんかん石』とも俗称されていました。ヤマシタ氏とサヌカイトとの出会いは、1986年に遡ります。1990年には、イギリスのミステリー・サークル”ストーン・ヘンジ”にてサヌカイト演奏を行ったことは、つとに有名な話であります。このサヌカイトとの出会いにより、「西洋と東洋における”音”の追求の方法が違う」ということを認識したヤマシタ氏は、現在の音世界へと行き着きました。サヌカイト演奏にとどまらず、ベルリンフィル、フィラデルフィア、シカゴ響といった世界有数のオーケストラとソロ打楽器とによる協奏曲演奏、京都・東寺での仏教音楽研究に基づく「供音式(音による法要)」、演劇と音楽を融合した芸術集団「レッド・ブッダ・シアター」の立ち上げなど、その活動の履歴は多岐に渡ります。こうした氏の”打楽器の可能性とその創造性”を追い求める熱意・探究心は、いち打楽器奏者としての活動域を遥かに超えた、スピリチュアルでイマジネーションに満ち溢れた部分に帰依するものであり、総合芸術としての打楽器のポテンシャルの高さを、”自然との対話の中から生まれた偶然性”という角度から世に示している数少ない演奏者のひとりと云えるのではないのでしょうか?
そして、こちら。今回、アンコール・プレスとして紙ジャケ再リリースとなる『Go Too』。77年にニューヨークとロンドンで録音され、米Aristaより発表されたアルバムです。ストーリー性のあるコンセプトを、ロック〜ジャズ・ロック寄りのイディオムで具現化しようとしたヤマシタ氏のプロジェクト=”Go”。氏自らのアイデアをバンド・メンバーに伝えるために、まず最初にNASAの”宇宙フィルム”を全員に見せたというエピソードや、ジョージ・ルーカスが氏に『スターウォーズ』の音楽を依頼しようとした逸話も残されている前作『Go』(76年発表)は、「宇宙に存在していた人間が、何か見えないものに引かれ地球に向かう旅の過程を、空手チャンピオンのクラタの敗北〜復活〜勝利の物語に投影した作品」であったのに対し、こちらの『Go Too』は、「宇宙から来た人々の間に生まれた”愛”をテーマとしたストーリーを持つコンセプト・アルバム」となっているのです。つまりは、宇宙での闘争から、地上で芽生える愛へと、ストーリーが展開。当初、この『Go』プロジェクトは、3部作を予定していたそうで、『Go On』という次作の仮タイトルまでも決まっていたということなのですが、78年、ヤマシタ氏は、突如全ての音楽活動を停止して日本に帰国してしまいました。鬼形智氏による『Go Too』ライナーにも明るいのですが、ヤマシタ氏自身は、その当時の理由を、「すべてのジャンルにおいて自分が最高であると思い込み、その結果、他人の作品がすべてつまらなく見えてしまった。ようするに、感動を失ってしまったんですね」と振り返っています。その後、京都の東寺に籠もって仏教音楽の研究に打ち込んだことは、知られているところでしょう。 「序章」、「再会」、「狂気」、「愛の神秘」、「運命の轍」、「美」、「男と女」、「月蝕」、8つのテーマから成る『Go Too』は、そんな氏の葛藤連なるターニング・ポイントとなった時期に制作されているという点でも、キャリアにおいて、とても興味深い作品と位置づけることが可能なのです。
『Go』と同じく参加ミュージシャンの豪華さには、「ヤマシタ・ツトムの世界」に対する海外からの注目度の高さや、評価の高さが顕著に表れていると云ってもよいでしょう。『Go』及び、ライヴ盤『Go - Live From Paris』には、すでにトラフィックを解散させていたスティーヴ・ウィンウッドらが参加。『Go Too』には、『Go』に引き続き、サンタナの元メンバーとして有名なマイケル・シュリーヴ(ds)、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァー参加で知られるアル・ディ・メオラ(g)、独ジャズ・ロック界を代表するマルチ鍵盤奏者クラウス・シュルツ(key)、さらに新たな参加組として、ハービー・ハンコックのヘッド・ハンターズでおなじみのポール・ジャクソン(b)、『Lark』、『Fathoms Deep』といった名アルバムを発表していた5オクターブの歌声を持つシンガー・ソングライター、リンダ・ルイス(vo)、”黒い”歌唱を本領とする英国シンガー、ジェス・ローデン(vo)など・・・ロック、ソウル、ジャズ、クロスオーバー、各界を代表するミュージシャン達が集結し、ヤマシタ氏の世界を見事にサポートしています。とりわけ、粘り気のあるポール・ジャクソンのベースが加わったことにより、”ジャズ・ファンク〜フュージョン指数”は、前作に較べ格段にアップ。昨今著しい”ジャパニーズ・レアグルーヴ再考”の文脈からすると、「狂気」、「運命の轍」、「男と女」といった楽曲などには、クラブ界隈からの需要にも十分応え得る要素が詰め込まれていると断言してもよいかもしれません。
富田勲、YMO、喜多郎らと並ぶ、世界が認めた陽の国の才、ツトム・ヤマシタ。氏の音楽は、今日も国境と時間を越えて世界中に届けられ、愛されていることでしょう。なれば、今こそ、母国での再評価を祈願!