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「永遠の名盤なんてあるの?」

2008年9月17日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第152回

「永遠の名盤なんてあるの?」

 昔から、トスカニーニ指揮のレスピーギ「ローマ三部作」は名盤中の名盤とされてきた。私もまだ十代のころ、その評判に惑わされてLPを買ったものである。聴いてみて、「なんだ、この音の悪さは?」と思った。ベートーヴェンやモーツァルトならいざ知らず、モノラルの、しかも決してすばらしいとは言えない音質であの曲を聴いても、いかにもちゃちな感じしかしなかったのだ。
 CD時代になってもその印象は変わらなかった。今も手元に2種類があるが、ハッキリ言って、私には演奏の魅力が全然わからなかった。
 そこに、今まですぐれた音質を誇る平林直哉復刻が登場した。解説によると、平林氏はいろいろな復刻を聴いたが、これでなければ納得できないという最高の音質を実現したと自負しているらしい。
 確かに、私が持っているCDなんぞよりは、ずっとよい音がする。もしあなたが、ぜひトスカニーニの「ローマ三部作」を聴きたいと考えているなら、これを買って間違いないところだろう(もちろん、再生機器との相性はあるだろうが)。「アッピア街道の松」のすさまじい盛りあがりなど、演奏のすばらしさが伝わってくるのは事実である。
 しかし、だ。それでもなお私は思うが、こんな音質でレスピーギを聴いても仕方がないのではないか。汚く濁った最強音、安っぽい音色のトランペットやクラリネット、わざとらしくクローズアップされた木管。とにかく音色が汚いうえに、種類が少なすぎるのだ。数色しかない絵の具みたい。だから、迫力で押しまくる部分はまだしもとしても、静かな部分がまるでダメ。へたくそで貧相に聞こえてしまう。甘美で陶酔的な響きが楽しめなくて、野蛮なまでの壮大さがなくて、何の「ローマ三部作」か。「ローマ三部作」など、効果的なオーケストレーションがあればこそ聴ける音楽なのだ。
 たとえば、カラヤン指揮ベルリン・フィルやチェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送響のCDを聴いてごらんなさい。まさにうっとりするような美しいオーケストラの響きが堪能できる。いつまでもその魔術的な響きの楽園に浸っていたいと思わされるほどだ。あまりの感覚美ゆえに、はかなさまで漂う。また壮大な部分ではこれでもかという物量作戦(まさに20世紀的美学、もっというとナチにも通じる美学)で聴きてを圧倒する。チェリビダッケの録音など、演奏のすごさを伝えるための最高に理想的な音質とは言い難いが(チェリだもの、どうしようもないが)、トスカニーニとは比べものにならない。特に「ジャニコロ荘の松」など、オーケストラ芸術の極致だ。生で聴いたら絶命したかもしれないと思わせるほど美しい。その最後の部分など、この作品がある程度以上の音質でなければ鑑賞に値しないことを如実に示しているだろう。
 あるいは、バティス指揮ロイヤル・フィルを聴いてごらんなさい。あっけらかんとした色彩とエネルギーの放射を楽しめる。だが、同じように活発であっても、トスカニーニのほうは細かな音(のニュアンス)が消えてしまったがゆえに、妙にヒステリックに興奮しているように聞こえてしまう。これではヒトラーの演説みたいだ(トスカニーニなら激怒するであろう比喩)。
 思わず笑ってしまうようなスヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立管、特別な個性はないものの十分にきれいなデュトワ指揮モントリオール管もある。名盤などと言うものは、決して永遠ではない。それは、美の価値基準が永遠でないのと同じだ。なるほど、半世紀前にはこのトスカニーニを上回る録音がなかったのかもしれないが、ハッキリ言って、これは過去の遺物である。残念ながら、私としてはそう思うしかない。


 それにしても昨今、次から次へと新たな復刻が出される。かつてのプロレス団体乱立みたいで、復刻戦争と呼びたいほどだ。
 そんな中、レーザーでLPの溝を読みとる方式の復刻でフルトヴェングラーが2点出たのが目を引いた。これが想像以上によいのである。「第5」の頭を聴いて、えっと驚いた。何でもこのプレーヤーは調整がきわめて難しいらしく、普通のレコードプレーヤーみたいに手軽に家で楽しむわけにはいかないらしい。が、情報量はとにかく多い。これなら十分ホールで鳴っていたであろう響きが想像できるのだ。その点では、トスカニーニの「ローマ三部作」をはるかに上回る。特に響きが硬軟大きく変わるのに目を瞠ったし、「第5」フィナーレの音量の振幅、変化はそれこそナマを聴いているような迫力がある。フルトヴェングラーって、テンポだけじゃなくて、音量のほうもこんなに扇情的だったのだ。こういう音質でやれるのなら、古いLPはみなこれで復刻したらいいんじゃないかと思わされた。
 と同時に、残酷なことだが、合奏のふぞろいもはっきりわかる。もちろん、ふぞろいがあるからダメみたいな野暮は言わない。しかし、それにしてもこんなにおおざっぱでいいんだろうかと思ってしまう瞬間があったことは事実だ。
 何はともあれ、自分の耳でご確認あれ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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