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「マジメなクラシック・ファンは激怒?の映画」

2008年6月13日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第145回

「マジメなクラシック・ファンは激怒?の映画」

 「クラシック・スナイパー」に毎回映画についての文章を書いている杉本のりひこ氏に勧められて「ニュー・ジャック・アンド・ヴェティ」という映画を見た。約40年前に作られた日本映画である。これがたいへんおもしろい。若い婚約者ペアと親戚が織りなす人間模様、典型的な室内劇である。冒頭、まずはきわめて普通っぽく着実に話が始まるのだが、やがてまったく予想もできない台詞や状況が次々に出現し、最後、おそらく誰も想像もつかない結末に至る。一時間強の間、何度も唖然呆然とさせてくれるのだ。「あくまで大まじめに遊ぶ」という60年代っぽさが濃厚である。
 クラシック音楽がふんだんに使われている。特に最後の「マイスタージンガー」前奏曲の使い方はドンピシャリだ。さまざまなモチーフがくんずほぐれつ・・・という音楽が内容とピタリと合って、壮麗な効果をあげる。
 だが、何より驚かされるのは、童謡「ぞうさん」の使い方だ。この映画を見た人は、その後「ぞうさん」のメロディを耳にすれば、必ずやこの映画を思い出すことになるだろう。あまりにもメチャクチャな使い方に、私が作曲者なら怒り心頭に発すること間違いない。
 とにかく、近年これほど興奮させられた映画も珍しい。超お薦めの奇作、怪作である。

 さて、このところ立て続けにヴァイオリンを聴きに行った。まずはムターが弾き振りするヴィヴァルディの「四季」。CDも超こってりした濃厚演奏だったが、生もまずは期待通り。「冬」の第2楽章など、超ロマンティック、超甘美にして、はるか彼方へ思いをはせるような音楽だった。全体としての緊張感や密度はCDのほうが上だったが、部分部分ではさすがと思わせ、十分楽しめた。
 そして、この「四季」よりさらにすごかったのが、有名なバッハのヴァイオリン協奏曲の第2楽章。これぞまさに絶品、崩壊寸前の爛熟しきった味わい。近頃注目の若手は内外問わずいろいろいるが、こんな音楽ができる人は誰もいないだろう。「ヴァイオリンの女王」という呼び方は決して大げさではない。最近出たバッハのCDはまだ聴いていないが、おそらくそちらもすばらしいはず。
 最近のムターは、弱音で勝負するから、奮発してS席を買い、うんと前方で聴いて正解だった。サントリーホールの後ろの席では、ほとんど聞こえなかったかもしれない。何せ、チェンバロよりはるかに弱い音で歌い続けたりするのである。

 その翌日はバロック・ヴァイオリンの名手と言われるアンドリュー・マンゼを聴いた。やはり私は古楽が苦手らしい。これはこれで立派というのはわかるのだけど、草食動物っぽいというか、水彩っぽいというか、ギラギラしたエゴが出てこない芸術には物足りなさを覚えてしまうのである。きわどさというか、危なさがないと心底魅了されないのである。パンドルフィの曲などおもしろいだけに、これをクレーメルだのムターだのが弾いたらどうなるだろうと考えてしまった。あるいは、トッパンホールという会場が音楽をきれいに聴かせすぎてしまう特徴を持つせいなのかもしれないが・・・。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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