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「日常の延長にあるブルックナー」

2007年8月20日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第118回

「日常の延長にあるブルックナー」

 8月も真ん中を折り返し、2007/08シーズンが近づいてきた。この1年、いろいろなコンサートやオペラがあった。オーケストラ好きには昨秋のアーノンクールの来日が最大の話題だったろうが、私の場合は、スカラ座のオーケストラに喜ばされた1年だったと言えるだろう。このオケ、決して録音は少なくないのだが、ではどれか強烈なものを・・・と言うと、あまり印象的なものがない。それゆえ、世界の第一級の楽団というときに名前が挙がってこないわけだが、どうしてどうして、実力を発揮したときのすばらしさにはひたすら感心するしかないのである。ムーティとの録音や録画はいろいろあるけれど、残念ながら上から押さえつけるタイプのムーティは、この楽団とは相性が決してよくなかったらしい。彼が去った今、オーケストラはいきいきと演奏している。自発性を発揮させてこそ魅力が増すタイプのオーケストラなのである。
 幸い、今年は2つ、そうした例に遭遇した。チョン・ミュンフンが指揮した「蝶々夫人」、大野和士が指揮した「ムツェンスクのマクベス夫人」だ。前者では、こんなにきらびやかな音がスコアに記されていたのかという印象主義的な燦然たる響きに陶然とさせてくれた。後者では、繊細微妙かつきわめて美しい心理描写にうならされ、しかもパワフルな点でも物足りなさはいっさいなし。私はこのショスタコーヴィチのオペラをあちこちで聴いているが、音楽的なレベルの高さでは、圧倒的に一番だった。グロテスク、皮肉、暴力ばかりのオペラに思えるけれど、こうも美しいのかと驚かされた。ドレスデンと同じく生々しいと同時に、常に美的なのである。これでは当分スカラ詣でをしないわけにはいくまい。とはいえ、常にこうしたすぐれた演奏を行っているわけでなく、やはりチョンとか大野とか、しっかりした指揮者が振らないとダメなことは疑いない。

 さて、連日インドもびっくりの異常な暑さが続いている。これだけ暑いとどうしても大規模なオーケストラものを聴く集中力が薄れてしまう。もともと暑さに弱い私など、ほとんど半死に状態だ。そんな状況下、大きな流れで聴かせるヨッフム指揮ミュンヘン・フィルのブルックナー第9交響曲が快適だ。速めのテンポ(というか、当時はこれが普通だったが)でズンズン進んでいく。ブルックナーをさんざんやってきた指揮者だけに、危なげがなく、自分のやり方が確立されている。第3楽章ものびのびとしていて、開放的だ。この楽章、どうしても緊張を強いる演奏が多いが、これはもっと穏やかで平和。といっても別にバカっぽいわけではなく、瑞々しい情感表現が好ましい。非日常というより日常の延長にあるブルックナー。

 それでも暑苦しいのなら、純クラシックのオーケストラ曲はほとんど無理だろう。たとえば、小松一彦指揮東京交響楽団による交響詩「ウルトラマン」など、映画音楽的(当然か)な屈託のなさで、ぼうっとしているときでも大丈夫。同じようにオーケストラ音楽であっても、やはりクラシックの構造性は特別なのである。
 バリバリの新録音ではなく、約30年前の音源の復刻だが、音質は十分以上。欲を言えば、演奏者の思い入れが感じられるいっそうネチネチ不気味かつ壮大な演奏が聴いてみたい。たとえば、行進曲。「ウルトラセブン」において、戦闘にはしばしば暴力や不条理の気配が漂っている。だとしたら、運動会みたいに軽いノリの演奏ではなく、両義性を感じさせるような含みのある演奏をしてほしいところだ。ショスタコーヴィチがそうであるように。

 この前、アコーディオンによるバッハのアルバムを取り上げたが、ハラルト・エーラーという人の「展覧会の絵」も心地よく聴いた。何と言っても、マニアックな興味など持たずとも純粋に美しい音楽として聴けるのがいいのだ。特に驚くようなことはないけれど、オーケストラ版、ピアノ版に親しんだ耳も、抵抗感なく楽しめる。私はアコーディオンという楽器について詳しくはないが、わざわざ解説書に使用楽器の特徴が記されている。確かに、このようにニュアンス豊かな演奏はすぐれた楽器なしには実現しなかっただろう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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