SOZORO×あがた森魚 対談

2007年8月13日 (月)

    インタビュー
  SOZORO ×あがた森魚 対談

c シャンソン、ジャズなどをベースにし、一度聴いたら忘れられない独特の世界を展開する男女2人ユニットSozoro。ボーカル、ギター、作詞、作曲を担当する吉原伸と、フルート、アコーディオン、編曲を担当する笠原麻矢の男女2人によって描き出されるSOZOROの世界。今回発売された『ゴッホのタッチ』を記念して彼らの世界観にも多大な影響を与えたあがた森魚氏との対談。 両アーティストの雰囲気にも通じるような、昭和の面影を感じさせる赤羽の純喫茶“Dear”(デア)にて、SOZOROの世界観やあがた氏との出会い、さらにはあがた氏の歴史などたっぷり話してもらいました。
写真左より:あがた森魚、笠原麻矢(SOZORO)、吉原伸(SOZORO)
> SOZOROオフィシャルサイト > あがた森魚オフィシャルサイト

Sozoro

SOZORO
/ゴッホのタッチ

アコースティックギターとアコーディオンの奏でる哀愁を帯びた響きとタイムスリップしたような歌詞は一度聴いたら病み付きに。
あがた森魚

あがた森魚
/タルホロジー

デビューから35年をむかえ、いまなお音楽的探究心がとまらないあがた森魚、久保田麻琴をプロデュースに迎えて描かれる大パノラマ世界。

あがた森魚の音楽との出会い。“この人はなんなんだ!!?”

吉原:僕が学生時代にはっぴいえんどとか好きで、大瀧詠一さんが特に好きで、その流れで『僕は天使ぢゃないよ』のアルバムを最初に買ったんです。 正直話すと、初めて聴いたときには、この人は何なんだ??みたいな(笑)、何がなんだかわかんない??そのときは正直消化できないまま。

あがた:ひいちゃった?(笑)

吉原:あぁいろんな人がいるんだなぁ〜みたいな(笑)

あがた:怪しいもの聴いてしまったなぁと?(笑)

吉原:ふと、しばらく経って、もう一度同じCDをかけた時に、なんて言うかこう、全然衝撃が違ったというか、大げさじゃないくらい、涙が出るくらい感動してしまったというか。もう、その日のうちにあがたさんのアルバムを何枚か買いに出かけて、その後しばらくずっと聴き続けて、気が付いたらもう中毒になってましたね。

あがた:それいつ頃?

吉原:最初に買ったのは高校時代ですね。衝撃をまた受けたのは、高校卒業したあとぐらいで、19かハタチぐらいかな、まだ地元にいる頃。

あがた:何年ぐらい前の話?

吉原:それはもう10年ぐらい前。

あがた:あぁ〜そう。いろんな出会いがあるんだね。

吉原:今まさかこうやって話をするとは。(笑)

HMV:実際出会われたのはいつなんですか?

あがた:去年だよね。去年の1月?

吉原:そうですね。

笠原:シン君はその前に居酒屋で。

吉原:そう居酒屋で。俺が昔働いていた居酒屋に飲みに来られたことがありまして。

あがた:俺が!?それはどこだ??(笑)

吉原:それは新宿の居酒屋さんで、ちょうど裏の昭和館でしたっけ?女番長ゲリラの上映をやってて。

あがた:あ〜やってた。見たその“女番長ゲリラ”って?

吉原:見ました見ました。

あがた:う〜ん。なんとも言えず、あの作品自体も、あがた君の登場の仕方もね。(笑)いやだから貴重な作品だよね。

吉原:あれは本人役?

あがた:本人役。犯人役じゃなくて、本人役なの。(笑)まぁ似たようなもんだけど。(笑) だから僕は、俺の話をしててもいいのかどうか…まぁ余談・雑談としてね。

ちょうど、俺今、蜷川幸雄さんの舞台、エレンディラっていうのを、ちょうど今稽古してる最中なんだけど。もう舞台やるのも久しぶりなんだけど、やっぱり演劇みたいの最初すごい興味あって、映画にも興味もったりしてて、そういう流れから音楽に入ったっていうのもあるからね。僕の音楽はちょっと、そういう色合いも強かったりするんだけど。

吉原:でもアルバムを聴いても、だいたいそういうちょっと映画に通じる、トータルとして聴くおもしろさがやっぱありますよね。

あがた:あるよね。だからまぁ、蜷川さんのお芝居を今一緒にやっててさぁ、こう、やっぱり歌うこととお芝居やることの違いとか、歌をやることと、映像を創ることの違いっていうのは、まぁどっかではすごく通じてるんだけど、やっぱ具体的な作業としては、やっぱりこうも違うかっていうね。

歌うっていうのは、あれだね、あがたさんってなんなの?”って肩書きを聞かれてるとしたら、僕は歌手なのさって言ってるの自分で。
シンガソングライターとかミュージシャンとか音楽家とか、まあ色んな言いかたできるけど。アーティストとかなんとでも言い様あるけど、俺一番すきなのは歌手で、歌手って、詩と曲を歌うことで、全部を集約する…、そっから全部出ていくわけだよ。歌うことによってしか出ていかないじゃん。

だから、それができるから歌手っていいなぁって、自分では肩書きとしても、自分のこう一応役職としても、非常に気に入ってんだけどもね、歌手っていう立場がね。

ところがお芝居っていうのは、舞台の上に立つと全部やんなきゃいけないわけね、台詞があって、まぁ台詞があってしゃべる分には、歌うことと一緒なんだけど、歌うってのはすごい抽象的っていうか…非常に音と、音楽的サウンドと、声で全部が、非常に抽象的なんだけども、音楽ってすごい数学的だったり、物理的だったりして、そこの上にこう、声と、リズムとメロディが乗った時にさぁ、ものすごい、えもいわれぬ表現になるわけじゃん。

ところが、お芝居っていうのは、それを全部一回元に戻して…いましゃべってるこの現実、“ハイ、ヨーイスタート”って言ったら、これを、同じことをやんなきゃいけない、久々に芝居をやってさ、以前はあがた森魚さんのままでいいですよって、まぁ今もそう言ってくれてるけど、でも夢千代日記とかTVドラマに出たときも俺こう、ぼ〜っと立ってるだけでいいわけよ。なんか台詞時々ぼそぼそっとしゃべって。

でも今、全体の舞台で生で動いてる中に、俺も一緒にそこに入るときに、俺は、やっぱり、みんなの中に溶け込んで、アンサンブルでお芝居しなきゃいけないわけね、俺、写真屋の役なんだけども、こう三脚立てて、こやって、昔の看板式の写真なわけだから、マグネシウムたいたりとか…マグネシウム本当に焚いたりするわけ、もう必死だよ(笑)

SOZOROっていうのも、こうイマジネーションの世界が…、大瀧さんって今言ったけど、大瀧さんっぽくないよねある意味。

 
―続く―


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