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「シュターツカペレが世界遺産に」

2007年4月12日 (木)

連載 許光俊の言いたい放題 第107回

「ドレスデン・シュターツカペレが世界遺産に」

 ついさっき、ドレスデンのオペラから、「シュターツカペレが世界遺産に決定しました!」というニュースが送られてきた。ちょうど久しぶりでヨッフム指揮シュターツカペレのブルックナー全集を聴くともなく聴いていたので偶然に驚いた。今でこそいろいろな録音があるが、LP時代にはブルックナー(の特に有名でない交響曲)を聴こうと思うと、一番手に入りやすく抵抗感が少ない演奏は、ヨッフムの2種類の全集くらいだった。カラヤンはむやみと騒がしいし、バレンボイムとシカゴ響もキンキラしているし、朝比奈はオーケストラは下手だし、とろくなものがなかったのである。曲によってはクレンペラーやベームも買えたが、いかんせん限られていた。そうそう、ヴァントとケルン放送響の演奏も輸入されて一部で話題になっていたっけ。
 ヨッフムの演奏は、今聴くとけっこう荒削りなところもあり、それも含めて戦前っぽい雰囲気があって懐かしい感じがする。第8番など、発表当時にはさんざん音質が悪いと文句を言われたものだが、最近の激安セットでは、ずいぶんクリアな音だ。
 中では第2交響曲の第2楽章など、すばらしく美しい。響きは厚みがあるが、音楽の進行ともども、重ったるくない。ホルンの深くて神秘的な音色をはじめとして(これは必聴!)、個々の楽器も魅力的だけれど、それよりも複数の楽器たちの対話や重なり合いが何とも言えずきれいだ。8分40秒あたりからの、弦楽器全体が絡み合っての歌は、昨今の指揮者やオーケストラにはとうていできない音楽ではないだろうか。上等の赤ワインみたいになめらかで、底知れず深くて悲しい。確かにヴァントの第2番の演奏もいいけれど、ドレスデンのオーケストラの魅力は、ケルン放送響や北ドイツ放送響の比ではない。それに、言い古された表現だが、森の中で耳を澄ませるようなブルックナーならではの音楽の特徴がよく出ている。とにかく、この楽章はすごすぎ。これ以外にも第7番の第1,2楽章なども堪能できる演奏だが、切りがないのでこの辺にしておく。
 この楽団が世界遺産に指定されるのは当然だろう。もっとも近頃何かと話題になる世界「遺産」なるものに、私は何か不吉な予感を抱く。まるで人類が自分たちの滅亡を前にして、まとめに入っているように思えて仕方がないのだ。

 ドレスデンと言えば、これまたLP時代に発売されたとき大いに話題になったベートーヴェン「レオノーレ」が激安セットで出た。指揮はブロムシュテットだ。なんといっしょに入っているのがドホナーニ指揮ウィーン・フィルの「フィデリオ」で、2つの名門オーケストラ激突対決になっている。けっこう邪悪な組み合わせだ。というのも、はっきり言って、両方とも指揮者はまったく大したことがない人たち。強い個性がないどころか、「どうしてこんなに活躍できるの?」と不思議なくらいだ。それだけに、オーケストラの特徴がもろに表れてしまっているのだ。もっとも、ふたつの録音時期は約15年隔たっているが。
 聴き比べてみればあまりにも明瞭。1991年のウィーン・フィルのなんと音が明るくて軽いこと。演奏は緊張感が張りつめているといったものではなく、適当にくつろいだ感じ。こういうのが好きな人もいるだろう。「もうあんまり深刻なのは疲れるから嫌だよ」という余生ゆったり年金生活者型演奏とでも言っておくか。オーケストラのアンサンブルも粋である。何気ないようでいて、わかる人にはわかる巧みさがある。
 それに比べて1976年のドレスデンの序曲は思い切り濃く、重く、闇が広がっている。その一方で、明るい歌の伴奏は躍動感がある。歌手とオーケストラ、両方ともすばらしいアンサンブルだが、ウィーンの力を抜いた粋な感じとは逆の凝縮型。全体的に緊張度が高く、ウィーンよりスリリングだ。第3幕のクライマックスもハラハラドキドキと盛り上げる。牢獄の暗さをいっそうリアルに伝えているのはもちろんこっちだ。
 演奏の話はそれとして、最初書いた「レオノーレ」が長くて不評だったため、整理整頓、改作して「フィデリオ」になったわけだが、これに限らずブルックナーの交響曲などにしても、やっぱり最初のアイディアのほうが不思議に強い生命感を持っているのではないかと思う。CDなど何度でも聴けるメディアを持つ私たちにとって、ある程度のややこしさは問題ではない。ぱっと見てわからなくても、繰り返せばなじむ。それだけに、私は「レオノーレ」をおもしろく聴いた。こっちのしつこさのほうがベートーヴェンっぽいし。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


【許光俊の言いたい放題】
第1回「謎の指揮者エンリケ・バティス」
第2回「残酷と野蛮と官能の恐るべき《ローマの祭》」
第3回「謎の指揮者コブラ」
第4回「快楽主義のベートーヴェンにウキウキ」
第5回「予想を超えた恐るべき《レニングラード》《巨人》」
第6回「必見! 伝説の《ヴォツェック》名画がDVD化」
第7回「ついに発売。ケーゲル最後の来日公演の衝撃演奏」
第8回「一直線の突撃演奏に大満足 バティス・エディション1」
第9回「『クラシックプレス』を悼む」
第10回「超必見、バレエ嫌いこそ見るべき最高の『白鳥の湖』」
第11回「やっぱりすごいチェリビダッケ」
第12回「ボンファデッリはイタリアの諏訪内晶子か?」
第13回「アルトゥスのムラヴィンスキーは本当に音が悪いのか?」
第14回「ムラヴィンスキーの1979年ライヴについて」
第15回「すみません、不謹慎にも笑ってしまいました」
第16回『これまで書き漏らした名演奏』
第17回「フレンニコフの交響曲」
第18回「驚天動地のムラヴィンスキー!」
第19回「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番」
第20回「クーベリックのパルジファル
第21回「『フィガロ』はモーツァルトの第9だ」
第22回「デリエ演出による《コジ・ファン・トゥッテ》」
第23回「美女と野獣〜エッシェンバッハ&パリ管のブルックナー」
第24回「無類の音響に翻弄される被征服感〜ムラヴィンスキー・ライヴ」
第25回「クーベリックのベートーヴェン(DVD)」
第26回「ある異常な心理状況の記録〜カラヤン、驚きのライヴ」
第27回「これはクレンペラーか? スヴェトラの『オルガン付き』」
第28回「トルストイのワルツは美しかった」
第29回「カルロス・クライバーを悼む」
第30回「スヴェトラーノフの『ペトルーシュカ』はすごい」
第31回「『展覧会の絵』編曲の傑作」
第32回「ケーゲル、悲惨な晩年の真実〜写真集について」
第33回「種村季弘氏を悼む」
第34回「今度のチェリビダッケはすごすぎ!」
第35回「世界一はベルリン・フィル? ウィーン・フィル?」
第36回「シュトゥットガルトの《ラインの黄金》は楽しい」
第37回「小泉首相なら「感激した!」と絶叫間違いなし」
第38回「平林直哉がここまでやった!〜『クラシック100バカ』」
第39回「まさしく大向こうをうならせる見せ物!」
第40回「日本作曲家選輯〜片山杜秀氏のライフワーク」
第41回「こんなすごいモーツァルトがあった!」
第42回「秋の甘味、レーグナーのセットを聴く」
第43回「ヴァントとライトナーに耳を洗われた」
第44回「ギレリスのベートーヴェン・セットはすごいぞ」
第45回「これは・・・思わず絶句の奇書〜宮下誠『迷走する音楽』」
第46回「青柳いづみこ『双子座ピアニストは二重人格?』」
第47回「あのラッパライネンが遂に再来日〜今度も...」
第48回「テンシュテットのプロコフィエフはトリスタンみたいだ」
第49回「テンシュテットのブルックナーは灼熱地獄」
第50回「もしクラシックが禁止されたら? リリー・クラウスについて
第51回「ケーゲルのパルジファル」
第52回「ベルティーニの死を悼む」
第53回「残忍と醜悪とエクスタシー、マタチッチのエレクトラ」
第54回「マルケヴィッチの『ロメジュリ』は実にいい」
第55回「ジュリーニを悼む」
第56回「こいつぁあエロい『椿姫』ですぜ」
第57回「ヴァントとベルティーニ」
第58回「夏と言えば・・・」
第59回「ライヴ三題〜ジュリーニ、ヴァント、テンシュテット」
第60回「困ったCD」
第61回「秋は虫の音とピアノ」
第62回「真性ハチャトゥリアンに感染してみる」
第63回「フェドセーエフでスッキリ」
第64回「シーズン開幕に寄せて」
第65回「あまりにも幸福なマーラー」
第66回「これが本当にギーレンなのか?」
第67回「バーンスタインでへとへと」
第68回「今年のおもしろCD」
第69回「やったが勝ちのクラシック
第70回「正月の読書三昧」
第71回「レーゼルのセット、裏の楽しみ方」
第72回「実はいいムーティ」
第73回「フォークトのモーツァルト」
第74回「空前絶後のエルガー」
第75回「爆笑歌手クヴァストホフ」
第76回「ギーレンのロマンティックなブラームス」
第77回「エッシェンバッハとバティス」
第78回「ネチネチ・ネトネトのメンデルゾーンにびっくり」
第79回「暑くてじっとりにはフランス音楽」
第80回「ジュリーニ最高のモーツァルト」
第81回「1970年代の発掘2点」
第82回「ヤンソンスは21世紀のショルティ?」
第83回「アーノンクールと海の幸」
第84回「なんと合唱も登場〜ケーゲルの『音楽の捧げ物』」
第85回「ヴァントとミュンヘン・フィル」
第86回「テンシュテットのライヴはすごすぎ」
第87回「8月も終わり」
第88回「激安最高のヴィヴァルディ」
第89回「ジュリーニ最晩年のブルックナー第9番」
第90回「激安セットで遊ぶ」
第91回「分厚い響きが快適」
第92回「極上ベヒシュタインを聴く」
第93回「繰り返し聴きたくなる長唄交響曲」
第94回「あなたはこの第9を許せるか?」
第95回「モーツァルト年」
第96回「実相寺監督を悼む」
第97回「シュヴァルツコップのばらの騎士」
第98回「今見るべきDVDはこれ」
第99回「年末のびっくり仰天」
第100回「チェリビダッケ没後10年が過ぎて」
第101回「最大級の衝撃「君が代変奏曲」
第102回「コンセルトヘボウVSドレスデン」
第103回「エロスと残酷の『ドン・ファン』」
第104回「当たり連発のBBC」
第105回「北島三郎とバロック」
第106回「ピアノの歴史」

【番外編】
「ザンデルリング最後の演奏会」
「真に畏怖すべき音楽、ケーゲルの《アルルの女》」
「ケーゲルのブルックナー、ラヴェル、ショスタコーヴィチ」
「ケーゲルとザンデルリンクのライヴ」
「聖なる野蛮〜ケーゲルのベト7」
「ヴァント、最後の演奏会」
「バティス祭りに寄せて」
「ベルティーニ / マーラー:交響曲全集」
「ギレリス、ケーゲル、コンヴィチュニーほか」
⇒評論家エッセイ情報
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