「実相寺監督を悼む」
2006年11月30日 (木)
連載 許光俊の言いたい放題 第96回「実相寺監督を悼む」
実相寺昭雄監督が死んだ。まだ69歳というから、もっと仕事をして欲しかったと強く思う。
すばらしい映像作品を作った人だが、クラシックに詳しいことでも有名で、コンサートホールではよく見かけた。特にショスタコーヴィチにはずいぶん思い入れがあったみたいだ。作品を見ているとあっちこっちで音楽が積極的に使われている。そして、効果音に対する感覚も鋭い。
私も、子供の頃ウルトラマンやウルトラセブンを見て育った世代だ。知らぬうちに受けた影響はずいぶんあるに違いない。十年以上も前になるが、月刊「音楽現代」で連載していたとき、すぐそばに実相寺氏が書くページがあった。それが何だか嬉しかった。
今では相当量の作品がDVDやビデオで見られる。いくつか特にお薦めを記しておこう。
『青い沼の女』。これはかつて一世を風靡したテレビの2時間ドラマ、火曜サスペンスの第1回目として制作されたものだという。見れば誰しも仰天するに違いない。テレビ・ドラマとしては考えられないくらい濃密なのだ。俳優ひとりひとりの演技力が限界まで描写されていて、気味が悪いほど。緊張感や持続感も異常で、いったいどこにコマーシャルを入れたのか、不思議なほどである。これを授業で取り上げると、学生もドキドキして見ている。ベルが鳴っても、延長して最後まで見せて欲しいと頼まれるほどだ。もし今こんなドラマがテレビでやっているなら、仕事のあとは大急ぎで帰宅してテレビにかじりついてしまうだろう。私たちを日常世界を離れた異空間へ連れ去ってしまう、そんなことがテレビ番組にも可能なのだ。
メインの音楽は三枝成彰で、シェーンベルクの「浄夜」ふう。甘美で切なく、実に内容とあっている。特に男女のふたりが散歩しながら語り合うシーンでは、映像+音楽が異常に美しい。そして、最後には思いがけない結末が・・・。最後のシーンの山本陽子の顔つきはすごすぎる。女の恐ろしさを表した珠玉の作品だ。
『無常』。白黒映画で、近親相姦の物語。ゆるゆると進むストーリーに最初はじれるかもしれないが、やがてそれに慣れると、非常な美しさと残酷さがひしひしと伝わってこよう。音楽はヴィヴァルディの「四季」だ。古い日本の風景とヴィヴァルディが不思議な味を生む。同じく白黒映画の『哥(うた)』もすばらしい。
実相寺氏の作品では、何と言ってもテレビシリーズ『怪奇大作戦』『ウルトラセブン』が一番知られている。印象的な回はいくつもあるが、前者では「京都買います」、後者では「第4惑星の悪夢」がことにすばらしい。これが子供番組かといぶかられるほどに繊細で芸術的なのだ。『ウルトラセブン』と言えば、第12話「遊星より愛をこめて」は欠番として有名である。ここにもたいへん印象的なシーンがいくつもあって、欠番にするには惜しい気がする。
残念ながら、少し前に発表された『姑獲鳥の夏』はまったくと言ってよいほど、ダメだった。やはり1970年代までが脂が乗りきっていたのか。少なくとも、ビデオよりはフィルム、そして今風ではなく昔の役者のほうが彼のスタイルにかなっていたのは間違いあるまい。
実相寺氏はオペラ演出も手がけていたが、残念ながら映像は発売されていないようだ。また、かつて朝比奈隆のベートーヴェン交響曲全集を撮ったものもあったが、廃盤のようである。行き慣れたホールが、実相寺氏によって撮影されると、いきなりSF的でミステリアスに見えてしまうからおもしろい。それに、第1ヴァイオリンのうしろからだったと思うけれど、オーケストラを広く画面に収めてトゥッティのイメージを伝えるあたりは、凡庸な映像ソフトとは次元が違っていた。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
⇒評論家エッセイ情報
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。
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