「極上ベヒシュタインを聴く」
2006年10月12日 (木)
連載 許光俊の言いたい放題 第92回「極上ベヒシュタインを聴く」
先週末、連休を利用して会津南町というところに行ってきた。読者だという調律師から、ぜひ聴いてほしいピアノがあると情報が寄せられたのである。コンサート用の本格的なグランドピアノというと私たちはすぐさまスタインウェイを思い浮かべるが、この町のホールに置いてあるのはベヒシュタインで、おそらく日本でほとんど類例がないはずという。このベヒシュタインは、戦前のドイツではもっとも人気が高いピアノだったが、戦争や東西分裂のあおりを受けたこともあって、ようやく比較的最近復活してきたメーカーである。
ちょうど池内紀の『なぜかいい町一泊旅行』(光文社新書)を読んで、小さくて静かな町に旅するのも楽しそうだなあと思った矢先だったし、サンプルで送られてきた録音を聴くと、確かにいい音のピアノが聴けそうだと思われた。そこで、元来なかなか出不精の私だけれど、出かけてみたのである。
東京からわずか200キロだが、なんと気温は10度近く低い。会津田島駅の近くにある御蔵入交流館の文化ホールが会場だ。約3年前に建てられたそうで、収容人数は800人と大きすぎも小さすぎもせず、しかも好感が持てる音響である。妙な残響がつかず、かといってデッドで殺風景というわけでもなく、1階の最後部ですら、十分に音が届く。
そして、肝心のピアノがスタインウェイとは確実に違う、けれど立派な音を出している。なんと2日も3日もかけて調律、整音したのだというが、和音の美しさ、中低音の威嚇的ではない厚みが印象的である。
ピアノを弾いたのは、オールドファンにはお馴染みのイェルク・デームスだった。ドビュッシーが特におもしろかった。和音の中でひとつだけ場違いな音が鳴るといった箇所で、絶妙の溶け合いと分離を示す。たとえば高音は、スタインウェイだと金属的なキラキラした音だけれど、もう少し線が太いというか、生き物的なぬくもりがある。その一方で、非常に反応が鋭い繊細な楽器ということで、80才近い演奏家にとっては残酷かもしれないとも思った。後日、ここで録音が行われるという。
せっかく遠出なのだから、近所に泊まることにした。日帰りも可能とはいえ、いかにも慌ただしい。国内旅行では快適な宿を見つけるのがなかなか難しいが、今回は当たりだった。この町で一番古く、かつては占領軍に接収されていたという老舗、和泉屋旅館に泊まってみたのだが、きわめてフレンドリーなサービス(チェックイン、チェックアウトの時間は相談で適当に決められるというのもいい。これなら少々飲み過ぎても心配なかろう)で、趣のある宿だ。江戸川乱歩作品の映画を撮れそうなくらいである。朝はぼーんという柱時計の音で目が覚めるし、タイル張りの流しには懐かしさのあまり思わず歓声をあげてしまった。
近所でこだわりの飲み屋も見つけられたし、いいコンサートがあれば、また行きたいと思わせる場所だった。東京からは鬼怒川経由で電車で行けるから、温泉と組み合わせるのも一興だ。場所柄か、クラシックのコンサートをやってもあまり人が来てくれないらしい。実にもったいない。せっかくいいピアノがあるし、音響も立派なホールなのだから、どんどんおもしろいコンサートをやってほしい。
なお、ベヒシュタインは、比較的最近ではホルヘ・ボレットが好んで弾いていた。かつて一世を風靡したシプリアン・カツァリスのベートーヴェン交響曲全集でも、第1,2,3,7番で使われているという。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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