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2006年6月23日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第55回

「ジュリーニを悼む」

 カルロ・マリア・ジュリーニが亡くなった。静かに現場を退いて数年、90歳を超えての死だった。最後の演奏はスウェーデンで演奏した「ミサ・ソレムニス」だろうか。各地のオーケストラの客演指揮者として名を連ねていたが、晩年はほとんどキャンセルばかりだった。クルト・ザンデルリンクとは違って、引退コンサートを行うこともなかった。
 日本には1980年代、ロス・アンジェルス・フィルと来たきりだった。私は幸いにも、そのときのおよそアメリカのオーケストラらしくない厳粛な音楽に三晩つきあった。ブルックナーの第7番が美しく流れる演奏でもっとも好ましく感じられたが、ヴェルディの序曲は極端に大まじめで重々しく、全然オペラティックではないので意外の感がした。

 録音は非常にたくさんあって、1950年代から引退直前まで、私たちは彼の演奏の変化を克明にたどることができる。ロンドンのオーケストラとの生き生きした躍動感がある演奏、シカゴ響との美しいと同時に温度が低い演奏、ウィーン・フィルやベルリン・フィルとの大家然とした演奏、コンセルトヘボウやバイエルン放送響との悠久の演奏・・・。

 結局のところ、ジュリーニは歌の人だった。マーラーもブルックナーも得意とし、ストラヴィンスキーもラヴェルも大事なレパートリーとしていたが、ジュリーニの音楽のもっとも独特な表現は、歌の力によっていた。
 代表的な名演奏については『生きていくためのクラシック』(光文社)の中で書いたが、私は晩年の、一本の歌の線がいろいろと色彩を変えながら流れ続ける音楽が一番好きである。元気な音楽家なら他にもいる。おもしろい解釈や深い読みを示す人もいる。しかし、晩年のジュリーニのように、きわめてゆっくりしたテンポで、しかも途切れることなく歌い続けた指揮者は、少なくとも1980年代以降いなかった。

 コンセルトヘボウを指揮したドヴォルザークの交響曲やフランス音楽集、バイエルン放送響とのシューベルトやバッハ・・・そうした演奏についてはあちこちで述べてきたので、今更詳述するつもりもないが、最近はきわめて安価で入手しやすくなった。私は、ソニーはいい音楽を売るのがびっくりするくらい下手な会社だと思っている。ジュリーニがこんなにいろいろ録音したのに、ちゃんとアピールできていなかった。ブーレーズがDGで脚光を浴びたときも「ソニー時代のほうがおもしろかった!」とやればよかったのに、無策だった。おかげで、せっかくの立派な音楽が、あまり知られずにいる。最近の大安売りは、愛楽家にとってはたいへんありがたいことである。ドヴォルザークあたりを聴いて、あわてずさわがず、いいワインを口に含んでじっくり味わうような音楽が気に入ったら、片っ端から買えばいいのではないか。
 DGの録音としては、フォーレのレクイエムブルックナーの第9番などがいい。
 そうそう、ブルックナー好きなら、ぜひともウィーン交響楽団との第2番を。これは甘美きわまる演奏である。

 オペラが聴きたいのなら手頃なのは「リゴレット」あたりだが、品格の高さが圧倒的なのは「ドン・カルロ」だ。ジュリーニは、プッチーニなどよりもヴェルディをはるかに偉大と見なしていた。これを聴くと、その理由がよくわかる。
 少し前に発売されたシカゴ響とのセットでは、ブラームスの第4番がおよそアメリカのオーケストラらしくない雰囲気で、悪くない。「火の鳥」の叙情性もとても好ましい。

 今日、「高級な」雰囲気を持つクラシック音楽は、稀になった。汗くさかったり、せかせかしたり、演奏家自ら売るための差別化を公言してはばからない、安っぽい演奏が大部分になった。若い娘たちがあられもない格好で演奏するのもありふれた風景になった。しかし、もしクラシック音楽がそんな低劣・低俗・下品なものなら、「クラシック」音楽と呼ばれることは決してなかっただろう。ジュリーニの音楽は、クラシック音楽が真に高級であった時代の最後の華だった。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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