トップ > 音楽CD・DVD > ニュース > クラシック > 『レコードはまっすぐに』 を讃える

『レコードはまっすぐに』 を讃える

2005年4月27日 (水)

山崎浩太郎訳 『レコードはまっすぐに』 を讃える

平林直哉

 私はカルショーの自伝『Putting the Record Straight』と指揮者ドラティの書いた同じく自伝『Notes of Seven Decades』は邦訳されていない著作の中で、熱心なクラシック・ファンにとって非常に有益な2大著作だと思っていた。言い換えれば、なぜ、こんな面白い本が完訳されないのか不思議に思っていたのである。ところが今回、その一角が崩されたのだ。
 この本の原書には私も過去、たびたびお世話になっており、特にデッカ関係の原稿を依頼されると、まずは真っ先にこの本を開くのであった。実際、この本の内容はファン垂涎のものである。録音現場の裏話やそれにまつわる喜怒哀楽、あるいはアーティストの人間性をうかがわせる逸話などが目白押しである。しかも、その筆致も妙に思い入れの強すぎない、どちらかというと冷静な口調なのもこの本の価値を高めている。
 しかし、カルショーのようなインテリの書く文章には色々な含みが持たせてある場合もあり、読んでいてひっかかる場合も多い。私のように部分的な引用でとどまる場合は、あやふやな部分を適当にはしょれば良いのだが、一冊の本にするとなるとそうはいかない。この点に関しては山崎氏もさぞや苦労されたに違いない。
 また、こうした音楽物の著作の場合、訳者は非常に重要である。私はこれまでにも、音楽の知識よりも語学能力を重視したために起こったと思われる数々の迷訳、珍訳に接してきた。音楽の周辺の言葉には一般常識とは違う訳語をあてる場合が多いので、訳者がある一定の音楽知識を有することは重要なのである。その点、山崎氏は本書の内容を熟知しており、最も理想的な訳者を得たと言っても過言ではあるまい。いずれにせよ、ファン待望の完訳、レコード・ファン必携の書の登場を、心から歓迎したい。

(平林直哉 音楽評論家) 


レコードはまっすぐに−あるプロデューサーの回想−
ジョン・カルショー 著/山崎浩太郎 訳

『PUTTING THE RECORD STRAIGHT(原題)』
かつてLP盤のビニールケースには、保存のため「レコードはまっすぐに立てておく」…、そんな注意書きが書かれていた。
タイトルであるこの言葉には、同時に「記録を正しておく」の意味がかけられている。
このタイトルにはレコードの時代ともいえる20世紀に、本物の音楽を残すべく心血を注いだプロデューサーの思いが込められている…。

SPからLPへ、またモノラルからステレオへと録音技術の飛躍的な革新があった20世紀。ジョン・カルショー(1924-1980)はまさにレコード録音技術が大転換した時代をイギリスのデッカ・レコードのプロデューサーとしてリアルタイムに生きた人物である。時代の変化を背景に技術の最先端を取り入れながら、よりクオリティーの高い録音、演奏を世に送り出し、レコード録音全盛期の一翼を担った。史上初のスタジオ全曲録音となったショルティ指揮による《ニーベルンクの指環》をはじめ、彼が残した数々の名盤は「20世紀の名録音」として、今なお多くの音楽ファンを魅了し続けている。
 本書では名盤を作り出す裏側を、演奏家との駆け引き、フロントと現場との摩擦、次々に起こる予測不可能な事態をいかに立ち回ったのか…など、録音現場の裏事情から録音技術の発展をも絡めて綴られている。
 単なる一プロデューサーの自伝にはとどまらない、まさに「20世紀のレコード録音史」ともいえる1冊。初邦訳。翻訳は演奏史譚家として音楽誌はじめ幅広い活躍で知られる山崎浩太郎。

※ジョン・カルショー レコード・リスト〔抜粋〕付き

【著者/訳者】
著者:【ジョン・カルショー John Culshaw】
1924年生まれ。イギリスのデッカ・レコードのプロデューサーとして、1950年代から60年代にかけて活躍。史上初となる《ニーベルンクの指環》全曲スタジオ録音など、数多くの名盤を世に送り出す。1980年没。

訳者:【山崎浩太郎 (やまざき こうたろう)】
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書は『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』。共著に『栄光のオペラ歌手を聴く!』など。

【目 次】

第1部
第1章 エスカレーター
第2章 旅
第3章 空
第4章 待機
第5章 爆弾と音楽
第6章 終わりなき六か月
第7章 ブリクストン通り
第8章 スタジオにて
第9章 異動
第10章 新しい時代
第11章 ローゼンガルテン
第12章 大いなる年
第13章 離れ去るもの
第14章 変化

第2部
第15章 「基地」への帰還
第16章 電気イス
第17章 ステレオの誕生
第18章 音楽家の人となり
第19章 録音のボスたちとスタッフの記録
第20章 フォン・カラヤン登場
第21章 動脈硬化
第22章 チェアマンの激怒
第23章 ニルソンとビーチャム
第24章 ユッシ・ビョルリンク
第25章 《トリスタンとイゾルデ》の録音
第26章 十年に一度の秘密
第27章 カラヤンの《オテロ》
第28章 失望の再会、そしてサルヴァドール・ダリ
第29章 《サロメ》
第30章 《戦争レクイエム》
第31章 ならない休暇と、斉射
第32章 《戦争レクイエム》の録音
第33章 二つの《カルメン》
第34章 テノールをめぐるトラブル
エリック・スミスによるエピローグ

【登場する主な演奏家】
指揮者
エルネスト・アンセルメ
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ハンス・クナッパーツブッシュ
クレメンス・クラウス
ヨーゼフ・クリップス
ゲオルク・ショルティ
ジョージ・セル
ヴィクトル・デ・サバタ
サー・トマス・ビーチャム
ベンジャミン・ブリテン
ピエール・モントゥー
フリッツ・ライナー

歌手
ガリーナ・ヴィシネフスカヤ
フランコ・コレッリ
ジョーン・サザランド
ジュゼッペ・ディ・ステーファノ
レナータ・テバルディ
リーザ・デラ・カーザ
マリオ・デル・モナコ
ビルギット・ニルソン
エットレ・バスティアニーニ
ユッシ・ビョルリンク
カスリーン・フェリア
レオンティン・プライス
キルステン・フラグスタート
カルロ・ベルゴンツィ

ピアニスト
クリフォード・カーゾン
ジュリアス・カッチェン
スビャトスラフ・リヒテル
アルトゥール・ルービンシュタイン

チェリスト
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ


⇒評論家エッセイ情報
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

%%header%%閉じる

%%message%%

フィーチャー商品

フィーチャー商品