トップ > 音楽CD・DVD > ニュース > クラシック > 管弦楽曲 > 許光俊 「世界一はベルリン・フィル? ウィーン・フィル? それとも...」

許光俊 「世界一はベルリン・フィル? ウィーン・フィル? それとも...」

2006年9月22日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第35回

「世界一はベルリン・フィル? ウィーン・フィル? それともコンセルトヘボウ?」

 世界で一番いいオーケストラはどこか? うまいオーケストラはどこか?
 ナンセンスとわかり切っている問いではある。いい、って何? うまい、って何? 細かく考えると迷路に入り込む。
 とは言いながら、人は何かと上下や勝ち負けをはっきりさせたがるものだ。ベルリンやウィーンが一番と主張する人は多いだろう。あるいはロシアのオーケストラが一番と言い張る人もいるだろう。
 だが、コンセルトヘボウ管弦楽団だと言う人はあまりいないのではないか。この楽団、有名は有名だが、メジャーの中では地味な存在だ。来日公演で伝説的名演を成し遂げたというエピソードは皆無。録音点数はアメリカの楽団などよりよほどあるはずなのだが・・・。
 常任指揮者に魅力がないという一点に尽きるのだ。個性強烈なメンゲルベルクは、今となっては音が古すぎ。ハイティンクはとりあえず問題なく音を出すだけで、特別な魅力は全然なし。シャイーは若いくせにヴァントよりリズム感が悪かったし、イタリア人のくせにメロディがきれいに歌えない。これではせっかくの名楽団が気の毒にも思えるが、みずからそういう指揮者を選んでいるのだから、自業自得である。
 そのくせ、この楽団は客演指揮者とはずば抜けた演奏をするのである。かつてのバーンスタインしかり、クライバーしかり、アーノンクールしかり。以前紹介したクーベリックのDVDもよかった。どうもたちが悪いね、こりゃ。世界中で王室に疑問符が付けられている時代に、わざわざ「ロイヤル」とかぶせたりするのもトホホだ。よけいなお世話だけど。

 最近、このオーケストラのたいへんな実力を示すセットが登場した。シャイー指揮のボックスものだ。この中のDVDが特にすばらしい。曲はストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲、「プルチネッラ」、「春の祭典」。なんと一晩のコンサートでこれだけやってしまったのである。
 実に美しい響きのタペストリーだ。難しいことを言わずとも、繊細にして華麗な耳のごちそうが堪能できる。アムステルダムに行くとわかるが、あそこはおよそ繊細とは縁がない、灰色と茶色の暗い街だ。食べ物は大味だし、オランダ語の響きだって、決してきれいなものではない。そんな街で、このような美味な音楽がやられているというのだから、不思議なものである。中でも「プルチネッラ」はすばらしく優雅で、しっとりとしている。ぞくぞくするような弦の響きと言う人もきっといるだろう。新古典主義というと、干からびたような演奏も多いけれど、これはそうではない。悠々とした大人の遊びになっている。
 シャイーの指揮ぶりはお笑い芸人にしか見えず、滑稽だ。ことに「春の祭典」など、見ていて恥ずかしくなるほど。よくもまあ、これで見事な音楽が・・・とかえって感心できる。
 そんな指揮はわれ関せずとばかりにアンサンブルにいそしむ奏者たち。「春の祭典」での管楽器奏者たちの熱演は見物ですぞ。楽器と楽器の受け渡し、バランス、統一感・・・。こうした均一性は今世界中でどんどん失われている。このレベルの合奏ができるのはあと他にドレスデン・シュターツカペレくらいだろう。デカい音、甘い響き、刺激的な演奏で喜ばせるなんぞは、素人さん向き。このまろやかさこそ、得難い。
 というと、特定の音楽院、特定の先生の弟子といった、ごくごく狭い範囲から楽員が選ばれていると思いがちだが、事実は正反対。団員の出身はなんと数十カ国に及ぶという。なんだ、こんなにすごい例があるのなら、今更インターナショナル何とかというイベント・オケをやる必要なんてないじゃないか。
 あるいはもしかして・・・。私は邪推する。このオーケストラは個性の強い指揮者の色に染まるのを嫌い、みずからの特色を守るために、あえて凡庸な指揮者を冠に頂くのであろうか。優秀な指揮者に支配されるのを嫌い、あえて無能な監督者を選ぶのだろうか。  また、これほどのDVDを単独では売らず、セットのおまけ扱いしているのも実に邪悪だ。一筋縄ではいかないオーケストラと言うしかない。

 ともかく、私はこのオーケストラを非常に買っている。好感度で言えば、ベルリン、ウィーン以上だ。
 しかし、なかなか思い切って取り上げる機会がない。10月28日(木)19時、朝日カルチャーセンター(新宿)で「対決! ベルリン・フィルvsウィーン・フィル」という講座をやる。本当はコンセルトヘボウvsドレスデン」でもよいのであるが、受講者が来そうにない。
 ちなみにこれは、今秋新しい試みとして行われる講座で、私だけが一方通行で話すのではなく、ゼミ形式というか、受講者に大いに語ってもらおうという、熱血(?)講座である。ベルリン派、ウィーン派に分かれ(分かれなくてもいいが)、できれば侃々諤々(カンカンガクガク。正しいと思うことを遠慮なく言うこと)の議論になるとおもしろい。学生はなんとN響より安い千円で受講できるし、攪乱してくれそうなサクラを潜り込ませようかともたくらんでいる。
 CD持参で「こんなスゴイ演奏がある!」と主張できる珍しい機会である。興味のある方はのぞいてみてください。ここでは書かないこともしゃべります。たぶん。[問い合わせ 03-3344-1998 →朝日カルチャーセンター]

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


⇒評論家エッセイ情報
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

featured item

シャイー&コンセルトヘボウ ライヴ・ボックス(13CD+DVD) 

CD 輸入盤

シャイー&コンセルトヘボウ ライヴ・ボックス(13CD+DVD) 

ユーザー評価 : 5点 (1件のレビュー) ★★★★★

価格(税込) : ¥19,349
会員価格(税込) : ¥16,834

発売日:2004年08月07日

  • 販売終了

%%header%%閉じる

%%message%%

コンセルトヘボウ

洋楽3点で最大30%オフ このアイコンの商品は、 洋楽3点で最大30%オフ 対象商品です

許光俊