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許光俊 「ある異常な心理状況の記録〜カラヤン、驚きのライヴ」

2006年6月7日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第26回

「ある異常な心理状況の記録〜カラヤン、驚きのライヴ」


 このCDは思いもかけぬ発見、それも最高度に重要な発見だ。

 ムラヴィンスキーやらスヴェトラーノフやら、私がここのところ気に入ってこのコラムで書いたCDは、ある意味、すでに知っていることの再確認であった。もちろん、内容はたいへんすばらしいのだが、ムラヴィンスキーがすごいというのは、とうの昔からわかっていたことなのだ。

 しかし、カラヤンがこういう演奏をしていたとは、特に、あらゆる面ですっかり落ち着いた1970年代後半にこういう演奏をしていたとは、驚き以外の何物でもない。チャイコフスキーとかブラームスとか、カラヤンが1970年代後半に行ったスタジオ録音は、いかにもやる気がなさそうな、体温の低い演奏だった。アンチ派はむろんのこと、たとえカラヤン・ファンであっても、物足りなさを感じずにはいられなかった。だからこそ、このライヴはいっそうの驚きなのである。かねてから、カラヤンの生演奏に多く触れた人たちは言っていたものだ。カラヤンは、普段は意外と大したことないが、ごく稀に本気になると、信じがたい演奏をすると。これなど、そうした稀な例なのだろう。

 ベートーヴェンが始まってすぐに、オーケストラが常に一歩前へ出よう出ようという意気込みで弾いているのがよくわかる。ベルリン・フィルがここまでやる気丸出しというのも珍しい。速めの速度で弾かれる序奏からして、緊張感が張りつめている。まもなく姿を現す、力感あふれる弦楽器の重なり合いを聴けば、誰であれ、これがある異常な心理状況の記録であることを疑わないであろう。地鳴りがするようなコントラバスはスヴェトラーノフの牙城を突き崩しかねないほどであり、チェリビダッケが、ベルリン・フィルが演奏すると何でもコントラバス協奏曲になると皮肉を言った意味がよく理解できる。
 第2楽章はよく流れる。確かにいつものカラヤン流で、レガートで音がみんなつながっている。が、決してスベスベの能面のような音楽ではない。音楽は自然な抑揚を持ち、一発触発の押し隠されたスリルがある。私は今「自然」と書いたが、時にわざとらしいほど人工的なポーズを示すカラヤンの音楽作りは、ここでは微塵も感じられない。
 第3楽章は重みを失わずして軽快であり、名品と呼ぶにふさわしい繊細さと大胆さを兼ね備えている。
 第4楽章では、ぐんぐんとハイスピードで飛ばし、カルロス・クライバーもかくやという燃え上がり方だ。オーケストラのエネルギーと乗りあってどんどん追い込んでいく。

 なるほど、この音楽を精神的と呼ぶことはできないかもしれない。が、少なくとも、誰もこれを冷淡だの非人間的だのと言うことはできまい。そして、意外や意外、こうやって聴いてみると、カラヤンが新しく作り替えたはずのベルリン・フィルがやはり古い19世紀からの色合いをまだまだ残していることに気づかされるのだ。

 もし私がこの生演奏を聴いていたら、間違いなくカラヤンの熱烈な支持者になっていたことは間違いあるまい。

 「春の祭典」も衝撃的だ。

 これまで私がもっとも好んでいた「春の祭典」はショルティ指揮シカゴ交響楽団の録音であった。1970年代半ば、まさに絶頂期にあった彼ら以外なしえないような、精巧な機械のような演奏だ。ソロや合奏が洗練をきわめた、めまいがするほど鮮烈な色彩とリズムの饗宴であり、音響として最上の「春の祭典」演奏だと思う。

 興味深いことに、このショルティにしろ、ブーレーズをはじめとする他の有名な演奏にしろ、演奏が高水準になるほどに、音響としては立派だが、バレエ音楽のように聞こえなかった。皮肉にも、それがまた、「春の祭典」が「火の鳥」「ペトルーシュカ」から一歩突き進んだ作品という印象を強めていたのだ。

 だが、このカラヤンは全然違う。これほどまでに細部が表現性を帯びた、まるでオペラのようにドラマティックな「春の祭典」を今まで私は聴いたことがない。きりがないので、ひとつだけ例をあげると、第2部最初のぞっとするような音色。「春の祭典」もまた、「火の鳥」同様、まだ人間に征服されていなかった自然の中で起きる、謎めいた事件であり儀式である。同時に、バルトークの「中国の不思議な役人」にも似た、エロスと残酷と神秘の物語だ。それを完璧に表現した、妖しくも濃密な響きをオーケストラがたてている。
 この演奏を聴いていると、目の前に、踊り狂う太古の人々の姿が、犠牲となる処女の姿が、グロテスクな儀式の様子が、まざまざと浮かんでくる。ここでのベルリン・フィルの奏者たちほど、ソロに生命を吹き込んだ例もあるまい。うち鳴らされる打楽器は、単なる音響ではなく、突き上げるような野蛮と血の衝動にはち切れそうだ。本気になったときの彼らの表現力は曰く言い難い。これが作曲家がスコアに書き含めた意味だ、とばかり、圧倒的な説得力で迫ってくる。カラヤンとベルリン・フィルの演奏は、ゴージャスではあっても繊細でない点が、私が彼らの演奏を溺愛できない理由だが、ことこの演奏に関しては、誰よりも大胆にして緻密だ。
 そして、最後近くまで聴いて、あっと驚いた。まるで「サロメ」、特に「7枚のヴェールの踊り」のように聞こえるのだ。猥褻なまでに挑発的なリズム、ねっとりしたエキゾチックな響き、エネルギーの完全な放出をめざして突き進む死の踊り、重苦しい沈黙・・・そうか、「春の祭典」は、ストラヴィンスキーの「サロメ」だったのかと膝を打った。  とにもかくにも、私はこの妖美がすっかり気に入ってしまって、ほとんど毎日のように聴いているのである。この血なまぐささを知ってしまったら、もう前には戻れない。

 いったいカラヤンはこんなベートーヴェンやストラヴィンスキーを、目をつぶって冷静に指揮していたのだろうか。まさか。私には想像もつかない。おそらく爛々と燃え上がらんばかりの、狂気と凶暴のまなこをしていたのではあるまいか。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


■ベートーヴェン:交響曲第7番
1978年1月28日、ベルリン、フィルハーモニーでのステレオ・ライヴ録音(拍手入り)

■ストラヴィンスキー:春の祭典
1978年8月31日、ルツェルン、クンストハウスでのステレオ・ライヴ録音(拍手入り)

ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)ベルリン・フィルハーモニー



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『春の祭典』、ベートーヴェン第7 カラヤン&BPO(1978LIVE) 

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カラヤン、ヘルベルト・フォン(1908-1989)

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発売日:2004年04月28日

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絶対!クラシックのキモ

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許光俊

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発行年月:2004年05月
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