100人の偉大なアーティスト - No.65

2003年4月18日 (金)

ロックとブラック・ミュージックを融合させた偉大なるグループスライ&ザ・ファミリー・ストーン

1944年、テキサス州ダラスに生まれたシルヴェスター‘スライ・ストーン’スチュアートは、子供のころから兄弟とゴスペル・ファミリー・グループを結成したり、友人とドゥーワップ・グループを組んだりと、音楽に溢れた生活を送っていた。10代の頃からDJとして活躍し、サンフランシスコの有名ラジオ局で高く評価されていた(「Precious Stone: In The Studio」)。

その後スライは、ソングライターとしてボビー・フリーマンなどのヒット曲のソングライターとしてヒットを放ち、スライ名義でソロ活動をするもののお蔵入りするなど日の目をみなかった。1966年、スライはトランペットのシンシア・ロビンスン、ベースにいとこのラリー・グラハム、ドラムにグレッグ・エリコ、Saxにジェリー・マルティーニ、弟のフレディ・ストーン、妹のロージー・ストーンらを集めニューバンド、スライ&ザ・ファミリー・ストーンを結成。白人黒人男女混合グループという当時としては非常に画期的な編成で、その人気は地元サンフランシスコから全米へ広がっていった。

彼等の噂を聞きつけた Epicと契約、「新しい世界(A Whole New Thing)」を67年に発表。翌年「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」をリリースし、タイトル曲は全米チャート8位を獲得。サード・アルバム「ライフ」、全米1となった"エヴリディ・ピープル"と彼らの人気はうなぎ昇りとなっていった。

今聴いても震えが止まらぬ「スタンド!」「暴動」「フレッシュ」、そして「グレイテスト・ヒッツ」といった傑作アルバムを数多くリリースしていくが、70年代中ごろからファンク人気の翳りと共にそのパワーを失速させていく。Epicから最後のアルバムとなる76年の「Heard Ya Misses Me, Well I'm Back」を発売後、バンドはほとんど機能しなくなってしまった。その後、スライは何度か復活を試みるがどれも成功と呼ぶには遠く及ばず、現在はジャンキーになって再起不能という噂も....。

しかし、彼らが歴史に刻んできたサウンドは、現在に至っても多くのアーティストに影響を与えている。「スモール・トーク」はあまり評価は高くないが「サンプリング」という手法をいち早く導入したアルバムであるし、有名なところでは"Trip To Your Heart"がLL クール Jの"Mama Said Knock You Out"の元ネタとして使われたり、レッド・ホット・チリ・ペッパーズによる"If You Want Me To Stay"、サニーデイサービスが"Somebody's Watching You"をカヴァーしたり、小沢健二「Life」 のアートワーク...とカヴァーやループネタとして スライ&ザ・ファミリー・ストーンは大定番となっており、ロック、ヒップホップ、R&Bとジャンルに関係なく、今流行っている全ての音楽にスライ臭さがどこかしら漂っているのだ。
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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