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2018年2月5日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第257回


 ミケランジェリの1972年、スイスのベルンでのライヴ録音。これはすばらしい。演奏と録音と両方。やはりこういう音質で聴かないとこのピアニストは楽しめない。
 実は私は、ミケランジェリがすごいピアニストであることは理解できるし、感心もするが、この人の音楽を愛しているわけではない。同じことはリヒテルにも言えるのだが、私の観察するところによれば、自分でそれなりにピアノを弾く人ほど、特にプロであるほど、ミケランジェリのすごさに圧倒されるらしい。それもまた理解できる。
 つまり、自分でピアノを弾かない人にとっては、技術的な面などどうでもよいのである。それはピアニストの側の問題なのである。築地で仕入れようが、産直だろうが、新鮮でおいしければ途中経路はどうでもよい、結果が、結果のみが問題なのだ。
 それはともかく、このライヴ録音で聴ける異常に明晰な音の群れには圧倒されるしかない。場合によっては、まるで片手の5本の指が、まったく別々の生き物であるかのようだ。すさまじいコントロールである。そして、こういう演奏を聴いてこそ、ミケランジェリが不調のときにコンサートをキャンセルした理由がわかるというものだ。彼にとって、こういうふうに弾けないときは、ピアノを弾いてはならないときだったのだ。
 ここで聴かされる制御しきった、安定しきった、完璧に鳴らされた見事な音の連なりは、20世紀が到達したひとつの美の極致であることは間違いない。これに文句をつけるとしたら、「そもそも滑らかに弾くことにいかなる意味があるのか」「均等に弾くことがそれほど大事なのか」「音楽の全体をどう考えているかがわかるなら、細部の曖昧さなど些末な問題ではないか」というふうに、別の価値観を対立させなければならない。
 実は、私はそちらの立場である。が、これほどの仕事をやり遂げられると、感嘆するしかない。あえて言うが、これは自分の意に反する感嘆である。敵ながらあっぱれというやつである。車は走りが一番大事だよと言っているのに、美しい革のシート、なめらかな塗装面を見ると羨ましくなるようなもの。
 ミケランジェリ流で弾くと、スカルラッティもショパンもシューマンもみな同じだ。すべて同じピアノ音楽になるのだ。そんな演奏は知的とは言えない。が、これがミケランジェリの美だと見做せば、それはそれでよい。作品はすべて、彼のピアノを聴くための素材にすぎぬ。その点では、ミケランジェリはカラヤンと同じだ。
 私はシューマンの暑苦しさやダサさが嫌いである。このアルバムに収録されている作品、「謝肉祭」でなら、第14曲「めぐりあい」が、本当に嫌いである。あまりのイモっぽさにぞっとする。が、ミケランジェリで聴くと、あまり嫌悪感を刺激されない。むやみに音を重ねているとか、よけいな音が鳴っているという感じがしない。だが、シューマンの本質とはほかならぬその暑苦しさやダサさなのではないか。それがないシューマンとは何? いいのだ、ミケランジェリを聴くためにシューマンがあると思えば。
 グリーグの抒情小曲集からの1曲が、単純な音楽だけに、もっとも手っ取り早くミケランジェリの美を味わえるかもしれない。ドビュッシーような、明快だが幻想的という一瞬が楽しめる。


 ところで、最近は指揮者のみならずピアニストも、過去のコンサートのCD化が進んでいる。ニキタ・マガロフが池袋の東京芸術劇場に出演したリサイタルも発売された。死の前年、1991年の記録だ。
 マガロフというとやはりショパンが有名だし、端正な演奏をしたというイメージもある。が、私が一番魅了されたのはモーツァルトだった。ひとことで言えば、実にロココ風の雅を感じさせるのだ。
 かつてモーツァルトの音楽は典型的なロココだと見なされていた。その意味は、かわいらしく、お上品だが、深さや力に欠けるということ。つまり、この場合、ロココという言葉はネガティヴな意味で使われていた。しかし、マガロフのモーツァルトを聴くと、ロココで何が悪いと言いたくなる。曲線から蜜が滴るようだ。こんなに美しいなら、それでいいじゃないか。
 現代においては古風にも感じられるが、音価の微妙な伸縮が実にいい。おもしろいことに、同時に収録されているショパンやムソルグスキーよりも、モーツァルトにおいてなおいい。死を間近にピアニストの指は明らかに衰えている。が、もしかしたらその衰えから生まれる微妙な揺れが、モーツァルトにおいては不思議に魅力的だ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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