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ラトル+ロンドン響、超充実のDVD 評論家エッセイへ戻る

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2017年8月30日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第253回


 ラトルとロンドン響がフランスものばかりを演奏したコンサートを収録した映像について書きたい。プログラムからして大きなセールスを望めないだろうが、これが発売されたことには感謝するしかないし、関係者の見識を感じる。
 いよいよこの秋からの1シーズンをもって、ラトルがベルリン・フィルを去る。就任してしばらくは、私もずいぶん辛口のことを書いたが、本当に不満だったのだから、仕方がない。
 長年同じ楽団を指揮し続けることで、オーケストラがラトルの音楽に近づいてきた。いまだ平然と好き勝手をやって恥じない勘違い楽員もいるのが残念だが、驚くような名演奏が何度も繰り返されたことは、すでにここでも書いた。彼らが現代におけるオーケストラ演奏の頂点にいることは間違いない。
 しかし、である。ベルリン・フィルのすごさはもちろんのことなのだが、私はこのところ、ロンドンのオーケストラの本当の力を身に染みてわかるようになってきた。たとえば、サロネンとフィルハーモニア管は、明らかに数年前よりも音楽がいっそう徹底的になっている。ここまでやるかという突っ込み方をするようになってきている。
 かつては、サロネンの棒が空回りすることもあった。たとえば、リヨンで聴いたムソルグスキーの「はげ山の一夜」にはたまげた。オケが必死になってついていこうとしても不可能なのに、それに構わず振り続ける。楽員が弾きやすいように振るのが指揮者の仕事だと思っている人がいたら。カンカンになって怒るだろう。だが、指揮者の仕事とは、つまるところ、合奏のつじつま合わせではない。その先にあるのが、世界のどこにもない唯一無二の演奏を行うこと。演奏の、音楽の可能性を広げること。私が思うに、ヨーロッパのオーケストラはそれがわかっている。だから、合奏が楽な指揮者のもとで演奏するのは、それはそれで楽だから歓迎するとしても、たとえ指揮者が下手でも、音楽的におもしろいなら、それもまたOKなのだ。小さな仕事からだんだん大きな仕事をするキャリアを積んだ指揮者は、えてして合奏をまとめるのがうまい。そして、日本ではこの手の指揮者が通やプロの間で喜ばれる傾向がある。だが、中には、すぐに名が知れて、いきなりそれなりの楽団で仕事を始める人もいる。この場合は、オーケストラがすでに高い合奏能力を持っているので、技術的な方面にはあまり注意はいかず、自分の音楽をやることに邁進する。
 サロネンの「はげ山」は、たとえ演奏としての完成度が高くなくても、それがかつて誰も思い浮かべたことがないきわめてユニークな解釈であり、音楽的に意味がある行為だったことは明らかだった。モダンな、たとえるならヴァレーズのようなムソルグスキー。サロネンは、現実に妥協することなく、そんな音楽をやろうとしていたのだ。たとえ崩壊しそうな演奏であっても、それはよくわかった。そして、オーケストラは、こんな無茶をやる指揮者を決して排斥しなかったのである。
 だが、それも以前の話。今は、たとえサロネンがどれほど駆り立てても、オーケストラが待ってましたとばかりに嬉々として応じる。指揮者の音楽に対する察しのよさ、反応の素早さでは、ロンドンの楽団は、ドイツやフランスの比ではない。それが理由で、クレンペラーやテンシュテットといった、あまりにもオリジナルな狂気の指揮者たちがロンドンで仕事をしたがったのかと、たいへん納得がゆく。
 ズバリ、ラトルにもっとも寄り添って、彼の音楽を生かしてくれるのは、ベルリン・フィルではなくてロンドン交響楽団なのではないか。私はラトルがベルリンを去ると発表されたとき、大いに惜しんだが、ここにきて考え方を変えざるを得なくなった。それほどまでにロンドン響には底力があり、また指揮への反応がいい。
 ベルリン・フィルをはじめとするドイツの楽団は、同じプログラムで複数回コンサートを行う。初日はあまり練れていなくて、最終日が一番よいことが多い。ゆえに、ベルリン・フィルの配信も原則的に最終日なのだろう。初日に中継を行うオーケストラは、宣伝のつもりがあるのだろうが、演奏の質を優先していないということになる。私はそういう楽団を軽蔑している。
 ドイツのオーケストラは、何日もコンサートができるほど客が大勢いるというのはたいへんけっこうなことではあるが、だから甘えがあるのではないかとも思える。それともじっくり時間をかけたがるという文化の違いか。いずれにせよ1日目、2日目はまだ完成していなくて当然といった意識があるのではないか。その点、ロンドンはシビアだ。世界的な大都市のくせに、ロンドンの楽団は同じプログラムを何度も演奏しない。1度か、せいぜい2度だ。実にもったいないが、それゆえに、集中力が高い。1回しかない本番で評価されるとしたら、ゆったり構えている余裕はない。
 ロンドンの楽団というと、ドイツやフランスのそれに比べて味が薄いと思う人もいるだろう。が、そんなことはないのだ。薄いとしたら、指揮者のせいなのだ。今回発売されたラトルとロンドン響の映像では、まず「クープランの墓」の3つめの楽章で、思いがけず地獄が口を開けるところを聴いてほしい。優雅なメヌエットのはずが、音楽がふっと暗みを帯びる。幻視だろうか。崩壊直前のような緊張感が走る。美しさの背後にある悲劇。端正でありながら、表現的。絶妙だ。ロンドンの楽団だって、こんなに濃い音を出せるのだ(言い添えておくと、濃い音とは、絶対量的なものではない。あくまでコントラストの問題だ)。そして、一度こうなってしまうと、再び明るい曲想が戻ってきても、もはや同じようにはまったく聞こえないのである。ぞっとするような、すばらしすぎる数分間だ。書いたラヴェルもすごいが、演奏家もすごい。
 ドラージュは、ラヴェルの弟子とも言える作曲家。「4つのインドの詩」は代表作とされるが、これを映像で見られるのは実に貴重だ。ドビュッシーも絶賛したという作品である。
 デュティユーは、いわゆる現代音楽の作曲家に分類されるのかもしれないが、色彩的な作風で、聴きやすいはずだ。「メタボール」は代表作とされていて、実際、ドビュッシーやラヴェルの延長で楽しめるのではないか。オーケストラの精緻な響きが実に美しい。
 私はこの頃思うのだけれど、昨今、ヨーロッパでこの手の、ハードに過ぎない20〜21世紀のオーケストラ音楽が大いに演奏されるようになったのは、すばらしいオーケストラがあるからではないか。たとえ一見したところわけのわからない曲であっても、トップ・オーケストラの水準で演奏されれば、容易に耳の快楽に転じる。貧相な印象、無理してがんばっている感など微塵もない。妙に難解ぶっている、専門家でないとわからない、そんな感想は生まれない。
 とはいえ、一般の音楽愛好家にとって、このDVDで最大最高の聴きものは、「ダフニスとクロエ」第2組曲に違いない。いかにもフランス音楽らしい柔らかな官能美、明るい音色、陶酔性、優雅さがきわめて魅力的だ。イギリスの楽団はリズムが軽めだが、この演奏では杓子定規にタッタカいかない。あちこちで香水が香るように音を漂わせる。その一方で、とんでもなくゴージャスな響きもある。「ボレロ」のような楽器の技を聴かせる楽しさもある。切れのよさもある。後半の盛り上がりもすごい。
 冷房をきかせた部屋でこの映像を再生しながら、手に汗握るどころか、大汗をかいてしまった。思わずスピーカーと画面の前に正座して見入った。すごい演奏には、思わずそうさせてしまう力がある。実は私は、コンサートの映像が好きではない。見たくもないのにカメラがいろいろ切り替わり、どうでもいいものを見せられるのがわずらわしくてたまらないからだ。だが、どういうわけか、この場合はほとんど気にならなかった。おそらく演奏がすばらしすぎて、どうでもよくなったのだ。
 この日のプログラムもただ1日限りだったはずである。曲目の特殊性ゆえ、ツアーにも持っていけない内容だ。それでこれほどのクオリティに達するとは。ロンドン響、恐るべしである。DVDやブルーレイは、いったん品切れになると入手がやっかいになる。「ダフニス」だけのためにでも、この盤は手に入れておくことを強く勧める。こういう盤を紹介できるのは、本当に嬉しいことである。
 そして、大いに満足しながらも、私はこうも想像するのだ。この演奏が収録されたのは昨年冬。まだラトルがロンドン響の首席指揮者に就任する前だ。これから数年したら、彼らはいったいどんなレベルにまで到達するのだろう・・・。楽しみであるとともに恐れすら覚えてしまうのである。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)

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