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「冬空の下で聴くラフマニノフ」 鈴木淳史のクラシック妄聴記へ戻る

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2016年11月27日 (日)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第66回


 錦糸町の飲み屋で隣りに座っていたおっさんが、ガーデンパーティで行われた友人の結婚式に出席、初雪降らして間もない冬空の下、フレンチのフルコース食ってきたーとブルブル震えながらおっしゃるので、話を聞いているだけで一気に寒々しい気分になった。そんな気分を癒してやるべえと、家に帰ってラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を聴く。

 ラフマニノフのこの曲は、最近二つの演奏がリリースされ、それぞれ個性的な演奏だ。
 一つは、アレクサンドル・タローがヴェデルニコフ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルと共演した録音。クール路線まっしぐらのタローゆえ、「えらく寒々しかったらどうしよう」と懸念があったものの(半ばそれも期待しつつ)、今回はそこまで過剰ではなく、品のいいピアノを聴かせてくれたのだった。メカニカルなカデンツァの部分などで、ときおり彼ならではのヒンヤリ光線が炸裂しちゃうけどさ。オーケストラも同様にスマートなプロポーション、丁寧なバランスで、タローのクールなリリシズムにしっかり寄り添っている。こういうラフマニノフは大好物。

 そして、もう一つは、日本の若手、反田恭平が弾いたディスクだ。こちらは、バティストーニの指揮RAI国立響という組み合わせ。ソリストと指揮者が20代という若いコンビであり、演奏ならびに解釈の完成度という点ではタロー盤に譲るものの、初々しさ、瑞々しさのなかに、ラフマニノフという作曲家の奥深いニュアンスを感じさせるなど、示唆に富んだ演奏なのであった。
 猛烈なテクニックで一直線に弾き抜いたリスト・アルバムでデビューしたソリッド反田だが、第一楽章の冒頭、柔らかいタッチの和音から開始、それが徐々に硬度と音量を増してオーケストラの主題を導き出す。変化球から入るとは、なかなかやりますの。

 この協奏曲では、反田のピアノは、いかにも若者の独り言を思わせる「冬の旅」的な抒情性で弾く。バティストーニのほうは、もっと開放的なサウンドで、いつものようにグイグイとオーケストラをドライヴする。ここぞという場面では、ピッタリと平仄が合うものの、両者のあいだに流れるちょっとしたスキマ風が、存外に心地良かったりする。ピアノのモノローグめいた寂寥感がより強調され、スーパーなヴィルティオーゾだけでない、細やかな神経の持ち主だった作曲家の姿を浮き上がらせてくれるのだ。
 
 第2楽章は、ゆったりとしたテンポのなかで、ピアノのモノローグは続く。このテンポについて、反田自身はこう語るのだった(と、ここで突然インタビュー記事になる)。「前にこの曲を弾いたときは、あのテンポでは木管の呼吸がもたなかったんですね。今回は理想のテンポでした。イメージしていた音楽が作れました」
 中間部のカデンツァを過ぎてから、ピアニストとオーケストラが目指すものが次第に溶け合ってくる。そして、華麗に丁々発止が繰り広げられる最終楽章へとなだれ込む。前半で聴かせてくれた切なさが情熱へと変貌する。この展開、なかなかドラマティックだ。

 バティストーニは、瞬間瞬間を鮮やかに演出する指揮者だ。このラフマニノフでも、クライマックスに向けてじっくりと積み上げていくというより、その瞬間にいきなり感情が立ち上がる。まさしくオペラ指揮者ならではのエモーショナル。
 重量感ある低音は、同時に軽やかな機動性をもつ。第3楽章のオーケストラの低弦の動かし方、そこに金管を被せるバランスなど、ヴェルディのクライマックスを思い出してしまったほどだ。
 
 このレコーディングは、今年の夏にトリノで行われた。当初よりリハーサルの時間がオーケストラの都合で短くなった。「そういうハプニングも好きなんです」と反田はまったく物怖じしない。
 そうした心意気で、「2020年の某国際コンクールを目指してますよ」と、ふんわりした口調で宣言。なんとも爽やかすぎるぜ。小さい頃から、その舞台に立つのが夢だったという。

 協奏曲とのカップリングは、《パガニーニの主題による狂詩曲》。こちらもバティストーニの指揮だが、東フィルとのライヴ録音。「あの曲は、やはりおかしいですよね」と反田が言うように、この演奏で聴くと、協奏曲のリリシズムとはまるで様相を異にする、20世紀の作曲家であるラフマニノフ像が見えてくる。
 最初からエンジン全開。いささかも弛みなく、ソリストとオーケストラが笑っちゃうくらいに素早いパスを交換、カットアップ連続の映像を見ているように、ハイテンションで場面が切り替わる。「一つひとつの変奏が絵画的に映えるように、聴き手にも変奏曲と意識させないように弾きました」

 反田恭平は、原石そのままにデビューした。モスクワ音楽院をやめたばかりの彼は、新しい先生に師事したいと考えている。候補はすでに絞られているらしい。そのなかの一人、アルゼンチン人のピアニストには、その器の大きさ、暖かい人間性に惚れこんだという。そして、その音色を学びたいと話す。実に賢明だ。
 最初に真面目に取り組んだ作曲家はショパンだった。現在は、「隠れた内声部があり、バッハのようにポリフォニックに響く」後期の作品に魅せられている。「後期作品は、ポーランド時代の曲のようにルバートをかけて演奏するのはどうかと思うんです」
 10年後、どんなピアニストになっているかと訊ねたら、「優しいピアニスト」と不意打ちのような答えが返ってきた。「最近はずいぶんと丸くなったと言われているんですけど。まあ、ピアニストというのは、人柄も大切らしいので」。「らしい」という言葉に、彼の自意識の旅がスリルに満ちたものになるであろう、愉しい予感を覚えた。わくわく。

(すずき あつふみ 売文業) 

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