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JAZZ THE NEW CHAPTER 柳樂光隆が選んだ2015年の10枚。

2015年12月31日 (木)



ローチケHMV ジャズ年間ランキング 2015〜 JTNC柳樂光隆

JAZZ THE NEW CHAPTER 柳樂光隆氏が選んだ2015年の10枚


 僕はここ数年Jazz The New Chapterという現代ジャズのガイドブックでも触れているように、2010年代に入ってジャズが一気に変化/進化して。しかもその状況が年々加速度を増している印象があるんですが、今年は去年にも増してスピードが上がったように思います。ちょっと早すぎて、テイラー・マクファーリンやフライング・ロータスでにぎわっていた2014年でさえも遠い昔のように感じてしまうのが、すごいですが・・・

 さて、近年のジャズという話になると、「ロバート・グラスパー=ディアンジェロ系譜のネオソウル=Jディラっぽいビート!」みたいな印象になりがちですが、実はそれはあくまでも進化しているジャズの一角にすぎません。

 いま、ジャズミュージシャンたちがやっているのは、シーン全体がどれか一つのトレンドに向かっているのではなく、あらゆる方向性で、これまでのモダンジャズとは異なる表現を生み出しているのが特徴的だと思います。しかも、ヒップホップっぽいことをやっていたミュージシャンが、別のバンドではインディーロック的なことをやり、インディーロック的なことをやっていたミュージシャンが他のバンドではクラシック的なことをやっていたりと、個々のミュージシャンがジャンルやスタイルを横断しながら、様々なところで個性を発揮していて、人脈が複雑に絡み合っています。

 たとえば、ビッグバンドジャズに革命を起こしたマリア・シュナイダー以降のジャズのアンサンブル、ビョーケストラには、フォーキーなサウンドをジャズミュージシャンたちと奏でるベッカ・スティーブンスがボーカルで参加していたり、マリア・シュナイダーのサウンドの要になっているサックス奏者ドニー・マッキャスリンは自身のユニットではドラマーのマーク・ジュリアナらと共にジャズとエレクトロニックミュージックを融合させていたり、そのマーク・ジュリアナはイスラエルのジャズピアニスト、シャイ・マエストロ共に硬派なアコースティックのジャズアルバムを作っていたり、といった具合。

 その結果、シーン全体が簡単には線引きないような状況のまま、全体が底上げされながら進化しているのが、今のジャズの面白さだと思っています。 ここにあるリストにはロバート・グラスパーもカマシ・ワシントンもハイエイタス・カイヨーテも入っていません。でも、彼らのサウンドに全く引けを取らない新しいサウンドばかりだと思います。ぜひ、聴いてみて下さい。


柳樂光隆 2015年12月記


柳樂光隆(なぎら みつたか)
ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。1979年島根県出雲生まれ。現在進行形のジャズ・ガイド・ブック「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに執筆。Otis brownV『The Thought of You』、Taylor Mcferrin『Early Riser』ほか、ライナーノーツ多数。

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JAZZ THE NEW CHAPTER 柳樂光隆 10選


スムースなトーンでノーブルなサウンドを奏でる
ローガンのサックスが全体を調和


Shift Logan Richardson 『Shift』

クリスチャン・スコットやジャマイア・ウィリアムスらが参加していたユニット、ネクスト・コレクティブのメンバーでもあるサックス奏者ローガン・リチャードソンはいつの間にかフランスに移住し、独自の活動を続けていた。そのローガンがブルーノートに移籍して吹き込んだのが、パット・メセニー、ジェイソン・モランを含む超強力クインテットでのストレートアヘッドなジャズ作品。

これまでに聴いたことのないメセニーのエレクトリックなプレイに驚くが、まるでヤン・ガルバレクのようにスムースなトーンでノーブルなサウンドを奏でるローガンのサックスが全体のサウンドを調和させていく。今年屈指のジャズボーカルアルバムとも言えるホセ・ジェイムス『Yesterday I Had The Blues』でも圧倒的な存在感を見せつけたジェイソン・モランはここでも抜群。即興音楽としてのジャズの魅力を見せつけてくれた。




ジャズとクラシックという言葉だけでは
表し切れない個性的なサウンド


Time River 挾間美帆 『Time River』

2015年のラージアンサンブルならこのアルバムを欠かすことはできないだろう。ストリングスを加えたイレギュラーな編成の挾間美帆m-unitが奏でるのは、ジャズとクラシックという言葉だけでは表し切れない個性的なサウンド。

<Urban Legend>ではシンバルを二枚重ねて打ち込みのようなビートを模してみたり、挑戦的なハーモニーで音響空間を捻じ曲げる<Alternate Universe, Was That Real?>、アルゼンチンのフォルクローレのような美しい旋律が印象的な<月ヲ見テ君ヲ想フ>と様々なキャラクターの曲が収録されているが、彼女の最大の強みはそのメロディーの強さや、楽曲の中のストーリー展開の巧みさ。聴き込めばチャレンジングな仕掛けがパズルのように組み合わさっているが、どの曲もそんなことを感じさせないフレンドリーな表情をしている。マリア・シュナイダー(『The Thompson Fields』も素晴らしい作品だった)が撒いた種が予想のつかない勢いで伸び、見たこともない花を咲かせようとしている。




生楽器でエフェクティブな響きを生み出す
仕掛けがあったりと聴きどころ満載


Songs We Like A Lot John Hollenbeck 『Songs We Like A Lot』

近年のジャズシーンの中で最も注目すべきコンポーザーの一人がこのジョン・ホーレンベックだ。元々はフリージャズ的なシーンでドラマーとして活躍していたが、2000年代半ばからジョン・ホーレンベック・ラージ・アンサンブルやクラウディア・クインテットといったユニットを率いて、ミニマルミュージックとジャズとの関係を追及するようなアンサンブルに比重を置いた作品を発表し始めた。それらのサウンドはテクノやポストロック以降のミニマルグルーヴへのジャズからの回答であり、インディークラシックとジャズとの関係性の中でも捉えられるべき傑作群だ。

近年はそんなアンサンブルを使ったカヴァー集シリーズ『Songs』を発表。前作『Songs I Like A Lot』では竹村ノブカズ、ジム・ウェブ、イモジェン・ヒープを、そして本作ではシンディー・ローパー、ピート・シーがー、カーペンターズなどを取り上げている。ミニマルなパートが多用されたり、生楽器でエフェクティブな響きを生み出す仕掛けがあったりと聴きどころ満載。<True Color>の中盤はまるでエレクトロニカかグリッチテクノのようでもある。豊かなハーモニーとテオ・ブレックマン、ケイト・マクギャリーのフォーク/クラシックなボーカルが溶け合うさまも至上の快感。


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ジャズとテクノ、ポストクラシカルが入り混じる
UKならではのサウンド


Swift Bill Laurance 『Swift』

ブルーノートジャズフェスティバルでも来日し、圧倒的な演奏を聴かせてくれたスナーキー・パピーはメトロポール・オーケストラとのコラボ『Sylva!』をリリースしただけでなく、鍵盤奏者のショーン・マーティンがゴスペルやR&Bに根差した『7 Summers』を、ドラマーのロバート”スパット”シーライトがGhost Note名義で生演奏グルーヴ集『Fortified』をリリースしたりと個々のメンバーの活動も活発だった。

その中でもUK出身の鍵盤奏者ビル・ローレンスのソロ2作目となる本作は、ジャズとテクノ、ポストクラシカルが入り混じるUKならではのサウンドをスナーキー・パピーのリズムセクション、マイケル・リーグとロバート”スパット”シーライトが奏でた。ストリングセクションを大胆に使った抒情的でクールなミニマルサウンドはこの鍵盤奏者がスナーキー・パピーの個性にどれだけ貢献しているかを示して余りあるものだった。



ここまでやりたいことをやり切ったアルバムが現れたことは
近年のジャズシーンの充実を物語っている


Twenty First Century Problems Lauren Desberg 『Twenty First Century Problems』

ここまで攻めたボーカルアルバムというか、ここまでやりたいことをやり切ったアルバムが現れたことは近年のジャズシーンの充実を物語っていると思う。ローレン・デスバーグは、元々はグレッチェン・パーラトに師事していて、以前リリースした作品はグレッチェンのフォロワーという印象だった。

しかし、ここではブッチャー・ブラウンのデヴォン・ハリスや、ホセ・ジェイムスのバンドでも活躍していたクリス・バワーズ、更にNYの鍵盤奏者マティス・ピカードなどの気鋭のコンポーザーが近年のインディーロックやR&Bを意識しながらも、ジャズが持つノスタルジックなパブリックイメージを巧みに使ったドリーミーなアレンジで、ポップなサウンドに仕立てあげている。演奏するのはブッチャー・ブラウンのドラマーで、クリスチャン・スコット『Stretch Music』でも起用されていた新星コーリー・フォンヴィルや、テイラー・アイグスティ、ウォルター・スミスIII世と超強力。クリス・バワーズとのコラボでクリスマスソング<MERRY MELODY MEDLEY>をフリーで公開したりと軽やかな活動スタンスも好感が持てる。



メロディアスでありながら、どこかストイックに響く
こんな音楽を鳴らすことができるのは、ハーシュしかいない


Solo Fred Hersch 『Solo』

フレッド・ハーシュが新作を出すたびに自身を更新しているようなここ数年のリリースは、驚愕というほかない。スウィングジャズから、ビバップ、モードへとジャズの歴史が随所に香りながらも、誰にも似てないピアノを圧倒的に美しい音色のピアノで奏で続ける。どこまでもメロディアスでありながら、どこかストイックに響くこんな音楽を鳴らすことができるのは、フレッド・ハーシュしかいないだろう。約10年ぶりに吹き込んだジョニ・ミッチェルの名曲<Both Sides Now>の美しさ、深みといったら・・・ ブラッド・メルドーが録りためていたソロピアノ音源を一気に放出した『10 years Solo Live』も素晴らしかったが、手に取る回数が多かったのはフレッドだった。



ざらついて潰れているサウンドで
敢えて録音した大胆すぎるファンクサウンド


Kings Kings 『Kings』

ブッチャー・ブラウンは自身が運営するJewel Stone Recordsを拠点にBandcampを駆使し、ヒップホップのアーティストのように自由な活動をしているバンドだ。彼らはカセットストアデイに合わせてカセットと配信で『Grown Funk』というアルバムを突如リリースしたり、クリスマス前にはファンキーな生演奏ヒップホップ的な『A Very Butcher Holiday』をフリーで公開したり、ドラマーのコーリー・フォンヴィルがクリスチャン・スコットにフックアップされたりと話題も多かったが、個人的にはリーダーのデヴォン・ハリス傘下のこのユニットが最高だった。ヴィンテージ・ヴァイナルのようなざらついて、潰れているサウンドで敢えて録音した大胆すぎるファンクサウンドは、マッドリブがイエスタデイズ・ニュー・クインテットなどでやっていたようなことを甦らせたと言ってもいいかもしれない。現在のジャズシーンでは断トツのセンス。



ギラッド・ヘクセルマンのギターをここまで活かせている作品を
僕は他に聴いたことがない


Minor Dispute Petros Klampanis 『Minor Dispute』

ギリシャ出身のこのベーシストはデビュー作でグレッチェン・パーラトをゲストに迎え、フォーキーで風変わりなチェンバージャズをやっていたころからずっと気になっていた。

新作ではそのアンサンブルがより表情豊かかつダイナミックに進化していた。そして、ギラッド・ヘクセルマンのギターをここまで活かせている作品を僕は他に聴いたことがないし、ドラムのジョン・ハドフィールドが奏でるドラムセットとパーカッションの中間のようなサウンドの軽やかなリズムも心地よく、そして、近年はあまり活躍を聞かなかった名ピアニストジャン・ミシェル・ピルクが輝いている! ここではコンポーザーだが、シャイ・マエストロらと共に参加したオデッド・ツールのラーガジャズ作品『Like a Great River』では、弛緩寸前のサウンドの中にほのかに緊張感が漂う不思議なサウンドをベーシストとして先導していた。あらゆる面で、ポテンシャルの高さを感じさせる逸材だ。



ヒップホップやビートミュージックを
振り切れたアレンジで生まれ変わらせる


Luminosa Anat Cohen 『Luminosa』

今や世界最高のジャズクラリネット奏者として君臨するアナット・コーエンは、自身のルーツでもあるイスラエルのカラーよりも、エルメート・パスコアルやエグベルト・ジスモンチ、ミルトン・ナシメント(とミナス人脈)からの影響をジャズに反映させてきたコンポーザーとしての印象が強い。

ここでもミルトン・ナシメントのカヴァーや、ショーロ的なサウンドを聴かせたりするが、バックはジェイソン・リンドナーやジョー・マーティン、ギラッド・ヘクセルマンなど、曲者ぞろいだけに一筋縄ではいかない。また、本作ではクラリネットとパーカッションを軸に、フライングロータスの<Putty Boy Strut>のサウンドの骨組みは残しながら、全く別の世界観に作り変えている。ケンドリック・スコットも『We Are The Drum』でフライングロータス『You're Dead!』収録曲を取り上げていたが、ヒップホップやビートミュージックを振り切れたアレンジで生まれ変わらせるチャレンジはジャズリスナーだけのものにしておくにはもったいない面白さ。



カート・ローゼンウィンケルの引力から
完全に脱した世代によるジャズギターの充実期が来ている


World's Fair Julian Lage 『World's Fair』

今年はギターの当たり年だった気がする。マシュー・スティーヴンスの『Woodwork』は、インディーロック/ポストロック的なサウンドに個性を見出し、エレクトロニカ作品もリリースする異色のギタリスト、ヤコブ・ブロがECMからリリースした『Gefion』はジャズギター・アルバムというよりは、同じくECMレーベルのフード(Food)あたりと共振するジャズミュージシャンによるフォーキーな音響アルバムだった。

そして、ジュリアン・レイジはクラシックギターやブルーグラス、フォーク、トラッドなどを自在に織り交ぜながら、新たな表現を探っている。ビル・フリーゼルやパット・メセニーが切り開いてきたアメリカーナとは別のやり方を手さぐりで見つけようとしているさまが実に興味深い。彼ら(や、ギラッド・ヘクセルマン、ニル・フェルダー)のサウンドを聴いていると、カート・ローゼンウィンケルの引力から完全に脱した世代によるジャズギターの充実期が来ているような気がしてならない。






ジャズが解き放たれたあとに広がる地平・・・JTNC第3弾!

「Jazz The New Chapter 3」 
今日においてはジャズこそが時代を牽引し、ディアンジェロやフライング・ロータスなど海外の最先端アーティストから、ceroなど日本のポップ・シーンにも大きな影響を与えている。この状況を予言し、新時代の到来を告げた「Jazz The New Chapter(ジャズ・ザ・ニュー・チャプター)」の第3弾。2014年の刊行時より刷数を重ね、SNS上でも未だ話題沸騰中の第1弾・第2弾に続き、かつてない活況を迎えているジャズの次なる未来はニューチャプターが切り拓く!